続 皇帝とフリーファイター
「もともとフリーファイターの記憶は多いんだよ。だから別に、緊張はしない」
のほほんとシュヴァイン皇帝本人は宣っていたが、それ以外の者たちが何とも言い難い緊張を味わっている。
「なんだか大人しいな。俺ぐらいの若造だと、たいてい寄ってたかって苛めるだろ?」
ジェイソン以外がみんな年上の状態で、体格にしてもシュヴァインは細い方だ。
フリーファイターは、基本的に体力自慢の武器集団なので筋骨逞しい大柄な男たちが揃っている。そのなかで皇帝はひどく華奢に見えた。
もっと普通にしてくれないと、居心地が悪いのにと心の中でぼやくシュヴァインが、ぐるりと見回して、「あ、おまえーーー」と声を掛けた。
目が合ったひげ面の大男が棒立ちになっていた。
「酒を奢ってもらって、貰いっぱなしになっている。すまない。今度、奢るから」
「・・・いえいえ、いえ・・・そんな、滅相もありませんからっ・・・」
なんとか打ち解けようとしているのに固く辞退されてしまうと、シュヴァインだって困ってしまう。
「・・・みんな、変だぞ?」
フリーファイターを無視してきたからな・・・。
シュヴァインも自分の方に手落ちがあったことを知っているのだ。
ヘクターのこと、ヴァランのことなどがあり、フリーファイターを冷静に見られなくて無視してきた。目には入れても完全に上っ面のだけの態度で付き合ってきたお釣りが、返ってきているのだと思った。
ヘクターが加わったからと掌を返したような態度は責められてしかるべきだとは思うのだが、なんとか許してもらいたかった。
でも、やはり上手くいかなくて参ったなあと、悩ましく、溜息だ。
「そろそろお戻りになられてはいかがですか?」
そのうえ、隊長・アキレスに至っては、嫌われているな、と感じる。
「そんなに露骨に追い払わなくても・・・悪かったとは思うけど、ヴァランの死に向き合えなかったんだ・・・」
「ヴァランって・・・」
これには返事が返っていて、でも思わず聞いた当人も途中ではっと気付いたのだろう、発言者の姿を確認する間もなく勢いを無くし声は窄まるように消えてしまったが、嬉しかった。ヴァランの名に興味を持たれたことが。
だから、シュヴァインは自分が話したいことを話した。
「知らないか?俺がまだ即位する前にフリーファイターだった男だ。とても世話になったんだ。・・・でも討伐の任務中に命を落とした・・・」
隊員たちがざわざわと揺れていた。
シュヴァインの心の中も揺れていた。
「世話焼きで、うるさくて、威圧的で苦手だと思っていた。でも彼のことが好きだった、彼は掛け替えのない者だったと、いなくなってしまった後に気付いた。・・・幼なかった俺は、どうしたらいいかわからなくなってしまった。ーーー思い付く一番簡単な方法だった。ヴァランのことを思い出したくなかったから、ヴァランについて考えることを避けてきた。だから、フリーファイターごと避けた」
本当のことだ。そこにもう一つ、ヘクターのことが加わってしまって完全拒絶になったが、そこは少し省いた。
「すまなかったと思っている」
率直で屈託のない静かな言葉は、フリーファイターたちの心に響いたようで固唾を呑んで皇帝の次の言葉が待たれていた。
「ーーーだからおまえたちも、功を焦る、無茶な戦いをしないで欲しい。急がなくていい、機会を待てば必ず勝機やってくる。誰のためにも、だ」
辺りは、水を打ったように静まり返っていた。
戦いに明け暮れる戦士の重みのある言葉だった。そのうえ、皇帝は金で雇われるだけの傭兵の命を慈しんでくれようとしている。得も言われぬ感慨が耳を傾ける一同の心に湧き起こっていた。
でも、そこにありえない言葉が割り込んでいた。
「響かねぇーーー」
ぎょっとした視線を一心に集めて男は登場した。
シュヴァインは嬉しそうな顔を向け、木の根元から起ちあがって迎えた。
「・・・だからさ、それをおまえが言う?この中でおそらく一番、無茶苦茶な戦い方をするのはおまえだと思うぞ・・・」
現れたのは、勿論、派手に染めた髪を聳やかすヘクターだ。
ヘクターはこれでもかっというほど顔を顰めて言った。
「意地になって退かないは、毒が回りきるまでに仕留めるんだと、毒持ちのまま突っ込むはで、カンカンになったソフィアに怒られたばっかりだよな?」
「ヘクターったら冗談が過ぎるな、そんなことあるわけがないじゃないか!ほら、アキレスが本気にしてしまって睨んでいるじゃないか、やめてくれ!」
ふふっとシュヴァインが優雅に笑って流そうとしていたが、ヘクターはぶっちゃける。
「嘘、嘘、大嘘。攻撃は最大の防御だーーーを地でやっているおまえにこそ必要な言葉だ。それを、何、他人様に偉そうに喋っているんだか!」
フリーファイターの中でも断とつに言葉使いがなっていないと悪評名高いヘクターが大仰に嫌そうに続けて、耳にした者たちは語られた危険な内容もさることながらヘクターのあまりの自由ぶりにもおののき二重の意味で顔を引き攣らせた。
「だから、もしこいつと一緒に戦うことになったら、十分、注意して見張ってくれな。皇帝に死なれても困るだろ?」
引き攣った後、凍った。
皇帝の『死』などあっけらかんと言われても、普通は困るのだ。帝国、最大の禁忌で禁句だ。
フリーファイターだろうと、さすがにこんな話に乗っかって、そうだそうだと話題に興じることは出来るものではない。
シュヴァインだけは機嫌を害すこともなく、満面の笑顔だった。
何気なく装われたヘクターの台詞は、直属隊の誰よりも防御を重視したがるヘクターらしいものだった。
ヘクターは全力で、いつも引き留める手だてを講じようとしてくれているのがわかるから、なんだかとてもくすぐったかった。
皇帝は死んだ後、記憶と能力の継承されたから、ここまで真剣に命を大事にと、引き留める時代はなかった。
勝てない強敵にぶつかったら、敵の情報を得て、死ねーーーそんなものだった。
どの時代でも皇帝の責任が軽い時など無く、いつの時代の皇帝に選ばれた者は身一つで、堪えられないほどの重い物を背負っていた。
でも最後の皇帝は、最後だからと皆、保たせようともする。今までになく。
そこは、最後の自分は他の皇帝達より恵まれていてありがたいのかなと、心の暗いところで思うのだ。
そしてそんな場面に直面したとき、ちらりと思ってしまう。
上手くすべてを終わらせることを当然のように期待している人々は、もしも俺が途中で死んだら、どうするんだろう、と。
世界中の人々は怒り、力不足と呪い憎むだろう。
そして未来を嘆き、世界の行く末を悲観する。
でもいくら涙を流し、流し尽くそうが、慌てふためき泡を吹こうがどうにもなりはしない。
ーーー面白そう。想像すると愉しくなる。
いきなり、ぱしっと頭を軽くはたかれてシュヴァインは面食らった。
ヘクターの暴挙に、叩かれた本人より周りの方が激しく驚いていたが、目を向けると、一瞬ヘクターからきつく睨まれた。
シュヴァインは小さく首を竦めていた。
ヘクターにはいろいろ見透かされていると、最近、感じるから。
ひっそりと狂うだけにして、表には決して出さないようにしているはずなのにヘクターは気付いてしまっているみたいだった。
ひどく恥ずかしかったが、でもこういうのも少し、楽しい気がした。
嬉しいのだ。
ヘクターだけは、最後の皇帝が死んだとき純粋に悲しんでくれるのだろうと感じられるから。
ヘクターなら役立たずと憎まないでいてくれそうだった。
たとえ、シュヴァイン本人が、ざまあみろと世界に呪いを吐きながら死んだとしてもーーー。
「そんなことより、遅い、ヘクター。ずっと待っていた。今日は、ザムジーニの店に集まるんだろ?」
「え、おまえも行くつもりなのか、大丈夫なのか?」
ヘクターを憂鬱にしてもいけないとシュヴァインが話を変えたので、ヘクターの表情がみるみる強張っていた。
「捕まらない限り、大丈夫だ」
「いや、今夜、謝恩舞踏会だろ!?」
「だから、捕まらない限り大丈夫だから、今のうちだ、行こう」
明るく言い放ったシュヴァインに、さすがのヘクターも渋面になっていたが、行くなとは言わなかった。
ヘクターは言わず、その他も誰も口には出さなかったが、夜、サボるつもりなら昼過ぎから待っていることなどしない方が良かったのでは・・・という思いが辺り一帯に濃厚に充満したがそれぐらい、やっぱりシュヴァインは平気だった。
それどころか、
「もうそろそろ、ジェラルドが痺れを切らしてやってくる頃だろうけど、みんな、よろしく、上手く誤魔化して引き留めてくれ。今度、奢るから」
にっこりと頼んだ。
皇帝の教育係でもあるジェラルドの厳しさと誰だろうと容赦ない雷は宮殿でも折り紙付きなのだ。
そんなものを友好的とも言える気安さで押しつけられた猛者たちから、ぐひぃと情けない悲鳴が上がったが、それだってシュヴァインはあまり気に留めなかった。
彼らが上手くやってくれたお陰かはわからなかったが、シュヴァインはそのあとザムジーニの店のパーティに出かけ、昼間眠ったので疲れも取れ、呑んで騒いでの楽しい時間を過ごした。
深夜になって戻ったところ、待ち構えていたジェラルドにヘクターと二人まとめてとっ捕まって、こってり油を絞られるがそのぐらい、つつがなく平気なのだ。
さらには翌日一日中雑務係としてヘクターも執務室に閉じ込められることになるが、それも限りなく限りなく、平気だった。
20141122