「──マズいってば! この数、どう考えても異常よッ!!」
鋭い悲鳴混じりの声が、岩壁に反響して跳ね返る。
振り返ることすら惜しむように走りながら、茶色の短髪を汗に張り付かせた男が叫んだ。
頬はややこけ、細身の体つき。軽装の皮鎧に身を包み、手にした短剣は刃こぼれだらけ。
男の名は──スコット・オールズ。
冷静沈着を自負する彼ですら、状況の異常さに動揺を隠せなかった。
「クソッ……あの一匹、あの時点で鳴く前に仕留めときゃ……!」
先頭を走る黒髪の男が、荒々しく舌打ちをする。
額や頬に刻まれた古傷、睨みつけるような黒い瞳、そしてゴロツキ然とした顔つきが、今は汗と泥にまみれていた。
男の名は──モルド・ラトロー。【オグマ・ファミリア】所属の冒険者であり、この三人組の実質的なまとめ役だ。
走りながらも鋭く前方の地形を読み取り、通路の分岐を即断。
右へと曲がると同時に叫ぶ。
「なんでこんなことになってんだよ、クソッタレがぁッ!!」
「あんたが“余裕だ”とか調子乗ったからでしょーがッ!!」
「ハァ!? てめぇだってニヤニヤしてたじゃねぇか、スケベ顔でよォ!!」
「あれは戦闘前の気合いよッ! 色気じゃなくて闘気!!」
「──今その話必要か!?」
怒号と罵声が交錯する中、最後尾の男──ガイル・インディアが声を張る。
汗まみれの顔をしかめながらも、その両脚は確かなバネで地を蹴り、金色の髪が爆発したかのようにが躍る。
ほぼ裸同然の鍛え上げられた肉体に、装備と呼べるものは腰布と金の腕輪のみ。
だが、その手に構えた巨大な盾が、まるで砦のように仲間と敵の間を切り分けていた。
その盾を押し返すように迫るのは──
無数の『
赤黒い甲殻。
むき出しの鋏状の牙。
尾から噴き出す腐食性の酸。
そして、鎌のような鋭利な脚──
その一体一体が殺意と飢餓に満ちており、通路の奥から、壁の割れ目から、さらには天井の陰からすら、際限なく現れる。
まるでダンジョンそのものが蟻の巣と化したかのように。
すでに数は二十を超え、今この瞬間も増殖を続けていた。
「あーもう! 六階層って、こんな地獄だったかしらっ!?」
スコットが悲鳴混じりに叫びながら、通路を走る。
肩で荒く息を吐き、乱れた呼吸に短剣がカチャカチャと不規則に揺れる。
彼らは確かに──Lv.1、いわゆる『下級冒険者』に過ぎない。
だがそれでも、十二階層までの踏破経験を持ち、上層の魔物の生態にだって通じているつもりだった。
もちろん、『キラーアント』の習性も理解していた。
鳴き声と
今までは、そうしてきた。
だからこそ、今日の失敗は──ほんの些細な、たまたまの綻びだった。
一体だけ。
あの一体だけを、ほんの少しだけ見逃した。
鳴かれる前に潰し損ねた。それだけだ。
だが、ダンジョンは
冒険者の
壁が割れ、天井が割れ、地の奥から──蟻たちは湧き出した。
あれよあれよという間に増え続け、いくら倒しても追いつかず、ついには対応が破綻したのだ。
結果──彼等は逃げるしかなかった。
そしてその逃走は、さらなる判断ミスを呼ぶ。
焦燥に任せた咄嗟のルート選択は、正規の撤退経路から外れ、今では自分たちが“どこを走っているのか”すら把握できなくなっていた。
地図も、道標も、通じない。
頭の中に浮かぶのは、ただひとつ。
──このままじゃ、終わる。
「神様……頼む、今日だけは……今日だけは見逃してくれ……!」
モルドの掠れた声が、虚空に溶けた刹那──
通路の奥。
岩壁に切り取られたような一本道。
その中心に──
ぽつり、と。
まるで置き忘れられたかのように、ひとりの男が佇んでいた。
鋼鉄の鎧に包まれた体躯。
腰まで垂れる深紅のマントが、湿った空気にたゆたっている。
腰には銀光を放つ長剣がひと振り。そして、
茶色の瞳。
濁りのない視線が、まっすぐに──逃げてくる彼らを、見据えていた。
圧倒的な静けさ。
敵か味方か、そんな判断すら追いつかない。
ただ、ひとつだけ言える。
あの男の佇まいは──
明らかに、この地獄の光景には、不釣り合いだった。
何者かもわからない。強いのかどうかも知らない。
だが、あの背筋の伸びた立ち姿。微動だにせず、通路のど真ん中に立ちはだかるその様は、どこか、現実感を欠いていた。
“こんな状況で、どうして動かない?”
脳が問いを立てようとするよりも早く、理性が限界を迎えていた。
逃げることに必死だった。
正面にいる者が敵か味方か、判断する余裕などとうに捨て去っていた。
『
本来ならば、冒険者として最も忌避すべき最低の行為。
だが今や、それを思い出すことすらできなかった。
──もう、誰でもよかった。
だから、叫んだ。
「──助けてくれえええッ!!」
=====
叫びが耳に届いた。
反射的に顔を上げる。
視界の先──通路の奥から、三人の男がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
誰もが血と汗と泥にまみれ、全身が疲労と恐怖に支配されている。
表情は歪み、足取りはふらつき、だが──それでも、走っていた。
命を捨てるよりは、前へ進む方がマシだと信じて。
その背後。
闇の中で、異様な輝きが連なっていた。
赤──否、赤黒い光。
無数の眼が、蠢いている。
岩肌を這い、天井から滴るように姿を現したのは──
蟻。
いや、蟻のような魔物。
その群れは、溢れかえる瘴気の如く、通路を塗り潰して迫ってきていた。
「…………」
頭の奥に、微かに軋むような『声』が、まだ残っている。
掠れ、震え、必死に助けを求める──あの声が。
忘れようとしても、決して消えてくれはしない。
だから、私は剣を抜いた。
銀の刃が、湿った空気を裂き、鋭い金属音を響かせる。
剣に籠もる重量感が、手にずしりと伝わってきた。
──進むべき道を、妨げる者は斬る。
理由などいらない。
正義も、義務も、そこにはない。
ただ、前へ。
それだけが、私の存在理由。
──そして次の瞬間。
地を蹴る。
体が音もなく前に滑り出し、最前列にいた
単独で先行していた蟻型の魔物。
赤黒い甲殻に覆われた異形の巨体が、僅かにこちらへ振り向いた──瞬間。
一閃。
『守護者の剣 Lv.2 を獲得しました』
『あなたの攻撃力が20%上昇します』
『野草を獲得しました』
──『声』が、脳内に直接流れ込む。
意味は不明。だが、理解はできる。
次の瞬間、身体の奥から熱が吹き上がるような感覚が駆け抜けた。
力が、漲る。刃が、唸る。
振り抜いた銀閃が、赤黒い甲殻を容易く断ち割る。
硬質な外殻が裂け、内部の紫がかった体液が弾け、地面を濡らした。
肉が砕け、骨が軋み、魔物が一体、崩れ落ちる。
だが、止まらない。
二体、三体と、次々に迫る敵を視界に捉える。
呼吸すら挟まず、螺旋を描くように踏み込み、回転する勢いで刃を振り抜いた。
翻る赤のマントが、軌道を描く。
鋭く突き出された蟻の顎を紙一重で躱し、そのまま首元に切っ先を滑り込ませる。
一閃。
頭部が宙を舞う。
『守護者の剣 Lv.3 を獲得しました』
『あなたの攻撃力が30%上昇します』
『肉を獲得しました』
噴き出した酸を纏う個体に対しては、先んじて腰を沈め、力を乗せた一太刀を胴へ叩き込む。
刃が深く食い込み、断裂音と共に上半身が崩れた。
『守護者の鎧 Lv.1 を獲得しました』
『あなたの最大HPが10%上昇します』
『肉を獲得しました』
血飛沫と体液が空を裂き、斑に染まった地へと雨のように降り注ぐ。
刃が振るわれるたび、肉が裂け、骨が砕け、命が音を立てて崩れ落ちていく。
──だが、私は止まらない。
視界に映る全てが、ただの障害物に過ぎなかった。
敵意の有無も、殺意の強弱も、関係ない。
そこに立ち塞がっている限り──それは排除すべき対象だ。
目の前にあるのが魔物であれ、人であれ。
私にとって、進路を阻む存在は全て、同じ意味を持つ。
故に、斬る。
進む為に。
ただ、それだけだ。
誰かを助ける為ではない。
正義の為でも、勇気でもない。
この剣は、あくまで私自身の行動原理によって振るわれているにすぎない。
──その光景を、背後の三人の冒険者たちは、ただ言葉もなく見つめていた。
目の前で展開されるのは、剣技ではない。
それは、処刑だった。
理性無き獣を屠る為だけにあるもの。
静かに、けれど確実に。
赤黒い屍だけは、死を積み重ねていった。
=====
『守護者の剣 Lv.9 を獲得しました』
『あなたの攻撃力が90%上昇します』
『守護者の鎧 Lv.13 を獲得しました』
『あなたの最大HPが130%上昇します』
『ファントムブレード Lv.1 を獲得しました』
『戦士タイプの攻撃速度が3%上昇します』
『セブンリーグブーツ Lv.1 を獲得しました』
『戦士タイプの歩行速度が3%上昇します』
『肉×4 を獲得しました』
『魚×3 を獲得しました』
『野草×6 を獲得しました』
『野キノコ×3 を獲得しました』
『キャベツ×2 を獲得しました』
『トマト×2 を獲得しました』
『守護者の剣 Lv.9 』(攻撃力+90%)
『守護者の鎧 Lv.13 』(最大HP+130%)
『ファントムブレード Lv.1 』(攻撃速度+3%)
『セブンリーグブーツ Lv.1 』(移動速度+3%)
『肉×6』
『魚×3』
『野草×7』
『野キノコ×3』
『キャベツ×2』
『トマト×3』