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Conversation

中国出身の友人が「わっしょい!妊婦」の出生前診断のくだりを読んで「すんごい日本的だね」と言う。まず、中国では障害児や医療ケア児を育てるのがとても難しい。だから中国では出生前診断が推奨されていて、子に障害があると分かると周囲からものすごい勢いで(主治医も)中絶を勧められるという。そもそも、出生前診断は中国語で「大拝畸」といい、意味はそのものずばり「大きな奇形を排除する」である(名称がすごい…)。障害児の子供の日常をVlogで発信する文化は日本にも中国にもあるが、中国の場合は親が「みなさんこんなふうにならないようにしっかり出生前診断しましょう」とか言うらしい。 あまりの文化の違いにのけぞるが、そうなるには彼らなりののっぴきならない事情がある。日本ではどんな障害があっても、治療を放棄するという考えがない。子供の医療費はタダだし、医療が進んでいるため救える命も多い。しかし中国では医療保険も上限があり、それを超えたら自費。重い障害を持つ子が生まれたら家族全員が経済的に詰む可能性がある。日本では、障害児を産んだ親が肩身が狭い思いをする…ということがあるが、社会的支援が充実していない中国では社会に迷惑をかけるとか、かけないとか、そんなことを考える以前に経済的に自分が詰んでしまうので、優生思想を排する隙すらない。障害児を育てられるのは言い方が悪いが「金持ちの道楽」ですらある。 子の障害は文字通り死活問題だから、中国では障害が分かった場合中絶するし、もしお金がないのに治療が必要となった場合は治療を諦め、次の子を、と考える親が大半なのだそうだ。 「日本の医療は素晴らしいけど、どんな人も助けなければならないという道徳的な縛りとなって人を苦しめてるところもあるよね」とその子は言った。 中国のこうした社会事情を残酷だと言うことは容易いけど、うーん、と考えてしまう。日本の「誰も取り残さない」素晴らしい医療は残酷じゃないのか。医療ケア児は医療の発展により10年で2倍に増えているが、ケア児のケアのために仕事を辞めるのは大抵の場合女性であり、アンケートによると生活が苦しくなる人が大半である。どんな子でも可愛がるのが親、母の愛、親の愛があればなんとかなる、で押し切られている(実際にはなんとかなっていなくても)そんでもって中絶は悪だからできるだけやんないでね、やる場合は高額取るからね、という日本と、経済的に育てられないからその時は諦めてはい次、の中国、どっちも別角度でキツイ。優生思想ゴリゴリの中国は子供に残酷かもしれないが、救えてしまう命の皺寄せを女性ばかりに寄せて、平気な顔してる日本はそれはそれで女性に残酷なのでは?と思う。 「だからさ、私は第二子を日本で産むことを考えてるけど、それが怖いんだよね」とその子は言っていた。「中絶に厳しく、どんな子も育てるしか選択肢がないという社会の厳しさには、絶望を感じる」 わっしょい妊婦の出生前診断の章でも書いたけど、母親が出産する子供の生殺与奪の権を握っていると言うのはある種合理的だし、中絶は悪だという風潮の中で、トイレで出産した女が、子供を殺した女が責められて逮捕され、男の責任は問われずに責を負わされる、それってもっと別の角度で「厳しい」んじゃないだろうか。子を愛していても傷害や病気で育てられない(そして、育てている人間に対し冷ややかな視線が注がれる)中国と、どんな子でも育てなければならないと言う日本、もちろんどちらがいいと一方的に言えるものではないけれど、この話を聞いて日本社会に通奏低音のように隠されている地獄もまた垣間見た気がした。あと、関係ない第三者がその地獄に絡め取られた人間を「どうして○○しなかったの?」と断罪するのは違うなと思う。 結局のところ、中絶は悪とか、優生思想は悪とか、わたしたちがふんわりと普段縛られている鎖は結局のところ幻想でしかないのだな、と、ひやりとした気持ちになりながら実感した。 この話に特に結論はないです。 「わっしょい!妊婦」 amzn.asia/d/0t8h3P7
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