参照記事

出身校でも似たような校歌指導がありました
(共学なので、ここまで厳しくなかったですが)

母校だけ特殊かと思っていましたが
伝統校では似たようなイベントがある高校が多いようです。
が、先輩たちも毎年、イベントとしてやってるだけだと思います。

なくしたほうがいいと思うけど
伝統校はOBとかの声がうるさくて、なかなか・・・

今はネット社会なので、
こういった校歌指導があることが事前にわかると思います。
事前にわかると心の準備もできるでしょう
それでも嫌ならば、他の高校に行ったほうがよいと思います


さすがは全国有数の進学校・浦和高校。校歌と応援歌の指導は、伝統として受け継がれ、全校生徒の力強い歌声を承継していることでしょう。

夏の甲子園では、応援団が3時間にわたり声を枯らすほど歌い続けることが求められます。そのため、応援歌と校歌の鍛錬は必須であり、応援団員にとっては部活動の一環です。また、校歌は母校への愛着を深め、卒業後も人生の苦楽の節目で口ずさむことになります。そのたびに学び舎である母校の精神を胸に刻み続けることができます。

新しい環境では過酷な洗礼に感じられる指導も、時を経て誇るべき経験となり、苦しい時・楽しい時にふと口ずさみます。困難を乗り越えることで得られる達成感は、生涯にわたる支えとなるのです。

伝統とは一過性の疑問や不安に左右されるものではなく、継承することでこそ価値を持ちます。浦和高校の校歌指導もまた、その精神を象徴するものとして、受け継がれるべき伝統といえます。


私は約40年前同じ埼玉県内の公立男子校に通っていました。当時も同様に援団による、校歌の指導がありました。確か2日間だったような?
校庭に新入生が集められ、喉が枯れるまで一生懸命校歌を歌いました。
おかげで未だに高校の校歌だけ歌えます。(笑)
さらに嫌なことから逃げない忍耐力もついたかな?

記事にあるような『恫喝』の様なことはなかったと思いますが、当時は10クラスあり新入生だけで450人位いましたから、援団も大変だったと思いますよ。(男だけだし・・・)

時代が流れ、当時のような運動部の上級生の『指導』も今では『体罰』となりこのような校歌の指導もNGになってくるのでしょうかね?(マジ怖かった)

ただ昨年再燃した『男子校・女子高共学化』の流れからこのような記事が出てきたとすると、『そっち側の人の意見?』と、他の方も仰っていますが、話半分で記事を読んでしまいます。


秋田の母校でもありました(男子クラス、女子クラス、共学クラスが混在)。
初日の体育館での学年全体のオリエンテーション後、ヤンキーとしか思えない応援団がボコボコの金属バットや壊れた竹刀を床に叩きつけながら入ってきて、いきなり校歌斉唱を要求。
中学校まで野球部だったが、あそこまでボコボコの金属バットは見たことなかった(笑)
声が小さいなど目を付けられると、男女かまわず一人で歌わされる。
その後、一週間クラスごとに指導。ボコボコの金属バットや壊れた竹刀などの装備を床に叩きつけながら脅してきて、竹刀を床に叩きつけるたびに竹刀の破片が飛んでくるなどマジかと当時は思った

最終日はクラス毎に一人ひとり前に立って余興をやらされたよ

それでもうちの学年(当時460人位)は全員クリアしたが、翌年の新入生(女子学生)が登校拒否になってしまったようで、随分と優しくなったようです(うわさでは武器の装備禁止)。


私の高校も同じでした。懐かしいなぁ。
進学校には目立つ服装とかイキった子は基本いないので、通路側に並んでる子が目をつけられ、理不尽に因縁つけられてたのを思い出します。怖いのはそのイベントの数分間だけの演出で、上級生が新入生の様子を見て楽しむためのものでしたが、勉強ばかりしてた真面目な子にとっては本当に恐怖でしょうね。
90年代当時でも嫌気する子は一定数いたのに、まだ続いてるんですね。


それこそ昔は色んな高校でこうした光景が見られたとは思いますが、今時学ラン着て威圧感丸出しのヤンキー風高校生なんてテレビでしか見たこと無いだろうから、中学から上がって来たばかりの子供にはかなり刺激が強いだろうね。最も、応援団員もある程度線引きした対応をするように学校が指導しないと、何も知らない人が見たら学校ぐるみでの恫喝・イジメにしか見えないし、そもそもあのやり方に一体何の意味があったのか、卒業してうん十年経つけど未だに理解は出来ない


福島県の旧制中学からの高校にも校歌指導はありました。
学ランを着た応援団に放課後に屋上に集められての指導でした。
元から怖い応援団が、さらにいかつさを増しての校歌指導は怖くて怖くて。
必死に覚えた記憶があります。校歌から応援歌の第一第二、復讐歌と覚える歌詞が多すぎ。
応援団の人にお前歌えと言われた時の絶望感たら何とも言えません。
歌えないとフェンスから女子高に向かって、ミンミンゼミを大きな声で叫ばされました。
今、そんなことをしたらパワハラとかなんとかハラスメントと言われそうですけどね。
卒業して30年以上経ちますけどその時の指導のお陰で今でもそらんじて全て歌えます


埼玉県のいくつかの男子校では、伝統的な応援団をが健在です。

埼玉県だけで無く、地方の名門県立高校でも浦和高校のような伝統的な校風は少なく無いです。

入学する人が、浦和高校の偏差値の高さと有名大学進学率の高さだけで入学すること自体が大間違えで、校風や伝統についてよく調べてから入学すべきと思います。

特にこの記事の高校の応援団行事や校風に問題があるとは思えず、この記事の学校はそんな学校です。

入学した人の下調べ不足と、高偏差値の進学校として期待した勘違いが原因だと考えます


浦高と交流のあった神奈川の伝統校湘南高校では、まったくなかったです。歌詞なかなか覚えなかった。でもみんな校歌に誇りを持っていると思います。

同じように自由な校風と思っていた浦校でこんなことあったなんてびっくり


そもそも高校は義務教育ではないので、自分の意思で入学を決めたはずです。
入学後に「こんなはずじゃなかった…」なんて、それは責任転嫁です。下調べを怠ったか、偏差値だけを追い求めた結果では?
大多数は、応援歌練習の他にも、天候にかかわらず敢行される歓マラや遠泳や古河マラや体育祭を、ひーひー言いつつも楽しみながら乗り越えていますよ。
中学校までは学年首位でいた子たちの集まりです。トップ校ですから青天井で、それまでは経験したことがない挫折感や敗北感を味わうこともあります。一方、乗り越えることで得る成長もあります。
全ては自分次第。学校のせいにするのはいかがなものかと


OBです。

確かに校歌指導の詳細は秘密にされてきましたが、受験生は程度の差はあれ、浦高はかなり肉体的・精神的に過酷な行事が多いことは事前に知っています。
受験生とその保護者向けの学校説明会でも、浦高の先生方ははっきりと浦高の校風を説明しており、情報公開が不十分であるとは思いません。
偏差値的には同等の公立高校として大宮高校も近くにありますし(大宮の理数科に至っては浦高よりも高いです)、運動や学校行事にあまり参加したくない子や共学がいい子は皆大宮高校を受験していましたよ


私は約40年前同じ埼玉県内の公立男子校に通っていました。当時も同様に援団による、校歌の指導がありました。確か2日間だったような?
校庭に新入生が集められ、喉が枯れるまで一生懸命校歌を歌いました。
おかげで未だに高校の校歌だけ歌えます。(笑)
さらに嫌なことから逃げない忍耐力もついたかな?
記事にあるような『恫喝』の様なことはなかったと思いますが、当時は10クラスあり新入生だけで450人位いましたから、援団も大変だったと思いますよ。(男だけだし・・・)
時代が流れ、当時のような運動部の上級生の『指導』も今では『体罰』となりこのような校歌の指導もNGになってくるのでしょうかね?(マジ怖かった)
ただ昨年再燃した『男子校・女子高共学化』の流れからこのような記事が出てきたとすると、『そっち側の人の意見?』と、他の方も仰っていますが、話半分で記事を読んでしまいます


卒業生ですが、指導の際体調悪そうな人には場の雰囲気を壊さないように小声で大丈夫か?と声をかけて必要であれば休ませたり退出させたりもしており、細かな配慮にも驚いたものでした。
また指導のあとはそれまで険しい顔をしていた先輩が体を張った下ネタありコントをする、校内で会うととても気さく等、行き届かないところもあるかもしれないが、きちんと配慮もあることも書いてほしい


伝統という名の下に良かれと思って続けられているのだと思いますが、そういう世界に免疫のない子供にとっては心に強烈な打撃を受けるようです。うちの弟も努力して、東大生も輩出する宮城県一の進学校に受かりましたが、初日に、応援団が新入生の教室を回って檄を飛ばす慣習により精神を損ね、それ以来3年間浮上できませんでした。記事を読めば、まだいい方なのかと思うぐらい合わない人にとってはつらい慣習が続いているようですね。エリート校としての矜持で、この学校に入ることができたステイタスなのでしょうが、将来ある若者が立ち直れないきっかけになりうることにも目を向けてほしいと思います


秋田県にある県立の本荘高校にも同様の行事がありました。今でも続いているかもしれません。
私は当時の出来事が今でも夢に出てきますよ。恐ろしいことです。
当時在職していた教員ですら、やめた方が良いと言う方が多数おられました。
それでも、伝統という名の元に、悪しき慣習が繰り返されているのです。被害に遭われた方、声をあげてください。1人でも多くの未来ある高校生を救いましょう。
これをきっかけに、秋田県教育委員会も調査、改善をした方が良いと思います


浦和高校ってのは、エリート養成校なんだよ。エリートってのは、一般市民が想像すらできないようなストレスに毎日晒される生活を送るんです。具体的には、家族以外の他人の生活と命に責任を負うという日常です。そんな学校では、机上の勉強だけではない肉体と精神力と人間力を養う責務があるんです。だからこそ何十年も続けられてきた一見理不尽な伝統行事が残ってきたし、今まで問題が表面化しなかったのです。この程度のストレスに耐えられないようでは、もはや違う人生を歩むしかない。どうか一部軟弱な意見に左右されず、一流校の大切な学校文化を守り続けてください。(ただし、校内で生徒同士が是非を議論するのは賛成します。都立ですが40年以上前、私の高校でも問題提起がされ、ケンケンゴウウゴウでした。いい思い出です)


福岡県修猷館高校でも毎年4月の入学式後、3日目ぐらいから5日間に渡り応援歌指導が行われています。
応援歌指導前の対面式では昨年4月も3人の生徒が過呼吸で倒れた。
突然、怒鳴りながら教室に現れた応援団は教室ドアを塞ぎ逃げ道を無くし閉じ込める。ケータイは使用不可とし、情報漏洩を図り写真を取ろうとした生徒は胸ぐらを掴まれ睨み合いとなった。今年度からドアは閉めない閉じ込めない、密室状態での指導はしないと
説明があったが昨年度まで密室を作り大声でなんの落ち度もない入学間もない新入生を怒鳴り散らし罵倒し続ける。生徒たちは泣き出す人が出てもお構いなしで続く。2年前には過呼吸になり立つ事、歩くことも出来ず車椅子で救護班が保健室に運んで行った。ただの応援歌指導なら何故、救護班が必要なのだろうか?あらかじめ救護班を作らなければいけない応援歌指導とは?


今年修猷館の入学式では
トラウトなどがある生徒は予め申し出れば応援歌指導を受けないなども配慮すると教師からアナウンスがあったが、申し出た生徒も逃げ遅れ結局は受けることになった。それに対して申し出た生徒を絶対に今後は守ると学校側は言ったそうだが他のないている生徒はどうするのか?守らないのか?と尋ねると申し出たお子さんは絶対に守るとだけ答えたそうだ。
2年前の新入生には3日後心が折れるかもしれない経験をするかもしれないと担任が暗に応援歌指導のことを語った。入学式後のホームルームで何度も心が折れる体験という言葉を使って注意喚起をした。そんな言葉を使う伝統行事とはなんぞや?と思うのは私だけでしょうか?


開成も同じだったねー
本音で言えば、無くなって欲しくない文化
ほんとに個人的な観点だけで言わせてもらえば、とにかく面白かった

開成の場合は、高三が中一に対して同じことをするので、ある意味
もっと怖いことかも
体格的には、大人が子供に恫喝するわけだから

だからといって高三側も手心は加えないし、わたしに事前情報も無かった
ただ…、実際に何か手を出されるわけがないのは子供心にわかるし、
怖かったけど、ジェットコースターの怖さと似ていたかな
安全がほぼ担保されているという意味で

個人的には以上

社会の一員としては、だからといってこうした風潮で強く衝撃を
受けすぎる人間がいるとしたならば(そういう人間がいることは
校内でも情報として流れますが)、なんらかの対応をすべきだなあ、
とは思います

今は情報社会です
希望校の校風や風習は調べましょう、というところかな
すぐにできることとしては


念のため補足しておくと、開成も今はだいぶマイルドになっています
以前の顔合わせ(っていうんです)が黒歴史扱いされている程度には

マイルド化についても色々な意見はあります

個人的には
「安全が担保された状態で、超・身の危険を感じられる疑似極限状況」
を味わえる、貴重な瞬間だとは思います

これも語弊や反論もあろうかとは思いますが、あの状況を
「安全が担保されている」と思えず、真の意味での身の危険を感じて
しまう育ち方にも懸念を示したい

もっといろいろな経験をさせるべきだし、その「いろいろな経験」の
ひとつであったはずのことかと


地方の伝統校だと、旧制中学校以来の夜間遠足みたいなものがあったりする。早い話、夜道を歩くだけ。
体験後に、「限界を突破して新しい自分を発見した」とか「友だちと励まし合いながら、※※高生の一員としての自覚を持った」といった、予定調和的な感想を強要される。
誰かが勇気を持ってやめないと、いつまでもやめられない。
学校の伝統行事なんて、大概がそんなもの


高校の体育祭の前に 応援合戦みたいなことを体育館で新入生がぎゅうぎゅうになってやらされました。自由で和やかな学校でしたがその時だけは 上級生の態度が違いました。クラスの明らかに気の弱い顔の男の子が呼ばれて元々そういう顔なのに 何ニヤニヤしてるんだと 結構なじられてました。 今思うと彼が不登校にならなくて良かった。そんな状況に一石を投じたのは学年で一番ヤンキー風な女子でした。彼女はふてくされた顔で、やる気ありませんと言うとそのまま帰ってしまいました。その時はとても驚きました。後々知ったのはその子は元々とても頭も家柄も良かったそうですが親が離婚しお母さんが不安定になりそこから見た目 ヤンキーになっただけで、学力テストをやればトップ、 ピアノも ものすごい 難曲を引きこなすような見た目とのギャップがすごい ある人でした 。私生活が大変な中でこんなことは馬鹿らしいの極みですよね


理不尽を認めろとは思わない反面、人間は生きていると必ず理不尽にぶち当たるのも事実。
問題は理不尽にぶち当たった時にどうするのか?という事だと思う。
高校生であるのは通常3年だけで、この3年(この記事の校歌指導は数日)の理不尽から逃れることで自分の人生はより理不尽の多い世界線に入り込むという想像ができるか?高校中退後の人生は簡単なものじゃないでしょう。それならこの程度の理不尽は笑い飛ばすべきなのかどうかを自己判断するのが人生。
人間ふとしたきっかけで理不尽に迷い込むものです。すべての理不尽を避けて通るなんてことはできない。
まぁ、校歌指導なんてものはくだらないとも思うけどね

(返答)

理不尽な世の中に耐えられるように育てることが大人の役目ではないと思います。
少しでも理不尽なことを世の中から減らすために努力しより良い未来をつくることが本来大人の役目ではないでしょうか?










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