透明な朝

 いつの間にか温もりがないことに気づいて、寝ぼけまなこをこすりながら周囲に注意を向ける。ベッドから扉に向かって二、三歩の場所に、彼女がせっせと衣服を身につけていく背中が見えて落胆したのは言うまでもない。こんな日ぐらいは自分が起きるまで腕の中にいればいいものを、真面目というか融通がきかないというか――昨晩の可愛さは微塵も感じられなかった。
 しかし、それもまた彼女が革命軍として身を粉にする一生懸命さの証明である。背中や足の傷、腕の痣。戦地から戻ってくるたびに新しい傷を増やしている彼女は、けれどいつも笑って何でもないふうに自分の元へ帰ってくる。革命軍の戦士として自身の任務を全うし、彼女なりの正義を貫こうとしている。そうした姿を記憶が失われていた頃から見てきたために、やめろとも行くなとも言えない。
 とはいえ――この道で生きること十二年。長らく慕って、ようやく手に入れた女が傷ついていくのは見るに堪えなかった。

「可愛くない」
 つい口をついて悪態がこぼれる。こちらの言葉に反応した彼女の手がぴたりと止んで振り返った。
「……それって起きて早々恋人に言う言葉?」
「冗談だよ」

 可愛くないわけがない。ずっと想い続けていた相手だ。可愛いに決まっているが、だからといって素直にそのままでいいとも言えなかった。彼女のほうが歳上で、いくら前線に立つ女兵士だといっても、少しは自分に守られてほしいと思うのは傲慢だろうか。いや、彼女がそんなことを望んでいないのは重々わかっている。そういう彼女だからこそ、好きになったのだ。
 互いに危険な場所へ赴くゆえに死はいつだって隣り合わせであり、きっとこれからも逃れられない。だったら尚のこと、こうした時間を大切にしたかった。しかし、こちらの心を見透かしたように彼女がベッドに片膝を引っかけてサボの髪をくしゃくしゃ撫でた。

「私は朝からコアラの手伝いがあって忙しいの。帰還したばかりのサボはまだ寝てていいよ」
「報告書の仕分けだろ。どうとでもなる。何ならおれが手伝ってもいい」

 我ながら子どもみたいなことを言っている自覚はあるが、彼女ももう少しこちらにすり寄ってくれてもいいのではないだろうか。そうしたこちらの複雑な気持ちを知る由もなく、案の定、彼女は困ったように笑った。
「忙しい人がなに言ってるの。私は大丈夫だから、またあとでね」
 おれが大丈夫じゃねェよ、間髪入れずに胸中で答えてから、
「行かせると思うか?」
「わ、ちょっと――」

 腕を引いて彼女の身体を自分の中に抱え込む。このまましばらく抱き枕になってもらう。仕事をはじめるのはもうひと眠りしてからでも遅くない。大体コアラだってさすがにこの時間はまだ寝てるだろ。

「シャワー浴びて着替えて可愛くしたかったのに
「……」

 さっきの発言、根に持ってるな。
 文句を垂れた腕の中の彼女が出ていくのを諦めてもぞもぞ動いたかと思うと、「なによ。一か月近くも連絡なかったくせに……」こちらの胸に額をくっつけてぼそっと呟いた。くぐもった声だったが、言葉はサボの耳にしっかり届いていた。珍しい現象に目を丸くする。

「あのナマエさんがおれの心配?」
「うるさい。寝るんでしょ」

 ちらっと見下ろした彼女の耳が赤かった。その瞬間、ふはっと笑いがこみ上げてくると同時にたまらない気持ちになった。
 こちらの想いを無視して戦場に立つ背中を美しいと思う。守らせてくれない彼女を愛おしく思う。恋人である自分達の間にあるのは甘さとは無縁の譲れない誇りであり、けれどそれがあるから必ず生きて帰ろうと思える。待ってくれている人間がいる場所へ――
 サボは恥ずかしくて一向に顔を上げられない彼女をきつく抱きしめて、再び目を閉じた。