知らない間にこんなにも愛してた

※短編「その薬指、予約します」の翌日談

「お前さ、ようやく総長と付き合いはじめたのか?」

 不躾な質問をされたにもかかわらず、口の中の物を吹き出さなかっただけマシだ。同僚だからといって、この遠慮のなさはいっそのこと清々しい(昨日とまったく同じでげんなりする)。
 革命軍本部の食堂は広い。大所帯で生活しているので、昼の時間帯ともなれば百人以上が押し寄せる。数ある長いテーブルの一角に座る自分たちの話題など、だから耳を傾けている人間はいないだろうが、それにしたってもっと聞き方というものがあるだろう。隣の席に腰かけた同僚を白けた目で見やる。

「……誰に聞いたの? まさか本人から?」
「違ェよ。……いや、違わないんだが直接っつーか間接的な?」
「……」意味がわからない。聞きたいのは私なのに、なんで疑問形で返すんだ。

 もう少し詳しく説明しなさいという意味を込めた視線を送ると、言いづらそうに頬をかきながら「まァあれだ」と、さらに訳のわからない言い方をする。

「態度を見ればわかるっつーか……めちゃくちゃ顔に出てたぞあの人。口元は緩みっぱなしだし、お前のことすげェ見てたじゃん。つまりそういうことなんだろ?」

 さっきまで意味不明な答えばかり返していたくせに、急にすべてをわかったような顔で聞いてくる。こちらの回答を聞く前に、「良かったよ、これで機嫌悪い総長ともおさらば。仕事がしやすくなる」大げさに喜んだ。
 そうだ、この男の本音はそっちだった。
 "総長の機嫌が悪いと話しかけるのが怖いからどうにかしろ"
 昨日の言い分を思い出してちょっと腹が立った。応援しているわけではなく(たぶんくっつこうがそうでなかろうがどっちでもいいに違いない)、単純に仕事がしづらいだけなのだろう。
 昔から彼とは軽口を叩き合う仲だったが、今では同性よりも気兼ねなくいろいろなことを話せるという点で助かっている面もある。もちろん気が置けない女の同僚や先輩もいるけれど、この男は所属先が同じなので関わることが多いのだ。プライベートまで筒抜けなのは面倒であるが。
 昨晩、サボさんに言われた「予約」のことを伝えるかどうか迷ったが、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる同僚に変な噂を流されても困るので正直に打ち明けることにする。

「正確には付き合う予約をしただけで、まだ付き合ってないから間違えないでよね。もう私とサボさんのことはいいでしょ。それより午後の特訓のこと忘れてないでしょうね。今日の新人担当はそっちだよ」
「げっ……」忘れていたという顔をしたあとすぐに頼むという顔でこっちを見てくる。
「私はこのあとコアラさんと約束あるから無理」
「なんだよ、お前とおれの仲だろうが」
「そんなの知らないもん。頑張れ」
「この薄情者~」

 わざとらしく嘆いてみせた同僚を無視して昼食を再開させる。あちこちで話が盛り上がっているせいか、こちらの会話は周囲の喧騒に紛れて誰にも聞かれていなさそうでほっとした。


*


 コアラさんと約束があるというのは本当だ。美味しい紅茶が手に入ったから一緒に飲まないかと誘われたのである。
 革命軍に所属している以上、職務以外で外に出る機会というのは少なく、ましてやティータイムなんて可愛らしいイベントをする機会などそうそうない。だから、これは戦場に赴く殺伐とした環境で生活する女戦士のつかの間の休息というわけだ。
 昼食後、そのままコアラさんの部屋に向かうことになっていた私は食堂を出て、ひとり廊下を歩いていた。頭の中は紅茶とお菓子のことでいっぱいで、注意力が散漫になっていたことは否めない。だから気づけなかった。横の通路から突然飛び出してきた腕に体を引っ張られ、驚く間もなく反対の手で視界が遮られる。しかし、素手ではなく手袋の感触だということがわかると、相手はもうわかったも同然だ。まるで待ち伏せしていたかのようなタイミングに背筋が凍る。私がここを通るって予測していたみたい――

「サ、ボさん……?」

 真っ暗で何も見えない中、ひとまず相手の名前を恐る恐る呼んでみる。けれど、彼は答えなかった。視界を覆われ身動きもとれない状況で、無言のままでいられるのは怖い。そもそもどうしてここにいるのか、どうしてこんな引き止め方をしたのか。私の頭の中は軽くパニック状態で、完全に冷静さを失っていた。

「随分と仲が良さそうだったな」

 耳元でいつもの爽やかな声とは正反対の、どちらかというと怒りを露わにしたときに近い声がしたのはそんなときだ。あまりに唐突で肩がビクッと震えた。「……ッ」さらにサボさんの息遣いまで聞こえて体が硬直する。
 落ち着け、考えろ――
 仲が良いというのは私の同僚のことを言っているに違いない。誰も聞いていないと思ったのに、見られたくない人に限って見られるというのは私も運が悪いなあと思う。
 でも、彼と私との間にサボさんが心配するような感情はどこにもないというのに、昨日からどうして執拗に聞いてくるのだろう。私がそんなに信用できないとか……?

「あの、昨日も言いましたけど、あいつとは本当に何もないんです」
「それはお前の主張だろ? 相手はもしかしたらって可能性もある。何もないって思ってるのはお前だけかもしれない」
「なんですかそれ。聞き分けの悪い子どもみたいなこと言わないでください」
「あーそうだよ。お前のことになると、おれはガキみてェにほかの男が気になっちまう」
「……」

 目を覆っていた手が離れていき、ようやく視界がクリアになる。しかし、こちらの体を離す気はないらしく、掴んでいる腕はそのままにこてんと重たい頭が肩に乗っかってきた。ふわふわの髪が首にあたってくすぐったい。その姿はまるでしゅんとした大型犬のようだった。
 参謀総長ともあろう人が、たかだか部下ひとりのことでそんなふうに悩むなんて普通の人間みたいで笑ってしまう(実際人間だけど)。それと同時に、さっき同僚から聞いた「口元は緩みっぱなしだし、お前のことすげェ見てたじゃん」という言葉を思い出して恥ずかしさと嬉しさとがない交ぜになって背中がむずがゆい。

「……ズルいですよ。そんなの、まるで私のことがすごい好きみたいじゃないですか」

 自分で言っといてなんだが、自意識過剰かもしれない。だって、昨日からサボさんは私のことで機嫌が悪くなったり、かと思えば予約するなんて言って薬指にキスしてきたり、やっぱり変だ。今まで一方的想いを募らせていた頃が嘘みたいに上手くいきすぎて怖いくらい。
 そんな私の心情など構うことなく、ゆっくり顔を上げたサボさんがこちらをじっと見てくる。互いの息がかかりそうなほど近距離で私は思わず呼吸するのも忘れて彼を見つめ返す。こんなふうにじろじろ見られることがないからか、どうすればいいのかわからないのに視線を逸らすことができない。
 しばらく無言のまま見つめ合うこと数秒。やがてサボさんがぷっと吹き出して笑うので面食らう。今度はなに――と身構えていたら、突然少年みたいな無垢で楽しそうな笑顔を向けられて心臓が跳ねた。

「なんだよ。知らなかったのか?」

 鼻先をつつかれて、「……ッ」私は言葉にならない悲鳴を上げた。
 あーもうなんなのこの人、ほんとにズルい!