ただ前へ、ひたすらに


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作:生まれてきてくれてありがとう
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第2話 : 遭遇


 

「──マズいってば! この数、どう考えても異常よッ!!」

 

 鋭い悲鳴混じりの声が、岩壁に反響して跳ね返る。

 振り返ることすら惜しむように走りながら、茶色の短髪を汗に張り付かせた男が叫んだ。

 

 頬はややこけ、細身の体つき。軽装の皮鎧に身を包み、手にした短剣は刃こぼれだらけ。

 男の名は──スコット・オールズ。

 

 冷静沈着を自負する彼ですら、状況の異常さに動揺を隠せなかった。

 

「クソッ……あの一匹、あの時点で鳴く前に仕留めときゃ……!」

 

 先頭を走る黒髪の男が、荒々しく舌打ちをする。

 額や頬に刻まれた古傷、睨みつけるような黒い瞳、そしてゴロツキ然とした顔つきが、今は汗と泥にまみれていた。

 

 男の名は──モルド・ラトロー。【オグマ・ファミリア】所属の冒険者であり、この三人組の実質的なまとめ役だ。

 

 走りながらも鋭く前方の地形を読み取り、通路の分岐を即断。

 右へと曲がると同時に叫ぶ。

 

「なんでこんなことになってんだよ、クソッタレがぁッ!!」

「あんたが“余裕だ”とか調子乗ったからでしょーがッ!!」

「ハァ!? てめぇだってニヤニヤしてたじゃねぇか、スケベ顔でよォ!!」

「あれは戦闘前の気合いよッ! 色気じゃなくて闘気!!」

「──今その話必要か!?」

 

 怒号と罵声が交錯する中、最後尾の男──ガイル・インディアが声を張る。

 汗まみれの顔をしかめながらも、その両脚は確かなバネで地を蹴り、金色の髪が爆発したかのようにが躍る。

 

 ほぼ裸同然の鍛え上げられた肉体に、装備と呼べるものは腰布と金の腕輪のみ。

 だが、その手に構えた巨大な盾が、まるで砦のように仲間と敵の間を切り分けていた。

 

 その盾を押し返すように迫るのは──

 

 無数の『蟻型怪物(キラーアント)』。

 

 赤黒い甲殻。

 むき出しの鋏状の牙。

 尾から噴き出す腐食性の酸。

 そして、鎌のような鋭利な脚──

 

 その一体一体が殺意と飢餓に満ちており、通路の奥から、壁の割れ目から、さらには天井の陰からすら、際限なく現れる。

 

 まるでダンジョンそのものが蟻の巣と化したかのように。

 

 すでに数は二十を超え、今この瞬間も増殖を続けていた。

 

「あーもう! 六階層って、こんな地獄だったかしらっ!?」

 

 スコットが悲鳴混じりに叫びながら、通路を走る。

 肩で荒く息を吐き、乱れた呼吸に短剣がカチャカチャと不規則に揺れる。

 

 彼らは確かに──Lv.1、いわゆる『下級冒険者』に過ぎない。

 だがそれでも、十二階層までの踏破経験を持ち、上層の魔物の生態にだって通じているつもりだった。

 

 もちろん、『キラーアント』の習性も理解していた。

 鳴き声と特殊香(フェロモン)で仲間を呼ぶ。ならば、呼ばれる前に仕留める。それが基本。

 

 今までは、そうしてきた。

 だからこそ、今日の失敗は──ほんの些細な、たまたまの綻びだった。

 

 一体だけ。

 あの一体だけを、ほんの少しだけ見逃した。

 鳴かれる前に潰し損ねた。それだけだ。

 

 だが、ダンジョンは()()を赦さない。

 冒険者の()を見逃さない。

 

 壁が割れ、天井が割れ、地の奥から──蟻たちは湧き出した。

 あれよあれよという間に増え続け、いくら倒しても追いつかず、ついには対応が破綻したのだ。

 

 結果──彼等は逃げるしかなかった。

 

 そしてその逃走は、さらなる判断ミスを呼ぶ。

 焦燥に任せた咄嗟のルート選択は、正規の撤退経路から外れ、今では自分たちが“どこを走っているのか”すら把握できなくなっていた。

 

 地図も、道標も、通じない。

 頭の中に浮かぶのは、ただひとつ。

 

 ──このままじゃ、終わる。

 

「神様……頼む、今日だけは……今日だけは見逃してくれ……!」

 

 モルドの掠れた声が、虚空に溶けた刹那──

 

 ()()は、視界の先に、唐突に姿を現した。

 

 通路の奥。

 岩壁に切り取られたような一本道。

 その中心に──

 

 ぽつり、と。

 

 まるで置き忘れられたかのように、ひとりの男が佇んでいた。

 

 鋼鉄の鎧に包まれた体躯。

 腰まで垂れる深紅のマントが、湿った空気にたゆたっている。

 腰には銀光を放つ長剣がひと振り。そして、

 

 茶色の瞳。

 濁りのない視線が、まっすぐに──逃げてくる彼らを、見据えていた。

 

 圧倒的な静けさ。

 

 敵か味方か、そんな判断すら追いつかない。

 

 ただ、ひとつだけ言える。

 

 あの男の佇まいは──

 明らかに、この地獄の光景には、不釣り合いだった。

 

 何者かもわからない。強いのかどうかも知らない。

 

 だが、あの背筋の伸びた立ち姿。微動だにせず、通路のど真ん中に立ちはだかるその様は、どこか、現実感を欠いていた。

 

 “こんな状況で、どうして動かない?”

 脳が問いを立てようとするよりも早く、理性が限界を迎えていた。

 

 逃げることに必死だった。

 正面にいる者が敵か味方か、判断する余裕などとうに捨て去っていた。

 

怪物進呈(パス・パレード)』──

 本来ならば、冒険者として最も忌避すべき最低の行為。

 だが今や、それを思い出すことすらできなかった。

 

 ──もう、誰でもよかった。

 

 だから、叫んだ。

 

「──助けてくれえええッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 叫びが耳に届いた。

 

 反射的に顔を上げる。

 視界の先──通路の奥から、三人の男がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 

 誰もが血と汗と泥にまみれ、全身が疲労と恐怖に支配されている。

 表情は歪み、足取りはふらつき、だが──それでも、走っていた。

 命を捨てるよりは、前へ進む方がマシだと信じて。

 

 その背後。

 闇の中で、異様な輝きが連なっていた。

 

 赤──否、赤黒い光。

 

 無数の眼が、蠢いている。

 岩肌を這い、天井から滴るように姿を現したのは──

 

 蟻。

 いや、蟻のような魔物。

 

 その群れは、溢れかえる瘴気の如く、通路を塗り潰して迫ってきていた。

 

「…………」

 

 頭の奥に、微かに軋むような『声』が、まだ残っている。

 掠れ、震え、必死に助けを求める──あの声が。

 忘れようとしても、決して消えてくれはしない。

 

 だから、私は剣を抜いた。

 

 銀の刃が、湿った空気を裂き、鋭い金属音を響かせる。

 剣に籠もる重量感が、手にずしりと伝わってきた。

 

 ──進むべき道を、妨げる者は斬る。

 

 理由などいらない。

 正義も、義務も、そこにはない。

 

 ただ、前へ。

 それだけが、私の存在理由。

 

 ──そして次の瞬間。

 

 地を蹴る。

 体が音もなく前に滑り出し、最前列にいた()()へと間合いを詰めた。

 

 単独で先行していた蟻型の魔物。

 赤黒い甲殻に覆われた異形の巨体が、僅かにこちらへ振り向いた──瞬間。

 

 一閃。

 

『守護者の剣 Lv.2 を獲得しました』

『あなたの攻撃力が20%上昇します』

『野草を獲得しました』

 

 ──『声』が、脳内に直接流れ込む。

 

 意味は不明。だが、理解はできる。

 次の瞬間、身体の奥から熱が吹き上がるような感覚が駆け抜けた。

 力が、漲る。刃が、唸る。

 

 振り抜いた銀閃が、赤黒い甲殻を容易く断ち割る。

 硬質な外殻が裂け、内部の紫がかった体液が弾け、地面を濡らした。

 肉が砕け、骨が軋み、魔物が一体、崩れ落ちる。

 

 だが、止まらない。

 

 二体、三体と、次々に迫る敵を視界に捉える。

 呼吸すら挟まず、螺旋を描くように踏み込み、回転する勢いで刃を振り抜いた。

 

 翻る赤のマントが、軌道を描く。

 鋭く突き出された蟻の顎を紙一重で躱し、そのまま首元に切っ先を滑り込ませる。

 

 一閃。

 頭部が宙を舞う。

 

『守護者の剣 Lv.3 を獲得しました』

『あなたの攻撃力が30%上昇します』

『肉を獲得しました』

 

 噴き出した酸を纏う個体に対しては、先んじて腰を沈め、力を乗せた一太刀を胴へ叩き込む。

 刃が深く食い込み、断裂音と共に上半身が崩れた。

 

『守護者の鎧 Lv.1 を獲得しました』

『あなたの最大HPが10%上昇します』

『肉を獲得しました』

 

 血飛沫と体液が空を裂き、斑に染まった地へと雨のように降り注ぐ。

 刃が振るわれるたび、肉が裂け、骨が砕け、命が音を立てて崩れ落ちていく。

 

 ──だが、私は止まらない。

 

 視界に映る全てが、ただの障害物に過ぎなかった。

 敵意の有無も、殺意の強弱も、関係ない。

 そこに立ち塞がっている限り──それは排除すべき対象だ。

 

 目の前にあるのが魔物であれ、人であれ。

 私にとって、進路を阻む存在は全て、同じ意味を持つ。

 

 故に、斬る。

 進む為に。

 ただ、それだけだ。

 

 誰かを助ける為ではない。

 正義の為でも、勇気でもない。

 この剣は、あくまで私自身の行動原理によって振るわれているにすぎない。

 

 ──その光景を、背後の三人の冒険者たちは、ただ言葉もなく見つめていた。

 

 目の前で展開されるのは、剣技ではない。

 それは、処刑だった。

 理性無き獣を屠る為だけにあるもの。

 

 静かに、けれど確実に。

 

 赤黒い屍だけは、死を積み重ねていった。

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

『守護者の剣 Lv.9 を獲得しました』

『あなたの攻撃力が90%上昇します』

『守護者の鎧 Lv.13 を獲得しました』

『あなたの最大HPが130%上昇します』

『ファントムブレード Lv.1 を獲得しました』

『戦士タイプの攻撃速度が3%上昇します』

『セブンリーグブーツ Lv.1 を獲得しました』

『戦士タイプの歩行速度が3%上昇します』

『肉×4 を獲得しました』

『魚×3 を獲得しました』

『野草×6 を獲得しました』

『野キノコ×3 を獲得しました』

『キャベツ×2 を獲得しました』

『トマト×2 を獲得しました』

 

 

 


 

 

 

『守護者の剣 Lv.9 』(攻撃力+90%)

『守護者の鎧 Lv.13 』(最大HP+130%)

『ファントムブレード Lv.1 』(攻撃速度+3%)

『セブンリーグブーツ Lv.1 』(移動速度+3%)

『肉×6』

『魚×3』

『野草×7』

『野キノコ×3』

『キャベツ×2』

『トマト×3』

 

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