引っ越し大作戦(14)
踊る大捜査線!
3月27日(木)、またしても慌ただしい一日となった。誤解なきよう予め強調しておきたい。被害申請を出すよう前日指示されたので、それに従ったまでのことである。アパートに近い駐在所を訪ねると、戸口が閉まっていて、その脇にインターホンの電話が備えてあった。電話すると、本庁につながったようで、二度の通話の後、県警が大学の現場を検分したいと言ってきた。届け出をする側だから、もちろん検分を受けることにした。
大学側は驚いて電話してきた。「もっと早く連絡してくれないと」と注意されたが、検分が決まったのは直前のことであり、わたしは市立病院の診断・処置の延期を申し出る手続きをしていて、時間的余裕はなかったのである。そこから2時間の演習室検分とヒアリングを受けた。事務員による1回めのチェックは17日(か18日)で、そのときタブレットの存在は確認された。しかし、24日の再チェックではそれが消えていた。一方、赤い富士通のパソコンは21日朝、メールで「消えた」ことを私が連絡している。つまり、17日~20日の間に事件が発生した可能性が高い。本日は大学側のヒアリングを受ける。同じことを話すだけだが、県警側にはすでに詳細な調書データが作成されているだろう。
ダウラ再訪
事情聴取に疲れた体で地元の銀行へ。個人名義と研究室名義の2つの通帳のうち、後者を解約、前者の95%を奈良の他行へ振り込んだ。手続きは結構複雑で時間を要した。するとまもなく電話が鳴った。奈良の銀行からの御礼である。それ自体はたいした問題ではない。要は、トランプだ。関税引き上げなどで株価が下がり、為替は円高に振れはじめている。いったん引き出しも検討すべきとのこと。結局アメリカにとってはよくない方向に動いていると思う。
あまりにお腹が減っていたので、告別したはずのダウラへ。ホワイトデーからもう2週間経ったんだな。客は少ない。じつは、昨日刊行したばかりの魯班営造学舎彙刊創刊号(報告書)を御礼に恵贈したかったのである(絵本の方が喜ばれた)。店用とKOマドンナ用の2セット献呈した。前夜はカナイチヤにも届けた(鳥大の卒業式で人が多かったので飲食は断念)。やはり心境は複雑。「ハートは鳥取においていく」と宣言して店を出る。
風に吹かれて
帰宅し、4時半に日本海ケーブルあらわる。装置を外して持ち帰った。今夜から朝日放送とBSがみられない。5時には摩尼寺が友人とともにアパート到着。軽トラと自家用車で家具の半分以上を搬出。二往復してくれた。わたしは荷物を運ぶ労働に加わらず、アパートの2階に上がる階段に腰掛け、風に吹かれて、まわりの景色を目に焼き付けていた。やはり感傷的になっている。
入れ替わるように、ガッキー登場。報告書や登録文化財プレートなどを預け、「かぶら亭」へ。満席で玄関払いを食らう寸前、シューカさんを呼び出してもらい、「もう会えないかもしれないから報告書をもってきた」と話しかけていると、女将さんが畳座敷ならということで席を用意してくださった。ガッキーと我が夫婦の送別会である。美味しいね。忙しいなか、シューカさんは酒や料理を運んでくれたし、最後は玄関の外まで出て深く頭をたれた。礼儀正しい。2日前のたくみではドレスアップしていたが、こういう普段着の働くシューカさんの方が素敵だと思います、ごめん。ちなみに、ドーサン君とは前日キャンパスの廊下で出会ったとき報告書を渡しました。
たくみにも寄りました。やはり報告書を渡すためです。そこで大将の病を知らされました。どこも同じだなぁ。報告書を恵贈するのは、あとは「たかや」と「タオカフェ」。個人は学内のCとOとMとKとAとY、学外はTとYとHか。それよりなにより、全税協の報告書を書かねばならない。