疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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閑話:遠征前


「強制任務で遠征ねえ……探索系【ファミリア】だと、こんな面倒なことをやらないといけないのか」

 

「そんなことも知らないで派閥を作ったのか貴様は」

 

「いやあ、申請が楽だったっていうのもあるけど、ベル君からそうするようにともお願いされたからね。これもやっぱりアルフィア君の教えかい?」

 

「そうだ。探索系なら、それ以外の余計な雑音に耳を悩まされることもない。私にとっては、ダンジョンなど金稼ぎの場ではないからな。あの子もそろそろ、それを理解し、実感し始めているところだろう」

 

「うん? そりゃ君ぐらいにレベルが高ければいくらでもお金は稼げるだろうけど、どういう意味だい?」

 

 ギルドへの用事を済ませた後、そのまま真っすぐ本拠に帰って来たベルとアルフィア。

 アルフィアは今回の強制任務の話をするためにリビングに来て、ベルはリュー、アリーゼの二人と裏の庭で稽古に励んでいる。

 

 ベルは戦争遊戯が終わった以降でも、暇さえあればダンジョンに行くか庭で模擬戦を行っているので、ヘスティアはもう少しぐらい休んだ方がいいと思っている。

 一ヶ月以上前にヘスティア諸共倒れてしまった以来、自発的に休息日を設けるようにはなった。

 それでもヘスティアが心配になるぐらいには、ベルは毎日自分で自分を追い込んでいるのだ。

 到底、リューに追いつきたいという願いだけとは思えない程に。

 

 それに加えて今のアルフィアの言葉。

 ダンジョンは無限の資源とも言われ、冒険者が持ち帰る魔石やドロップアイテムからギルドや生産系の派閥が莫大な富を生み出している。

 ほとんどの冒険者は多くの稼ぎを得ようと、日々命をかけてダンジョンに潜っているのだ。

 

 お金が目的ではないと言ったアルフィアに、【ヘスティア・ファミリア】の金庫番を務めるリリも興味深げに耳を傾けて、似たような人もいるとヘスティアに教えてくれる。

 

「ヘスティア様、例えば【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナ様なんかは、リリ達パルゥムという種族の復興のため、一族の光になろうとしています。己の強さや名声のためにダンジョンに潜る。そういった冒険者様も多くいますよ」

 

「ああ、なるほど。それじゃあアルフィア君もそういった感じなのかい?」

 

「有象無象の雑音共や、名誉に縋るチビ勇者と同じにされるのは甚だ遺憾だ。私とあの子のそれは似て非なるもの。ダンジョン探索は手段の一つであって、目的ではない」

 

 アルフィアがフィンのことをチビ勇者呼ばわりし、リリは顔を引きつらせている。

 今リビングにいる他の三人──ヴェルフと命、春姫も似たり寄ったりな反応だ。

 

 しかしアルフィアが次に語るそれは、ヘスティアがまだベルから聞いたことがない目的であり、そして一柱の神として聞き逃せないものでもあった。

 

「下界の悲願であり、世界が欲している『英雄』となること。三大冒険者依頼(クエスト)最後の一つ──『黒竜』を討伐し『最後の英雄』となる。全てはそれを果たすまでの過程にすぎん。強さは求めているが、己の名声のためなどではない。あの子が私の為に誓ってくれたことだ。それを決して履き違えるな」

 

 都市最強(アルフィア)の周囲の空気が莫大な魔力で歪み、部屋の中だというのに圧迫するような風が吹く。

 魔力を解き放った本人は、あまりにも強大過ぎる魔力故に宙へと浮いていた。

 

 【ヘスティア・ファミリア】を威圧するように──真実、威圧するために、己の魔力を解き放ったのだろう。

 ヘスティアは静かな眼差しでアルフィアを見つめ、他の四人はアルフィアに気圧され一様に息を呑み、顔を青くして全身から冷や汗を流す。

 

 それが今のベルの原初(はじまり)にして根幹なのだろう。

 あれだけ毎日ボロボロになりながらも、それでも前へ進むことをやめない理由。

 

 確かに『英雄』になりたいとは聞いていた。

 英雄譚の英雄達に憧れているというのも知っていた。

 

 だがまさか『最後の英雄』に──『黒竜』の討伐まで見据えていたとは聞いていなかったし、考えもしなかった。

 アルフィアは魔力を納め、威圧を解きつつ告げる。

 

「あの子は止められんぞ、ヘスティア。私もそれを後押しする。なにより、二ヶ月半で二度の昇華を果たしたのだからな。ならば、確実にこの一年以内に『英雄候補』に名を連ねる」

 

「……そうだろうね。ベル君はそんなに先の事まで考えていたのかい? ボクの目から見た限りじゃ、ベル君はお人好しで純粋な、極々普通の男の子なんだけどねえ」

 

「日常ではそうだろうな。生来あの子は妹に似た優しい子だ。常日頃から『最後の英雄』になることを考えてなどおらん。だが、その想いは常に胸の内に秘めているぞ」

 

「……うん、わかったよアルフィア君。ベル君の主神として、いつかその日が来ることの覚悟だけはしておこう。それで、このことをボクだけじゃなくて、みんなの前で話したのも訳があるんだろう?」

 

 救界(マキア)という大きすぎる話題だ。

 それをヘスティアだけに伝えるのならまだしも、他の団員がいる前で話したのだ。

 

 現段階でわざわざ聞かせる必要などなかった筈。

 それをこの場で口にしたのだから、当然その意図はあるのだろうと問いかけ、アルフィアは「ああ」と目を閉じたまま他の四人に顔を向ける。

 

「貴様等にあの子について行く覚悟はあるか? 『黒竜』の討伐とまではいかないが、あの子と一緒に『冒険』をするだけの覚悟が。私はあの子とあの娘共、あとは春姫、貴様を鍛えることぐらいしかしないからな。それに貴様等を巻き込むつもりはない。だが、漫然と時を過ごしていれば、あの子と迷宮探索を共にすることなど出来なくなるぞ」

 

 確実に訪れる未来を突き付けられ、四人の反応は様々だ。

 

 今この瞬間に覚悟を決めた者。

 

 ついて行きたいのはやまやまだが、どうすればいいのかわからず瞳を泳がす者。

 

 まだ恩義を返しきれていないと、決意を固めた者。

 

 そして名指しで指名されたことに驚いた春姫は、動揺しながらアルフィアに確認した。

 

「わ、(わたくし)は強制なのでございますか?」

 

「そうに決まっているだろう。貴様の魔法は埒外だ。『黒竜』の討伐には必ず駆り出される。一度くらいランクアップしなければ話にならん。できればレベル4以上が望ましいが……それは難しいだろうからな」

 

 まさかと、どれだけ『終末の刻』が迫っているのかは定かではないが、あまり時間がないというのは察せられる。

 ただ、アルフィアは春姫の意思は確認せず、そこは強制しようとしている。

 いくら『階位昇華』が強力な魔法といえど、あまり褒められた真似ではないとヘスティアは口を開きかけたが、命の方が同じ理由で先に待ったをかけた。

 

「お待ちください、アルフィア殿。確かに春姫殿は【ヘスティア・ファミリア】に加入しましたが、迷宮探索についてくると決まった訳ではありませんし、春姫殿の考えをまだ聞いておりません」

 

「私の意見は変わらんぞ、極東の娘。だが、聞く耳ぐらいは持ってやろう。春姫、貴様は前に進むあの子の後ろで、ただその背中を見つめるだけの卑しい狐に成り下がるのか? それとも、あの子と共に死地を()仲間(ファミリア)となるのか? どちらだ?」

 

 春姫が【ヘスティア・ファミリア】に入ったのは今日。

 アルフィアとベルがギルドに行っている間、春姫の扱いについて少々リリ達と話しており、リリはサポーターとして同行させるつもりだそうだ。

 

 しかし肝心の春姫の答えをまだ聞いていない。『黒竜』の話など出されれば、さらに答えなど出しにくいだろう。

 狐の尻尾が迷うように揺れる。耳も悩むように微細に動く。

 自分の答えを出す為といった具合に春姫は両目を閉じ、目が開かれた時には決意を灯した光が翠の瞳に輝いていた。

 

(わたくし)は……(わたし)は、ベル様と共にありたいです。ベル様が私を救って下さいました。ベル様が『黒竜』を討つというのなら、それに私の魔法が役に立つのなら、今度は私がベル様の一助になりたい。私はあの方と共に歩みとうございます」

 

「これで満足か、極東の娘?」

 

「……わかりました。では、ダンジョンでは自分が春姫殿をお守りします。自分も春姫殿の力になりたいですし、まだベル殿への恩義も返しきれてません。自分もベル殿の『冒険』について行きます」

 

「そうだな。俺はあいつの専属鍛冶師だ。だったら俺も置いてかれないようにしねえと。ベルに先に行かれないよう──いや、俺の方が早く先に行くぐらいじゃなきゃ、至高の頂には届かねえ」

 

 春姫に続くように、命は問いに答え、ヴェルフは挑戦的な笑みを浮かべる。

 

 ただ一人、己の現状と現実を理解しているパルゥムは、羨望と諦観を悟られぬよう、無理矢理作ったような笑顔で取り繕った。

 

「リリはベル様のサポーターです。どんな『冒険』にだってついて行きますとも。それでは、リリは早速遠征用にポーションを買ってきます。他にもアイテムを補充したいですし」

 

 早口で告げ、リリはヘスティアが声をかける暇もなく、駆け足で出かけていく。

 バタンッと、扉が閉まる虚しい音が鳴り響いた。

 

 リリに続いてヴェルフも魔剣を鍛える為に自分の工房向かい、命はまだ残っている家事をやりにリビングを後にし、それについて行こうとした春姫はアルフィアが呼び止めこの場にとどまらせた。

 二人と一柱が残ったリビングで、リリの機微を察しているヘスティアはアルフィアに向かって溜息を吐く。

 

「はぁ……覚悟を問いかけるなんてこと、しなくても良かったんじゃないのかい? 同じ【ファミリア】の仲間なんだからさ。どれだけ早くベル君がランクアップしたとしても、あまり関係ないと思うんだけど」

 

「そんなことはない。いずれはあいつらが足手纏いになる階層に行くことになる。それを示しただけだ。あの子のことだ。あいつらと一緒に冒険がしたいと、そう言うだろう。ならばこれは必要な確認作業だ。あの子の為にな」

 

「本当に、つくづく親馬鹿なんだね。だからといって、リリルカ君達と険悪になるようなことはしないで欲しいな」

 

「それはあいつら次第だ。私の静寂を乱すようなら容赦はしない」

 

「ボクはこれからの生活が上手くいくのか心配だよ」

 

 ひとまずはリリの心のケアが優先か。

 帰ってきたらリリと話をしようと決め、ヘスティアはアルフィアとの会話を引き上げ、堕落すべく書庫へと向かった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 自分は一旦休憩と、アリーゼはベルとリューから離れた場所に腰を下ろし、一対一の模擬戦を繰り広げる二人を眺める。

 

 レベル差が一つとなり、今までよりも長く、そして激しくなった二人の稽古。

 装備も木剣から刃を潰した武器に変わり、リューは情け容赦なくベルに剣戟を叩き込み、そして守勢にまわる時間も若干増えてきていた。

 

 この頃は互いの手札も大方割れてきたため、お互いにそれを理解し、それも踏まえて瞬間瞬間の駆け引きを興じている。

 だとしても、まだまだリューの方が対人の駆け引きは一枚も二枚も上手。

 ベルは数えるのも億劫なほど吹き飛ばされ、まだリューから一本も取れていない。

 

 二人ともよくそんなに熱心に続けられるなぁと、アリーゼが軽く汗ばんだ額を拭っていると、春姫を伴ってアルフィアがその場にやってきた。

 

「あら、話は終わったの、アルフィア?」

 

「今しがたな。極東のババアとパルゥムの娘はどうした? まさか逃げたのではあるまいな」

 

 極東のババアと、今までに聞いたことのない呼称。

 それが誰のことを指しているのかを察し、きょとんとした後アリーゼは小さく噴き出した。

 

「ぷぷっ、きょっ、極東のババアって、もしかして輝夜のこと? いつの間に輝夜はそんなに歳を取ったのよ?」

 

「あれの基準に合わせてやっただけだ。笑っていないで私の質問に答えろ。また魔法を喰らいたいのか?」

 

「ぷぷぷぷっ……それは嫌だから答えるけど、二人は今、歓楽街の様子を見に行ってるわ。もう怪我人はいないだろうけど、念のためにね」

 

「ちっ、これだから軟弱な連中は……」

 

「アルフィアがやったことなんだから仕方ないじゃない。止められないから、私達はあの後必死になって怪我人の救助に回ってたのよ? 関係ない人まで巻き込んだこと、私怒ってるんだからね」

 

「加減してやったのに怪我をする方が悪い」

 

「わっ、悪びれない……!」

 

 なんだかこういうのも久しぶりだなあと少し感慨にふけり、「それで」と春姫の方へと話を振る。

 

「春姫ちゃんを連れてきたのはなんで? もしかして一緒に鍛えるつもり?」

 

「そうだ……と、言いたいところだが、コイツに戦闘の才能はない。メーテリアと同じような空前絶後のトロ子だ」

 

「とっ、トロ子でございますか!? アイシャ様でもそこまではおっしゃってなかったの──」

 

「耳元で喚くな」

 

「こ──んっ!?」

 

「春姫ちゃん!?」

 

 ビッシィンッッとこの世の終わりのようなデコピンが春姫の額を穿ち、白い肌が赤くなって煙を上げる。

 

「うきゅぅぅぅぅぅ」

 

「なっ、なんてことを……春姫ちゃんが気絶しちゃったじゃない!」

 

「撫でただけだ。耐久を上げるのだから、これぐらい日常的にこなさなければ意味が無い。戦闘の才能はないが、最低限、死なない程度にはステイタスを上げねばならんし、護身と呼べるものは身につけてもらう。後は魔術師としての身の振り方だな」

 

「それをするにも春姫ちゃんが起きてないと意味がないじゃない!」

 

「そのうち目を覚ますのだから問題なかろう。それまでは貴様の相手をしてやる。立て」

 

 既に臨戦態勢に入っており、右手を向けてきているアルフィア。

 急いでアリーゼが立ち上がろうとしたその時、直感が回避をしろと告げてくる。

 

「っぅ!」

 

 横に全力で跳ぶ。しかし余波に当てられて全身の骨という骨が軋み、吹き飛び、視界がグワンと揺れた。

 今のは間違いなくアルフィアの魔法。しかし詠唱が無かった。

 右手の予告がなければまともに喰らっていたに違いない。

 

 いったいどんなからくりだと、刃の潰された剣を構えて思考を回すも、確たる答えは出ない。

 ベルとは違い超短文ではあるが詠唱はあるのだ。なのに詠唱(ソレ)なしで魔法を使える訳がない。

 可能性があるとすれば──

 

「まさか、新しいスキル!? どこまで化物みたいになっていくのよ!?」

 

「教える訳がないだろう。直撃は避けたが……ではこれはどうだ? 【福音(ゴスペル)】」

 

「フフーン! 今度はちゃんと避けたわよ! 次は私の──あぎゃあっ!?」

 

 詠唱を聞き魔法の範囲から逃れ、そのままアルフィアに接近しようとしたら吹き飛ばされた。

 

「もっと耳を澄ませろ。そのままでは未来永劫同じことを繰り返すぞ」

 

「つうう……何? 耳?」

 

 気を失わない程度には加減された魔法。

 それでも普通に痛いし、三半規管を揺らされ足取りは不安定になり、世界が揺れ動くような眩暈がする。

 耳を済ませろと言われても、詠唱はちゃんと聞こえて──

 

「あれ? 鐘の音って聞こえたかしら?」

 

「呆けてないでかかってこい。貴様と極東のババアはランクアップまで近い。それまでに限界までアビリティを上げる。私がいない間、遊んでいなかったことだけは褒めてやろう。【福音(ゴスペル)】」

 

 詠唱と共にアルフィアは両手の指を軽快に鳴らす。

 再び嫌な予感がしてその場から飛び退き、庭を駆け回る。

 

 その予感は的中していたようで、鳴らされた指からは衝撃波らしきものが飛ばされたらしく、庭の芝を抉っていた。

 

 詠唱無しで使える魔法。

 

 指を鳴らすだけでできる疑似的な【サタナス・ヴェーリオン】。

 

 そして恐らくはスキルによるものだろう魔法のフェイント。

 

 超短文詠唱というだけで連発しやすいというのに、他にも手札が増えているようではアルフィアに近づこうにも近づけない。

 事実、連発されており、何も見えないため跳んで跳ねて走り回ってと、アリーゼは全力で回避行動するしかない。

 

「これっ! じゃあっ! ずっと! 走り回るしかっ! できないじゃない!」

 

「どうした? その剣は飾りか? 剣の振り方を忘れているのなら、私が手本を見せてやろう」

 

「って、ああ!? いつの間に!?」

 

 瞬きの間にアルフィアが目の前に現れ、握っていた剣が奪われていた。

 

「魔導士でなかろうと、池程度は断ってみせろ」

 

「へ?」

 

 ()()はまだアリーゼ達が見たことのない『技』。

 アルフィアの細腕が剣を袈裟に振り下ろす。

 只の袈裟斬り──しかし、それによって生み出されたのは灰色の光。

 

 『竃火の館』の裏にある池。

 アリーゼの背後にあるその池の水が、光の大刃によって本当に断たれていた。

 池の底まで見える程パックリと。

 なんなら池の底も断たれており、定規で引いたような綺麗な断裂跡があった。

 

 断たれた水は左右に広がり、その後思い出したかのように集束し、空高く飛沫を上げる。

 近くで模擬戦をしていたベルとリューの二人も、その絶技を前に手を止めてその光景を瞳に焼き付けていた。

 

「私は丘程度も断てる。やったことはないが、城も斬れるだろう。あの下品な餓鬼が斬ったと、風の噂で耳にしたからな。貴様も剣士ならば丘程度は断てるようになれ」

 

「いっ、いやいやいや! いくら私が清く正しく美しい、聡明で完璧な美女でもできる自信がないわ! 何!? 斬撃を飛ばすって!」

 

「レベル6だろう。私はレベル5の時にはできたのだからな。出来る出来ないではない、やれ。出来なければこれで貴様を断つ」

 

「私が死んじゃうじゃない!!」

 

「ならば叩き込む。直に喰らって体得しろ」

 

「それも同じよ!!」

 

「騒ぐな。これぐらいできなければ、貴様らの『正義』は途絶えるぞ」

 

「っ……!!」

 

 それが意味する事がなんなのか。

 五臓六腑に染み渡り、頭のてっぺんから足の爪先にいたるまで、全身という全身に叩き込まれている。

 

 五年経った今でも、みんなで乗り越えたあの日々は音と色を伴って鮮明に思い出せる。

 あの瞬間の光景も、同じように覚えている。

 

 あの時の色も、音も、匂いも、感触も、景色も、光景も、思考も、感情も、全て全て。

 詳細に、明細に、明確に、正確に、確実に、実直なまでに、全部全部覚えている。

 

 決して色褪せることのない記憶。

 

 決して色褪せさせてはいけない記憶。

 

 あの決断をした自分だけは、絶対に歩みを止めてはいけないと、全てが終わった後で、決めたのだから。

 

「……これはアルフィア以外にも出来た人がいたのよね?」

 

「当然だ。私はアイツの『技』を模倣したにすぎない。貴様にはこれを身に付ける使命と資格がある。故に、成し遂げろ」

 

「……分かったわ!! 今すぐにでもやってみせるんだから!! その『技』であんたを斬ってみせる!! 斬られる準備をしておきなさいアルフィア!! バチコーン☆」

 

 腰に片手を当て、アルフィアを指差す。

 ウィンクまでしたアリーゼに、アルフィアは眉間に皺を寄せて一言呟いた。

 

「【喧しい(ゴスペル)】」

 

 アリーゼの意識は一瞬だけ吹き飛び、体は宙を舞い、池に落ち、あたりには水飛沫が舞い散った。

 

「あっ、アリーゼさぁあああん!」

 

「アリーゼ!! 不意打ちなど卑怯ではありませんかアルフィア!! それがレベル8の冒険者がする所業ですか?」

 

「ぶくぶくぶく」

 

 池からは気泡が立ち、ぷかぁと背中を上にして水死体のように浮かぶアリーゼ。

 先程までなにやらカッコつけていたが、これではそれも形無しだ。

 

「不意打ちなどではない、エルフの娘。敵が目の前にいるというのに、油断していたアレが悪い。そら、次はお前達の番だ。【福音】」

 

「「あっぶな!!」」

 

 ベルとリューはそれぞれ反対方向に跳躍し魔法を回避。

 ベルは長年染みついた反射で、リューは昔取った杵柄で、魔法の範囲から逃れる。

 しかし悲しいかな。魔法の射線上にはずぶ濡れの正義の眷属。

 

「ぷはぁっ!! ちょっとアルフィア!? 池に落とすなんて──イイッ!?」

 

「「あっ」」

 

 ドッパァンッっと大量の水と共に吹き飛ばされるアリーゼ。

 そのまま一回、二回、三回と人間水切りで水面を跳ねて、ドボンと再び沈んでしまった。

 

「くっ、アリーゼの犠牲を無駄にする訳にはいきません。クラネルさん、私達二人でアルフィアに土をつけますよ」

 

 レベル4と3の二人で8の、ましてやあのアルフィアに勝てるわけがない。

 冷静さを欠いているのか、無茶振りにも程がある要求をしたリューにベルは叫び返した。

 

「リューさん!? お義母さん相手にそれはいくらなんでも無謀ですよ!」

 

「いいえ、やります。過去の雪辱を果たすのです。アリーゼも私達の勝利を池の中から祈ってくれていることでしょう」

 

「それはリューさん達の雪辱であって、僕は関係ないじゃないですか!」

 

「貴方は私の弟子なのですから、師匠の雪辱を果たす義務があります」

 

「そんな義務聞いた事がないですよ!」

 

「今言いました。やりますよ」

 

「無理矢理すぎますって!」

 

 口ではなんだかんだと言いつつも、ベルも二本の短刀を構えてアルフィアに対峙する。

 当のアルフィアは何もせず黙っていたが、それはリューに言いたい事があったらしく、怒気を孕ませた声を奏でた。

 

「図に乗るなエルフの娘。レベル4の分際でベルの師を名乗るな。貴様だけランクアップしていないなど、全くもって度し難い。その腐った性根ごと粉砕してダンジョンの肥やしにしてやる」

 

「人を肥料にする──ああっ!?」

 

「りゅっ、リューさぁああああん!!」

 

 リューの姿は彼女が全てを言い切る前に、ベルの前からかき消えた。

 意味がないと分かりつつも、ベルは庭の端まで走りリューの姿を納めようと目を凝らす。

 

 無言のまま轟いた鐘の音の後、本日三度目となる水の音は聞こえなかった。

 加減はしていると思われるが、レベル差を考慮してもリューは吹き飛ばされすぎなほど遠くへと飛んでいく。

 

 数秒で豆粒大程の大きさでしか見えなくなってしまったベルの憧憬。

 放物線を描くなんて事はなく、一直線に、揺れる水面と平行に翅の無い妖精は空を飛ぶ。

 そしてぽちゃんと、微かに水に落ちる音が聞こえ、リューの姿は見えなくなった。

 

「あっ、あんなに遠くに飛ばす必要はあったのお義母さん!? いくらなんでもやりすぎだよ!!」

 

「羽音が煩わしく、邪魔だった。それだけだ」

 

 プルプルと腕を震わせながら、ベルはリューが吹き飛ばされてしまった方角に指を向ける。

 いくらなんでもあれは酷すぎる。リューが館に戻って来るまでにいったいどれだけ時間がかかるのか。

 

 リューを砲弾のように飛ばしたアルフィアは、清々したとばかりに小さく鼻を鳴らした。

 長年アルフィアと暮らしていて、彼女の前では条件反射のように静かにする習慣がついたベルは、それでも今回ばかりはさらに大声を出す。

 

「リューさんは邪魔なんかじゃ──」

 

「五月蠅い」

 

「ドゴォッ!!??」

 

 神速鉄拳、福音拳骨(ゴスペルパンチ)

 

 いい加減叫び過ぎたのか、知覚も防御も回避も不能な、超短文詠唱よりも速い、なんなら無詠唱の魔法よりも速い、音速を超えた拳がベルの頭に突き刺さった。

 

 頭頂部を起点に全身という全身に激痛が走り抜け、その激痛が体の中に残り続ける。

 その痛みは意識を飛ばさない程度に加減されているものの、どんな手品を使ったのか、今までに喰らった拳骨のどれよりも痛かった。

 

 まさかベルが気絶しない限界ギリギリの出力をもう見極めてる?

 有り得る。大いにあり得る。

 この義母ならそれぐらい息をするように当然の如くやってのける。

 

 みっともない格好で芝と抱擁してピクピクと痙攣するベルの頭上から、アルフィアの冷たい声が聞こえてくる。

 

「邪魔なものは邪魔だ。それ以上でも以下でもない。口答えをするな」

 

「い、イエス・マム。サーセンッシタァ」

 

「その言葉を使うのもいい加減にやめろ」

 

「はい……ごめんなさい」

 

「よろしい」

 

 お祖父ちゃんから教わった言葉遣いを咎められ、ベルはちゃんと謝り直す。

 涙で目の前が滲んで良く見えないが、きっと留飲は下げてくれたに違いない。

 声音で察せられる。

 

 やはりアルフィアには勝てないし、彼女の言うことを聞くしかない。

 

 アルフィアが黒と言えば白いものも黒くなる。

 今のベルが吹き飛ばされてしまったアリーゼとリューの二人をどうこうできる訳もなく、また、できたとしてもアルフィアにさせてもらえないのは明白。

 二人が自力で戻ってくるのを待つしかないだろう。

 

 ベルは涙を拭い、地面に這いつくばりながら上目遣いにアルフィアを見上げる。

 アルフィアは一歩引いた位置で、ベルとは対照的にベルの事を見下ろしていた。

 

「さて、私もようやくオラリオに来れた。これから何をするのかは、言わなくても分かるな?」

 

 オラリオとそうでない場所との決定的な違い。

 当然──

 

「ダンジョンに行くんだよね?」

 

「そうだ。お前はレベル3でまだ20階層までしか行っていないからな。今日は下層で様子見をしてやる。取り敢えずは27階層あたりまで行くぞ」

 

 ──大分優しい方かな。

 

 ベルの適正レベルから逸脱はしていない階層。

 水の迷都までなら、まだ全然優しい方だろう。

 ダンジョンで何をやらされるのかは分からないが、アルフィアからすれば序の口も序の口、羽根の団扇で軽く扇ぐ程度の厳しさだと思う。

 

「春姫も連れて行く。ダンジョンの知識も叩き込まねばならんからな」

 

「春姫さんも? 戦闘は苦手みたいだけど大丈夫?」

 

「問題ない。今日はサポーターをやってもらうだけだ」

 

「そっか。なら安心かな」

 

 流石のアルフィアも、レベル1でまともに迷宮探索をしたことがない春姫を早々に死地に放り込むつもりはないようでホッとする。

 アルフィアがいれば万が一というのも有り得ない。

 ベルの方は乗り越えなければ死が待っているだけだが、それはいつものこと。

 初めてアルフィアとダンジョンに潜るが、なんとなくどんなことをされるのかは今までの経験則とリュー達の話から想像がつく。

 

 ベルが服についた芝を手で払い、ようやくちゃんと立ち上がる。

 まだリューが無事かどうかとか、ちゃんと帰ってこれるのだろうかとか、色々と心残りがあるが、一先ずはこれからの自分のことだ。

 後ろ髪を引かれて集中を乱してしまえば死にかねない。

 

「遠征までの二週間は地上で模擬戦をした(のち)、ひたすらダンジョンに潜る。そのつもりでいろ」

 

「うん、わかった」

 

 アルフィアは今後の予定を伝え、そして、纏う雰囲気を豹変させる。

 いつもの凪のような雰囲気とも違う、ベルの遥か彼方先を行く偉大な冒険者としての雰囲気。

 

 自然と息を呑んだ。

 余計な考えや感情なんて全部忘れてしまいそうになるほど、その雰囲気がベルの頭の中を塗り替える。

 

 ベルの義母はまさしく今を生きる『英雄』なのだと実感する。させられる。

 背丈はそこまで変わらなくなったのに、改めてその背が大きく、偉大で、光り輝いて見えた。

 

 厳粛に、ベルが行く道を指し示すように。

 一つ、訓示を施すように、アルフィアは目を開け、厳かに口を開いた。

 

「今日からお前に、『英雄』の作法を教えてやろう」

 

「っ……!!」

 

 それだけの言葉で。

 

 そのたった一言で。

 

 熱を伴った痺れが全身に伝播する。

 

 心が震える。

 

 沸き立つような。

 

 高揚するような。

 

 全能感とも。

 

 万能感とも。

 

 そのどちらとも違う。

 

 しかし、確かにベルの心は昂ぶり、打ち震え。

 

 今ならなんだって出来るような。

 

 そんな錯覚を覚えた。

 

 決意の炎を深紅(ルベライト)の瞳に宿し。

 

 ベルは腹に力を込めた。

 

「はい!!」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 二週間後。

 

 ベルクラネル

 

 Lv.3 所属:【ヘスティア・ファミリア】

 

 力  :SSS1274

 耐久 :SSS1378

 器用 :SSS1291

 敏捷 :SSS1482

 魔力 :SS 1153

 

 幸運 :H

 耐異常:H

 

《魔法》

【ファイアボルト】

 ・速攻魔法

 

《スキル》

【憧憬一途】

 ・早熟する

 ・懸想が続く限り効果持続

 ・懸想の丈により効果向上

 

【英雄願望】

 ・能動的行動に対するチャージ実行権

 

 

 

「えぇ……レベル3になって三週間ちょっとなのに、もうランクアップできそうとか。ボクから言って休みは取らせたけど、やりすぎにも程があるって」

 

 ベルから詳しい話を聞き出したヘスティアは卒倒した。

 そしてアルフィアとベルを説教したが、アルフィアには拳骨を落とされた。

 

「この程度のことができなければ、この子が『最後の英雄』になぞなれるわけがない」

 

 と、明らかに狂った基準で。

 

 解せぬ。

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