【日中問題の専門家が語る“中日愛”】名手でもファン投票でオールスター落選…ドラファンならとっくに知っている「民主主義の残酷さ」

いよいよ開幕迫るプロ野球。3年連続最下位の中日ドラゴンズは汚名返上なるか(産経新聞社)

 球団史上初の「3年連続最下位」から復活を期す中日ドラゴンズ井上一樹・新監督の采配や開幕投手・高橋宏斗選手らの活躍に注目が集まるなか、ドラゴンズを愛してやまない大学教授が異色の本を上梓した。著者の富坂聰氏(拓殖大学海外事情研究所教授)は愛知県生まれで、中日ファン歴は半世紀超。「日中問題」の研究者として知られる富坂氏が、「中日(ファン)問題」を分析した。(シリーズ第1回)

日本野球にバックトスを定着させたレジェンド・高木守道の華麗な守備

 * * *
「ラジオの音、そのままでいいですよ」

 客待ちのタクシーに乗り込んで、ジャイアンツのナイター中継のボリュームを絞ろうとした運転手に声をかけた。夏の東京ではときどきあるやり取りだ。

「運転手さん、ジャイアンツファンですか?」
 とりあえず訊いておく。

「いやー、そういうわけじゃないんですよ。野球が好きなんで」と、運転手。
 嘘だ。

「いや、でも好きな球団はあるでしょう?」
「うーん、いまはロッテかな、オリックスも気になりますね」

 これも、嘘だ。こういうケースでパ・リーグの球団の名前を出すのは、たいてい営業トークだ。しばらく話をしていると、必ずボロが出る。

「ドラゴンズって弱いですかね?」

「だって、巨人が好きだなんて言うと怒るお客さんもいるから、面倒くさいでしょ」
 運転手さんはチラリとバックミラーでこちらの様子をうかがう。

「だから、弱そうなチームの名前言っておけば無難なんです」
 ああ、やっぱり嘘だ。

「でも、オリックスは(2023年まで)3連覇してますから、いまは弱くないですよ」と私が言うと、「そうなんですか? パ・リーグはあんまり知らないから……」と。

 野球が好きなんじゃない。ただのジャイアンツファンだ。

 ちょっと意地の悪いボールを投げてみた。

「弱いチームでいいなら、ドラゴンズファンだっていいんじゃないですか?」
 すると、運転手はまたもバックミラー越しに探りの目線を送ってから、
「いやー、ダメですよ、ドラゴンズは……だって、アクが強すぎるっていうか、それこそケンカになっちゃいますよ」
 と言うのだった。

 なるほど、どんなに薄めてみても、八丁味噌の濃ゆーい何かが残っちまうって話だな。

 妙に納得して会話を打ち切った。それから車窓の夜景に目を移そうとしたとき、運転手がボソリとつぶやいた。

「でも、ドラゴンズって弱いですかね? わしらー、そんなふうに思ったことないですよ。強い、怖いチームですよ」

 この瞬間、私の背中からバサッという大きな音がして、うっかり夜空に舞い上がりそうになったのだが、ぐっとこらえた。そして、頬がゆるむのを抑えつつ目的地に着くと、「運転手さん、お釣りはとっといて」とタクシーを降りたのだった。

 これ、これなんだよ。ドラゴンズは強いんだよ。

大谷のポスターを見るたびに…

 青い悪魔、なんて言わない。だって、あんなにさわやかなユニフォームなんだから。ブルーとホワイトのコントラスト。夏の少年たちにとって「さわやか」の代名詞といえばカルピスの青い水玉模様かドラゴンズブルー。それが双璧だ。夏の終わりの切なさは、プロ野球シーズンの終わりと重なり、無垢なハートをキュンさせた。

 そう、シーズンが終わると、ドラゴンズのユニフォームを見る機会は俄然少なくなる。東京で暮らしていれば、なおさらだ。

 昨年からは、大谷翔平選手のポスターを見るたびに、「おっ、ドラゴンズだ」って、いちいち反応してしまう。大谷の活躍を“ドラゴンズの活躍”とみなすファンもいるらしい。

 いまのロサンゼルス・ドジャースのユニフォームって、1周回ってドラゴンズに寄せてないか。そう思うのは私だけだろうか。

 もちろん知っている。ドラゴンズがドジャースを真似したことは。単に頭文字の「D」がかぶっているってだけでパクったって。だから本家は向こうです。

 でもね、戦後の日本は何から何まで「それ」でしょう。米国式民主主義も、デニーズも、歌も映画もドラマも娯楽番組も、ジャイアンツも、タイガースも。

 いや、カープは違うな。カープは模倣じゃない。そこは見上げたもんだが、カープって鯉。鯉は魚。魚でいいのか? 広島のファンは。野球は強いからいいんだけどね。とくに矢野雅哉選手は素晴らしすぎる。

 そういえばカープのマークって、シンシナティ・レッズの「C」にそっくりだ。それよりも中央大学か。我が家の近くには中央大学の大学院があって、職場の最寄り駅には法学部があるから、いちいち「おっ、カープ。いやっ、中央か」ってやるはめになる。

 もう広島の話はいいって。でも、魚はなあ。だって、横浜DeNAベイスターズは、いまでこそ都会っぽい風を吹かせているけど、元々大洋ホエールズで、親会社は大洋漁業(後にマルハを経てマルハニチロとなる)だ。缶詰にされかねないよ、鯉も。

 大洋は緑とオレンジのユニフォームだった頃、あの毒々しい色使いに、「ドラファンでよかった」とホッとしたものだ。似合っていたのはジョン・シピン選手くらいだ。

落選する高木に「選挙の残酷さ」を学んだ

 こういう話を始めると止まらなくなるから、本筋に戻ろう。

 ドラゴンズから「何を学んだか」って話。

 答えは明白だ。ズバリ、民主主義の残酷さだ。

 統計の裏付けはないが、そのせいでドラファンの臼歯はジャイアンツファンより幾分薄くなっているはずだ。切歯扼腕。

 真っ先に思い出すのは、私の野球の記憶が始まる頃。ドラゴンズの栄光の背番号「1」を背負っていた高木守道選手だ。そして、オールスターのファン投票だ。

 高木選手、セカンドの名手で日本野球にバックトスを定着させたレジェンドだ。華麗な守備に加え、走っては盗塁王も獲得。年間20本近い本塁打も放っていて、新聞のスポーツ欄にある「打撃10傑」の常連だった。

 もちろん名球会入りも果たしている。

 なによりもドラファンの心をつかんで離さなかったのは、高木選手のクールなプレースタイルだ。びっくりするようなファインプレーをしても、ホームランを打っても、派手なガッツポーズどころか、ニコリともしない。

 シブい。クール。冷静。職人。

 その高木選手が、オールスターのファン投票ではいつも(といっても2回だが)ジャイアンツの土井正三選手の後塵を拝していた。「なぜなんだー!」という話だ。

 オールスター出場者が発表される日は、「ちぇっ、やっぱり土井の野郎か」と、朝から父親が不機嫌に毒づくのが恒例(といっても2回だが)だった。

 そりゃ、「巨人・大鵬・卵焼き」の時代。しかも土井は巨人のV9戦士だ。仕方がないといえば仕方ない。でも、数の論理で押し切ろうっていう、嫌な空気も漂う。多数決という民主主義の、なんとも腑に落ち切らない居心地の悪さだ。

 それにもまして得心がいかないのは、「監督推薦枠で出場」というポジションだ。名誉白人ですか。はい、微調整しました、みたいな。

 内閣改造に際して男女比を気にして、「もう一人くらい女を入れとくか」って感じ。露骨な「数は力」はまずいから、「ちゃんと少数派の声を聞きました」ってエクスキューズ。

“選挙”はアリバイだけで、後はやりたい放題って、おい、自民党かよ。

 まあ、いい年になったいまなら分かるよ。本当はジャイアンツファンによるジャイアンツファンのためのオールスターだったって。「東京の祭典」を「日本の祭典」っぽく見せるためには、「監督推薦」っていう“配慮”が必要っていう。大人の事情だ。

 地方のテレビ局はそれぞれ視聴率を稼がなきゃなんないし、スポンサーの意向ってヤツもあるだろう。だから、微調整だ。

 つまり何が言いたいかっていうと、投票なんて“ガス抜き”は選手の評価とは違うってことだ。選挙も、民主主義も完全じゃない。「ノット・ワースト(最悪じゃない)」って喝破したのは、イギリスの元首相、ウィンストン・チャーチルだ。分かってるね、チャーチル。ドラファンは噛みしめるよ、その意味を。

 ただしドラファンは「票が盗まれた!」なんて騒がない。そんな幼稚じゃない。Qアノン陰謀論者でも、キリスト教福音派でも、共和党支持者でもない。最初っから期待もしてない。アメリカのトランプ支持者や極右団体「プラウドボーイズ」も、幼少期からドラファンだったら、連邦議会に乱入することもなく、選挙の残酷さを受け入れられたはずだ。

 ドラファンはとっくの昔に知っている。民主主義には欠陥があるってことを。

(第2回に続く)

※『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』より一部抜粋

【プロフィール】
富坂聰(とみさか・さとし)/1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト。北京大学中文系中退。1994年、『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。『中国の地下経済』『中国の論点』『トランプVS習近平』など、中国問題に関する著作多数。物心ついた頃から家族の影響で中日ファンに。還暦を迎え、ドラゴンズに眠る“いじられキャラ”としての潜在的ポテンシャルを伝えるという使命に目覚めた。

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