「……た、助かった……のか……?」
蒸し返すような湿気に満ちた空気の中で、モルドが掠れた声を漏らした。
乱れた呼吸と震える膝。ようやく足を止めた彼は、まるで石像のようにその場で凍りついたまま、前方を凝視している。
そこに広がるのは──まさしく、“死屍累々”。
赤黒い甲殻を持つ『キラーアント』の群れ。
それらの死骸は、もはや原形すら留めていない。
肉は裂け、骨は砕け、そしてすべては黒き灰と化して、辺り一面に積もっている。
死の気配だけが、そこに残っていた。
「……一体、なんなの……本当に人間……よね?」
スコットが、か細い声で呟く。
肩で息をしながらも、その視線を逸らすことができなかった。
彼の目の先に、ただ一人──男が立っていた。
血と紫の体液に濡れた銀の長剣を手に。
全身を包む鋼の鎧は無傷のまま、赤いマントが静かに揺れている。
その姿は、どこか現実離れしていた。
動かない。振り返りもしない。ただ、そこに立っている。
まるで──それこそが、殺戮を終えた剣そのものであるかのように。
「人間……では、あるんだが……」
ガイルが、ごくりと唾を飲み込む。
その喉の動きすらも、妙に重たく感じられた。
「動きが……異常だった。無駄がないとか、そういうんじゃない。迷いがなさすぎる。……まるで、感情のない操り人形みたいだ」
そう言葉を落としながらも、思考の中には先程の光景が再度蘇る。
あれは、戦いじゃない。
殺すべきものを、ただ殺す。
それ以外の一切を排除したような、徹底的な処理。
『技』もない。『駆け引き』もない。
──だが、それが恐ろしく強かった。
もちろん、『
しかし、それでも感じてしまう違和感があった。
素人ではない。
怪物の急所も知っているし、剣の扱いも本物だ。
命を奪うことに、微塵の躊躇もなかった。
……なのに、何かが“抜けている”。
いや、違う──“壊れている”のかもしれない。
ただ力に任せて斬っている。
自らの身が裂かれようが、焼かれようが、意に介さないような……そんな戦い方。
まるで、痛みという概念すら欠落しているかのように──
「っつーかよ……あれ、本気で助けたつもりなのか? それとも、ただ通り道だっただけか……?」
と、そこまで思考が及んだ時。モルドが、ぽつりと呟いた。
しかし、その問いは、空気の中に虚しく溶ける。誰ひとり、答える者はいない。
──誰にも、あの男の意図が読めなかった。
迷宮の通路を、静寂が満たしていく。
耳鳴りがしそうなほどの沈黙。
血と鉄の匂いが漂う中、重く、張り詰めた空気だけが支配していた。
そんな空気を破ったのは、意外にもガイルだった。
「……あ、あの……」
恐る恐る口を開きながら、彼は一歩前へと進み出る。
巨大な盾を背負ったまま、赤いマントの男の目前で足を止めた。
そして、迷うように一瞬だけ逡巡し──
ガイルは静かに腰を折り、深く、丁寧に頭を下げた。
「さっきは……助けてくれて、ありがとうございました」
その声に滲んでいたのは、畏怖でも盲信でもない。
ただ、命を救われた者としての、まっとうな礼節だった。
「あーっと……改めて感謝を伝えるよ」
頭を下げたまま、ガイルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺は【オグマ・ファミリア】所属、ガイル・インディア……本当に、ありがとう。正直、あの数には……俺たちじゃ太刀打ちできなかった」
その様子を見たスコットも、すぐさま真似をするようにぺこりと頭を下げた。
「スコット・オールズ。あたしも同じファミリア。助けてもらってなきゃ、今ごろ蟻のエサだったわ」
最後に残ったモルドは、明らかに気まずそうな表情を浮かべつつも、ほんの少しだけ首を下げた。
「……モルド・ラトローだ。さっきは、助かったぜ」
彼なりの、精一杯の譲歩だった。
しかし、その三人の謝意を前にしても──
「…………」
男は、ただ黙っていた。
無感情な茶の瞳で、じっとこちらを見つめている。
そこに敵意もなければ好意もない。ただ、真っ白な空白だけが広がっていた。
場の空気に、僅かな緊張が生まれる。
「……そんで、だな」
下げていた頭をそっと上げながら、ガイルは頬をかくようにして言葉を続けた。
「ちょっと……聞きづらいことなんだけどさ」
どこか申し訳なさそうに、けれど真剣な口調で。
「あんた……どこの『ファミリア』だ? いや、別に言いたくなきゃ言わなくていいんだが。でも、その……
探るような目線。
だが、それは敵意ではない。ただの確認だった。
事実、彼らのような『下級冒険者』ならば、オラリオには掃いて捨てるほどいる。
だが、『上級冒険者』以上となると、話は別だ。
数は一気に絞られ、存在そのものが都市に知れ渡る。
名はもちろん、得物や特徴、二つ名すら語り草となり、誰かの目標になる。
だからこそ、強者は覚えられて当然なのだ。
そして下級の冒険者たちは、いつかその“名”を持つことを夢見て、日々の修練に励んでいる。
……だというのに。
目の前の男は、そのどれにも該当しなかった。
──見たことがない。
剣の技術、身体のキレ、化物じみた殺傷力。
どれをとっても、一介の冒険者の枠に収まるものではなかった。
けれど、どのギルドにも記録がない。名も、二つ名も知られていない。
スコットは純粋に“怖い”と思っている。
モルドは“何か隠してやがる”と踏んでいる。
そしてガイルは、冷静に、最悪の可能性を頭に浮かべた。
──もしや、【
この“時期”だからこそ、警戒すべきだった。
オラリオは今、不安定極まりない。
長年最強の名を冠していた二大派閥が、立て続けに崩壊した。
その余波で、表と裏の均衡が一気に崩れたのだ。
かつて地下に潜み、燻っていた闇の眷属たちが、今は表へと這い出てきている。
それはダンジョン内であっても例外ではなく、かつての戦火が再び広がりつつあるのだ。
あれほどの強さを持ちながら、素性が一切不明。
得体の知れない装備、異様な気配、異常な剣筋。
──考えれば考えるほど、不安が増す。
息を呑んだガイルに対し、赤いマントの男が、ようやくゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、やはり感情らしきものは見当たらない。
そして──静かに、短く、言った。
「……わからない」
その一言に、三人の冒険者は、まるで心臓を撃ち抜かれたかのように固まった。
沈黙。
思考の隙間に、冷たい汗がじわりと滲んだ。
「……は? 待て待て、わからないって、どういうことだよ」
モルドが眉をひそめて声を荒げる。
「所属ファミリアを
だが、その言葉に対しても、男は何も返さなかった。
返せない、というよりも──そもそも言葉の意味すら、理解していないような、そんな空虚な表情だった。
茶色の瞳が、ただ揺れることもなく、静かにモルドを見返すだけ。
──まるで、自分が何者であるかを問われても、
その異様な空気に、ふとガイルが口を開いた。
「……記憶喪失、か?」
ぽつりと漏れたその推察に、男は、僅かに瞬きをし、そして、静かに頷いた。
その仕草は、まるで自身が“何も持っていない”ことを、改めて認めるかのようで。
「……全て……覚えていない」
低く、掠れた声が洞窟に響く。
「どこにいたのか、どこから来たのか……いや、それどころか──“誰だったのか”すらも」
スコットが小さく息を呑む。だが、どこか腑に落ちたように、ほっとした表情も浮かべた。
「そっか……だから、あんなに無茶な動きしてたのね」
そして、小さく呟く。
「あなた、自分が怪我するって感覚、抜けてるみたいだったし……あたしから見ても、痛覚がオフになってる人形って感じだったわ」
その言葉に、ガイルも頷く。
「じゃあ、これが何かわかるか?」
その時。
そう言いながら、モルドが足元の灰をかき分け、黒ずんだ残骸の中からひときわ輝く結晶を拾い上げた。
紫紺の輝きを放つ命の欠片──『魔石』。
男はそれをじっと見つめ、そして、淡々と首を横に振った。
「……わからない」
「……マジかよ……」
モルドが絶句した。しかし、次の瞬間──その口元がにやりと吊り上がる。
「ならよ……へへ、コレ、貰っても文句ねぇよな?」
ニヤつきながらそう呟いた、その瞬間。
「──ごはぁっっ!?」
スコットとガイルが同時にモルドの後頭部を強打した。
「バカなの、あんた!?」
「命の恩人にタカろうとか、どの口が言ってんだよ!!」
痛みにうずくまるモルドを尻目に、スコットが怒鳴る。
「礼儀の“れ”の字もないって、どういう神経してんのよ!? 普段から言ってるでしょ、そういうのが嫌われるって!」
「いたた……っつーか、冗談だろ冗談! ノリだよノリ!」
「そういうのが命取りになるって、ダンジョンで何回言わせんの……」
ぺちぺちと叩かれながら、モルドが地面に項垂れる。
一方の男は──そんな騒動を前にしても、まるで“無”のような表情で、ただ静かに彼らの様子を眺めていた。
「と、とにかく、お前……命の恩人には違いねぇんだ……ま、まぁ、その……ありがとよ」
モルドは、ぶっきらぼうな口調のまま、ぎこちなく頭をかいた。
言い慣れていない言葉を無理やり口からひねり出すように。
その不器用な仕草に、スコットはふぅっとため息を吐いてから、ニヤリと口角を上げた。
「はぁ〜……この不愛想ゴロツキが素直になるなんて、世界終わりそうだわ。改めて、あたしたちを助けてくれてありがとね」
そして、男へと向き直り、悪戯っぽく続ける。
「でも、聞いて。あのツラで“お礼”って、超レアよ? あなた、もっと誇っていいわよ〜?」
「だ、黙れオカマァ!! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るモルドだったが、その勢いを切るように、話題が変わった。
「それより……お前、名前は? なんて呼べばいいんだ」
その問いに、男は──沈黙した。
少しだけ視線を伏せ、考え込むように間を置く。
やがて──低く静かな声で答えた。
「……名も、わからない」
「……そっちもかよ……」
モルドが呆れたように息を漏らし、スコットも目を丸くする。
その一言こそが、この男の異物感を決定づけた。
誰だかわからない。
何者かもわからない。
そして──名前すらも、存在しない。
重たい沈黙が、洞窟内に満ちる。
しかし、そんな空気をぶち壊すかのように、スコットがぱんっと手を叩いた。
「──じゃあ、こっちで勝手に名付けちゃおっかな♡」
「やめろ。どうせロクな名前になんねぇ……」
モルドが即座に反応し、うんざりした表情で顔をしかめる。
だがスコットはそれすら華麗にスルーし、顎に指を当てながら、何やら真剣な表情で考え始めた。
「うーん……そうねぇ、やっぱり一番目立ってるのは赤いマントよね。神様っぽく言えば、“レッドマン”?」
「それヒーローじゃなくてただの戦隊モノだろ……!」
「じゃあ、“紅き斬撃の審判者”!」
「長ぇよッ! 絶対誰も呼ばねぇよ!」
「じゃあいっそ、“カーミン・ブレード”ってのはどう? カーミンは深紅って意味。ちょっと二つ名っぽくて素敵じゃない?」
「お前さあ……」
モルドが額を押さえて絶望する。
その横でガイルが静かに呟いた。
「……『ユー』でいいんじゃないか?」
唐突な提案に、スコットがまばたきをした。
「……ユー?」
「いや……この人、勇者みたいだっただろ?」
ガイルはそう言いながら、赤いマントを見やる。
「鋼の鎧に銀の剣、真っ赤なマントを翻して、モンスターをばっさばっさと斬り伏せてさ……まるで物語の中から出てきたみたいな、“勇者”の具現だよ」
そして静かに微笑んだ。
「“勇者”の“勇”──それを音にして、“ユー”。どうだ、悪くないだろ?」
スコットが目を丸くして、すぐにぱちんと手を叩いた。
「それ、素敵じゃない! ちゃんと意味もあるし、カッコよさもあるし、語感も柔らかいし……あたし、好きよ?」
モルドはというと、少しだけ鼻を鳴らしたものの、表情はどこか納得していた。
「……ま、仮の名前ってことでなら、悪くねぇな。カーミンなんちゃらとかよりは、ずっとマシだ」
「ちょっ、それ本気で気に入ってたのに!」
「真面目な顔してダサい名前出すな!」
軽口の応酬が小さく続く中、三人の視線が、同時にその男──名もなき剣士へと向けられる。
「どうだ? あんたも……ユーって呼ばれて、嫌じゃないなら、さ」
問いかけたのは、ガイル。
その声は、真っ直ぐで、優しかった。
一瞬の沈黙。
そして、静かに──その男は答えた。
「……好きに呼んでくれて構わない」
その無感情ともとれる返答に、スコットが目を輝かせる。
「きゃーっ、それじゃあ『ユーちゃん』って呼んじゃおうかしら!」
両手を合わせて、ノリノリで声を弾ませる。
「おいおい……お前、それ絶対ふざけてんだろ……」
モルドが眉をひそめながら呆れ声を返す。
「だって可愛いじゃない? ちゃん付けって愛着湧くのよ〜?」
「誰が誰に湧いてんだよ……ってか、本当にそれで決定でいいのかよ?」
モルドが男を──ユーを一瞥しつつ、ぼそりと毒を吐いた。
だがその口元は、どこか緩んでいた。
「これで、【ロキ・ファミリア】のとこの【
ガイルが冗談めかしてそう言えば──
「いやいや、あっちは中身も格も全然違ぇからな? 名前だけで並べんなよ、ややこしいだろが」
モルドが即座にツッコミを入れる。
そうして、名もなき剣士に仮の名前が与えられた瞬間。
わずかだが、確かに──四人の間に、空気の緩みが生まれていた。
=====
ひと騒ぎが落ち着き、場にほんのりと静寂が戻った頃。
ガイルは通路を見渡しながら、眉をひそめて呟いた。
「……やっぱり、正規のルートから外れてるな。どこで曲がったのかも曖昧だし、戻るにしても……今は危険すぎる」
慎重な観察眼が導いた結論。
壁の割れ、地形の歪み、地上から潜った際に通った通路とは明らかに構造が違う。おそらく、本来の道順から大幅に外れた一本路。
つまり“想定外”の場所だ。
そんな中、モルドがユーの方へと視線を向ける。
「なぁ、お前……ユー。これから、どうするつもりなんだ?」
問いかけに、男は一瞬だけ目を伏せた。
しかし、次の瞬間には顔も向けず、ただ短く告げる。
「……進む」
その言葉に、三人が同時に息を呑む。
迷いなど、欠片もなかった。
そして、男は再び無言のまま、ゆっくりと歩き出した。
まるで──何かに引き寄せられるように。
「お、おい! 待てってば!」
「ちょっと! どこ行くつもりなの!?」
モルドとスコットが慌てて声を上げる。
だが、ユーは振り返らない。
歩幅は静かで、確かなものだった。
まるで“止まる理由がない”とでも言わんばかりに。
その背を追うように、モルドが慌てて駆け寄る。
「おい、おいっ! そこは俺たちが逃げてきた広間のほうだぞ! さっきより桁違いに、蟻の野郎どもがうろついてるかもしれねぇんだ!」
警告ではない。
それは、例え助けられた身と言えど。
例え、一時の会話を交わしただけの間柄だったと言えど。
戦友を想うがゆえの、必死な呼びかけだった。
しかし──
男は、歩みを止めなかった。
声が届いていないのではない。聞いていて、なお──止まらない。
「おいってば! 聞いてんのかよ、止まれってば!」
もどかしさに駆られたモルドが、反射的に男の肩を掴んだ。
その瞬間──
「……『声』が──」
ぽつりと、男が呟いた。
「……あ?」
モルドがきょとんとした顔を向ける。
「『声』が、聞こえるんだ……ずっと……頭の奥に、響いている……誰かが、助けを──」
その声には、震えも感情もなかった。
けれど──確かに、切実さだけがあった。
だからこそ、彼は歩く。
立ち止まる理由など、最初からなかったかのように。
「……声って、何だよ……何も聞こえねぇぞ?」
モルドが眉をひそめて呟く。
意味が分からないといった表情で、耳を澄ませるような仕草をするが──
静寂が広がるだけで、やはり何も聞こえなかった。
対して、ユーは、ただひとつ言葉を残し、またゆっくりと歩き出す。
「今回は、敵ではなかったから助けた……だが、次は、わからない」
それは、感情のない、ただの事実の提示だった。
振り返りもしないままに吐き捨てられたその一言は、しかし、ガイルとスコットの心に鋭く突き刺さる。
「……っ」
二人の背筋に、ひやりとしたものが走る。
さっきまで、少しずつ打ち解け始めていると思っていた。
不器用ながらも、会話を交わし、共に笑い合ったのだから。
だというのに──
目の前の男は、自分たちを仲間として認識してなどいなかった。
ひたすらに“前”しか見ていない。
その目に映っているのは、過去でも未来でもなく、男が言う“助けを求める誰かの声”──ただそれだけ。
ゾクリと、背中を這うような違和感。
ほんの少しでも、親しみを覚えていた分だけ、その距離感が恐怖に変わる。
──だが。
「お前、記憶がねぇんだろ?」
その言葉をかけたのは、モルドだった。
スコットとは違う。ガイルとも違う。
怯えでも警戒でもなく、まるで向き合おうとする者の声音だった。
「だからよ。あてずっぽうに突っ込むなんざ、どう考えても非効率だろ」
モルドが腕を組みながら、低く吐き捨てるように言った。
「非効率の極みみたいなお前がそれを言うのか、モルド」
「うるせぇ! 黙ってろこの筋肉バカ!!」
即座に返されたガイルのツッコミが、綺麗に突き刺さり、図星だったのか、モルドが顔を赤くして噛みついた。
しかし、その熱はすぐに冷め、彼の声音がわずかに落ち着きを帯びる。
「声とやらが目的だってんならよ。……一度、地上に戻って情報を集めるってのも、悪くねぇんじゃねぇか?」
それが、探し人であるのか、それとも捜し物であるのか。それは分からないが。
全てが霧の中なら、我武者羅に武器を振るうより、知識を集める方が確実な一歩になると、彼はそう言う。
「……俺たちもさ、お前に助けてもらった借りがある。できる範囲で、返してぇってのもあるしな」
その言葉に、男はふいに立ち止まった。
振り返るわけでもなく、ただ足を止め──しばしの沈黙のあと、ゆっくりと視線だけをモルドに向ける。
その瞳は、無表情のまま。けれどどこか、揺れていた。
「…………モルド・ラトロー、だったな」
突然名前を呼ばれ、モルドがわずかに身を固くする。
「お、おう?」
「私は記憶を持たない。ここがどこかすらわからない。もちろん、地上への道など知る筈もない。だが──」
静かに、けれど鋭く言葉が続く。
「お前が言う“地上へ戻る”という選択肢は、結果的に──お前たちが逃げてきた広間を通る必要があるのではないか?」
「う……ぐっ……」
図星を突かれて、モルドが苦い顔をする。
「そして、お前たちは、その場所を“突破できるだけの力”を持っていないのではないか?」
「お、ぐっ……」
「ならば、あわよくば私を“利用”して、地上に戻る算段を立てている……そう考えても、不思議ではないな」
「ち、ちがっ……! ちげぇよ、それはよォ……!」
モルドが慌てて否定するも、その背後でスコットが肩をすくめる。
「……妙に優しいと思ったら、やっぱりそういうことだったのね〜」
「お前ってやつは……」
ガイルも頭を抱えるようにして呆れた表情を浮かべた。
「……だが」
しかし、男は言葉と裏腹に、ふと口元をわずかに吊り上げた。
それは、笑った──と、思えないほどに微かな動き。
あまりに控えめで、見逃せば気づかないほどの、それでも確かな“人間的な表情”。
「……モルド・ラトロー。お前の案に乗ろう」
そして、小さく間を置いて、続ける。
「私を、存分に利用しろ」
短く、静かなその言葉に、三人が一瞬ぽかんと口を開けた。
だが、そんな反応を気にも留めず、男は再び歩き出す。
彼らが恐れて逃げ出した、あの広間へと向かって。
「ちょっ、ホントに行くの!? いきなり!?」
「おいおい、待てってば! おい、ユー!」
「……頑張るか、足手まといにならないように」
三人の冒険者は慌てて追いかける。
赤いマントが翻り、洞窟の闇に吸い込まれていくその背中を追って。
──こうして。
名もなき異物と、三人の下級冒険者による、奇妙な同行が始まった。
それが、後に語られる“転機”となるとも知らずに。
『
The 安直。
『守護者の剣 Lv.9 』(攻撃力+90%)
『守護者の鎧 Lv.13 』(最大HP+130%)
『ファントムブレード Lv.1 』(攻撃速度+3%)
『セブンリーグブーツ Lv.1 』(移動速度+3%)
『肉×6』
『魚×3』
『野草×7』
『野キノコ×3』
『キャベツ×2』
『トマト×3』