社長秘書の役務

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「しゃ、社長、おはようございます!」
「お、おはようございます!」
 社員達が深々と頭を下げる中を、笑顔を振りまきながら歩く女性。
「おはよう。……おはよう、ああ、おはよう。今日もお仕事、がんばりましょうね」
 一人一人に丁寧に挨拶を返しながら、にこやかにこのビルの最上階に位置する『社長室』直通のエレベーターに向かう。
「いやぁ〜、しかしお美しいな、清恵社長は」
 彼女が通り過ぎた後で、二人の男性社員が声を潜めて囁き合う。
「俺達よりも20歳近くお若いんだもんなぁ。ピチピチのあのお肌、ウチのカミさんとは比べものになんねぇよなぁ」
「あのレディーススーツの上からでも分かる巨乳、すげぇよ。見たか?ただ歩いてるだけなのに、もうゆっさゆっさ揺れてたぜ」
「馬鹿野郎、玄人の清恵社長ファンは、社長の魅力をあのヒップに見いだすのさ。お前、気付いてたか?あのスラーッと長いモデル美脚の上のプリプリなお尻の美しさ!社長がタイトスカート履いてしゃがみ込んだときは、あんまりでっかいお尻過ぎて布地がはち切れるんじゃないかとハラハラしてたもんだぜ」
 朝から男同士のスケベな会話に花が咲くのも無理はない。
 通り過ぎた彼女は、それに値するほどの美貌と肉体を兼ね揃えた人物だったのだから。

 この若き彼女が、この超巨大企業の社長。名を柏清恵(かしわ きよえ)と言う。
 彼女が大学在学中に興した会社は、前代未聞の目を見張る速度で急成長していた。
 起業からわずか6年という期間で年売上高15兆円という国内トップクラスの企業に成長した彼女の『カシワ・コーポレーション』は、全世界的にも現在最も注目される一社である。
 この化け物級の急成長は、ほとんど清恵一人の天才的としか表現できないカリスマ性、先見性によるものだった。もともとの資産も持たない平凡ないち女子大学生が、たった数年で社員数30万人をたばねる女社長となったというのだからとても信じられない。
 さらにまだ二十代という若さのこの女社長が、とんでもない美人だというのだから話題性は抜群であった。
 社内をヒールの音を立てて歩くだけで、男性社員は一人残らず振り向き、条件反射的に深々とお辞儀してしまう。女神の体現、などと銘打たれファッション雑誌の表紙を飾ったときは、週刊誌が品薄になり異例の増版がなされるという社会現象も巻き起こったほどである。
 そんな清恵が、毎日の社長業務の他にもマスコミの引っ張りだこになるのは必至。
 彼女の多忙なスケジュールを管理するために、常に“秘書”が行動を共にするのは当然のこと。

「………しっかし、宇水さん、うらやましいよなぁ」
 男性社員達の噂話は続く。
「なんつったって、清恵社長と四六時中一緒だもんな。いやはや、まったく……」
「社長が会社興したころからの付き合いらしいし、信頼も厚いんだろうなぁ」

 清恵の秘書として働く男が、宇水昌司(うすい しょうじ)である。
 これほどの大企業の社長ともなれば複数名の秘書を持っていてもおかしくないものだが、彼女が従えるのは宇水ただ一人であった。
 清恵より5歳年上の宇水は、まさに「デキル男」の風格を漂わせる若々しい男。毎日清恵と行動を共にし、彼女のサポートを行う。あの美人社長と一緒にいるというだけで、他の男性社員達からの羨望のまなざしを一身に受けているが、本人はそんなことにはまるで頓着していないような体裁を外部には見せていた。

「宇水、今日の予定は?」
「はい、13時よりN社の社長と会談、その後15時にM社との契約サインのために一度本社に戻られてから、17時30分よりT局で取材を受け、引き続いてT局社長との会食です」
 『社長室』直通エレベーター内で、清恵と宇水は二人きり。
 一歩下がった位置で、宇水はスケジュール帳を開き確認する。もっとも彼ほどの男ともなれば、スケジュールは一ヶ月後まで全て頭に入っているため、そんなものを見る必要もないのであるが。
「今日は比較的は空いてるわね」
 そう言って清恵は振り返り、妖艶に微笑む。
「それじゃ、今日は長めに“いつもの”、できるわね」
「……………はい」

 ――彼女にあこがれる、末端の男性社員達は知る由もない。
 清恵が生まれ持った、『異常放屁体質』の存在など。
 そして宇水が、清恵の『秘書兼奴隷を務めていることなど…… 

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