続々 皇帝とフリーファイター
「なんか、ちょっと慣れたよね」
ジェイソンがそんなことを言い出すので、アキレスは頭が痛い。
これ以上馴れ合わないようにしたいアキレスがシュヴァインの前に立った。
「またこちらにお越しですか」
楠の大木の根元だ。
木の幹を背に、玉座の如く寛ぐシュヴァインは辺りをきょろきょろ見回しながら言った。
「そうだね。でも、また、ヘクターがいない」
「近隣の雑魚討伐の一員として出ています」
「久しぶりにアバロンに戻ったときぐらい、休ませてあげればいいのに・・・」
不満そうに言うのは、自分もゆっくり部屋で休ませろ、という欲求だろうかと思ったが、たぶん違うのだろうと考え直した。
今日はそれほど疲れてもいなさそうなので、ただ、折角来たのにヘクターがいなくて、寂しいーーーというレベルだろう。
「本人の希望です。あまりお部屋をうろつくと、ジェラルド殿に叱られるからと」
「まあ、ね・・・」
シュヴァインも苦い顔になっている。
先日、少し時間があったのでゆっくりと、シュヴァインの部屋で昼間から酒盛りをした。二人して立てなくなるほど濃いのをたらふく呑んで、動けなくなったところをジェラルドに見つかってしまって、目茶苦茶怒られたばかりだった。
疲れていたので予定より酔いが回ってしまったのだと思うが、ジェラルドは厳しかった。
言い訳は一切許されず、危機管理がなっていない!と大目玉だった。
さすがに二人とも、ここまで呑むともしもの敵に遭遇したら、這っても逃げられず小さな牙でも体中串刺しにされて出血死する、と反省したので、もうそんな深酒はしないつもりだ。
「ーーーそれに」
アキレスの話はまだ続いていた。
「下手にここに残っていても、怪我を負う可能性が高いですので、あえて出しました」
「どうして怪我をするんだ?」
「喧嘩をするからです」
「誰と?」
首を傾げるシュヴァインに、アキレスは一つ溜息をついてから、それを切り出した。
「いろいろ野暮ったい噂話があります」
「ヘクターの?」
「ヘクターと、陛下のです」
ああ、とシュヴァインも納得した。
「アキレスは、隊長として心配だよね・・・」
「ええ、まあーーー」
悪趣味すぎて、口に出すのも反吐が出るからさらっと流そうとしていたが、思いをまるで組まない相手から露骨すぎる言葉で言及されることになる。
「俺は、嫌がるヘクターを力でねじ伏せ手込めにし、弄ぶだけ弄んだら飽きてさっさと捨てるーーーようなことはしないから、安心して」
ド阿呆がともう少しで怒鳴りつけそうだった。
シュヴァイン皇帝は言われている噂とは逆の、立場を逆転した内容を言っていたが、それでもそんなものをこの男が、公共の場でしゃあしゃあと口に出すところが腹立たしい。
「そんな、怒るなよ・・・でもさ・・・思わないか?実際問題、ヘクターの方がどっちかというと危険なんだよね。ヘクターは術に弱いし、ヘクターの動きを止めるぐらいの術なら呪文も要らないし・・・」
噂にはちょっと引っかかるところがあってシュヴァインは気になったのだ。
自分こそやろうと思えば簡単に加害者になってしまうのに。
でもアキレスはとても素っ気ない。
「暇つぶしに手込めにされたいなら、どうぞ、してやってください。その程度の追加労働の給与ぐらいは十分支払われているでしょう」
「・・・だから、俺は、しないって・・・」
少し巫山戯た・・・いや、ヘクターは気にしているかなと相談したかったのに。
アキレスは真面目すぎだと、シュヴァインはひとりごちたあと
「ヘクターはそんなことしないよ。そんな仲でもないし、ね」
きっぱりと言った。
「でも・・・どうしてそんな話になるんだろうね、長年続く愛人関係だとか・・・ありえない・・・事実無根もいいとこだ・・・」
それが真実だと言うなら。
シュヴァインが一人残されてのたうって苦しんだ月日が丸ごと無かったことにされてしまうのだ。
まだあの頃の生々しい夢を見て、ヘクターを捜さなくてはと跳び起きることがあるというのに、噂などその程度だとわかっていても、やるせない。ひどく悲しい気持ちになる。
切なげな溜息をつかれたが、アキレスも溜息だ。
アキレスとしては、同意なところで少しぐらいは関係があるのかと疑っていたが、思わぬ真実の暴露を受けてしまった。
でも、実際のところが爛れていようとどうでも良かった。
もう好きなように交際すればいい、ただし、こっそりとやってくれれば。
ベッドの中の事情など、部下であるヘクターのものだって、アキレスには与り知らないことだ。
問題なのは下らない噂を嬉々としてまき散らしている輩が、フリーファイターの内部にもいることだ。
「こちらにお越しになると、ご不快な思いをされるおそれがあります」
「俺が部屋の中に一人閉じこもっていても、言いたい奴は、辛い恋に思い悩んでいるとか好きな話を作って言うよ」
「いいえ、そうではなく、直接お耳にすることになると申し上げています。それがヘクターを外に出している理由です」
「そんなの・・・う~ん・・・」
呻ったあと、そうだねと納得した。
「どうにも出来ないか・・・アキレスには解雇する権限はないからなあ・・・」
「はい、ありませんね。かといって騒ぎを作られると、私の失点になり、叱責を受けます」
あはは大変だ、と皇帝は困ったように笑ったが、アキレスは真顔だった。
「私のためにも、どうか、しばらくいらっしゃらないでいただきたい。なるべく早いうちに、露は払います」
皇帝の衣を濡らしてしまう煩わしい露を払うことは、一臣下として当然の義務だった。
いくらシュヴァインがアキレスにとって苦手な性格をしていても、務めを果たすことに異存はないのだ。
理屈も通じない者を相手にして、たとえどんな手を使おうとも。
ところがだ。
「やめた方がいい。そういう滴は迂闊に触ると火傷するよ。ーーーでも、俺なら平気だ」
腰を上げたシュヴァインはうーんと背伸びしながら言った。
アキレスが物問いたげな顔になっていたから、もっとはっきりと言った。
「アキレスは何もしなくていい。するな。俺が、自分でする」
命令した後は、くすっと笑った。
「フリーファイターに宮殿の風は、いつもひどく冷たい。でもその点、俺は、安住の座だ。アキレスと違って、どんなことをしたって絶対解雇されないから」
20141122