自己証明
「プレゼントだ」
ヘクターが差し出したのは、掌にのるほどの小さな箱だった。
可愛らしく装飾されている小箱は、よく甘ったるい高級菓子が入っているようなーーー。
なんとなく手を出すのを躊躇っているシュヴァインに、ヘクターは
「受け取れよ、いいから」
苦笑する。
「箱は違うから」
本来なら、その小さな箱にはリボンが掛かり開封を封じている。
リボンは取り払われていているので危なかっしく感じて、両手で押し抱くように受け取った。
その拍子にカタッと固い小さな音が箱の中で鳴った気がした。
「これは?」
「贈り物。お土産、かな」
「土産、街に?」
昨日にも街に出たのかと思ったのだ。
「違う。そうじゃなくて。いいから、開けてみ?」
上蓋を指で摘んで軽く持ち上げると簡単に開いた。
紙でできた菓子屋の小さな箱の中にあったものに、シュヴァインの灰青色の双眸はさらに大きく見開かれた。
「知らないかなと、思ったんだけど。知ってるなら話は早いな。それ、おまえへの土産。やる」
「・・・いや、これは・・・」
そんなものが出てくることはまったくの想像外だった。それに、おいそれとは他人が貰えるものじゃないはずだ。
「決めてたんだよね。取るって決めてから、これを土産にしようと、さ。夜とか眠れないとき、いろいろ考えてたことがあった。土産を持って帰ろう、でも何がいいだろうか、って。そのときから決めていた。決めてから入手までかなり時間掛かってしまったんだけどさ」
それは、ギルドのライセンスのペンダントタグプレートだった。
年号と発行番号、ヘクターの名前、与えられた称号とギルドの紋章が精密に刻まれる小さな金属の板にどれほど大きな価値があるか、また取得するのに並大抵の困難ではないとか。
門外漢であまり詳しいとは言えないシュヴァインにだってわかるのだ。ヘクターがこのライセンス保持者であることでの、傭兵たちを中心とする盛り上がりは尋常ではなかった。
「これは貰えない」
「なんで?別に意味ないし」
「・・・意味がないのか?それこそ、なんでって聞きたいよ。おまえの大切な名誉の勲章じゃないか?」
「・・・いや、なんていうか、みんな結構騒ぐけど、そういう難しいもんじゃないんだって、俺にとって・・・」
触れたくないことなのだろう。
少し嫌そうになったヘクターが、ソファーにだばっと腰を下ろして、しどけなくふんぞり返った。
「だからさ・・・俺には何もなかったわけよ」
首を傾げて見ているシュヴァインの前で、天井を眺めながらヘクターはぶっきらぼうに続けた。
「貰ったエディレンヌを持ってさ、俺がな~んも考えず、弟子入りして修行に付いたのは結構、すごい人だったのよ。もちろん、そんなこと全然知らなかったんだけど。それで俺はずっと、なんでなんでと言われていた。なんでこんな小僧が、こんな剣をーーー。なんでこんな小僧なんか、側に置いておかれているのかーーーって。そりゃあ、理由なんて簡単だよ、ヴァランの剣で、ザムジーニのコネがあったからだ。それだけだ。だけどそのせいで、結構、いびられもしたんだけど」
ヘクターは唇の端をつり上げて苦笑した。
「まあ、徹底的にマークされててそのおかげで、あれ、あの小僧の姿が無くなったぞと、動けなくなっているところを助けてもらったこともたまにはあったよ。ーーーでさ、そういしているうち、あるとき、気が付いたんだよ。俺、自分には何もないことを。みんな、他人のものだ。俺が自力なものってなんにも無いじゃんーーーてさ」
顔を起こしたヘクターが、小箱を手に立ち尽くしているシュヴァインを見て、笑った。
「だから、欲しかった。どうしてもそれが欲しかったんだ。試験は決してコネは通じない。なら、その結果は俺のものだと言えるだろ?俺の力、はっきり俺だ、と威張れるものがなくちゃさ・・・帰ってこれなかったんだよ。形にしてしっかり持っておかないと、帰ったって実は、実力はあんまりない奴だ、とがっかりされることもあるかもしれないって。俺にとって、帰ってくるための目標だった。ーーーだから、もういい」
帰ってきた。帰ってきて、こうして話ができるようになった。ちょっともめたが、直属部隊にも無事に入れることになった。
もう帰還のための指標は無くても大丈夫なのだ。
「おまえに、いいものって思いつかなくてさ。普通のものじゃなく、妙なものが好きそうだし。だったら、これならちょっと無いから、いいかんじだろ?」
ヘクターはにっと笑う。本気なのだ。
本当に人に手放そうとしている。
俺にーーー。
あまり嬉しすぎると、言葉は出なくなるんだと思った。
自分は途中から、ずっと死んだのだと思い込もうとしていたのに。
シュヴァインは上手く言えない思いを噛みしめる。
ごめんなさい。ありがとう。
凝縮するとこの二つだと思った。
さすがに照れくさくなってきたヘクターが、場の空気を散らすために付け足した。
「それに、俺、ギルドで働くつもりはないし、ね。おまえの仕事手伝って、それが終わったら、しばらく遊んで、そのあとはもう決まっているーーー」
にまっと意味ありげに笑ってみせるヘクターに、シュヴァインもすぐに察した。
「食堂経営!」
二人の声がきれいに揃って、そのあとは爆笑だった。
「だから、貰えよ」
「・・・わかった。ありがとう・・・」
いずれは返さなくてはならないものだけれど、シュヴァインは今は素直に受け取ることにした。
掌に押し包んだ。
小箱からわずかに香る甘い匂いよりも、ずっと甘やかなものに満たされるのを感じた。
素直に受け取ったけれど、性根が素直じゃないのでつい、つい言ってしまった。
たぶん、半分は照れだ。
「これ無しで、四年前でもよかったという思いも・・・」
「それ、言うなって」
絶対、言うと思った、と途端にぶうぶう文句を言いだしたヘクターに、シュヴァインも笑っていた。
今だから、言えること。今だから思い出し、もしあのときと、不満を笑いながら言えることもあるのだと。
穏やかな、昼下がりだ。
穏やかすぎて、少しこわいほどーーー。
20130716改