大垣書店様への謝罪と経緯説明
哲学研究者・批評家の森脇透青です。連日お騒がせしております。先日私がXで投稿しましたポストの内容についての謝罪と経緯説明をさせていただきます。
この件は3/15、私がとある食事会に伺おうとしたところ、大垣書店・書店員の倉津拓也氏から来ないでほしい、という旨の内容を間接的にご連絡いただき、それについて「書店発の飲み会からパージされた」と感じ、そのようにポストしたことに端を発します。そこで私は具体的な名前を何も表記しておりませんでしたが、倉津氏および大垣書店様のことと関係者にはわかる内容であり、倉津氏ご自身が名乗りをあげたため事態が明らかとなりました。
私は、倉津氏より、この点(倉津氏の食事会が大垣書店様と関係したものであったこと)についての訂正と謝罪を求められています。結論から述べると、この食事会は完全に倉津氏個人のものであり、大垣書店様は無関係であったこと、その点で私の誤解があったことを認め訂正したいと思います。
当日、事実関係を確かめなかった点については、私に完全に非があります。さまざまなご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。
以下で簡単な経緯説明をいたします。
当日、先日刊行された『批評の歩き方』のイベントが京都のCAVA BOOKS主催で開催され、私は参加していました(倉津氏は参加されていませんでした)。登壇者は『批評の歩き方』の寄稿者である小峰ひずみさんと長濵よし野さん、それに加えて小泉義之さんでした。
終了後、とくに懇親会が予定されていたわけではなかったのですが、その場の流れで懇親会を行うことになり、私が幹事をすることになりました。理由としては、司会の人文書院の編集者の方がご事情で懇親会に参加できなかったこと、私も『批評の歩き方』の寄稿者であり、かつ登壇者のお二人との個人的なつながりがあったこと、イベント会場周辺について私がもっとも土地勘があったこと、などです。
登壇者のみならずその場に残っていた他のお客さんにも参加を募りつつ、準関係者のような中途半端な立場で、当日その場でお店を予約し、場をセッティングしました。参加者は12名程度で、登壇者のお三方を除けば、私を含め全員がイベントに来場した観覧者でした。
懇親会の途中で、登壇者の一人(小峰さん)が、本会とは別で開催されていた倉津拓也氏の食事会に向かうことになり(その時点で私はその食事会の詳細は聞かされておりません)、次いで、もう一人の別の登壇者の方(長濵さん)も誘われ、そちらに向かう可能性が出てきました。小泉さんは懇親会に参加されましたが、ご事情で早めに帰られたので本件には関わっておりません。
とはいえ、その場にイベント参加者の方々がいる以上、登壇者のお二人がいなくなるというのはよくわからないので、私は「そうであれば、全体で(こちらの懇親会に参加している人から、参加意志のある人たちを連れて)合流する可能性は探れないのか」という提案をしました。
そのように提案した背景として、私は『批評の歩き方』の寄稿者として今回の企画成立にまつわる事情をある程度知っていたということもあります。その内部的な経緯において、倉津氏および大垣書店様は元来、本イベントと完全に無関係とは言えないと私は判断していました。少なくとも確実に、倉津氏はこのイベントの存在や概要について、一般のお客さんより先んじて把握されていたはずです。
また別角度ですが、私は別件で以前から倉津さんとの間で緊張感があり、その点は確かに私も気にかかりました。しかしそれは登壇者の方々や懇親会に来ているほかの観覧者の方々にはあくまで無関係なことであり、私が多少気まずい思いをしてでも、イベントから連続しているこの場の体験を優先すべきと思ったので、幹事としてそのように提案しました。
(倉津さんは私への名前を出さない形での批判や、私の職業(哲学研究者)を揶揄ないし攻撃するようなポストをこの数年間に何度かX上に投稿しており、ここ最近もそうしていたようです。しかし私はそれを見ておらず、そのように持続的に怨恨を抱かれていた事実を後から知りました。ちなみに本件に関する倉津氏から私への反応、Noteが作成されていたこと、謝罪・訂正を求められていた件についても目に入っておりませんでしたので、それなりに遅れて知りました。)
その後、小峰さんだけが先に移動し、倉津氏に意見を伺うということになりました。長濵さんはこちらの懇親会が終了した後にそちらに合流するかもしれない、という程度の不確定な状態でした。小峰さんが抜けてからしばらくして、倉津氏が私の参加を拒否している、という事実が伝わってきました。
それ自体はある程度予想できたことではあったので、私は「私以外の皆さんで行ってもらって構わない」と言いましたが、結果としてその場にいた皆さんに気を遣わせることになってしまいました。懇親会が長丁場になっていたこともあってそこで解散になり、長濵さんだけが遅れてそちらに顔だけ出すということになりました。
なお、ここでお名前を出してしまいましたが、私はもちろん、小峰さんおよび長濵さんに対する批判的な感情を持ってはいません。どちらかといえば、私の個人的な関係に巻き込んでしまったことに対し申し訳ないと感じています。
当日に感じたことを率直に記しておけば、私個人の参加が拒否されたこと自体よりも、登壇者のお二人が(結果として)引き抜かれるような形になり、イベント後に行われた(当日の観覧者の方を含む)懇親会が空中分解のようになってしまった点について責任を感じ、また憤りを感じていました。また、本件で起きたことが、倉津氏の自覚・無自覚を問わず、氏の「書店員」という肩書きとかならずしも無関係とは言えないとも考え(どれだけ私的で小さな飲み会であれ、その肩書きや社会的な関係性が——とりわけ書店員と書き手との関係において——消えるわけではないし、結果として生じたことに対する責任がなくなるわけでもない)、それで上記のようなポストに至りました。
とはいえ、繰り返します通り、倉津氏の食事会が「書店発」の飲み会であったという表現については、具体的な事実関係の水準で、私の完全な誤解・早合点であり過剰な表現でした。
大垣書店様は、この件には無関係です。この点についてご迷惑をおかけしたことについて、あらためて謝罪させていただきます。大変申し訳ございませんでした。
また当日の懇親会に参加された方々、今回のイベントの関係者の皆さま、『批評の歩き方』関係者のみなさまに不快な思いをさせてしまったこと、不必要に気を遣わせてしまったことについても、ここにお詫び申し上げます。
以下はごく私的な所感です。
私は本件での軽率な発言を通じ、「関西の人文系では何か人間関係の争いがあるのだ」、あるいは「人文系の飲み会は野蛮で怖いものだ」といった種類の悪評や偏見を広めてしまったことについて、責任を感じています。
良識的な方々にとっては自明なことかと思いますが、実際には本件は非常に小さい話であり、「関西」や「人文系」などという大きなカテゴリと関係がありません。本件とは無関係に、関西にはさまざまなユニークな人文的な取り組み、社会運動、出版社、書店、インディペンデント・スペース等がたくさんあり、また一般に「批評」と呼ばれる取り組みについても興味深い多様性や新しい動きがあります。もちろん、『批評の歩き方』という本自体も、本件のいざこざとは一切関係がありません。
私は「関西」だけに強くこだわっているわけではありませんが、それでも関西に住む批評家として、こうした面白い点をもっと強調し広めるべきところ、何かネガティブな印象だけを広め、偏見を強め、ゴシップな好奇心に寄与するような結果になってしまいました。その反省から、この数日沈黙を保っておりましたが、ここで私の意見をはっきり明記しておかなくてはもはや事態が収集しないかもしれないと思いましたので、筆をとった次第です。
また、今回の件で、「飲み会」「懇親会」というものが閉鎖的な、インナーな、ともすれば陰湿で暴力的な空間なのだと感じられた方もおられるかもしれません。その点についても少し触れておきたいと思います。
本件で、観客でも登壇者でもない準関係者というような中途半端な立場ながら、なぜここまで私が懇親会にこだわったかと言えば、それはたんに祭り好きであるとか飲むのが楽しいとかそういう次元と別に、こういう仕事をやっている人間にとってイベント後の懇親会というのは特別なものだと個人的に考えているからです。
第三者から見れば些細なことにこだわっていると思われるかもしれませんが、それは登壇者間でのやりとりや、編集者や書店員といった方々とのやりとり(業界内の交流)の機会である以上に、読者のみなさんから登壇者が直接意見を聞くことのできるチャンスです。またそれは同時に、近しい興味関心をもった読者のみなさんの間で交流が生まれる可能性のある場所でもあります。とくになにかの刊行記念イベント後の懇親会は、その本や著者についての比較的率直な感想や意見が飛び交う貴重なタイミングです。
もちろん、その空間だけで批評や思想が成り立っているわけではありません。忙しい、遠い、馴染めなくて苦手、等々のさまざまな理由でその場に参加できない読者の方々が多く存在していることは、当然ですがつねに考慮しなければならないものです。それに、陰湿な飲み会というものも実際に存在します(私自身これまでに嫌な思いをしたことがあります)。しかしそういう諸々の事情を考慮した上でも、コミュニケーションの場所や機会を設け維持することは根本的に大切だと、私個人は考えています。
そういうわけで、本件では私の幹事能力が至らなかった点があるのですが、もし今後イベント後等に機会があれば、読者のみなさんはなにも気にせず懇親会に参加し、時間の許すかぎり、率直なご意見を聞かせていただければ幸いです。
このようないくつかの反省を踏まえ、今後は軽率な判断・表現は改める所存です。
また、本件の私の言動によって生まれたかもしれない「関西」や「人文」への偏見に対しては、今後のより健康で内実の伴った批評活動を通じて応答し、克服していくことができればと思います。
森脇透青