白薔薇
こくり、と香り豊かなお茶を一口飲む。
そのあとで、アセルスは、ふぅっとため息をついた。
「どうしたの、アセルス。・・・そうだよね、このお茶あまり美味しくないね。
お茶の葉が上等じゃないものね。カップの趣味もイマイチだ。それに煎れ方は最高によくない」
「だったら飲むな」
イルドゥンは地を這う低い声でゾズマに言う。
おまえもか?とアセルスは眼で聞かれてぶんぶん首を横に振って、「お茶はとっても美味しいです」と言った。
「私が言いたいのはなんでゾズマがここに一緒に居るのかってことよ。イルがお茶に誘ったのは私なのよ!!」
「アセルス、君って心狭いね。嫌だな、白薔薇と全然違う」
アセルスが女性として憧れる妖魔の白薔薇姫をわざわざ引き合いに出すあたりがゾズマの性格の現れである。そこを突かれれば、少女は出て行けとは言えなくなるということは計算済みだ。
「この男相手に無駄なことは言わないほうがいいぞ。疲れるだけだ」
付き合いの長く悩まされてきたイルドゥンは口を尖らせる少女に言った。
イルドゥンの部屋のテーブルで二人きり、ではなくどこからか現れたゾズマも加わり三人でお茶を飲んでいたところだ。

白薔薇目覚めないね。
ぽつりとアセルス言った。
「もう助け出してから10日だよ。呪いが消えるのにどのくらいかかるのだろう・・・」
「オルロワージュの術の所為だけじゃないと思うよ、ボクは」
「どういうことよ」
ゾズマは、もう一口お茶をすすりやっぱり不味いと言った後で
「白薔薇はオルロワージュが好きだったからね。その悲しさが邪魔して回復を遅らせていたりするだろうね、きっと」
「嘘よ、だってあいつのこと嫌っていたよ。だから一緒に私と逃げ出してくれたんだから」
「違うな、アセルス。ゾズマの言うとおりだ。白薔薇は、寵姫のなかでおそらく一番オルロワージュさまを愛していた」
「・・・じゃあなぜ逃げたのよ」
「好きだから一緒にいたくなかったとは考えられない?好きすぎて自分を見失ってゆくことに白薔薇は悩んでいた。あいつの一部になってしまいたいという魅了された心と、私を一部ではなく個として愛して欲しいという欲望、隷属と自尊心だね、その狭間で苦しんでいたみたいだからね」
「そんなこと全然思ってもみなかった私・・・」
「白薔薇はおまえに憧れていたんだ。オルロワージュさま・・・オルロワージュの前でも魅了されることなく己を貫くことが出来る女。寵姫にされることもなく傍に置かれて、オルロワージュの前に立ち、魅惑の君を睨みつける者はおまえだけだった」
イルドゥンにそのつもりはなくても、褒められているようでアセルスはこの上なく嬉しくなる。照れもあり
「寵姫にはいらなかったんじゃない?『こう』じゃないから」
アセルスは女性のグラマラスなボディラインを両手で描いてみせた。
「アセルスったらそんなこと気にしてるの~?大丈夫大丈夫愛されて育ってゆくよ~。ボクがそのお手伝いをしよう!!」
「なっ、ゾズマなんか絶対におことわりよっ!」
「あっ、イルドゥンを誘っているのか~♪積極的だぁ」
驚いたアセルスは思わずイルドゥンを振り返った。
長い足を組んで、茶器を口元に運んでいた男と眼があった。
耳まで赤くなったのが自分で分かった。
「ゾズマのばか~。そんなこと私は言ってないじゃないか!!」
椅子を蹴ってアセルスはゾズマに掴みかかった。
そのアセルスの耳に届いたものは
「ゾズマ、子供をからかうんじゃない」
イルドゥンの言葉が沸騰どころか蒸発してなくなるんじゃないかと思うほど頭に昇った血を急速冷凍させた。
一番ひどいのはイルドゥンよと恋する少女は思った。
落ち込むアセルスの艶やかな髪をゾズマは、虐められても泣いちゃダメだよと撫でてやった。


白薔薇はオルロワージュのことが好きだった・・・。
それでも彼女はあの男から離れていった。
深く愛していたから、一緒にいられなかった。

『好き』だから『一緒にいる』が、必ずしも繋がらないのだと思った。
では、私は・・・とアセルスは考える。
ただ、好きだから、此処にいようとしていた。
なにも考えていなかった。
恋しい人に『どんな道を選ぼうがおまえを見ているから、好きなようにするといい』と言われて、喜んでいた。
ずるずると此処にいるといいと言われたわけではない。
好きなように、選べと言われたのだ。

私は、考えなくてはいけないのだ。
私は考えて、選ばなくちゃいけない・・・。


リージョンの修復作業にイルドゥンに引きずって行かれたゾズマは、退屈な仕事の中、オルロワージュの薔薇に変わって新しく芽吹いた若い薔薇を思っていた。
「ねぇ、あれどんな薔薇になってゆくんだろうね」
さあな、とイルドゥンは気のない返事をした。
「心配することはない、きっと美しく咲き誇るだろう・・・」
忘れたころに呟かれた言葉に、なんの話をしていたのだっけと首を傾げた後に、そうだねと、ゾズマは笑った。
20130710改
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