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第6話 : 心の在処


 

 ギルド本部、北棟の一室。

 

 灰色の石壁が四方を囲む、簡素で無機質な空間。

 灯りは高窓から差し込む柔らかな朝光と、壁に掛けられた魔石灯の微かな揺らめきのみ。

 磨りガラスをはめ込んだ重厚な木扉が、室内と喧騒を遮断し、息苦しいほどの静寂を刻んでいた。

 

 その密やかな空間に、向かい合って座す二つの影がある。

 

 一人は、深紅のマントを静かに翻す、名もなき剣士。

 その瞳は沈黙を湛え、微動だにせぬ表情は、まるで異邦から現れた彫像のようだった。

 

 対するもう一人は、ギルドの濃紺制服に身を包んだ若き職員。

 茶色の髪の隙間から、ふにりとした犬耳が覗く。

 ──犬人(シアンスロープ)

 

 眼鏡の奥の瞳が、手元の書類と、無言の剣士を交互に行き来しながら、眉間にしわを寄せた。

 

 重なる視線も、交わされる言葉もない。ただ、時だけが静かに、張り詰めた糸のように流れていく。

 

 椅子が軋む、ほんの小さな音すら──この静寂を壊すことをためらっているようだった。

 

 無言の時間が、重く、じわじわと積もる。

 その空気をようやく破ったのは、誰かの咳払いでも、警告でもなく──

 

「……正直、どう処理すればいいのか、頭を抱えていましたよ」

 

 ため息と共に、それは落とされた。

 

 声の主は、レーメルと名乗った青年職員。

 茶髪の間から覗く犬耳が、困ったようにぴくぴくと動いている。

 眼鏡の奥の瞳は真面目そのものなのに、感情だけは耳にダダ漏れだ。

 資料から顔を上げ、彼は眼鏡のブリッジを指先で軽く押し上げた──癖のように、慎重さの裏返しのように。

 

 対するは、深紅のマントを纏った無言の剣士。

 

 その瞳は濁りなく、底知れぬ静謐を湛えている。

 言葉も、感情も、気配すらも──まるで息を潜めるように沈黙を守り続けていた。

 

 まるで──この世界の色に、混ざりきれない存在が、ただそこに座しているように。

 

「……まず、結論から申し上げます」

 

 青年の声音は、極めて静かだった。だがその一語一語は、鋭く磨かれた氷の刃のように、室内の温度を確実に下げてゆく。

 

「あなたは冒険者登録のない状態で、ダンジョンに侵入。しかも複数階層にわたり戦闘行動を継続し──更に、魔石および資源の採取、並びに換金を行いました。これは明白にして重大な、ギルド規約違反です」

 

 声には怒気も侮蔑もない。ただ事実のみを突きつける、冷ややかな確認作業。

 

 だが、それゆえに重かった。

 情け容赦のない現実という名の枷が、静かに、しかし確実に男の身に降り落ちる。

 

 ──にもかかわらず、当の本人は何も語らない。

 

 眉ひとつ動かさず、ただその場に座し、告げられる罪状を淡々と受け入れている。

 人間の温度を感じさせないその姿に、レーメルの耳がわずかに伏せた。

 

 あまりに無反応で、逆に不気味ですらあったから。

 

「……本来であればこれは、都市の秩序維持を司る【ガネーシャ・ファミリア】への通報──即ち、拘束案件に該当します」

 

 低く、張りのある声。

 けれどその中に、ほんのわずかに揺れる迷いが混じるのを、誰かが聞き取ったかもしれない。

 

 レーメルの眼差しは真剣だった。

 その茶色の瞳は、眼鏡のレンズ越しにわずかな葛藤と誠意を宿している。

 

「……というか、実際には一度、通報は上がっています」

 

 小さく咳払いをして、言葉を整える。

 その仕草に、緊張の色がほんのり滲んだ。

 

「しかし今回は──人的被害なし。むしろ、突発的に発生したモンスターの異常な群れを、たった一人で鎮圧した事実が確認されており……」

 

 一呼吸置いて、静かに告げる。

 

「……結果、処分は【罰金および厳重警告】。これに留めるという判断が下されました」

 

 柔らかな沈黙が室内を包む。

 レーメルの表情には、安堵と困惑──相反する二つの感情が、複雑に滲んでいた。

 

 その視線の先。

 男は、やはり何も言わない。ただ、そこにいるだけだった。

 

 ちなみに、科せられた罰金額は三十万(300,000)ヴァリス。

 先日、換金された魔石とドロップアイテムによる収益──その大半が、この一文で煙の如く消えたことになる。

 

 それでも、男は動じなかった。

 

 驚きも、怒りも、落胆すらも、どこにもなく。

 

 無表情の奥に燃えるものもなければ、冷たく凍りついたものすら感じられない。

 彼はただ、感情の輪郭ごと失われた存在のように、静かにそこに座していた。

 

 それが逆に、レーメルの心をざわつかせる。

 

(……一体、何者なんだ……この男は)

 

 職務としての理性が問いかける。だが、それに対する答えは、どこにもなかった。

 

 彼は重いため息をひとつ落とし、手元の書類をトントンと整える。

 

「……まったく。新人職員が確認を怠ったんですよ。ラトロー氏の登録だけ見て、同行者も当然冒険者だろうと……思い込んだようでしてね」

 

 茶色の瞳がかすかに伏せられる。

 犬耳が僅かに動き、申し訳なさと疲労が入り混じった感情を隠しきれず揺れていた。

 

「……二重のチェックは基本中の基本だと、あれほど言ってるのに……」

 

 レーメルが静かに肩をすくめ、小さく息を吐く。

 口調はぼやきめいていたが、滲む疲労は本物。

 

「……まあ、その装備と立ち居振る舞いじゃ、誰が見たって“冒険者”にしか見えませんけどね」

 

 そう言って、苦笑まじりに手元の書類を一枚すっと引き抜く。

 羊皮紙の束の中から丁寧に抜き取られたそれを、慎重に、長机の中央へと滑らせた。

 

「──こちらが、正式な冒険者登録申請書になります」

 

 ぴたりと止まった紙の端から、確かな空気の重みが広がる。

 

「以後は、必ずギルド規定に則って行動してください。……次、同じことがあれば、本当に拘束処分です。冗談では済みません」

 

 その一言とともに、茶色の瞳が眼鏡越しに細められる。

 

 鋭い光を宿したその眼差しに、職務に就く者としての覚悟がにじんでいた。

 

 警告とも、忠告とも取れる鋭い眼差しを、男は真正面から──まるで、微動だにしない水面のように受け止め。

 そして、無言のまま差し出された羊皮紙を手に取る。

 

 ……だが。

 

 その指先が、ほんの一瞬、止まった。

 

 硬直にも似た間。

 眉が、ごくわずかに寄る。視線が、紙面の上を彷徨う。

 

 ──読めない。

 

 並ぶはずの言葉は、彼にとってまるで知らぬ国の記号だった。

 意味を持たぬ線と点の連なり。そこには、彼の記憶にも知識にも存在しない、言語という壁がそびえ立っていた。

 

 その沈黙の違和感に、誰よりも早く気づいたのは──長椅子の後方で腕を組んでいた、黒髪の男。

 

 モルドだった。

 

 彼は静かに目を細め、床板がわずかにきしむ音を残して、一歩前へと足を進める。

 

「……おい、あんた。悪いが、こいつ……読み書き、できねぇみてぇだ」

 

 低く抑えた声だったが、その言葉の端々には、どこか仲間としての責任感が滲んでいた。

 レーメルは思わず目を丸くし、すぐに咳払いでそれをごまかす。

 

「……そ、そうでしたか。ええ、本人の了承があるなら──代筆で問題ありません」

 

 職務的にはそれだけの返答だったが、その声にはどこか柔らかさが混じっていた。

 

 モルドは頷きもせず、ただ無言のまま椅子のひとつに腰を落とす。

 そして、手にした書類とペンを見下ろし、ついでにぼさついた短髪をかきあげて、深く小さく息を吐いた。

 

「ったく、手がかかる奴だぜ……」

 

 そうぼやきながらも、どこか嬉しそうで──ペン先が紙面を滑る、静かな音が響く。

 淡々と、しかしどこか儀式めいた緊張を纏いながら、一つの名がそこには刻まれていく。

 

「……いいな。この名前で、これからずっと登録される。文句は……ねぇな?」

 

 隣に座る赤の剣士は、わずかに瞳を伏せ、そして──こくりと頷いた。

 言葉はいらない。その沈黙には、確かな意志が宿っていたから。

 

 モルドはその反応を確認すると、再び手元に視線を落とし、筆を走らせる。

 

 ──『ユー』。

 

 たった二文字。だが、それはこの無名の剣士にとって、初めて世界に刻まれた確かな輪郭だった。

 この街に、この時代に、初めて存在を示す印。

 

「よし……っと」

 

 続けて、項目を埋めていく。が、書き込む手は幾度も止まる。

 年齢、不明。出身、不明。その他全てが空白。

 

 しかし、

 

 ──空っぽ、というよりは。

 

 “これから満たしていく余白”。

 

 モルドは一度だけペンを止め、横目で男を見た。

 剣士は依然、無表情のまま。ただその姿が、妙に頼もしく見えた。

 

「……まぁ、いいさ。これからひとつずつ埋めていけばいいだけだ」

 

 冒険者の事も、街の歩き方も、そして──文字の読み書きも。

 

「今度、時間があったら教えてやるよ。めんどくさくねぇ程度にな」

 

 軽く言い放ったその声には、不思議とあたたかみがあった。

 ひとりごとのようで、でもどこか、強く願うような響きを持って。

 

「……よし、完了っと」

 

 ペンを置いて、書類を軽く持ち上げて見せる。

 達成感というよりは、肩の力が抜けたような安堵と、微かな誇らしさ。

 

「これで、お前は晴れて正式な冒険者だ。……ま、『レベル1』の、ひよっことして、だけどな」

 

 肩をすくめて笑う。からかいのように見せかけて、その実、精一杯の歓迎の意だった。

 

 その言葉に、ユーはわずかに目を細め──そして、静かに頷いた。

 

 強くも、ゆっくりでもない。けれど確かに、その首は縦に動いた。

 

 ──それは、きっと彼なりの“ありがとう”だったのだろう。

 

 沈黙の中で交わされた、それはあまりにも静かで、けれど確かな意思の灯火。

 

 その刹那。

 重たく閉ざされていた扉が、ゆっくりと、軋むような音を立てて開いた。

 

 わずかに流れ込む空気が、室内の静寂をやさしく揺らす。

 まるで、未来の気配を運ぶ風のように。

 

 ひとつの名。ひとつの選択。

 それはまだ小さな芽かもしれない。

 けれど、確かにそこから──物語は、動き出した。

 

 そして、二人が扉の向こうへと歩み去ったあと。

 残された静けさのなかで、ギルド職員の青年は、そっと視線を落とした。

 

 彼の手元には、登録を終えた一枚の羊皮紙。

 

 そこには、たった数行──けれど確かな重みを持った文字が刻まれていた。

 

 冒険者『ユー』

 

 所属──【オグマ・ファミリア】

 

 茶色の瞳を細め、犬耳がわずかに揺れる。

 青年の唇から、ため息混じりの言葉がひとつ、零れた。

 

「……これだから、オラリオというものは……」

 

 驚きと困惑と、そしてほんの少しの期待を滲ませて。

 

 誰に向けるでもなく放たれた呟きは、冷たい石壁に優しく吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時は、少し遡る。

 

 

 朝の空気は、やけに澄んでいた。

 

 まるで昨夜の喧騒すらも、どこか遠くに押し流してしまったかのように。ひんやりとした風が軒先をすり抜け、木々の葉を優しく撫で、露を帯びた芝が静かに揺れていた。

 

 ここは、オラリオ南西──第六区画。

 都市の果てに近い、小高い坂の上にひっそりと建つ一軒家。軋む階段、風に鳴く窓、年月の染み込んだ木の香り。決して豪奢でもなければ、便利でもない。けれどその古びた二階建ての家には、不思議と“帰ってきた”と感じさせる空気があった。

 

 そして、その裏庭。

 

 朝の陽光が木々の隙間からこぼれ、まだらに地面を照らしていた。揺れる葉の影が、芝に淡く映り込み、静謐な空気にわずかな生命の鼓動を添えている。

 

 その小さな空間に、三つの影が並んでいた。

 

 一人は、無造作な黒髪に鋭い眼光を宿す剣士。

 一人は、中性的な顔立ちと柔らかな仕草を併せ持つ斥候。

 そしてもう一人は、金髪と筋骨隆々の巨体を誇り、盾を片時も手放さぬ護者。

 

 ──モルド、スコット、ガイル。

 

 彼らは【オグマ・ファミリア】に所属する、若き三人の冒険者。そして──このファミリアに名を連ねる、唯一の構成員たちでもある。

 

 小さな、小さなチームだ。

 

 けれど、その絆は揺るがず、誇りは揺らがない。数など関係ないと、背中で語れる連中だった。

 

 しかし、その朝の空気は、どこか妙に重く。

 

 まるで、昨夜見た異物の余韻が、家の隅々にまで染み渡っているかのように。

 

「……俺たちは、どうすりゃいいんだろうな」

 

 ぽつりと、モルドが呟いた。

 

 その声は、呆れでも投げやりでもなく──静かな問いだった。

 長く胸の奥に引っかかっていた棘を、ようやく吐き出すように。

 口調こそいつも通りの軽さを装っていたが、その背は、どこか迷いの色を帯びていた。

 

 隣では、スコットが腕を組み、遠くの空を見つめながらゆるく首を振った。

 

「昨日の背中……忘れられるわけないじゃない」

 

 その呟きには、苦笑も皮肉もなかった。ただ滲むのは、率直な驚きと戸惑いだけ。

 

「刻まれてるはずの証が、なにひとつなかったのよ。戦えるだけの力を持っていながら、まるで空っぽ。真っ白で、無垢で……それじゃまるで……」

 

 言葉を探すように、スコットは一度、息を止めた。

 それは、簡単には口にできないものを飲み込むような沈黙で。

 その横顔には、怯えにも似た驚愕と、底知れぬ敬意がないまぜになって浮かんでいて。

 

 やがて、長く吐いた息に乗せるように、ぽつりと──

 

「……あれじゃまるで、本当に“おとぎ話の人”みたいじゃない」

「おとぎ話の……人?」

 

 隣で聞いていたガイルが、怪訝そうに眉をひそめた。

 その低く響く声は、大きな身体に反して意外なほど真面目で、静か。

 

 スコットはわずかに視線を上げ、ゆっくりと頷く。

 

「あるでしょ、そういう話。──神が地上に降りる前、【ステイタス】も【スキル】も存在しなかった時代。ただ剣を握り、槍を振るい、人が人として魔を断ったっていう……最初の、“英雄たち”の物語」

 

 語りながら、スコットの瞳がかすかに揺れた。

 その言葉を境に、朝の庭にふわりと静寂が降り立つ。

 現実離れした昔話のはずなのに──いや、だからこそ。

 昨日、あの光景を目にしてしまった彼らには、それがただの幻想だとは、もう言えなかった。

 

「……作り話、だろ。そんなの」

 

 そう口にしたのは、モルドだった。

 けれど、その声音はあまりに乾いていて。

 否定というより、自分自身に言い聞かせるような、曖昧な響きを帯びていた。

 

 ──赤いマントの男。

 無名の剣士。

 神の恩恵を一切持たぬ、その空白の背中。

 

 あれがただの幻想だなんて、もう思えない。

 否定するには、あの姿はあまりにも“確か”すぎた。

 

 静かで、揺るぎなく、まるで戦場そのものを沈黙させるような、あの剣。

 その背に刻まれたはずの何かが──何もないという事実が。

 何よりも、強く、深く、胸に焼き付いていた。

 

 三人は、見てしまったのだ。

 ただの人間では届かない、何かを背負った者の背中を。

 

「でも──」

 

 重たく垂れ込めた空気を、そっと割るように。

 ガイルが、ぽつりと呟いた。

 その声は、あまりにも静かで、けれど否応なく場の重心を引き寄せる確かな質量を持っていて。

 

「あいつがいなきゃ……俺たち、今ここにいなかったかもしれない」

 

 それは、どんな言葉よりも重く、確かな事実だった。

 飾りも誇張もない、ただの現実。

 だからこそ、胸の奥にずしりと沈んでいく。

 

「あのとき、ダンジョンで……キラーアントの群れに囲まれて……」

 

 ガイルは言葉を探すように天を仰ぎ、ひとつ息を吐く。

 そして、唇の端をかすかに歪めた。

 

「……間違いなく、俺たち、全滅してた。完全に終わってた」

 

 それは、自嘲にも似た笑み。けれど、笑ってなどいなかった。

 声はわずかに震えて。

 思い出したくもない。けれど忘れられるはずもない──死の気配が肌を焼いた、あの瞬間を。

 

 あれは冗談でもなければ、脚色でもない。

 本物の死線。

 そして──確かに彼らは、救われたのだ。あの、名もなき剣士によって。

 

 誰もが、言葉を失っていた。

 朝露をまとった木々の葉が、風にさらさらと揺れる音だけが──静かに、確かに、その場を包んでいた。

 

 まるで、誰かがそっと心の扉をノックするような。

 沈黙が問いかける、覚悟と選択の刻限。

 

 ──ユー。名もなき剣士。

 

 昨夜、突きつけられたのは、信じ難い真実で。

 その背に、神の恩恵はなく。

【ステイタス】という、オラリオに生きる冒険者としての証明すらもが、どこにも存在していなかったのだ。

 

 スキルも、魔法も、加護すらない。

 彼は何ひとつ持たず、ただ一振りの剣だけで、あの地獄に身を投じていた。

 誰かに認められたわけでもなく、守られることもなく、ただ一人で。

 

 ──その意味を、彼らは痛いほど知っていた。

 

 冒険者という名の下に生きる者たちにとって、それがどれほど異質で、どれほど無謀で、どれほど過酷なことなのかを。

 

「……だからこそ、だ」

 

 朝の静寂を割るように、低く、けれどどこか熱を孕んだ声音で。

 モルドは、ゆっくりと顔を上げる。視線の先にあるのは、昨日と変わらぬ、しかし確かに心を揺さぶった赤い影。

 

「あいつに……俺たちなんか、必要ねぇのは分かってるさ」

 

 吐き捨てるように言ったその声に、滲むのは劣等感か、羨望か。

 否、たぶんその両方。

 

「一人で、あの強さ。俺たちが加わったところで、足手まといにしかならねぇ。……そんなの、昨日の一撃で嫌ってほど分かった」

 

 拳を、きつく握りしめる。

 骨がきしみ、指先が白くなるほどに。

 

「だけど、それでも──俺は、放っとけねぇんだよ」

 

 それは、叫びにも似た本音だった。

 感情が言葉に先走り、胸の奥で燻っていたものが溢れ出す。

 

「あいつは、きっと何かを探してる。……記憶もねぇのに、それでも前に進もうとしてる。その背中を、俺は……見ちまったんだ」

 

 だから。

 

「その旅の途中くらい、肩を貸したっていいだろ。道を歩く手助けくらい、俺たちにだって──きっと、できるはずなんだよ」

 

 声が、少し震えていた。

 それは決して弱さではない。

 名もなき剣士の在り方に触れた者だけが抱く、確かな敬意と、願い。

 

 その言葉に、スコットとガイルは思わず目を見開いた。

 

 モルドの声音には、いつもの乱暴さではない──確かな熱がこもっていたから。

 

「……俺たちが助けられただけで終わっちまうなら、それはただの借りだ。過去の話だ」

 

 ゆっくりと、拳を握る。

 

「でもよ。もし、これからも隣で戦っていける存在になれるなら──ちゃんとした仲間になれるなら」

 

 言葉の端々に宿るのは、強い意志。

 

「……誰よりも、あいつと正面から向き合わなきゃならねぇ。強さの差とか、過去のこととか、そういうのを抜きにして」

 

 視線を遠くへ投げる。

 思い浮かべているのは、静かに剣を構えるあの背中。

 

「……ステイタスなんざ、関係ねぇんだよ」

 

 その呟きは、朝の空気に溶けていくようだった。

 

「伝説だとか、神話だとか……そりゃ格好いいかもしれねぇけどさ。俺たちにとって大事なのは、もっと単純だろ」

 

 言いながら、モルドは肩越しにスコットとガイルを見る。

 

「命を預けられるかどうか。戦場で背中を預けられる“仲間”かどうか──それだけだ」

 

 淡く射し込む朝陽が、彼の乱雑に跳ねた黒髪を照らしていた。

 微かな風が庭を撫で、若葉の匂いを運びながら、静かに草を揺らす。

 

 ──理由なんて、言葉にできない。

 納得させるつもりも、理解を求める気もない。

 

 ただ、そうするしかないと思った。それだけだ。

 だから、やる。迷いは捨てた。

 

「だから──もう一度、あいつと向き合う」

 

 その声は、握りしめた拳と同じだけの覚悟を帯びていた。

 己の弱さも、悔しさも、恐れすらも──すべて引き受けた上で踏み出す、一歩。

 

 そしてその時──

 

 きぃ、と。

 木造の家特有の、年季の入った蝶番が軋む音が、風に紛れて微かに響いた。

 

 朝陽が差し込む玄関口。

 ゆっくりと開いた扉の先に、ひとりの男が立っていた。

 

 ──赤いマントの剣士。

 

 静かに、佇む。

 声を発することもなく、ただ黙って、そこに在った。

 

 いつから立っていたのかも、何を思っていたのかも分からない。

 だが、モルドたちは確かに見た。彼の目が、こちらを見ていたことを。

 

 交わる視線。その一瞬に、言葉はいらなかった。

 

 問いかけも、応えも、そして……これから始まる全てがそこには在ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──風が、静かに庭を撫でた。

 

 いつもは笑い声と訓練の音が交じるはずのこの場所が、今はまるで戦場のよう。

 木の塀が軋む音すら遠ざかり、朝露に濡れた草の匂いが、喉奥に鋭く刺さる。

 空気が張り詰め、陽光でさえ、どこか冷たく感じた。

 

 そして、向かい合う。

 

 ──赤きマントの剣士、ユー。

 

 その背に、神の印はなかった。

 恩恵も、スキルも、魔法すら──何ひとつ宿していないはずの男。けれど。

 

 ……それでも。

 

 いや──だからこそ、なのかもしれねぇ。

 

 あいつの背は空白だ。

 けれど、その佇まいは、俺の目に確かに焼きついていた。

 漂う気配、鋭く削ぎ落とされた静寂、その一挙手一投足に宿る重み。

 

 ──まるで、“剣”そのものが歩いているみてぇだ。

 

「……本気でいく。殺し合いじゃねぇ、戦いとしてな」

 

 宣言というより、誓いだった。

 感情をぶつける術なんて、俺にはこれしかねぇ。言葉じゃ足りない。伝えられない。

 だから、剣に込めるしかなかった。

 

 ゆっくりと構える。

 手の中の柄が、汗でぬめる。

 けれど、離さない。握ったまま、呼吸を静かに整える。

 

 胸の奥が──灼けつくように熱い。

 

 それが何かなんて、知らない。名前も意味も知らない。

 ただひとつ、確かにわかる。

 

 これは、“俺の核”だ。

 あの背中に追いつきたいと願った瞬間に、生まれたもの。

 

 ──きっと、これが“誇り”ってやつなんだろう。

 

 剣を交える理由なんざ、いくらでも並べられた。

 力試し、経験値稼ぎ、技の研鑽──口実なんて掃いて捨てるほどある。

 

 だけど、それじゃ意味がねぇ。

 俺が、今この瞬間、あいつにぶつけたいもんは──そんな薄っぺらなもんじゃない。

 

 羨望。憧憬。悔しさ。

 そして、ほんの少しの……救われたかったっていう、情けない想い。

 

 その全部を、まるごと込めて。

 

 ──俺の全部を、叩きつける。

 

 あいつは、何も言わなかった。

 まるで言葉なんて──いや、感情すらも不要だとでも言うように。

 ただ、静かに。凪いだ湖面のような動きで、剣を抜いた。

 

 銀色の刃が、朝陽を斬り裂くように輝く。

 それはもはや動作じゃない。儀式だった。

 戦うために生まれた者が、本能のままに刃を振るう……ただそれだけの、完璧な動作。

 

 ……いい。

 言葉なんていらねぇ。

 こいつはちゃんと、“俺”を見てる。

 

 だったら、やるしかねぇだろ。

 

 右足を引き、腰を沈める。長剣を握る手に、自然と力がこもる。

 空気が変わった。世界が、張り詰める。

 

 余計なことは考えるな。

 過去も、未来も、あいつの正体も……今は全部、置いていけ。

 

 ──ただ一瞬、この一刹那だけ。

 

 “敵”として。

 命を預け合う“戦士”として。

 真正面から、ぶつかる。

 

 これは遊びじゃねぇ。試し合いでもねぇ。

 

 これは──俺の決意だ。俺の、覚悟そのものだ。

 

 だから見せてやる。

 俺の、生き様を。

 

「────ッらぁッ!!」

 

 咆哮と共に、地を蹴った。

 

 風が爆ぜ、土が跳ね、視界が一瞬で狭まる。狙うはただ一点、真正面。迷いも躊躇もない、渾身の剣撃を叩き込む。

 

 だが──

 

 刹那、耳に届いたのは金属が擦れる鈍い音。

 

 衝撃は……ない。

 

 いや、違う。あるはずの手応えが、どこにもなかった。

 

 剣が弾かれたのではない。受けられたのでもない。ただ、ふわりと──吸い込まれるように、逸らされた。

 

 ……そんな馬鹿な。

 

 あいつは、ただ軽く剣を動かしただけだった。真正面からの一撃を、まるで日常の一部のように、無造作に流した。

 

 力も、角度も、技術も。俺の目から見ても完璧とはほど遠い、なのに──

 

 “通じない”。

 

 俺の全力が、あいつの“自然”にすら届かねぇ。

 

「っ、ちっ……!」

 

 舌打ちと共に、すぐさま次の手を打つ。止まれねぇ。止まっちゃいけねぇ。

 

 だから。

 

 二撃目──体幹をひねり、軸足を回転させて放つ横蹴り。剣から足技へ、一瞬の変化。勢いを殺さず、重心と遠心を融合させた一撃。

 

 狙いは胴。側面の、甘くなりがちな防御の隙間。

 

 そして──届いた。

 

 蹴りは、確かに命中した。

 

 ……と、思った。

 

「っ──ぐ、あ……っ!!?」

 

 だが、吹き飛ばされたのは、俺の方だった。

 

 理由が分からなかった。接触した感触が、重すぎた。異常すぎた。まるで、“壁”を蹴ったみてぇだった。

 

 いや、違う。ただの壁じゃねぇ。あいつの肉体に刻まれた、鉄より硬ぇ“存在”そのものを蹴りつけたような。

 

「──ごっ……はっ……ぁがっ!?」

 

 空気がねじれ、俺の身体は無様に地を転がる。肩が地面を擦り、肘に鈍い痛みが走った。

 

 ……なんだ、今のは……!? 

 

 何が起こったのか、頭じゃ処理しきれねぇ。

 

 確かに蹴った。俺の脚は、踏み込みも、回転も、重さも……何もかも完璧だった。けれど──それなのに。

 

 “通らなかった”。

 

 肉を砕く実感がなかった。骨の一本でも粉砕するはずの感覚が、虚無に吸い込まれたように消えていた。

 

「……どうなってんだ、その体はよォ!!」

 

 怒鳴った。叫ばずにはいられなかった。

 

 でも、目の前の“それ”は──ただ静かに、そこに立っていた。

 

 無表情。無言。呼吸さえ乱さず、微動だにせず。

 

 それが、怖ぇんだよ。

 

 人間味の欠片も感じさせない沈黙。あいつの存在が、現実の輪郭を曖昧にする。まるで、こっちが夢を見てるんじゃねぇかって錯覚するほどに。

 

 だが──その右手の剣は、すでに。

 

 天へと、静かに、掲げられていた。

 

「まっ、じかっ……!?」

 

 瞬間、脳が警鐘を鳴らす。

 

 ──逃げろ。

 

 理屈も、判断もない。ただ、本能が叫んでいた。

 

 赤き影は、ほんの一歩、足を引いただけ。それだけだった。けれど──それだけで、全身の毛穴が総毛立つ。心臓が凍るような冷気に包まれ、背筋を滝のような汗が駆け抜けた。

 

 動け。動け。動けッ! 

 

 身体が、自分の意志を超えて飛び退く。まるで、死の匂いに反応する獣のように。

 

 ──そして、刹那。

 

 視界が、白く弾け飛んだ。

 

 爆ぜる音。裂ける地面。軋む空気。

 

 世界が一瞬、裏返ったような錯覚。地鳴りが響き、庭の一角がまるで神の一撃を受けたかのようにえぐれ飛んだ。

 

 まるで、天地を裂く雷鳴。

 

 ただ、大地を切り裂く一撃が、俺を現実ごと打ち砕いていた。

 

「なっ──……!」

 

 離れた位置で見守っていたスコットとガイルまでもが、反射的に反応した。

 

 スコットは瞳を見開き、土を跳ねて尻もちをつく。ガイルは反射で盾を構え、そのまま後退。音もなく舞い上がった砂塵が、二人の頬をなぞった。

 

 そして──俺は、顔を上げた。

 

 そこにいたのは、刃を振るった“あと”の男。

 

 ……いや、違う。

 

 その剣は、振り抜かれてなどいなかった。

 

 ただ、“横に”。ゆっくりと、地面へと叩きつけられていた。

 

 俺を斬るためじゃない。力を誇示するためでもない。

 

 ──止めていた。

 

 “俺に届かないように”。

 

 殺せた。間違いなく。斬り裂けた。容易く。それでも。

 

 この男は、俺を傷つけないことを選んだのだ。

 

 ……それが、どれほどの意味を持つかなんて、馬鹿な俺にだってわかった。

 

「……っ、くそ……!」

 

 歯が軋む。まるで砕けるほどに、噛みしめる。

 

 喉の奥が焼けつくように乾き、握る剣の柄が、汗で滑りかけていた。

 

 ──わかってる。嫌ってほどに、理解してる。

 

 これは模擬戦だ。命を奪い合う殺し合いじゃない。俺がそう言ったんだ。そう言ったのに──

 

 それでも、これが俺の全力だった。

 

 踏み込みも、剣筋も、気迫すらも。全部詰め込んで、全部ぶつけた。

 

 なのに──届かねぇ。

 

 届かせてもらえないんじゃない。俺の刃は、あいつの領域に踏み込むことすら許されていない。

 

 その現実が、胸を殴られるよりも痛ぇ。

 

 心臓が締めつけられる。何もかも振り絞っても、その背すら見えねぇ。

 

 あいつの剣は、俺の動きなんて──まるで、眼中にないと言わんばかりだった。

 

 一太刀、一歩、一息さえも、興味を示すことなく。ただ静かに、まるで風でも受けるような動作で──捌いてくる。

 

 軌道を読むことすらしねぇ。癖を見切ることもない。いや、そんなもん、見る必要すらねぇとでも言うように。

 

 全力で振るった俺の剣が、空気を裂いても──誰にも届かない、無意味な風圧でしかないみたいだった。

 

 いや、それ以下だ。まるで……蚊でも払うみたいなもんだ。俺の存在そのものが、あいつの世界からすれば、そんな程度でしかねぇ。

 

 ──悔しい。

 

 ──惨めだ。

 

 ──遠い。

 

 伸ばした手が空を掴むたびに、心の奥が冷え込んでいく。凍えるような虚無が、胸を刺す。

 

 だけど、それでも。

 

 足は止まらない。止めねぇ。止めてたまるか。

 

 ここで膝を折ったら、俺が今まで握ってきたこの剣が──

 

 俺が、俺であるために刻んできたこの道が──

 

 なんのためだったのか、わからなくなっちまう。

 

 誰にも、勝てなかった。

 

 泣く暇も惜しんで歯を食いしばり、拳を握って地面を叩いた。擦りむいた膝を庇わず、倒れても倒れても立ち上がって──

 

 それでも、ようやく、ここまで来たんだ。

 

 ……なのに。

 

 これほどの絶望が、他にあるかよ。

 

 くそっ……くそが……! 

 

 息が荒れる。視界が揺れる。血の味が口の中に広がっても、まだ、足は止めない。

 

 それでも──それでもッ! 

 

「──やめねぇって、決めたんだよッッ!!」

 

 叫ぶように、吼えるように。

 

 魂の叫びを刃に込めて、全力の踏み込み。一太刀に想いを乗せて、振り抜く! 

 

 振るって、叫んで、祈るように踏み込んで。

 

 ──それでも、刃は届かない。

 

 たしかに“当たっている”。剣は掠め、斬撃は敵を捕らえているはずだった。

 

 ──なのに、通じない。

 

 通らない。

 

 まるでその身体が、重さも切っ先もすべて無効化する壁のようで。

 

 刃の軌道を伝って跳ね返ってくるのは、手応えじゃない。絶望だ。俺の無力そのものだ。

 

 強い──強すぎる。

 

 もう腕は鉛のように鈍く、足は石のように硬直していた。肺は焼けつき、心臓は鉄槌のように重くのしかかる。

 

 それでも、ただ前へ──ただ、それだけを信じて進んできた。

 

 ……なのに。

 

「……っ、ぐ……!」

 

 視界が滲む。酸素が足りない。呼吸が喉の奥で詰まり、うまく吸えない。

 

 意識が遠のく。どこかで心の折れる音がして。

 

 膝が、崩れた。

 

 土を叩いた音とともに、砂埃がわずかに舞い上がる。

 

「……やっぱ……勝てねぇわ……」

 

 声はかすれて、情けなく、地面に吸い込まれていく。

 

 ……悔しい。情けねぇ。

 

 喉が焼けるように熱いのに、涙ひとつこぼせなかった。

 

 本当は……わかってたんだ。

 

 あいつと剣を交えた、最初の一撃で。

 

 次元が違う──そんなの、痛いほど思い知らされてた。

 

 でも、それでも。

 

 心のどこかで願ってた。

 

【ステイタス】も、スキルもない奴に──俺が、負けるはずがないって。

 

 ……そんな、バカみてぇな希望に、すがってた。

 

 じゃなきゃ、これまでの俺が──これまでの冒険が、まるで全部、無意味だったって言われるみたいで。

 

 でも今、先に折れたのは身体だった。

 

 筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げてる。もう、限界だと叫んでる。

 

 ──ああ、わかったよ。

 

 認めるしかねぇ。

 

 こいつは、俺なんかじゃ届かねぇ。

 

 手を伸ばしても、叫んでも、全力で追いすがっても──その背中は、どこまでも遠くて。

 

 高くて。鋭くて。

 

 俺なんかより、ずっと──強く、誇り高く、生きてる奴だ。

 

 それが、否応なしに、胸の奥へと突き刺さってくる。

 

 痛くて、苦しくて、でも不思議と……悔しさだけじゃなかった。

 

 荒くなった息を無理やり整えて、俺は顔を上げた。

 

 その視線の先。

 

 赤いマントが、風に舞い。朝陽を背に、男はただ静かにそこに立っていた。

 

 影となったその輪郭が、俺の視界に焼き付いて離れない。

 

 汗は、一滴も流れていない。呼吸も、乱れていない。

 まるで最初から最後まで、戦いとすら思っていなかったかのような静けさで。

 

 だけど──違った。

 

 たった一箇所だけ。僅かな綻びがあった。

 

 ……眉だ。 

 

 その鋭く整えられた眉が、ほんの一瞬だけ、揺れた。

 

 微細な動きだった。けれど、確かに見えた。

 ──迷っていた。躊躇っていた。何かに。何かを。

 

 その違和感が、胸の奥に雷みたいに響いた。

 

 どくん、と。

 心臓が、内側から叫ぶように脈打った。

 

(ああ……そうか)

 

 ようやく、腑に落ちた。ようやく、自覚できた。

 ずっと胸の奥で燻っていたものが、輪郭を持って言葉になった。

 

 ──惹かれてたんだ。最初から。

 

 あのとき、ダンジョンで振り返ったその横顔に。

 群れを断ち切る一閃に。

 そして──誰にも縋らず、ひとりで立ち続ける、あの孤独な佇まいに。

 

 ……憧れてたんだ。どうしようもなく。

 

 泥を啜って、傷を誇るほどの強さもない。

 最下層の下級冒険者。誤魔化しながら、笑って、立ち止まって。

 

 そんな俺にとって、こいつは──眩しすぎた。

 

 圧倒的な強さ。静かで、揺るがなくて、ただ一本の剣として在ること。

 それでいて、どこか壊れそうなほど儚くて。誰よりも、生きていることが伝わる背中だった。

 

 羨ましかった。悔しかった。妬ましかった。

 ……けど、それ以上に。

 

 ──救われた気がしたんだ。

 

 ようやく言葉にできる、その想いを抱いて。

 

「……なぁ、ユー……」

 

 俺は、静かに、けれど確かにその名を呼んだ。

 

「……お前が、俺たちなんか必要としてなくても……それで構わねぇ」

 

 吐き出すように言葉を繋ぎながら、拳を、ぐっと握りしめる。

 強さも、誇りも、器の広さも、全部あいつには届かねぇ。

 それでも、俺の中でだけは、もう決まってた。

 

「……俺は、決めたんだ」

 

 膝が崩れるままに地に落ちても、両手を土に添え、頭を深く垂れる。

 言葉じゃ足りねぇとわかってても、それでも言わずにはいられなかった。

 

「勝てねぇ。力も足りねぇ。足を引っ張ることの方が多いかもしれねぇ。……それでも」

 

 喉が焼ける。けど、言わなきゃならなかった。

 

「一緒に、戦いたいんだ。仲間でいたい。背中を預けて、命を賭けて、帰ってきたらバカみてぇにメシ食って、笑って……」

 

 途切れそうになる声。けれど、それでも絞り出すように言った。

 

「それだけが、今の俺の──本当の、願いなんだよ……」

 

 一拍の間。

 

 風すら息を潜めるような静寂が、場を支配する。

 張り詰めた空気が、肌を刺した。

 

 拒絶されたら終わり。

 わかってる。わかってた。それでも──

 

「……無茶な頼みだってのは分かってる。だけど……それでも、言わせてくれ」

 

 声が震えるのを、必死で押し殺す。

 俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。

 

 視線の先──その男がいる。

 

 赤いマントを揺らし、朝陽を背に受けて、ただ静かに佇む剣士。

 気配は微動だにせず、表情も変わらない。まるで、石像みてぇだ。

 

 だけど、

 

「……俺と、いや──俺たちと。一緒に居ては、くれねぇか」

 

 言葉が、風に乗った瞬間──

 

 世界の時間が、ふっと止まった気がした。

 草を撫でる風が、鳥の囀りが、遠のいていく。

 周囲のすべてが音を失い、ただ、彼の返事だけを待っていた。

 

 剣士は、無言だった。

 顔も変えず、声も出さず、感情すら読み取れない。

 ただそこに在るだけ。まるで、拒絶を静かに突きつけられているようで。

 

(……やっぱ、ダメだったか)

 

 胸の奥が、きしり、と鈍い音を立てた。

 届かなかったのか──俺の声も、この想いも。

 どれだけ叫んでも、どれだけ曝け出しても、やっぱり届かねぇのか──

 

 そう思った、その刹那。

 

 ……ごく僅かに。

 ほんの、ほんの僅かに。

 

 あいつの首が──縦に、動いた。

 

「……っ!」

 

 息が、漏れた。喉が震えた。

 言葉にならない衝動が、胸を駆け上がってくる。

 握った拳が、じわりと土を噛む。

 それは、声じゃない。返事ですらない。

 

 ──けれど、確かに“答え”だった。

 

 たったそれだけの動きが、今の俺には、世界すら変えてしまうほどに重くて、眩しくて。

 

 胸の奥で、何かがほどけた。

 ずっと張り詰めていたものが、静かに、確かに、温もりに変わっていく。

 まるで、冷えきった心に火が灯るみたいに──優しく、穏やかに。

 

 ──ありがとう。

 

 その言葉を、口には出さずに。ただ心の中で、そっと呟いた。

 

 そして俺は、ゆっくりと立ち上がる。

 

 もう、何も言葉はいらなかった。

 

 その一度の頷きが──ただ、それだけで、十分すぎるほどだったから。

 

 

 


 

 

 

『守護者の剣 Lv.48 』(攻撃力+480%)

『グラム Lv.4 』(攻撃力+200%)

『守護者の鎧 Lv.63 』(最大HP+630%)

『キュイラス Lv.11 』(最大HP+1100%)

『ファントムブレード Lv.3 』(攻撃速度+9%)

『セブンリーグブーツ Lv.3 』(移動速度+9%)

『ククルカンの宝玉 Lv.1 』(メテオ威力+10%)

『肉×18』

『魚×18』

『野草×25』

『澄んだ水×13』

『野キノコ×10』

『イチゴ×9』

『ブドウ×11』

『空のボトル×18』

『キャベツ×12』

『トマト×12』

 

6/6 



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