三十代で世界的巨大企業のトップ。
他のどの取締役よりも若い僕に必要とされるのは、何よりも、威厳と風格である。
元々、将来の『カシワ』を担う者として経営の英才教育を受け、誰よりも努力してきた。自分の能力に、自信もある。ただそれでも、「若輩者」であるというハンディキャップが壁になるのは事実だ。そんな環境で、年配の幹部達の上に立つには、自分自身で、トップとしての能力を示すしかない。
定例の取締役会議の朝。
会議の資料は直前まで調整が入るため、社長向けの決定稿は大抵、当日の朝に届けられる。
嗣実さんは、総務課から社長秘書当てに送付された電子データをA4のペーパーに印刷し、その紙の束を、社長室のデスクの上にぱさっと置いた。
「社長、本日の資料です」
昼前から始まる取締役会議までの間に、僕は社長としてその資料に目を通す。——のだが、実のところ、するべきことは、それだけではない。
「社長には『カシワ』のトップとして、取締役達の前でも別格の存在感を放って頂く必要があります。そのためには、議題を背景から熟知し、クレバーな質問や意見を淀みなく発言することです。これから会議に備えた事前レクチャーを行います」
秘書の彼女による、一対一の事前レクチャー。
これから始まるその内容は……、頷く僕のこわばった表情から、ある程度察することができるだろうか。
彼女はデスクの上に置いた紙の束に手を置き、僕の方へ差し出す。
「こちらが本日の資料です。まずは5分間、資料を読み込んでください。その後、私から社長に内容について質問し、社長の理解を測らせて頂きます」
そう言うと彼女は、腕時計を操作し、ピッ、と5分間のタイマーを始動させる。
僕はすぐに資料を持ち、ページを捲る。
資料は分厚く、文章は全て英語。留学経験があるので英語を読むことは苦ではないが、当然、読み込むスピードは母国語には劣る。まともに読んでいては、とても5分で終わる量ではない。要点をつかみながら必死に斜め読みする。内容自体も簡単なものではなく、所々に複雑で込み入った案件も含まれている。まず記憶すること、そして理解すること。ふたつの作業を同時にこなすため、頭をフル回転させる。
ピピッ、ピピッ。
ギリギリ最後のページまで目を通したところで、タイマーが鳴った。
「時間です」
そう言って彼女が僕の手から資料を取り上げる。
彼女は資料を離れた別のデスクの上に置き、再び戻ってくると——おもむろに僕の座る前のデスクの上にのぼり、四つん這いになる。
他に誰もいない社長室。デスクの前に座る社長と、そのデスクの上に乗り四つん這いになる秘書。その異様なシチュエーションにも、僕はもう、驚くことはなくなっていた。
デスクの上で、僕に向けてお尻を突き出す彼女は、スーツのタイトスカートの裾を、くいっ、くいっ、と捲り上げる。80デニールくらいのパンティストッキングとその内側のパープルのパンティに包まれたお尻が僕の方を向く。
これが、いつ見ても、大きい。大きすぎる。巨大、と評しても良い。
スレンダーな彼女の体型からは一見想像もできない、肉感たっぷりの巨尻。視界の大半を覆われてしまう存在感。彼女はそれを、何の躊躇いもなく、僕の目の前で突き出している。僕の位置からは見えない表情は、普段と寸分も変わっていないはずだ。
この誘惑的な光景を目にしても、僕の心は高揚せず、むしろ心臓は恐怖がために早鐘を打っている。
その体勢のまま、彼女は言う。
「先ほどの資料の内容に関して質問を行いますので、日本語でお答えください」
そして続く言葉こそ、この「事前レクチャー」の真髄である。
「なお、社長のお答えに誤りが認められた場合、ひとつのミステイクにつき1発のペナルティを課します」
僕の額に、じわり、と嫌な汗が浮かぶ。「1発のペナルティ」。彼女が僕の顔めがけて巨尻を突き出しているこの状況と合わせれば、その意味するところは明らかだろう。
「それでは社長、お答えください。資料中で我が社が置かれた状況を踏まえて、海外事業推進の優先順位はどの指標を基準とすべきでしょうか」
彼女からの問いは、当然だが、受験勉強的な単純な暗記問題などではない。先ほどの資料の内容はもちろん、そこには含まれない会社状況を把握した上で思考しなければ答えられない質問である。僕はゴクリと生唾を飲み込み、一旦の間を置いてから、口を開く。
「我が社が各国で展開する事業のうち、32は現地子会社の主導で行われ、28億の——……」
——1分強の回答を述べ終え、僕は、
「……——以上」
と言って閉口する。
「…………」
数秒間の沈黙の後、彼女は、四つん這いの体勢からぴくりとも動かぬまま、言う。
「社長、さすがの考察力です。根拠となる背景、結論、おおむね間違いありません」
その言葉に、一瞬気を抜きそうになる——が、続く彼女の指摘に緩みは一切なかった。
「ただし社長のおっしゃる海外拠点の利益水準の数値は先週更新される以前のものです。最新ではプラス3ポイントの増加となっています。同様に黒字事業率も誤りです。また結論となる指標の選定も適切ではありますが、各国の経済安定指数による補正が必要であるという内容が含まれておらず、十分とは言えません」
それだけのことを、早口で、変わらぬ声のトーンで言う彼女の後ろで、僕は自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。
「以上、社長のお答えに3箇所のミステイクを認めましたので、3発のペナルティです。それでは社長、お顔を近づけてください」
「ひぃ……」
一瞬怯み、体が硬直する僕に、
「早くしてください。ご自身で近づけられないようでしたら、顔面騎乗で強制的に密着させますが」
という容赦ない脅迫が飛ぶ。
僕は慌てて、
「わ、わかった、近づける、近づけるから……ッ」
と答えて、恐る恐る、突き出された彼女の尻に顔を寄せる。近づけて、と言われた時は、距離を寄せればいいだけではない。パンティが食い込み、はちきれそうになっている黒タイツの生地の中央、ちょうどお尻の割れ目の部分に、鼻を接するようにしなければならない。
「…………」
彼女は無言のまま、軽く振り返って僕が所定の位置まで顔を寄せたことを確認すると、
「では、1発目」
と涼しげに言ってから、「涼しげ」とはかけ離れた轟音と熱風を放出する——
ぶむごごほおおおおおぉおぉおおーーぉおおぉーーーーぉおおぉおおおおっっっ!!!!!
「んむぎッッ!!!!ぐぉええぇえぇえええーーーぇええええッッッ!!!!!」
野太い重低音とともに放たれたガスは、僕の鼻というよりも、顔面全体に、ぶわあぁっ、と覆いかぶさった。嗅がされた者の腹の底をズシンと震わせたその一発は、卵と大根を同時に腐らせ掻き回したような、猛烈な腐臭を僕の顔の周りに沈着させる。
「ぐむぶッッ!!!ふぐッ、ぐぉえッ、げふ……ッッ!!!」
何度も嗅がされて分かっていても、臭すぎる……。それも間に空間を置かず、タイツとパンティのすぐ奥にある肛門とこれほどの近距離にいての大放屁に、意識が吹き飛ばされそうになる。
が、彼女が手を緩めることはない。
「2発目」
「ちょ、待———」
ぶばすッッぶううぅううぅうーーーーーーぅうぅうううーーぅうううううッッッ!!!!!
「ふぎぎぃいいいッッ!!!?!
ぐ、ぐじゃ、ぐじゃああぁぁあぁああぁああーーぁあああぁあッッ!!!!!」
事もなさげに放たれた2発目の濃度は、1発目を容易く上回っていた。腐卵臭に混ざった大根臭が、圧倒的に比率を増したのだ。
咽せ返るようなその大根臭は、到底、常人の耐えられるものではなかった。僕は自分の意識の外で、脊髄反射的に、体を仰け反らせる。椅子の背もたれに体を預けながら、信じられない臭さのおならで一時パニックに陥った頭を落ち着かせる。あまりの臭さに目にいっぱいの涙が滲んでいる。
しかし、反射的だったとは言え、この対応は悪手だった。僕は彼女から「顔を離して良い」とは言われていなかったし、3発のペナルティは、もう1発分残っているのだ。
「……社長、何故お顔を離したのでしょうか」
「ひぐぎッッ、ぃ、いやッ、ご、ごめ——」
「取締役会議までの時間は限られています。余計な手間を取らせないでください」
彼女はそう冷たく言い放つと、一旦身を起こし、後ろ手を伸ばして僕の頭を掴む。有無を言わせてはくれない。そのまま素早く引き寄せられ、再び四つん這いになった彼女のお尻が眼前に迫る……
ぶりゅッぶりぶずぶりゅりいぃいいぃいいーーーぃいーーーーぃいいぃいいッッッ!!!!!
「んぐむぎょああぁあぁーーーぁあぁああぁあぁぁあッッ!!!!!」
そして放たれた3発目は、ペナルティの意味に加え、無断で顔を離し、「余計な手間を取らせた」ことへの叱責が含まれるかのごとく、耳を塞ぎたくなるほどに下品な水っぽい爆音だった。
「ぅうぅ…ッぷ、ォオェッ、ぅぐ、うぅぇ……ッッ!!!」
大根卵臭を強制的に吸い込まされ、僕は込み上げてくる嘔吐を必死で堪え、何度も嗚咽をあげる。その臭いを忘れさせないためとでも言うように、彼女は僕の顔をぎゅうぎゅうとお尻に押し付けてから、ようやく手を離す。
「ペナルティは以上です。さて、先ほどの社長のお答えは、一般には及第点でしょうが、社長は『カシワ』のトップとしてより完璧な回答を求められる立場にあります。そのことはお分かりでしょうか」
「ひ、ひぃ、ひぃ……、は、はひ………」
「では、追試です」
「…………は、はひ………」