美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか


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作:ぴえんふー
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14話 合わせ稽古


 

 

 

 

 

 

「――――ふっ!」

 

 夜の冷ややかさを僅かに残す朝の空気に、珠となった汗が宙を舞う。

 猛る息遣い。沁みる朝焼けの陽光を、気炎を孕んだ呼吸と共に振りぬいた木刀が切り払った。

 

 刃先より伝わるのは大気を捉え、形無きものを分かつ手応え。

 無形をモノともせず剣を振るうその姿はまさしく疾風(かぜ)の調べ。

 動きは速く冴え渡り、切り裂かれた空気が風きりの音となって響き渡った。

 

 それらを噛み締めながら彼女――リューは一振りまた一振りと丹念に素振りを繰り返す

 

 場所は戸を閉ざした『豊穣の女主人』の離れ。

 その中庭は並みの冒険者が徒党を組んで暴れようとも支障をきたすことはないと言えるほどの広さ持っており、住み込みで働いてる彼女にとってその場所を利用しない手は無かった。

 

「……つい、熱を込め過ぎた」

 

 熱を含んだ空気を排出しながら独り言ちる。

 その鍛錬はリューにとってはいつもの光景だ。

 いつも通りの場所で行う、いつも通りの鍛錬。

 

 冒険者としての道を退いてから久しく、都市の地下に伸びる迷宮の空気を忘れて酒場の業務に徹することも多くなってきた今日この頃。

 

 それでも、鍛錬を欠かしたことはない。

 

 そして一度たりとも、その鍛錬に手を抜いたことなどありはしない。

 

 だがそれでも、明確な『意義』が存在する鍛錬というのは文字通り身の入りようが違う。

 

 いつもと同じ光景が少し違って見えるのは――心当たりしかない、先日の貯水槽の崩落に起因していた。

 

「――『闇派閥』がまた動き始めている」

 

 木刀を握り直し、ぽそりと呟いた言葉には言葉に出来ない重さが乗っている。

 再開し無我で振るっていた筈の木刀には、先程には無い熱が宿る。

 思い出すのはつい先日の光景。

 光の届かない貯水槽で始まった、人々には知られざる戦い。

 

 薄い暗黒に響き渡る下卑(げび)た嗤い声。

 死体を貪り生者を愚弄する食人の花を率いる白き鬼。

 人でなしによる、文字通り人であることを捨てた肉体を持ち、この都市を滅ぼさんとする者。

 

 そこに在ったのは紛れもない、かつて彼女が()()()()()()()()()が息を吹き返した姿だった。

 

「――――」

 

 それは彼女にとっては忘れもしない、悪逆の要因であり己の罪の証。

 仲間を失い、正義を捨て、ただただ暴力を以て私怨を優先する堕落した獣に成り下がった。

 

 出来ることなら何でもやった。

 闇討ち、奇襲、罠、手段を厭わず、かつてであれば外道と切り捨てたであろうあらゆる手段を以て、多くの敵を屠ってきた。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度もだ。

 

「……繰り返すのか、私は」

 

 そんな(かつ)ての己を正当化する気はない。

 だが『敵』だった彼らの所業を正しいだなんて、それこそ許すことなどリューには出来ない。

 

 出来る筈がない。

 

 あれほどの喪失を。

 あれほどの黒き熱を。

 あれほどの悲しみを振りまいた彼らを――どうして許すことが出来ようか。

 

「ッ! ……またやってしまった」

 

 破砕音と共にリューが握っていた木剣が手の中で剣の形を失い、ただの木片へと還る。

 小さな木の欠片が、白い手のひらを僅かに傷つけたのを見て、握りつぶしたのが己であると否が応でもわからされる。

 

 それと同時に。

 

 復讐を完遂し、燃え尽きたて朽ちるだけの自分が救われたあの日から。

 

 一歩も前に進めていない事実を、突きつけられている気がした。

 

「……レンリさんであれば、どう答えるのでしょうか」

 

 そこでふと、最近知り合った冒険者の名前を思い出す。

 

 殺したい相手がいると言い切ってもなお、誰かに笑っていて欲しいと願った男を。

 

 誰かの破滅を望みながらも、誰かの幸福を願った冒険者。

 

 『白髪鬼(ヴェンデッタ)』――オリヴァス・アクトとのやり取りで見せた憎悪には確かに、常にはない苛烈さがあった。

 それこそ自身すらも滅ぼしかねない怒りを、彼は抱いていた。

 

 だがそれは正当なものだ。

 

 暴力を肯定したわけではない。

 

 彼は一方的に奪ったことを。

 

 誰かを護ろうと死んだ人々を嘲笑ったその姿にこそ、怒りを抱いていたのだのだから。

 

 

 断じて――憎しみを抱き、正義を捨てて蛮行に走った自身とは違う。

 

 

 誰かを殺すと決めながらも、その行動は常に誰かの為にあった。

 

 それを愚かだと誰かは笑うだろう。

 強者しか振る舞えない傲慢な偽善であると、余人は言うかもしれない。

 

 だがその中でもリューは確かに、彼の中で光るものを見たのだ。

 

「……いや、何を考えている」

 

 頭に掛かった靄を振り払うようにリューは唐突に(かぶり)を振った。

 彼女にしてみれば、それは本当に今更のことだった。

 どの口が言うのか。

 

 彼に、復讐に囚われて欲しくないと。

 

 激情に駆られて関係のある者も、仕方なく手を貸すしかなかったかもしれない人々すらも、己は手に掛けたのだ。

 

「なんて、愚か」

 

 そう、愚かだ。なんとも馬鹿馬鹿しい。

 己にそんな権利など無いというのに。そんな自分が語るあまりにも自分勝手な願いに、いったいどれだけの正しさを持てるというのか。

 

 

 自分はこんなにも、汚れてしまっているというのに。

 

 

 

 

「――雑念が見えますね、リューさん」

 

 

 

 

「……!」

 

 精悍な、それでいて何処となくあどけなさが残る声が離れに届く。

 

 陽光を弾く白い髪。

 どことなく幼い顔立ちを、薄い褐色の肌が備え持つ威圧感を強調する。

 蒼い外套を纏い、最低限のバックパックを身に着け刀で武装した彼は、仏頂面に見えなくもない表情をどことなく柔らかくリューを離れの入り口から見つめていた。

 

「はて、雑念とは」

「いえ……何やらぶつぶつ言いながら木刀振っていましたので」

「……」

「あと訓練用の木刀を握り潰していたところも」

「…………」

「ごめんなさい。見なかったことにするので、大聖樹の木刀(モノホン)を持ち出すのはやめてください。普通に死にます」

 

 どうだろうか、とリューは目の前の変わった女神の眷属を訝しむように見つめる。

 それはこの状況と、彼自身へ向けたもの。

 荷物を置き、近くの木樽へ腰掛けて穏やかに会話に応じる彼。

 

 その姿は苛烈などという言葉からは程遠い。

 それを見てひと目で、かの『美神の眷属』の幹部であるなどと見抜ける者が果たしてこの都市に何人いるのだろうか。

 

 下界において『美』の頂点に立つ女神、フレイヤ。

 そんな彼女に心酔し、崇拝と忠義を掲げる彼らは女神の手足となり、時には万を誇る軍勢を、時には一国すら一夜にして堕とすことも(いと)わない。

 

 経路は彼も紛れもなくそんな派閥の一員。

 だというのに、だ。

 その色自体は希薄なものの、見る人が見ればリュー・リオンという女性が此処まで表情豊かに接していることを珍しがる程度に、彼女は男――アルノ・レンリと接していた。

 

「それはそれとして、おはようございます」

「おはようございます、レンリさん……あなたが此処に来たということは」

「はい、敵の位置を特定しました」

「!」

 

 その言葉を受けて、リューは姿勢を正すようにアルノへ向き直る。

 

「昨日のうちに探知の仕掛けを作動させたところ、そう遠くには行っていません。この移動速度なら、たとえもう一日経過したとしても中層でしょう」

「その仕掛けとは? オリヴァスを殴った時に何かを施したとは聞いていましたが……」

「俺の魔法です。『爆散鍵(スペルキー)』を発動させて『直感(アビリティ)』を利用すれば、短期間だけ機能する発信機代わりに出来る」

「……攻撃用の魔法であったと記憶してますが」

「無才なら工夫を凝らし数をこなせというのがウチの上司の教えでして」

 

 淡々と告げるアルノ。

 リューから見ても本当に大したことは無いと考えているようで、なんだそれはと口にしそうになるのをどうにか抑え込む。

 

「とはいえ、あれだけの力を持ちながら現状の速度は少し気掛かりですが……」

「生存が確認された以上、無視するわけにもいかない。ということですね」

「はい……とはいえ、コトは慎重かつ迅速に進めます。未知の生態なうえ、何が起きるかわからない。その間に被害が出ないとも限りませんので」

「わかりました。すぐに準備を――」

「その前に」

「……?」

 

 リューの行く手を制すように、アルノは立ち上がる。

 その手にはいつの間にやら、中庭の鍛錬用に複数配備してある二本の木剣が握られていた。

 彼女が訝しむまもなく、そのうちの一本を彼は投げ渡され――剣を正眼に構える。

 

 そして直後。

 

 

 

「一手、ご教授願います」

 

 

 

 そんな、彼の力量を知ったリューにとって、在り得ざる提案を口にした。

 

 

「……私のLvは貴方に教えた筈ですが」

「確かにLvは俺が上です。ですが、俺には本来必要な『経験』が不足している。昇格の世界記録と言えば聞こえは良いですが、それでも地道に積み上げた経験による地力には一歩届かない」

 

 アルノの言葉に、リューは成程と頷く。

 

 多くの冒険者が陥った『恩恵』による弊害だ。

 技の軽視とも言えば良いのだろう。

 しかるべき年月に相応の技術が身につかず、肉体の性能に頼り切った戦闘法に多くの冒険者が偏ってしまう。

 

 多くの冒険者がLv2より上に行けずにその生を終える理由が、まさしくそこにあった。

 

 ……だが、リューからしてみれば眼前の男はその例に当てはまらないだろう。断言できる。

 

 貯水槽の戦闘で見せたかの()()()()

 

 あれらが肉体のスペックに頼り切りの冒険者に放てるとは、とても思えなかった。

 

「それに……これは、極めて個人的な要望なのですが」

 

 真っ直ぐと、琥珀色の瞳が己を見つめる。

 そこには貯水槽で見た、赤黒い激情の熱に満ちたものではない。

 もっと清廉で、もっと澄みわたるもの。

 言動には見られないあどけなさに残る実直さを感じ取った。

 

 

 

「――あなたの剣を、もっと見たい」

 

 

 

 それを、なんとなく。

 

 小さく笑みを浮かべる顔こそが、『本来の彼』の姿のような気がした。

 

「……まったく」

 

 そこまで言われて昂らない冒険者がどれほど居ようか。

 返礼はいらない。

 彼女が顔に浮かべるのは、凛々しいエルフのもの。

 だがそこに、希薄ながらも――戦意に滾る戦士の顔がそこにあった。

 

「ルールは」

「得物は木刀で。致命傷を与えるのはなし。どちらかが参ったと口にしたらそこで終了です」

「わかりました」

 

 言葉は最低限。

 会話は今だけは必要ない。

 語り合うのは、この仮初の剣先だけで良い。

 

 言われるでもなく、合図もなく構えを取り――リューは目を見開いた。

 

「――――」

 

 しん、と中庭の静謐(せいひつ)を音の無い剣気が貫く。

 朝を彩る穏やかな風も、鳥のさえずりからも切り離され色が消えるのを錯覚する。

 互いに正眼に構えられた木剣。 

 剣を握る者として、アルノの一挙手一投足を見据えるさなか、彼女は確かに視た。

 

 剣先を小さく風が撫でる、一秒にも満たない刹那。

 

 木剣の向こうより覗く琥珀の瞳からは――一切の温もりを消した『戦士』が顔を覗かせていた。

 

 

「「――――」」

 

 

 ――駆け出したのはほぼ同時だった。

 

 剣速は風を斬る居合。

 迫る一太刀により繰り出される両者の迎撃は袈裟斬り、一閃。

 ただの木剣である筈のソレはその尋常ならざる剣速と技により、丈夫な木でしかないものはその鋭さを鋼へと転ずる。

 

 刃のはらを奔る刀身。

 

 木剣に在り得ざる火花を立ち上げ、錬鉄の如く甲高い金切り音が中庭に轟き、衝突した。

 

「――――ッ」

 

 聴覚に優れた獣人が居れば耳を塞ぎたくなる高音が響き渡る。

 それを気にする余力はリューにはない。

 

 一秒にも満たない得物の邂逅によって腕の中に残留する、振動という形で暴れ回る斬撃の鼓動。

 

 思わず剣を手放しそうになるそれを前に、リューは無我に握り締める。

 

「次――ッ!」

 

 切っ先が交錯する。

 突きと剣閃。軋む木剣。弾け、耳打つ剣戟は絶え間なく、その回転数を上げていく。

 

 それでもなお、蒼い剣士は不動である。

 その斬撃の重みに耐え兼ねているリューに対しその佇まいはどこまでも涼しげだ。

 

 たった数撃の打ち合いだけでもわかる単純な肉体性能の差。

 都市有数の第一級冒険者であるLv5、その器の差はやはり覆しがたいか。

 

 そして――それだけはないとリューの培った冒険者としての経験が断じている。

 

「(速いだけじゃなく、鋭く重い――ッ!)」

 

 物理的な剣速の話ではない。

 正確無比な斬撃が、何よりも()()

 

 一手先が『死』に直結するダンジョンの冒険。判断を見誤れば肉塊になった己を見届けることなく生を終える無慈悲な暴力の世界における暗黙のルールをリューは誰よりも熟知している。

 

 それでも燦然(さんぜん)と剣に宿り輝く、生き残らんとする意思。

 

 その一振り一振りに確実に命を刈り取らんとする『重み』がアルノの剣には乗せられている。

 

 であれば――こちらも速さを『重さ』に変えるまで。

 

「!」

 

 目に見えて剣速が上がる。

 アルノ・レンリという冒険者の振るう剣、その術理の一端を理解し、一時的とはいえその一撃が同じ土俵へと召し上げる。

 

 軋み折れんとする二振りの木剣が悲鳴を上げながら加速する剣戟。片や袈裟からの斬り上げ、片や切っ先を翻し逆手に持った刃の一閃。

 

 中庭という閉ざされた空間に不釣り合いな轟音が、風が離れを震わせる。

 

「――――!」

 

 吸い込んだ朝の空気で肺が凍りそうになるほどの熱気を孕む肉体。

 木剣の衝突が生み出した剣圧は粉塵を巻き上げ、二重、三重と重ねられ斬撃は留まることを知らずその速さを上げ続ける。

 

 立ち込めた砂ぼこりを突き抜ける二つ影。

 

 それがもはやただの『鍛錬』から逸脱したものであると、指摘する者はこの場にはいない。

 

「――――!」

 

 妖精は軽業師のよう軽い身のこなしで不規則に動き、駆け引きの中に牽制を織り交ぜる。

 

 交錯する剣の線。

 一筋、一筋と閃光の如く視界を分断する正体はかつて『疾風』と称された冒険者の姿。

 

 その容貌と技量より(たまわ)った名に偽りはない。

 妖精は文字通り捕えることを叶わぬ風と化し、美神の眷属と対峙する。

 

 

 その姿は垂直にそびえ立つ離れの壁を踏みしめ、霞に構えた剣士の姿を捉え。

 

 

 瞬間――ぞくり、とリューの全身に冷ややかなモノが迸った。

 

 

「――ハァッ!!!!」

 

 

 ――――予感を払拭し、突進する。

 

 放たれたのは刺し穿つ、渾身の突き。

 木剣が纏う風がごとき剣気が(たぎ)る呼吸と共に吼え立てる。

 踏み込みの足場に使った壁は粉砕し、爆弾を投げられたように抉られた。

 

 死の予感がなんだという。

 

 そんなものは突っ込んだ後、この攻撃が躱された後に考えれば良い。

 既に冒険者から足を洗った身。

 されど一寸先の恐怖と予感を拭えずして、どうして冒険者を名乗れようか。

 

「――――」

 

 霞に構えられた剣。

 その佇まいに乱れはない。渾身の一撃を前に、アルノの気配と立ち振る舞いには一部の狂いも存在しない。

 

 予感は、未だ顕在である。

 

 

「な――――!」

 

 

 ――――そしてコトは終わっていた。

 

 一際甲高く打ち鳴らされる木剣の衝突。

 アルノの剣がリューの剣のはらを(はし)る。

 肩に担ぐようにして構えられた刃のうえを、風の咆哮じみたリューの突きがアルノの木剣を焦がしながら通り過ぎていく。

 

 バランスを崩してつんのめったリューの身体は剣を容易く手放し、その姿勢を維持できず後方へと倒れようとしていえる。

 軌道を逸らされた剣突がその速度と重さ宿して砂塵を巻き上げ、勢いのあまり木剣が種火となって火を咲かした。

 

 その最中(さなか)

 刃は、伽藍洞になった胸に向かって振りぬかれようとしている。

 

 

「(やられる――――!)」

 

 

 受け身を取ろうにも既に遅い。

 火を打ったように黒煙を上げながら赤熱する刃。文字通り、打ち合いに熱が入り過ぎたが故に火花を散らす得物が迫る。

 

 到来するであろう痛みに備えて、堪えるように反射的に瞳を閉じた。

 

「…………?」

 

 だが予想した筈の痛みはいつまで経っても到来しない。

 

 否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、理解が追い付かない。

 

 思わずと言った具合で瞼を開ける。

 

 そこで目にしたのは――何故か立ち合いを制した筈の本人の顔は如何にも「やってしまった」と言わんばかりの驚愕によって目を見開く有り様だった。

 

「レンリさん、立ち合いは……」

「…………」

「あの、なにか……?」

「その、リューさん……周りを」

「何を――――え?」

 

 

 言われて見渡したそこには――惨状が広がっていた。

 

 からん、と虚しく瓦礫と木片が地面を打つ。

 

 内庭は荒れるに荒れて、弾かれた木片が未だに真紅の熱を宿しながら地面に突き刺さる様は、荒廃しきった戦場跡地と称した方が適切だった。

 

 飛礫でもまき散らしたかのような裂傷が建物を鋭利に傷つけているうえ、一部の壁は爆撃でも喰らったのかと言わんばかりに抉られ、風穴を空けている。

 

 二人の脳裏へ瞬時に、とあるドワーフの姿が過った。

 

「あの、これもしかしなくとも……ミアさんに知られたらどうなります?」

「……い、いや、大丈夫な筈だ。幸いまだ大きなものは壊れて――」

 

 がしゃーん、とリューが最後の一撃の踏み台にした壁が限界を迎え、下の廊下を突き破って崩落する。

 

「…………」

 

 どうすれば良いんですコレ、と言う意を込めた視線をアルノは送る。

 

 当のリューと言えば、数瞬前まであったであろう戦いの熱はどうしたのやら、先程とは違う汗を顔に滲ませながら顔を蒼褪めさせている。

 

 打つ手なしと理解し、溜息が憂鬱に荒れ果てた内庭に溶け込んだ。

 

「…………すまないレンリさん……私はいつも、やり過ぎてしまう」

「いえ、俺もリューさんが余りにもいい動きをするのでつい……熱…………が…………」

「……いや違う、私が立ち回りを間違えなければこんな………………ぁ」

 

 もう勘弁してくれ、といった具合に天を仰ぐアルノ。

 対照的にリューは蒼褪めたり顔を真っ赤にしたり大忙し。

 

 それも無理はない。

 

 何せリューの腰には、先日の焼き直しのように手が回されていたのだから。

 

 

「あの」「あの」

 

 

 あ、とまた声が重なる。

 真っ赤になったり

 そーっとアルノはリュー腰から手を離し、両肩を支えて姿勢を正した。

 

 

 リューは触れられた肩に手を添えている。

 

 

「さ、先にどうぞ」「お、お先にどうぞ」

 

 

 また重なってしまう。

 誤魔化すように今度は回されていた腰をリューはなぞる。

 

 そこに()()()()()()()()()は、どこにも感じない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ついには何も言えなくなる。

 行動を取ればとるほど雁字搦めになる状況に、かける言葉も見つからない。

 じりじりと距離を取るもこの空気を払拭できる筈もなく、互いに無言の時間が長引くばかり。

 

 

 そしてリューは――どういうわけか、失われた筈の知己の声が蘇っていた。

 

 

『リオン』

 

 

 鮮やかに揺れる赤髪が、色褪せた灰色の記憶を(いろど)る。

 リューが正義の眷属として戦う意味を与えてくれた人。

 背を預けられる勇ましさが宿った彼女の名を呼ぶ声音は、今も生きているかのように弾む。

 人々の心を闇に落とした『暗黒期』においてなお輝く、かつての英雄候補の姿。

 

 それが古い夢のように、しきりに思い出させている。

 

 

『もし、あんたの手を握れる男がいたら』

 

 

 だが理由がわからない。

 リューには、皆目見当がつかない。

 何故今なのだろうか。

 

 壊れた離れに泣き寝入りなど許さないドワーフの恐ろしさを知っているのに。

 やり過ぎてしまう自分に付き合って、眼前の彼はこの後に起きるであろう出来事と今この場で起きていることにほとほと困り果てているというのに。

 

 

 それらを押し退けて、戯れに交わした懐古の言葉が顔を出そうとしている。

 

 

『それが運命の相手だから――絶対逃がしちゃだめよ』

 

 

 顔に集まる熱を自覚し。

 

 

 今は亡き親友のそんな言葉を――リューは完全に思い出した。

 

 

「ど、どうしたのニャリュー!? 敵襲!? 敵襲かニャ!? ハッ! まさかミャーの知らないところで摘み食いをたくらんで……!?」

「んなわけないでしょっ! 明らかに戦闘音か何かでしょうが!」

「アーニャのアホは放っておくニャ! なんか砲弾をぶちまけたみたいな音がして――」

 

 直後、何やら離れから聞き慣れた声がする。

 それはリューと最も顔合わせの多い『豊穣の女主人』の同僚たちの声と姿。

 

 アーニャ。

 ルノア。

 クロエ。

 

 以上、三名は内庭の状態を確認して――ぴしりと固まった。

 

 

「な」

「な」

「な」

「リューさん、説明を……!」

「あ、アーニャ、ルノア、クロエ! こ、これにはワケが――」

 

 

「「「なんじゃこりゃあああああああああ!!??」」」

 

 

「ああ終わった……本当に終わった……」

 

 

 響き渡る悲鳴じみた怒号に、アルノは崩れ落ちる。

 

 先程から離れの奥より響いてくる大きく、重々しい足音。

 

 この店の主が目を覚まし、この現場に向かっていることを認識し――ぶわっとリューの全身から冷や汗が噴き出した。

 

「あ、アルノ! リュー! こ、これはどーいうことニャ!!??」

「ええい、後が怖くて仕方がないですけど、今はどうしても時間がない――!」

「あ、逃げたニャ!」

「ってか速ッ!?」

「行きますよリューさん!」

 

 バックパックと武装、そして立てかけられていたリューの装備一式をアルノは回収する。

 

 

 そして、リューの手を取った。

 

 

「!!!?? れれれ、レンリさん!?」

「あとで死ぬほど謝ります! 少なくとも此処に残っているよりマシです!」

「で、でも――」

 

 

 離れの扉をぶち破り、早朝の人気の少ない大通りを駆け抜ける。

 

 固く握り締められた手にやはり戸惑う。

 

 他者の接触を拒む(エルフ)の性質を理解しながらも、躊躇なく触れる剣士の手。

 

 柔らかくもなく、剣を握る者としての力強さを感じさせる細くも固く、ごつごつとした手の平。

 

 初対面であってもその習性により相手の手を咄嗟に撃ち払ってしまう妖精の宿痾(しゅくあ)

 

 

 

 それでも拒絶は――やはり起きなかった。

 

 

 

 

 

「いやせめて壁を直してけお前らぁああああああ!?」

 

 

 

 




◇とある小人族と眷属のはなし その2
「息をするような拘束。あなた達じゃなければぶん殴ってたところです」
「フレイヤ様に似合う首飾りをお贈りしたい」
「装飾に関してあなた達の右に出る人はいないでしょう」
「早急に下層、深層での探索が必要となる」
「四人で万の軍隊を滅ぼした人達の台詞じゃないですね」
「癪に障るが我らの連携にお前の剣の腕と魔法が加われば隙の生じない編成が出来上がる」
「結果やり過ぎて更地になったの忘れましたか」
「出来れば一人一人違うデザインで作ったものを贈れれば幸いだ」
「デザインのコンセプトを違うものにすれば良いでしょう。宝石、植物、戦場、美女。側面の数だけでもモチーフの材料には困りませんよ」
「「「「お前の入れ知恵だと思われたくない」」」」
「それが本音ですか……あのですね、あの(ひと)が貴方たちの作ったもの、ましてや装飾品作りの腕を疑うわけないでしょう。きっと四人同じもの作ったって喜んで着けてくれますよ」
「女神を相手に後方理解者面か」
「それはそれでムカつくな」
「どうする処す? 処す?」
「待て、ガチの喧嘩はフレイヤ様が悲しむ」
「俺にどうしろと……そもそも、俺は今からフレイヤ様とメレンの港町で一本釣りに――」
「「「「フレイヤ様と?」」」」
「あ」
「語るに落ちたな」
「どうする逃がしてやる? 殺す?」
「殺す」
「殺す」
「ハイわかりました」
「…………」
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