とっとと追放されて死にゲーから逃げたいモブ vs その輝きに瞳を焼かれて病んじゃったパーティー 作:雨雲ばいう
「本官は話をつけろと言ったのだ、営倉おくりになれと命じたつもりはない」
新米狩人と乱闘騒ぎをおこしたオレとイスファーナは営倉で一晩の謹慎を命じられた。アグラシュタインのあきれたような目が痛い。
「……まあ、貴官が怒り心頭に暴れたのもわからなくはない。だがそこで暴力に訴えるのが馬鹿なのだ、上官に報告すればよかっただろうに」
ぐうの音もでないもっともなことを言い残して、アグラシュタインは扉ののぞき窓を閉じた。営倉が暗闇につつまれる。
窓からさしこむわずかな月の光に照らされながら、オレは横になった。
まぁ、拳だけで戦っただけましだ。新米狩人のほうは魔術に手をだしてしまったのでもっと重い罪になっただろう。
もちろん、英雄の名にかけてあんな青二才には負けていない。
「そう言えば、イスファーナも手を貸してくれるとは思わなかった。人の名誉どうのこうのには興味がないと思っていたのだが」
「……べつに、凡人が凡人をけなしているのが気に食わなかっただけだ」
オレのすぐそばに座りこむイスファーナが顔を膝にうずめる。そして静かな呟きで問いかけてきた。
「貴様こそどうなのだ。英雄と讃えられているのだから、かつてに死んだ狩人たちのことなどどうでもいいと思っていたが」
「それほど馬鹿になったつもりはないとも」
狩人であれただの兵であれ、この世で戦う者たちを嘲ることは許せない。それは、オレが『妖精たちの狩人』をプレイしている時からの思いだった。
妖精たちはディスプレイ越しでも恐ろしかった。リアルならなおさらである。
オレにはゲームの知識がある、それぞれの妖精の弱みを良く知っている。だが、この世の人たちはイスファーナもふくめて違う。
妖精など生まれてから目にしたことがない、どうすれば殺せるのかも知らない。
だというのに、狩人や兵は己の愛するものを守るために命をかける。傷をつけられるのかもわからない頼りない銃を握りしめ、飛びかかる。
そうして命を落としていった狩人を笑うことなどできるはずがない。オレたちが妖精との戦いで勝つためにその身を捧げた兵たちを笑うことなどできるはずがない。
なぜなら、その死の山の上に今のオレたちがいるのだ。たとえそれがとんだ失敗の作戦であっても、その教訓こそが今の人類が戦うための糧となる。
ズルをしているオレから言わせれば、そっちのほうがよっぽど英雄だった。
「まあ、だからといって右も左もわからないだろう新米狩人を痛めつけるのは大人げなかったかもしれんな」
「そうか、そうか」
ゲームのあたりはぼやかして、オレは胸のうちをそのまま語る。それを聞きながら、イスファーナはまるで噛みしめるように頷いていた。
心なしか、その口もとはほのかにほほ笑んでいる。
「つまり貴様は、死した狩人たちを敬っていると。実に凡人らしい考えだ」
暗いコンクリートの一室に沈黙が訪れる。
どうしてか、オレはイスファーナと話をつけるには今しかないと思った。どう話をきりだそうかと悩んで、ただ心に従うことにする。
「……イスファーナにとって、オレはなんなのだ」
「知れたことを。天才たるわたしをさしおいて英雄と讃えられる貴様はわたしにとって嫌悪すべき凡人だ」
いつものようにイスファーナが罵ってくる。だが、それでは駄目だ、なぜイスファーナがオレが逃げようとするのをあれほど恐れるのか知らなければならない。
「ならば、なぜオレが逃げようとするのをとめる」
オレはイスファーナの顔をまっすぐにのぞきこんだ。息をのんだイスファーナが目をそらそうとするのを顎をつかんで許さない。
「ふたたび問いかけよう。イスファーナにとって、オレはいったいなんなのだ」
イスファーナの瞳が震えたようにみえた。
「教えてはくれないか。まあ、嫌われているのならばあたりまえかもしれんな」
そのまま黙りこむイスファーナにオレは悲しくなる。
嫌われていると思っていたとはいえ、オレはイスファーナを親しく思っていた。その思いを口にしてもらえないほど頼られていないというのは辛いものがある。
「すまなかったな」
「……まって、くれ」
そう口にして遠ざかろうとするオレの手を、イスファーナの細い指が掴んだ。歯をギリギリと噛みしめて、ひゅっと息を飲みこんで、口をひらく。
「わたしのゲッシュにある、心から従うことができる誰かとは貴様なのだ」
まるでパンドラの箱をあけてしまったという風に、イスファーナは寒々しく笑った。
「……わかるか、わたしは貴様を慕っているのだよ」
◆◆◆◆◆
イスファーナがぽつぽつと語りだす。
初め、イスファーナはほんとうにオレのことを嫌っていたこと。人類の勝ちを疑わずに戦い続けることが気に食わなかったこと。
しかし、オレが死にかけのイスファーナを救ったことで己の敗北を知ってしまったこと。オレのことを命をかけてまで従うべき者だと思ったこと。
「だが、わたしは怖かった。貴様の美しい瞳の輝きがわたしのこんなつまらない思いで鈍ってしまうことが死ぬほど恐ろしかったのだ」
だが、これまでのオレとのすべてを壊してしまうのが嫌で、イスファーナはそのままオレを罵って嘲るふりを続けることにした。
「笑えばよい。天才などと己を讃えながら、その実はこの思いを口にする勇気すら胸にないつまらない凡人だと」
イスファーナの瞳は虚ろに遠くをみつめていた。
オレはようやくモルグレイドのヒントの訳がわかった。イスファーナのゲッシュにある心から従うことのできる誰かがオレだということ、それがすべてだったのだ。
「だから、貴様が軍を辞めると口にした時、怖かった。わたしの瞳のうちから貴様がいなくなるということが、一生をかけて従う者がいなくなるということが」
オレは一言も口にできなかった。
てっきり嫌われていると思っていたイスファーナがその後ろでそんな思いをかかえているとは考えもしなかった。
「どうだ、こんな醜いわたしに幻滅したか。あれほど貴様を罵っておきながらいざとなったらしがみついてくる恥知らずなわたしを嫌いになったか」
ぶるぶると震えるイスファーナは、オレの顔をみつめるのが怖くてしかたがないとばかりに目をそらす。
オレはため息をついた。イスファーナの肩がビクリとはねる。
ふざけるな、こちとらかつての生もあわせれば数十年は長く生きているのだ。めんどくさいとはいえ、あれだけ長く肩をならべてきた戦友を嫌うはずがない。
「オレが軍を辞めたいというのは嘘ではない」
オレの言葉に、イスファーナが顔を暗くする。オレはそんなイスファーナの頭をぽんぽんとたたく。
「だが、君の話を聞いてすこしばかりその考えをずらすことにした。オレが軍から逃げる時はついでに君も盗んでいくことにする」
目をまるくするイスファーナにオレは笑いかけた。
「なにしろ、オレのような馬鹿に心から従うなんて考えたポンコツな天才はこちらで始末しておかんと軍に迷惑だからな」
「……っ!」
瞳をうるませたイスファーナがオレの胸もとに飛びこんでくる。オレはその震える背を一晩のあいだずっとなでていた。
◆◆◆◆◆
「で、あれで話はついたと思ったのだが」
オレは頭がズキズキと痛んだ。
すべてがハッピーエンドと思って楽しく軍務を終え、さっさと休もうとベッドに潜りこんだ時、そこには先客がいたのだ。
「う、うるさい。いいから黙ってわたしと寝ろ!」
顔を赤くしたイスファーナがなぜかベッドのなかに潜んでいた。わたしにしがみつきながら顔を胸もとにうずめてくる。
「あれから貴様がいなくなるのではないかと怖くなって一睡もできんのだ。わたしをこんなにしたその罪をどうにかしろ!」
ああ、軍を辞めたいなんて口にするんじゃなかった。
オレはかつての馬鹿な己を頭のなかで殴りつけながら、イスファーナのなすがままになるのであった。
「……ふふっ」