昨日行われました。2月に「シン・セルフカバーズ・怪物」を発売した泉谷さんのスペシャルライブ。場所は京都の四条の中心にあるライブハウス。開店は1974年。もとは日本酒の酒蔵だったという建物をそのまま生かしているという老舗中の老舗です。
泉谷さんはアルバムが出た時にFM COCOLOの「J-POP LEGEND CAFE」で一か月出演して頂きました。発売が、48年ぶりに復帰したフォーライフレコード。社長の後藤豊さんと3人でトークイベントも行いました。
僕より二歳下。あの頑張りには頭が下がると常々思ってますが何と3時間スペシャル。磔磔は座席が200席くらいかな。関係者面したジジイに見せる席の余裕はないでしょうけど、無理を承知でお願いしたらいいよ、ということで行ってまいりました。
3時間と銘打ちながら実際は3時間半。15分休憩がありましたけど、正味丸々3時間越え。熱演でした。客席も椅子がありましたし、彼も座って歌う曲もありましたけど声がすごかった。うなるように吠えるシャウト、それでいて哀愁がある泉谷節です。
バンドは元アナーキーのギタリスト、藤沼伸一さんと15年来一緒にやっているというドラムの板屋達也さんだけ。泉谷さんはエレキもアコーステイックも弾いてましたからギター2本とドラム。これがカッコよかったんです。
泉谷さんはもともとローリングストーンズのようなバンドをやりたくて音楽を始めた人ですからね。それとあのデイランの言葉を放り投げるような歌い方がミックスされている。ドラムの音量と激しいビートがそんな本性を呼び起こすんでしょう。
藤沼さんとは91年に下郎というバンドも組んでますからね。泉谷節も泉谷流も知り尽くしている。歌っている泉谷さんを見ながら演奏のタッチを変えたりする。ギターで盛り上げる術を知ってる。隙間だらけでうねっている。
そういう曲をロック色、パンキッシュな曲を選んでいたせいもあるんでしょうけど、泉谷さんがギターを弾きまくってツインギターで見せ場を作るのは新鮮でした。一心不乱に弾いている姿はギター少年そのものでした。
業界には泉谷しげるのギターは「弾く」のではなく「叩く」ものという言い方がありましたけど、そういう感じじゃないです。進歩してました。練習してるんでしょう。そういう前向きさが迸ってる。エネルギーの塊。刺激になりました。
3時間越えの全身シャウトですからね。後半は、見ていてそのまま失神でもするんじゃないか、と思う瞬間もありましたけど、「休ませろ!」と言いながら踏みとどまって次の曲に行く。客席も椅子はありましたけど、最後は総立ちでした。
客席の年齢もかなり高いですからね。気を使いつつの煽りが微笑ましかったり。ああいうサービス精神は若い頃には出来なかったでしょうね。酸いも甘いも知り尽くしている大ベテランだからこその味。根っからのライブ人間ぶりがにじみ出てました。
ライブハウスというのはこういう場なんだよなあ、と再認識させてくれる。成功へのステップとかじゃなくて、こういう空間にしか出来ないライブがあることを分らせてくれる貴重な存在。無理なお願いをして良かったと思いました。
このところ、妙にネガテイブな気分に襲われるんです。そろそろかなとか、もういいんじゃないの、とかどっかで声がする。吹きとばしてくれるライブでした。というようなことを昨日、帰りの新幹線の中で書いたんです。
でもね、消えたんですよ。コノヤロー!ですけど。新幹線のWIFIって時間で切れるんですね。それに気づかずに送信しようとしたらそのまま消えてしまいました。またやっちまった、というやつでしたが、後の祭り。
次は品川というアナウンスで慌てたのかもしれません。でも、勢いこんで書いてたから今日の方が伝わるかもです。というわけで、曲ですね。泉谷さん「翼なき野郎ども」。客席の「元野郎」が「野郎声」をあげてました(笑)。
新幹線でついてから乗ったJR中央線を寝過ごしてしまったんです。残っていた上り電車は何と最終。焦りました。この年で「終電なき野郎ども」にはなりたくありません(笑)。じゃ、お休みなさい。
FM NACK5「J-POP TALKIN’」の来週と再来週のオンエア。インタビューは先週行われました。自分で言うのも何ですが、いいインタビューでした。彼女の出演は一昨年の11月にアルバム「スナックJUJU・帰ってきたママ」が出た時以来です。
あのアルバムは去年の2月の東京ドームの「スナックJUJU」に向けたアルバムで彼女の中の歌謡曲愛が凝縮した一枚でしたけど、今回は先日5日に出た7年ぶり8枚目のアルバム「The Water」についてのもの。全曲についての話を聞けました。
面白いアルバムだったんです。面白いは変か。お笑いじゃないですからね。聴きごたえがある。アルバム一枚がトータルなストーリーになっている。全15曲。一曲目と最後の曲が「The Water」。なぜ「水」に惹かれるのか、何を託そうとしたのかが2曲で歌われてます。
と言っても一曲目はモノローグ。そこから出会いのときめきがあって曲ごとにストーリーが深まってゆく。春のような淡い恋心が高まる中で不信が芽生えてきたり。それに気づいてしまったり。更に抜き差しならない深みにはまっていったり。
飲み屋でべろんべろんになる曲があったりね。そういう紆余曲折の中で新しい強い自分として生き直してゆく。そして穏やかな関係が生まれてゆく。急流や激流、時には濁流だったりしながら静かな海に出てゆく、みたいな流れかな。
水のように流れながら変わってゆく愛の形と同時にそういう人生を送りたいという彼女の願いみたいなものが重なってゆく。全15曲、どれも微妙に歌い方や声が変わってます。繊細なハスキーボイスというところに留まってない新境地が聴けます。
彼女の歌い方で最初に惹かれたのは8枚目のシングルかな「素直になれたら」だったんですね。日本語なのに英語のような気持ちよさがある。こういう歌い方する人はあまりいないよな、と思った。それがもっと深みを増している。
どの曲も詞や曲が400曲くらいの中から選ばれると言ってましたけど、そうい作り込み方をしてるからこその細やかなアルバムになったと思えました。そんな話はオンエアでお聞きいただけたらと思います。
去年が20周年。年々自由度を増してゆく。豪快な姉御笑いも随所に飛び出します。テレビじゃあそこまで話を聞けることはないでしょう。ドームをやって紅白に出るとラジオは卒業、という人は多いですけど、楽しいインタビューになったと思います。
アルバムの中の異色の一曲。平井堅さんが詩曲を書いた「ぐらぐら」という曲を。酔っぱらってお店の階段を降りるのが危ない、という酩酊ソング。平井さんが書いた前作「かわいそうだよね」の飲み屋編という感じでしょうか。
「かわいそうだよね」というのは、周りのうだつの上がらない女性を「あの子、かわいそうだよね」と上から目線で見ていた売れっ子のファッションモデルか女優さんが何年後には自分がそうなってることに気づく、という歌なんです。
業界の裏側、虚栄の市の虚しさ、みたいなものを歌ってる。JUJUが見事に語り部になってる。彼女の独自性が際立ってる曲でもあります。というわけで、曲はそのどちらか。男性にとっては「ぐらぐら」の方がいいかも、です。じゃ、お休みなさい。
目下、ヒット中、話題沸騰のアメリカ映画。ボブ・デイランの若き日を描いたものですね。前評判が良かったですから楽しみにしてたんですが、期待に違わなかった。想像していた通りでしたけど、ここまでとはと思いませんでした。
ミネソタ生まれのデイランが敬愛するフォークソングの父、ウデイガスリーが入院したことを知って病院に見舞いに行くところから始まる。フォークの新星として爆発的な人気を得たもののそこに満足せずエレキギターを持つてロックをやり始める。
60年代の音楽だけじゃなく戦後のロック史の劇的な転機になった瞬間を丁寧に描いている見事な音楽映画。何がすごかったか。一にも二にも主演のテイモシー・シャラメという若者が素晴らしかった。
顔はそっくりさんという感じじゃないんですが、歌は驚きました。ここまで感じを出せるんだと思った。声にしろ歌いっぷりにしろ本物に聞こえる。どこが違ってるとかどこが似ているというようなことより、ともかくデイランなんです。
歌と声と表情と動作。もちろん僕らはその頃のことは写真や数少ないドキュメンリーでしか知らないわけですが、そうか、こういう感じだったんだなと納得させてくれる。共演者もそう。ピート・シーガーとかジョーン・バエズとか実在の人達です。
みんな音楽の歴史に残る個性の持ち主ばかり。コンサートシーンも多い。役者さんで出来る映画じゃないでしょうし。彼らの歌もミュージシャンの演奏にも偽者感がない。舞台になったニューヨークの街並みも60年代当時を思わせる。
ここから追加です(笑)。昨日。嫌味になるかなと思って書かなかったのですが、書き込みの中にデイランのアルバム「フリー・ホイーリン」のジャケットについてどう思ってたかというようなくだりがありました。よくぞ聞いて下さいました、という感じです(笑)。
若き日のデイランが恋人と一緒にグリニッジビレッジを歩いている写真ですね。俯き加減のデイランと腕にすがるような彼女。20代前半という年齢があんなにフォトジェニックに表現されているジャケットは他にないでしょう。
恥ずかしながら憧れてました。あんな風にマンハッタンを歩いてみたいと思ってました。実現したのはもっと時間が経ってからですけど。浜田さんのファーストアルバムの裏ジャケットに同じような臭いを感じたんですね。(ここまで追加)。
で、デイランが評判になったニューヨークのライブハウス、フォークシテイは、81年に小室等さんが拓郎さん、陽水さんと一緒にやった「ニューヨーク24時間漂流コンサート」の時に僕も行ったんです。こういう感じだったなあと思えました。
ハイライトが65年のニューポート・フォークフェス。デイランがエレキを持って登場して大ブーイングを浴びるステージです。それまで別な流れだったフォークとロックが一体になったフォークロックが誕生した瞬間です。
当時のフィルムを使ったドキュメンタリーは見てますし、その頃のことを書いた本は沢山読みました。でも、実際にそこにいるように思えたのは初めて。そういう意味での再現映像。タイムマシーンに乗ったような音楽映画でした。
デイランがいなかったら、ロックはどうなっていたでしょうね。ジョンレノンがデイランに出会って変わったという話は有名です。「ニューミュージック」というのは「ビートルズとデイランの影響で生まれた新しい日本語の音楽」と定義していいでしょう。
岡林さんも拓郎さんも浜田さんも佐野さんも誕生してなかったと言って過言じゃないでしょう。そう思いながら見て頂けるとまた違うリアリテイもあるでしょう。でも、マニアックにも下世話にもならない映画としてのまとまりは見事でした。
ということで曲です。浜田さんの「初恋」。歌詞の中の「Bringin It All BackHome」はフォークロック誕生の歴史的アルバムのタイトル。あの中の最後の曲が「エレキ」を拒否されたデイランがアコギで歌った曲です。じゃ、お休みなさい。
遅くなってすみません。目の前のことに追われてしまい、FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」の3月の特集についてお知らせするのを忘れてました。今日、一週目でした。もう終わってしまいましたが。
この番組での瀬尾さん登場はもう恒例と言っていいでしょう。去年、アルバム「Singles」のリマスターが出た時もお願いしてますから、1年あまり。3月12日に出る「歌会VOL1」が中心。アルバムの全曲紹介をして頂きます。
去年行われたみゆきさんのツアー「歌会VOL1」のライブアルバム。「ラストツアー・結果オーライ」は全曲が収録されたライブアルバムでしたが、今回は彼女が曲を選んだセレクションアルバムです。
アルバムは11曲入り。ライブの本質、骨格、今回の特徴はより鮮明になった感じです。たとえば一つのテーマで選んでいた複数曲の中で一番肝心な曲を選んでいるとか、ライブの全貌を記録したというより凝縮して伝えているという印象です。
ただ、3月は5週あるんです。アルバムの全曲紹介は恒例としてその後に3週ある。こういう時じゃないと出来ないことは何だろうと思って考えました。まだ収録してませんし台本も書けてないので終わってからお伝えしようと思います。
「歌会」は「Vol1」ですからね。「夜会工場」がそうだったように「Vol2」もあるでしょう。その時のためのささやかな参考になればなという特集にしようと。二人とも残り時間は多くはありません。やっておかないとということはいろいろあります。
やっておかないといけないこと、やっておきたいこと。そういう時期になってるんです。すぐに疲れる、頭に入らない、何をやっても準備しきれない。そんなことの連続どころかどんどん鈍くなってゆく。
というようなことを書き出すときりがない(笑)。明日もその台本です。というわけでお知らせでした。曲ですね。みゆきさんの「重き荷を負いて」。”がんばってから死にたいな”という歌詞に励まされます(笑)。じゃ、お休みなさい。
なくなったんですね。80歳。しばらく見ないなあと思ってたらの訃報でした。色々情報を探してたら、焼き肉を誤嚥されたんだそうです。こんな言い方は妙ですけど、みのさんらしいなあ、と思ったりしました。
と言っても文化放送時代のことしか知りませんけど、お世話になりましたからね。「みのもんたのワイドNO.1」という平日の生のベルトの番組があったんです。20分とか30分のハコと呼ばれる録音番組と生の番組が組み合わさった番組です。
生放送の部分を担当する構成作家がスタジオにずっといてみのさんの話の原稿を作ってゆくんですね。僕は週に二日やってたのかな。それを何年やったんだ、3年か4年かな。それとみのさんの「セイ!ヤング」の構成ですね。
録音番組の中には「小室等さんの三ツ矢フォークメイツ」とか「はしだのりひこのビューテイフルノンノ」とか「今晩は落合恵子です」などがあって、それも関わってました。どっぷり文化放送だった時代です。
それと別に「セイ!ヤング」の月刊の機関誌「ザ・ヴィレッジ」を一人で編集してました。ほとんどの原稿を自分で書くという形で、ともかく忙しかった。文化放送の一階のロビーの人目につかないところで仮眠してました。
そういう時にスタジオで一番一緒にいる時間が長かったのがみのさん。いつも陽気で冗談を飛ばして馬鹿なことを言ってみんなを楽しませていた根っからのエンターテイナー。しゃべりの天才。でも。気遣いのある人だったんです。
僕は長髪にジーンズ。新宿のフーテンの延長のような場違いな雰囲気。周りからはいつも呼び捨てされてましたけど、みのさんだけは「クン」づけだったんですよ。あれは嬉しかったです。原稿の不備もやんわりと指摘してくれましたし。
「セイ!ヤング」の中では「ドクトルみのの愛のカルテ」というほとんど放送禁止すれすれみたいなコーナーがあったんです。深夜放送ならではの「ウッフン」番組。面白がってノリノリでやってくれました。
放送作家もなりゆきでしたから必死でしたけど、独り立ちできたものみのさんの番組があったからと言っていいでしょうね。一番なつかしい時代です。みんななくなっっちゃたなあ、と寂しさが募るばかりです。
ライブ、行ってるんです。LUNASEAの東京ドームは二日間とも見せてもらいました。一昨日は米津玄師さんのドーム。昨日は小室等さん。どれもいいライブでしたけど、ここに書く余裕がない。めまい止めを飲みながら見てました(笑)。
そう、昨日、小室さんの一ツ橋ホールで「三ツ矢フォークメイツ」の話が出てました。THE ALFEEの前身、コンフィデンスがデモテープを送って来た番組。あの番組の構成を5年間やったのかな。あの頃一緒だったのも小室さんだけになりました。
東京ドームの話はまたと言いながらいつになるのか。というわけで、みのさん。ありがとうございました。曲ですね。あ、もうひと方いらっしゃいました。落合恵子さん。文化放送の両スターアナ。彼女の曲「昨日にさよなら」を。じゃ、お休みなさい。