実力がモノを言うシビアな世界
複数の関係者は「博正さんはありえないです」と口を揃える。その理由について、前出の小川氏が説明する。
「創価学会は世襲制ではありません。その人物がどれだけ優秀なのか、ということが基本。一般的な宗教団体の場合、上にいく基準は曖昧な場合も多いですが、創価学会の場合、公明党の選挙結果などによって評価が数値化され、一目でわかる。『出世』には非常にシビアな世界なんです」
たしかに現在中枢にいる学会幹部たちはみな、叩き上げでのし上がってきた実力派たちだ。
例えば学会幹部、地方幹部たちは全員公明党の活動も担っており、担当地域が割り振られている。彼ら、彼女らはそこで学会員と交流しながら、選挙の時に票を獲得できるよう指導をするのが仕事だという。
気持ちが弛んでいれば引き締め、モチベーションをあげたり、褒めたりを繰り返し、票に結び付けることがミッション。もし、その地域で落選者を出せば、担当者は左遷されるなど、厳しいペナルティを受けることもある。
出世するための評価は、票の増減、選挙の当落に限らない。聖教新聞の契約ノルマや、「財務」と呼ばれる学会員からのお布施の金額も左右する。
「100万円単位で捧げる学会員を作ることも、地域で求められてきました。今でも1500億円という高額なお金が集められていると言われています。ただ、これについては旧統一教会の献金問題などにより、その体制は変わってくるとは思いますが……」(前出・工藤氏)
得票数や新聞契約数、集めたお金の金額も、すべて具体的な数字として見えるもの。このわかりやすい評価は、まるで大手企業の営業職の査定ようだ。そのため、いくら池田氏の息子や親族だからといっても、それだけでやすやすとトップに上り詰められるほど簡単な世界ではないという。
徹底した評価システムを用いた権威主義により、運営がなされている創価学会。池田氏が死去した今、どのように変わっていくのか。
後編記事『カリスマを失った創価学会に課された重大な「試練」と、残された「一縷の望み」』では、創価学会の行方について、さらに深掘りしていく。