レアものサンプル
来客を告げるインテリア髑髏の絶叫と客の悲鳴。
今日の客は女のようだった。
しかし、何かいつもと違っていた。悲鳴の後に続いた音は何だったのだろうと、
ヌサカーンは診療室の扉を開けて、待合室を覗いた。
薄暗い部屋のなかに少女が立ちつくしていた。
困った顔をしてヌサカーンを見た。その手には妖魔が作り上げた長剣が握られていた。
「ごめんなさい。びっくりしちゃって、思わず・・・」
幾つもに切断された髑髏が少女の足下に転がっている。
銀縁の眼鏡をした黒髪長髪の妖魔医師はしばらくの沈黙の後
「ファシナトゥールのほうに3倍の請求書を送り付けるから心配はいらない」
と言った。

待合室だけでなく、診療室もかなり薄暗かった。付ける必要がないんじゃないかしらと首を傾げたくなる電灯は、棚にびっしり並ぶ大小の瓶の中身を明かさないからよいのかもしれないとアセルスは思い直した。
「私はファシナトゥールから来た、アセルス、と言います」と簡単な自己紹介をした少女に、妖魔は、「そのようだね」と言った。
簡素な問診用の机の上には2杯目のコーヒーが湯気を立てている。
1杯目のカップを指から滑り落としたアセルスは慌てて片づけようとした際に、陶器の破片で指を切っていた。
このくらいなら舐めておけば大丈夫だと言うアセルスをヌサカーンは「ここでは自然界では滅多にお目にかかれないような菌が、何十種類と培養してあるから、傷口は消毒して置いた方がよいだろう」と、丁寧に得体の知れない薬を塗って布を巻いてくれた。
そんな危ないとこでコーヒーなんて頂いていいのだろうか。当然浮かんだ疑問だったが、飲むしかないだろう。
恐る恐る口を付けるアセルスの様子に、妖魔医師はくすりと笑った。
「君はどこか私に手術させてくれるところがあるのかな?」
「あ、いえ、手術は結構です、元気に動いてますから」
整形手術も出来るよと、ヌサカーンは言った。
不細工だと言いたいのだろうかと、乙女は少し腹が立った。
気を取り直して、本題に入る。
「失礼な言い方かもしれませんが、先生は私のことどのくらいご存じですか?」
「薔薇の君の血で生き返った人間の娘。そのまま気に入られて飼われていたが、皮肉にもその娘らに薔薇の君は葬られてしまった、そんなところかな」
「私を責めているのですか?」
アセルスは思わず、ヌサカーンを睨みつけた。
ヌサカーンは眼鏡を外した。外した裸眼でアセルスを見て、褒めているのだがと微笑んだ。

「君は自分が妖魔か人間かどちらに近いのか、私の意見を聞きたいと言うことだね」
アセルスは頷いた。妖魔でありながら人間の中で医者として暮らしている男に聞いてみたらなにか知らないことが分かるかもしれないと思ったのだ。
「そうだね・・・妖魔かな」
男はそうあっさりと言った。
大きく目を見開いてアセルスはなにか反論しようとした。
でも言葉にまでならなかった。
「それほど驚かなくていいよ、結論を言ってるわけじゃないから」
ヌサカーンは俯いてしまったアセルスにそう言った。
「納得出来なかったようだね、妖魔だと言われて。嫌だった? でも、人間だと言ったらどうだっただろうね。きっと、私のことちゃんと視ていないでしょと腹を立てるのじゃないかな。違う?」
見つめる少女の前で青白い美貌の男は自分用に煎れた緑の飲み物を一口、口にした。
「他人の言葉なんて気休めにもならないものだよ。でも敢えて言うならば、人から聞きたいのは自分と同じ意見だ。その通りだと、言って欲しいだけ」
アセルスは促されて、席を立った。
「私に言って欲しい言葉が見つかったらもう一度お出で。特別診療料金でだったら、耳元で飽きるほど囁いてあげよう」

少女が帰っていった後で、ヌサカーンは、彼が自分の次に大切にする極秘データファイルの情報追加作業に没頭する。
あれは実に珍しい生き物だった。
ヌサカーンは上機嫌に、呼称、性別、体長体重、外見などを丁寧に書き記してゆく。
最後に、種族の欄を残していた。
ヌサカーンは羽根ペンを一瞬止めてから、『未確定(精神においては人間)』と記入した。
髪、唾液、血液サンプルは問題なく入手した。
あと可能なところで欲しい物は卵細胞である。これが手に入れば面倒な手間が省け、実験も数倍楽しくなるだろう。
が、姫を護ることを生き甲斐とするナイト達の存在があった。彼らが大人しく採取させてくれないだろうと考えるとヌサカーンは少々憂鬱になった。

今日はよい日だった、とヌサカーンは思った。
暇を持て余す男の元にあの少女を送り込んだことで借りは帳消しになっただろう。そして、なにより49番目のレアものファイルが出来たのだ。
美しい黒髪の妖魔は指を鳴らして狭い診療室の薄汚れた壁を割り、隠し扉を出現させると大切そうにファイルを抱えて入っていった。
20130710改
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