最終回で登場する“ある人物”はウソと現実の境界線
――資本主義のドゥラカや、バデーニが言った「文字の読み書き」のように、作中には現代を風刺した台詞が散見します。ヨレンタも“ガラスの天井”を指すような言葉で、女性の社会進出に絶望しています。
そうですね。女性の地位については作中の時代的にも避けては通れない問題だと思って描いています。
――ヨレンタの父、ノヴァクだけが全章を通して登場するキャラクターです。彼にはどんな役割を与えたのでしょうか?
ノヴァクはこの作品にテーマを繋ぎ止めているキャラクターでもあるし、一貫性をもたらしているキャラクターでもあるし、ある意味で地動説に取り憑かれた変なやつらを見ていく普通の人という役割もあります。それとは別に、読者へのガイド役でもあるという、複合的な役割を担わせました。ほかにも、彼がいることでフィクションっぽさが出て、ノンフィクションと誤解されそうな本作にフィクション性を担保させているキャラクターでもあります。
――フィクション、ノンフィクションのことですが、地動説を追うのであれば、ガリレオ、コペルニクスらの足跡を追う形もあったと思います。その手法は考えにありませんでしたか?
選択肢としてはなかったですね。そういうものは立派な専門書や論文がある。僕がやる仕事ではまったくない。僕が描きたかったのは歴史そのもの漫画ではなく、思想を落とし込むこと。そして、偽史が描きたかったからです。ウソの中だからこそミスリードも生まれるし、現代への目線も入れられるんですよね。
――この後の最終話で、地動説は“ある人物”に帰結します。パラレルであった本作が、いつの間にか史実になっていた瞬間です。彼の登場は何を意味しているのでしょうか?
文字通りウソと現実の境界線としてのキャラクターで、彼への帰結は当初の構想から決めていたことです。あのキャラクターの不可解さ含めて、僕としては、本作を読んでいただけた人に、「現実って何?」みたいなことや、生への認識、世界への認識みたいなことを相対的に見つめ返されている感じを覚えてもらえたなら嬉しい限りです。
まぁでも、結局どう読んでいただいてもありがたいので、こう読んでほしい!とは特にないです。読んでくれてありがとうございます!
◆取材・文=鈴木康道
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