「「「何をやっているんですかぁ!? フレイヤ様ぁああああああ!?」」」
翌日、オラリオ中の男神達が悲鳴を上げた。
【フレイヤ・ファミリア】による【イシュタル・ファミリア】の襲撃。
そして美の女神フレイヤの手によって、同じく美の女神イシュタルが天界へと送還された。
その速報が、オラリオ中を駆け回ったためだ。
ギルドに通報をしたのは歓楽街にいた複数の住人と、【アストレア・ファミリア】の団長と副団長。
その現場を直接見ていた住人と、長年オラリオの治安維持に努めている第一級冒険者二名の報告から、
そして男神達から不満と義憤と悲哀が混ざった悲鳴を聞かされたフレイヤはというと、それをやった本神だというのに、どこか不満げな様子の溜息を吐いたそうだ。
そして【イシュタル・ファミリア】を襲撃した
彼等はまだその熱が冷めきらないのか、翌日の内から本拠での洗礼はより過激になったという。
さらには幹部同士の本拠での戦闘は禁止されているというのに、その幹部同士での本気の殺し合いが始まったという話も広まった。
団長の【猛者】オッタルは幹部全員に標的にされたもののそれを全て跳ね返し、一人でダンジョンに遠征に向かったと、そういった噂も立った。
そんな風に、【イシュタル・ファミリア】を壊滅させ、注目を集めた【フレイヤ・ファミリア】の動向。
しかし、それに注目しているのは主にオラリオの一般人や下級冒険者、そしてオラリオに来てから日の浅い神々だった。
長年オラリオに住んでいる者──十五年以上前からオラリオにいた上級冒険者、神々は、襲撃された歓楽街の方に注意を向けていた。
その歓楽街のあまりに悲惨な現状──全ての家屋が倒壊してほぼ更地になった──と、その夜に響いた咆哮のような轟音。
それを見て、聞いて、いくらあの【フレイヤ・ファミリア】といえど、このような真似ができるのだろうか?
歓楽街一帯全てを破壊するほど、大規模な魔法を行使できる魔導士や戦士が揃っているのだろうか?
そう疑問に思う上級冒険者は一定数存在した。
何かを知っているような男神達は、昔日の日々を懐かしむように遠い目をしていた。
何かを知っているような女神達は、昔日にいた女神とその眷属を思い出し、青ざめて震えていた。
そしてその人物が今もまだ生きていると知っており、一年以内に帰って来ると聞かされていたとあるレベル6の三人は、彼等の本拠でこんな会話をしていたという。
「一年以内とは聞いていたけど……こうも早いとはね」
「そうだな。私は今にもダンジョンや街で出くわすのではないかと、昨夜からヒヤヒヤしている」
「儂は話に聞いただけじゃが、あやつの子供に色々と頼んでみてはどうじゃ? 冒険者らしくない素直な小僧なのだろう?」
「その通りだけど……恐らく彼でも無理だろう。今のオラリオに彼女を止められる存在は居ないんじゃないかな?」
「ああ。いくら自分の子供といえど、そうそう諫められるような奴ではないとお前も知っているだろう?」
「……そうじゃったな。ところで……お主はずっと親指を噛んでいるが、何か嫌な予感でもするのか?」
「それがね……昨夜からずっと、痛いぐらいに疼きが止まらなくてね。いつかここに乗り込んでくるんじゃないかと、そんな気がしてならないんだ」
「……その勘だけは、当たって欲しくないな」
そして、実際にオラリオの歓楽街一帯の家屋を全て倒壊させる
親子の仲睦まじい触れ合いの時間。
通常であれば、ほんわかとした暖かい空気が流れているだろう。
普通ならば、団欒とした雰囲気で明るくみんなで雑談でもしているだろう。
だがそんな空気など糞くらえだと、そう言わんばかりにその場の空気は絶妙な温度で冷えていた。
膝枕をされるベルはいつもならばリラックスしているだろうが、その頬はひくひくと引き攣っている。
みんなの視線に晒されながら、アルフィアに膝枕をされているという羞恥。
アルフィアが本拠にいることでできた、
その二つが胸中で複雑に混ざり合い、動けず、抵抗できず、アルフィアの
ヘスティアは「まあ二人は親子だし、こういうことをしても当然だよね」と、慈愛の目で二人を眺める。
アストレアは「あんなスキルが発現するくらい子煩悩なんだもの。この時間を邪魔しても悪いわよね」と、静かに紅茶を飲んでいる。
そしてその場に居る二柱の神を除いた全員──【ヘスティア・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の団員は、全員が物音もたてられないほど緊張し、心の声を一つにしていた。
すなわち──、
(((ヘスティア様かアストレア様、どちらか話しかけてください。この空気がいたたまれないし、何も話が進まないので)))
と。
「……」
カチャリと、アルフィアはローテーブルの上に置かれているティーカップを取り、紅茶を口に含む。
その所作一つとっても自然なまでに美しく、そして静かすぎる程に音を立てない。
それがまた余計にこの場で余計な雑音を出せない要因として機能し、一名を除いて一人もピクリとも動けないし声を出せない。
アルフィアと付き合いのあった四人は、アルフィアだけなら普通に話しかけていただろう。
だがベルがアルフィアの膝に頭を強制的に乗せさせられ、白い髪を撫でられ続けている光景をずっと見せつけられているともなると、どうにもちぐはぐとした感情が胸の中を渦巻き、どう声をかければいいのか分からずにいた。
気分は悪逆非道の限りを尽くしている暴君な女王が
しかしとうとう耐え切れなくなったのか、そんな空気の中で一人だけ空気を読まず、ずっと体を痙攣させていた正義の眷属が噴き出した。
「ブッフォ! あっ、アルフィアってばお弟子君といると
「【
「あぎゃあっ!?」
お腹を抱え、大声で笑い出したアリーゼは吹き飛ばされ、ドガァアアンッと本拠の壁をぶち抜き庭に躍り出て倒れ伏す。
それにピクピクと引き攣った笑みを浮かべ、ヘスティアが主神として注意しようとする前に、リリが悲鳴を上げた。
「あっ、アリーゼ様ぁあああ!? なんてことをしてくれるのですかアルフィア様!! 本拠の修理費がかかるではありませんか!!」
アリーゼの名前を叫んだ割に、彼女の身の心配ではなく、本拠の修理費を気にするあたりにリリの性格が表れている。
絶叫したリリに対し、ベルはそのままリリのことも吹き飛ばすのではないかと思ったが、最初は注意だけで済まされた。
「喚くな、チビ」
「ちっ、チビぃ!? ヴェルフ様やライラ様でも最初はチビ助やちびっ子だったというのに、言うに事欠いてチビですか!?」
「喚くなと言っただろう。貴様のようなレベル1のサポーターなど、チビで十分だ」
「ふぎゃあっ!?」
流石に魔法は喰らわせられないのか、アルフィアの指が指弾を放つ。
一瞬だけブレたとしかベルには認識できないものの、恐らくは細い指はスカッと宙を空ぶったことだろう。
しかして何をどうやったのか、指の先にいたリリは先程できた穴を通り、結局外に吹き飛ばされてしまった。
アリーゼの薄い胸をクッションがわりに弾み、リリはそのままアリーゼの上に重なる。
神である身の自分ですら理解できない怪奇現象に、ヘスティアは言おうとしていた言葉が喉の奥に引っ込んだ。
自分の最初の
「お、お義母さん? リリに一体何をしたの?」
「なに、ただ
『だけ』と、そう言ってしまうあたりがアルフィアがアルフィアたる
果たしてそのような事を以前のアルフィアならできたのだろうかと、二か月半前と比較してベルは気になっていたことを尋ねる。
「空気を押し出しただけって……もしかしてと思ってたんだけど、お義母さん二か月半前より強くなってない?」
「よく分かったな。観察眼が衰えていないようでなによりだ。だとしても、その赤い目はくり抜きたくなるが」
やっぱりと、恐らくはランクアップをしたのだろうとベルは納得する。
そして父親譲りの目のことを言われ、ベルはほとほと呆れ果てて小さく溜息を吐いた。
「またそれ……怖いから言わないでって言ってるのに……」
「それはあいつに恨み言を言え。同じ赤い目なのが悪い」
一応は沈黙が破れたため場の緊張感もほぐれ、リューが唖然としているヴェルフと命、春姫にひっそりと忠告する。
「アリーゼやアーデさんのような目に遭いたくなければ、アルフィアの前で騒がないようにするのが身のためです。『星屑の庭』にいた時も、しょっちゅう本拠の壁に穴を開けられましたから」
「お、おう。ありゃあ過激なんて言葉に納まらねえが、アレを見せられたらそう表現するのにも納得だな。リリスケの犠牲には感謝しねえとな」
「リリ殿は死んではおりませんよ、ヴェルフ殿。リュー殿、ご忠告ありがとうございます。これはいっそう忍としての鍛錬を積まねばならないようです」
「そのようでございますね。アルフィア様は雑音が嫌いとおっしゃられておりましたし」
冷や汗を流しながら、ひそひそと小声で会話をする【ヘスティア・ファミリア】の四人。
それでもアルフィアには話しかけようとしない己の眷属達を前に、ヘスティアは諦めの息を吐いた。
アリーゼとリリの心配はしなくてもいいだろう。
死んではないのだし、そのうち起き上がって戻って来る。
アルフィアのやることなすこと全てに一々反応していたらヘスティアの身が持たないし、なによりヘスティア自身が制裁の対象になってしまう。
「それで? なにも歓楽街一帯を更地にするような真似までしなくても良かったんじゃないのかい? それもフレイヤに責任まで押し付けて。いくらアルフィア君が強いからといって、ボクは変な恨みを買うのは嫌なんだけどねぇ」
「あんな場所、オラリオにない方が清々する。私がやらなくても、程度の差はあれ壊滅していたしな。表に出るのはフレイヤの情報だけでいい。私に対する恨みなど、あの糞餓鬼には今更だ。昔、散々苛め抜いていたからな。ヘスティアに意識が向くことはない」
「そういう問題じゃないんだけど……できるだけ目立つような真似はしないでくれよ? 今ですらベル君がランクアップの速度で他の神達に目をつけられているんだ。春姫君のことだってあるし、それは君も分かっているんだろう?」
「保証はできんが善処しよう。仮に襲撃があったとしても、私が全て滅殺する」
「滅殺って……そこまでする必要はないからね? 本当に頼むよ? ボクは君の意思を尊重するけど、あまり行き過ぎたことだけはしないでくれ」
何を言ってもきっと意味が無いと、ヘスティアはそう言うに留め、アルフィアのことについては完全に匙を投げた。
ヘスティアだって話に聞いているベルの祖父──推定ゼウスのようなことはされたくない。
それはもう昨日に全身に
アルフィアの人となりも、ベルから聞いていたことと昨日と今日話をして、それで掴む事もできた。
注意すべきことはアルフィアのいるところで騒がない事。静かにする事。癇に障らない事。
これを守れれば本拠内での平和は保たれるのだ。
これを新しく【ファミリア】のルールとして定めようとヘスティアは決め、それで今回の件については終わりと、話しを別の方に持って行く。
「取り敢えず今回のことはこれでいいとして、ギルドへの登録はどうするんだい? 冒険者登録は抹消されているんだろう?」
「本当はしたくなどないが……この子のことがあるからな。【ファミリア】への加入と一緒に済ませる。あの豚にも言っておかねばならんこともあるしな」
ちゃんと登録はしてくれるようで、ベルは内心ホッとした。
あの豚とやらが誰のことを指しているのかも知っているので、それほど重要なことがあるのかと気にはなるが、きっと教えてはくれないのだろう。
「うん、わかった。今日これから行くのかい?」
「【万能者】から頼んでいたものが届き次第だ」
「【万能者】って……ヘルメスの所のアスフィ君かい?」
「アスフィさんに? 魔道具でも頼んでたの?」
「そうだ。あいつは透明になれる魔道具も作ったそうだからな。それなら似たようなものも作れるだろうと、頼んでおいた」
透明になれる魔道具というのは、リヴィラの街であの冒険者が使っていた物だろう。
似たような物と言うわれてもいまいちピンとこないが、魔道具の話になったところで「そういえば」と、アルフィアが一つの魔道具を机に置いた。
「これはヘスティアよりもアストレアに渡すべきだろう。あのクソビッチの神室に置いてあったのを拾っておいた。地下の鼠共と吊るんでいたようだな」
「『ダイダロス・オーブ』……いくら探しても見つからなかった訳だ。神室で貴様が拾ったのか、クソババア」
先日『女主の神娼殿』に忍び込み、闇派閥と繋がっていた証拠でも見たのだろう。
輝夜がアルフィアのことを臆面もなくクソババア呼ばわりしベルは戦慄するも、なにやらアルフィアの方にも考えがあるらしく、超短文詠唱よりも鋭い舌鋒が飛びかう。
「口の悪さは相変わらずか、極東の娘」
「貴様にだけは言われたくないわ」
「私は貴様のように品性を失ってなどいない。とはいえ、私も歳を取ったが、それは貴様も同じだろう? 貴様の基準なら、既に貴様も立派なババアの仲間入りだ。喜べ」
「っ……」
輝夜は現在二十四歳らしいから、きっと七年前にもアルフィアのことをクソババア呼ばわりしていたのだろう。
アルフィアが一度村から出て行った時期とも合致するので、ベルの推測は間違っていない筈。
自分が依然言っていた言葉を跳ね返され、輝夜は反撃の言葉を見つけられないのか唇を噛んでいた。
輝夜が黙った隙を見逃さず、アルフィアの口撃は続く。
「嗚呼、それともこんな単純な和算も出来なくなるほど
「言わせておけば……だとしても私は二十四で貴様が三十一の女だというのは変わりない。ババア呼ばわりされるのにふさわしい年齢だろう? なあ、クソババア?」
「それしか手札がないとは、レベル6の名が泣くな。貴様の呼び名は今日から極東のババアだ。そこの極東の娘と紛らわしい。貴様もそう思うだろう、極東のババア?」
流石に老耄呼びはしないのか、命が同じ【ファミリア】にいるため輝夜のことをババアと呼ぶことに決めたアルフィア。
輝夜は額に青筋を浮かべており、なんなら刀の柄を握っている。
まさか本拠の中で居合で斬りかかるつもりなのかとベルは身構えるも、輝夜が刀の鍔を小さく鳴らしたところでアルフィアが迎撃した。
「【
「がっ!?」
ゴーンと鐘が鳴り響き、輝夜が穴を通ってアリーゼとリリを追い越し、芝の上を弾んでいく。
吹き飛ばされた輝夜のことを冷めた目で見て、リューとライラは呆れ返った溜息をついた。
「懲りねえな輝夜は。アルフィアはレベル8になってるっていうのに」
「そうですねライラ。あれだけ魔法を喰らっていたというのに、まだもらい足りないようですね」
と、輝夜が吹き飛ばされたところで、本拠の呼び鈴が鳴らされた。
恐らくは話に上がったアスフィだろう。
リューが「私が出ます」と居室を出て玄関に行く。
「やはりアンドロメダでしたか。お待ちしてました」
「アルフィアから聞いていたのですね。これをどうぞ」
「ありがとうございます」
「ところで……アリーゼ達が庭に転がっていましたが、何があったのですか?」
「アルフィアに吹き飛ばされただけですので。ご安心を」
「それは安心してもいいのでしょうか? 貴女方からすると日常茶飯事のようですが」
「ええ、そのようなものです。またあの日々が帰って来ただけですので」
「そうですか。では私はこれで」
しばらくして戻って来たリューの手には、折り畳まれた布があった。
「アンドロメダからです。これはいったいどんな魔道具なのですか?」
「使えばわかる」
言葉短くリューから布を受け取り、アルフィアはそのままベルの頭を退かして立ち上がった。
布を広げる。それは黒いフード付きのローブであった。
ジッとそのローブを見つめ、アルフィアはふっと微かに口端を緩ませてからローブを纏う。
「魔法耐性も付与したのかあの娘は。気の利くことだ」
「『も』ってことは、もっと別の効果でお願いしてたの?」
「そうだ。お前に今、私の顔が認識できるか?」
言われ、ベルはアルフィアの顔をよく見ようと、ソファに座ったままフードの下から顔を見上げる。
見えてはいるが、印象に残らない。自分の記憶に刻まれないと、そう言えばいいのだろうか。
「よくわからないや。見えた途端に記憶から抜けていくみたい。もしかしてこれがその魔道具の効果?」
「ああ、注文していたのは認識阻害のローブだ。これで私が誰なのか、雑多な連中にバレる心配もない」
透明になれる魔道具──それと似たようなものということで、認識阻害か。
魔道具の効果としては
オラリオで目立ちたくないであろうアルフィアにとっては必須とも言えるものかと、ベルは納得する。
「では私はギルドに行く。ベル、お前が団長なのだろう? 一緒に春姫の分まで【ファミリア】の加入届を出しに行くぞ」
「うん。それじゃあ神様、みんな、行ってきます」
「いってらっしゃい、ベル君、アルフィア君」
ヘスティアに見送られ、ベルはアルフィアと横に並び、本拠から出る。
庭に吹き飛ばされた三人はまだ伸びており、燦々と照る陽の光に当てられていた。
◇◇◇
「お前の仲間達だが……中々稀有な魔法やスキルの持ち主らしいな。変身魔法にクロッゾの末裔、あとは索敵に使えるスキルだったか。まさか『クロッゾの魔剣』を打てる鍛冶師がまだいたとはな」
「うん、そうなんだ。僕は別に『クロッゾの魔剣』じゃなくて、ヴェルフの作品が気に入ったから買ってただけなんだけどね。ヴェルフが『クロッゾの魔剣』を鍛えることができるって知ったのも、ヴェルフと会った後からだったし」
「そうか。そういう鍛冶師と出会えたことは良い事だ。『クロッゾの魔剣』だけでなく、魔法の方も私は気になるがな」
「お義母さんは魔導士だもんね。魔法を無効化する魔法を使えるってアリーゼさんに教えて貰ったけど、ヴェルフの魔法とぶつかったらどうなるんだろ?」
「魔力暴発を強制させる魔法だったな。やってみなければわからないが、それでも無効化できるだろうな」
「どうしてそう思うの?」
「私のそれは
北西のメインストリートまでの道中、アルフィアと手を繋いでベルは話に花を咲かせる。
最初は
その次はベルの冒険の話や、壊されてしまった今は立て直している最中の教会の話。
ここ二か月半──オラリオに来てからそろそろ三か月になるが──のことを、手紙に書ききれなかった詳細を話す。
今はアルフィアの顔を見る事は叶わない。
それでもきっと穏やかな顔で聞いてくれていると、相槌などから察せられる。
そうしてギルドに到着し、ベルはエイナの姿を探す。
エイナは受け付けのカウンターにおり、丁度手が空いたようだったのでアルフィアと並んでエイナに声をかけた。
「エイナさん、お久しぶりです」
「ベル君! 久しぶりだね。戦争遊戯以降会えてなかったし、やっぱり新しい本拠になって忙しかったの?」
「一応ギルドには来てたんですけど、そんな感じです。今日はまた【ヘスティア・ファミリア】の団員が増えたことの申請と、ギルド長にお話しがあるので、できればお呼びしてもらいたいんですけど……」
「新しい団員のことについてはいいんだけど、ギルド長に? ベル君が会うようなことはないと思うんだけど……もしかしてそちらの方が用があるの?」
エイナがアルフィアの方へと顔を向ける。
ベルとエイナには見えないが、アルフィアはエイナのことを品定めするように観察して、口を開く。
「そうだ。あの豚に『竜の谷』と『エルソスの遺跡』について話があると、そう伝えろ。
──やっぱり名前で呼ばない……。
こればっかりは仕方がないかと、ベルは何度も頭を下げる。
エイナは数瞬固まっていたが、乱暴な冒険者の相手は慣れているのか、すぐに職務用の笑顔に切り替えて対応する。
「『竜の谷』と『エルソスの遺跡』、ですか。『エルソスの遺跡』はともかく、『竜の谷』というのは……」
「そのままの意味だ。こればかりは直接伝えねばならん」
ことの重大性を理解しているのだろう。
エイナは吟味するように黙り込むも、それを了承した。
「……かしこまりました。一度上司に確認いたしますが、ギルド長をお呼びします」
「頼んだ」
一度カウンターから離れ、ギルドの奥へと姿を消すエイナ。
二人は黙ってエイナが戻って来るのを待ち、程なくして、でっぷりと全身に脂肪を蓄えたエルフを伴ってエイナが戻って来た。
「貴様は相変わらずだな、ロイマン。ここで話すようなことでもない。盗聴されない個室に行くぞ」
アルフィアはフードを少しだけずらし、ロイマンにだけ見えるように顔を露わにする。
アルフィアを見たロイマンはというと死人にでも会ったような顔で、唇を震わせていた。
「な、何故お前が生きている!? まさかとは思っていたが昨日のアレはお前の仕業か!?」
「五月蠅い。そんな話をするために、私はわざわざ貴様を呼び出したのではない。さっさとしろ」
「……『竜の谷』と聞いて、いったいどんな阿呆が来たのかと思っていたが……お前ならば仕方があるまい」
先導するロイマンの後についていく前に、アルフィアは一度ベルへと振り返った。
「ベル、少しばかり長い話になる。お前はギルドで待っていろ。私の入団の件もあるからな」
「うん、わかった」
この様子だと、きっと自分の情報を秘匿しようとしているなと、ベルはそう予想する。
取り敢えずはエイナと防音の個室で話すということをアルフィアに伝え、ベルとアルフィアはそれぞれ分かれる。
個室にベルとエイナが入り、椅子に座ったところで、エイナからアルフィアのことについて聞かれた。
「さっきは聞くタイミングがなかったけど……今の人は誰なの? ベル君の知り合いではあるんだよね?」
「あれが僕のお義母さんですよ。つい昨日オラリオに来たんです。それで新しい団員の申請にも来たんですけど」
「ああ、あれが話に聞いてた……ギルド長も驚いてたし、やっぱり昔はオラリオにいたんだね。それじゃあ冒険者としても再登録するの?」
「そうですけど……多分レベルや本名とかの情報は表に出さないよう、ギルド長を脅すと思いますよ?」
「おっ、脅す……?」
ベルの口から自分に似つかわしくない言葉が出てきたからだろう。
エイナはポカンとした様子でベルの言葉を繰り返し、ベルは苦笑した。
「はい。ギルド長の弱みとか色々握ってるみたいですし、自分の存在を公にはしたくないでしょうから。冒険者登録も偽名でするつもりかと」
「それはまた……そんなに後ろ暗い過去があるの?」
「うーん……僕はお義母さんの昔の話はよく知らないんです。後ろ暗い過去というよりは、今の自分の平穏を乱させないようにするためだと思いますけど」
「そ、そっかあ。それで受理されるのかどうかは上層部の判断次第だけど……それで、これは違う人のみたいだけど、もう一人加入したの?」
「そうなんです。こっちは普通に申請するので、特に問題はありませんよ」
「それが普通なんだけどね。……うん、書類に不備もないし、サンジョウノ・春姫氏の加入については通しておくね。後は……私の方からベル君に渡しておかなきゃならない物があってね。本当は君の本拠に送る予定だったんだけど、今渡しちゃうね」
「それだと……ギルドから【ヘスティア・ファミリア】にってことですか?」
ベルは一通の封がされている手紙をエイナから受け取る。
エイナは頷きながら「そう」と手紙の中身についても話してくれた。
「【ヘスティア・ファミリア】はこの前派閥のランクがDになったでしょ? それでギルドから
「強制任務、ですか?」
「うん。【ヘスティア・ファミリア】は探索系の派閥だから『遠征』の強制任務だね。ダンジョンの到達階層を増やすとか、指定されたドロップアイテムを持ち帰るとか、そういうの。ベル君はレベル3になったし、レベル4のリオン氏もいるから目標階層は18階層以降になっちゃうと思うけど、大丈夫そう?」
「大丈夫だと思います。この前クエストで20階層まで行きましたから、問題ないかと」
なんならアルフィアもいるので、行こうと思えば深層まで連れて行ってもらえるだろう。
だがリリ達まで一緒に深層にまでは連れて行きたくはないと、ベルとしては思っているが。
ベルだってまだ深層の知識は頭に入っていない。これからアルフィアやエイナに教わるつもりだが、行くのは当分先のことだろう。
そうやってベル達の今後の迷宮探索の予定などについてエイナと話し合い、少ししたところでアルフィアが個室に入って来た。
「こっちの話は終わったぞ。春姫の申請はできたのか?」
「あ、お義母さん。うん、春姫さんの方は問題ないって。お義母さんの方はどうなったの? きっとギルド長に直接釘を刺したんでしょ?」
「そうだな。あの豚は再三脅しておいたから問題ない」
「脅すのが問題大ありだと思うんだけど……」
アルフィアはすぐに帰るつもりのようで、扉を閉めるもそのまま立ったままだ。
ベルもエイナともう話すようなことはないので椅子から立ち上がる。
ただエイナの方はアルフィアに挨拶ぐらいはと思っていたようで、ベルとほぼ同時に立ち上がって丁寧に頭を下げた。
「先ほどはご挨拶が遅れ申し訳ございません。
「ああ、貴様のことはこの子から聞いている。ベルが世話になっているな」
「いえ、
「そうか。特に話すこともないようなら、私達はこれで失礼させてもらう」
アルフィアに手を掴まれ、ベルもエイナに別れの挨拶をしようとしたところで、エイナが「あ、あの」とアルフィアに声をかけた。
「なんだ、ハーフの娘?」
「よろしければ本名かギルドにご登録されるお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? お母様とお呼びするのは失礼でしょうし……色々と訳ありだと、息子さんからお伺いしているので」
そういえばまだエイナに義母の名前を教えたことがなかったなと、ベルはここで気付く。
あまり意識してなかったが、普段からアルフィアのことはお義母さんと呼ぶようにしていて、エイナの前ではアルフィアの名前を出したことはなかった。
エイナに名前を聞かれ、アルフィアは少しの間沈黙するも、そのまま本名を教えた。
「私の真名はアルフィアだ。貴様のように職務に忠実な者ならば詮索などしないと思うが、私のことを調べるような真似はするなと、忠告だけしておく」
「アルフィア氏ですね。かしこまりました。アルフィア氏について詮索はしないと、私の真名にかけて誓います」
「殊勝な心掛けだな。行くぞ、ベル」
「あっ、うん。それじゃあエイナさん、失礼しますね」
アルフィアに手を引かれ、ベルは最後に振り返ってエイナに会釈し、そのまま二人でさっき来た道辿っていく。
その日の午後にはギルドの掲示板に【ヘスティア・ファミリア】に二人の
そしてその日以降、オラリオの街にはこんな噂が立つことになる。
なんでも、今都市を騒がせている
時折手を繋いで街を歩く漆黒の魔導士のような女と白髪の少年の姿を見たと、冒険者や神々が様々な場所で噂するようになった。
そして興味本位で『女』の顔を暴こうとした冒険者や神々は、その悉くが女の見えない攻撃によって撃滅され、下半身を地面に埋められることになったという。