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すべての“自殺がいけない理由”を棄却しよう

 ふとそれを想起して辺りを見回すと、「自殺はいけない」という言説がうかんでいるのを眺めることができる。人類(反芻動物ではない)が有史以来幾度となく繰り返してきた言説のうちの1つだ。それは「人殺しだから」「神の意図に逆らう行為だから」などの理由とともに提示されるが、それらは、少なくとも僕にとっては、かれらの生理的嫌悪感に後付けされたかのような致命的でないものとみえることが殆どである。それで、本当にそうだろうか?

 おそらく論理的欠陥もみられるだろう。発見次第修正するつもりだが……僕は、ひとがこの文章を読んで、新たな視点へのささやかな受容や認知が生まれることを意図している。以下は、僕が僕を肯定の立場に固定して真正面から行う思索である。自殺の推奨ではない。


①自殺は殺人だからいけない

 単にその言葉だけをとるのであれば、そもそも殺人が禁止されるべき理由は如何なるものであったかを復習してみれば即座に却下されるだろう。万人の万人に対する闘争状態を最大限凍結して社会秩序を保つ為に、自殺は明確に制限されるものではないし、ある1人が問題解決の手段として濫用できるものでもない。よって、死刑が直ちに否定されないのと同様で、殺人と同一視することはできない。

 さて、これに関してより思慮すべき事案が嘱託殺人と安楽死である。安楽死制度のない構造が患者の苦痛に関する嘱託殺人を否定する倫理的理由(法学的・制度的理由と混同してはいけない)は、「死の自己決定権は生存権に優越しない」ということだろう。これはひとが自殺を肯定する理由「死の自己決定権は生存権に優越する」との真っ向からの対立である。ここで想定される自殺は不治の病の耐え難い苦痛を伴う末期症状によりは比較的にみて改善可能性が高く、そういった安楽死の延長線上に位置するものだ。そうして、多数派だとすら思われる末期患者の安楽死を肯定して自殺を否定する人びとへ……結局ここで言いたいのは、「死の自己決定権は生存権に優越するから、末期患者の安楽死と同じく自殺も否定されない」ということだ。

 しかしここにはまだ反論の余地がある。それは大方、「そういう自殺は医師による末期患者への安楽死と違って改善の余地があるから同一視すべきでない」のことだろう。ついては、以下の章での「最小少数の最小苦痛」の立場をもって否定する。

②他人を傷つけるからいけない

 ひとは、ひとの自殺を見聞きした場合に、心に傷を負うことがある。しかし時に、行為者当人からすればそういった苦痛の下ではもはや知ったことではないし、所定の状況に於いて自殺と並列されるもう1つの選択肢として明らかなものは殺人ないしそれに準ずるような破壊的手段である。平和的解決、より良い選択肢を望めない場合、必ずだれかが被害を被らなければならないし、場合によっては、状況はだれの責任でもないかもしれない。また、任意の自殺者にそれを悲しむ人間がいるとは考えられない上、多くの自殺は他人との不和もその原因としてうかんでいる。

 この人生にもはや改善の余地はない、する必要もない、などと判断できる状態でのこれは、より良い社会──苦痛に嘆くひとを最小限に、その苦痛が最少限にされている、謂わば「最小少数の最小苦痛」の社会──これを実現する最良の手段であるといえる。

③社会や共同体に害を与えるからいけない

 ②と近しい意見だが、これは感情的というより社会構造的・制度的な理由だ。これもやはり知ったことではないし、それに、「最小少数の最小苦痛」が、すでにそれを棄却している。すなわち、行為によって周囲の被る苦痛より行為者の生存の継続にかかる苦痛のほうが大きいから、その苦痛を最小限に抑える行為がある程度までなら許容される、ということだ。みながみな全体主義者ではない。とはいえ、社会へ与える害を小さくする、自己中心的でないような手法を選ぶ努力は「最小少数の最小苦痛」の為に必要不可欠である。つまり、電車への飛び込み、都会での飛び降り、延焼可能性のある放火などは許され難い。また、これは無い話だが、制度化ないし効率化によってもこういった理由を掃いて捨てることができるようになる。

④教義に反するからいけない

 「人に関する生殺与奪の権利は神に帰属する」「自殺は悔悛の機会を喪失する」というような、そういった宗教的立場があるが、神が存在するという仮定は十分な蓋然性を伴っておらず、普遍的な論理的根拠とはいえない。宗教的な理由に基づいて他人を制限するのも適切でない。

 ところで、いうまでもなく以上の価値観はキリスト教的なものであり、仏教影響下では自己決定、尊厳の確保として死を選択する精神も屡々認められる。

⑤生命それ自体に価値があるからいけない

 立場的には④と近い、妄想や信仰で地に足を着けようと試みるタイプの主張である。これも普遍的な論理的根拠とはいえない。むしろ、当人にとって自殺は主体の尊厳の保護に類する手段であるから、知的生命体としての価値を担保する行為であるとすらいえるだろう。

⑥生物としておかしいからいけない

 生存の目的は子孫繁栄であるという立場。たぶんこの主張をする人間は本能だけで生活をしている。同性愛等にも言えることだが、少なくとも多くのひとには意識と自己決定能力が備わっていて、近代において人類は基本的に自由。子孫繁栄は理性に優越しない。

⑦非合理的だからいけない

 残りの苦痛を確実にゼロにできる唯一の手段である自殺が常に非合理的であるとする十分な根拠がない。未来の不確実な可能性よりも、今の苦痛からの解放を選ぶことが本当に非合理的だろうか?

 彼らにとって現状の一切は苦痛であり、下り坂はこの先も続いていくと外挿できる。なら、行為は理性的なものだろう。

 (ちなみに、自殺をどうしても「若気の至り」に貶めたいという謎の層が世間には一定数存在していて、そういう「若気の至り」論による、ひとの意思を矮小化する論調も屢々みられるが、少し調べればすぐにわかるように、年齢別自殺率に於いて最も高い数値を示すのは基本的に4~50代である。また、年齢の若さは外部と将来への失望を禁じない。ここで述べるような希望の消滅と、その描きかたが年齢間で大差なく本質的に同一であることも想像に難くない。そして、耄碌は成長ではない。)

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厚生労働省自殺対策推進室. 「令和5年中における自殺の状況」 . 2024. Available at: https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R06/R5jisatsunojoukyou.pdf

⑧未来の可能性を完全に閉ざすからいけない

 不要。いま、どうにも耐え難い現在と、そこで生きる自分のアイデンティティ、期待のできない未来の話をしている。

 これからも下り坂が続いていく。あるいは、なにもない平坦な道を意味もなく走らされ続けることになる。

 いまのところ、世界は射倖心を煽ってきていない。

⑨そもそも希死念慮は脳の異常、病気であって治療可能だからいけない

 一見それらしいが、脳の異常・病気というのはだれかが勝手に考えた評価でしかない。時代や地域によってそれが病気とされるかは容易に変化してきた。確かに薬によって思考を変化させることはできるが、それは思考が脳内の化学的・物理的作用にすぎないからであって、そういう「治療」は本来そうでなかった状態を修復することではない。ひとには意志がある。

 任意の希死念慮を病気とすることが可能なら、同様の手順によって幸福(非生存よりマシな状態)などが異常な状態であることを示すこともできるだろう。たとえば、「多くの人びとは生存を美化してしまう精神病に罹っている」。そもそも、より良い思想へ遷移させることを治療と呼ぶのはグロテスクだし、「本人にとって」を加えてみても、そこに尊厳や自由意志はあるのだろうか。つまり、世の中には正気の希死念慮が存在するというわけだ。⑦で言及した若気の至り論と同質の、「意志の矮小化」に基づいた論調であるとも言える。これは尊厳や議論のためには非常によくない。

⑩『無敵の人』による暴虐を防ぐために自殺は批判されなければならない

 任意の自殺者がそれを行う前に暴力的・反社会的手段を講じるわけではない。自殺を選ぶひとの多くは、苦痛からの解放を意図しており、他者に危害を加える意図はない。

⑪困難には立ち向かうべきであるからいけない

 任意の困難が乗り越えられるわけでもないし、現状の一切は苦痛であり、下り坂はこの先も続いていくと外挿できる。苦痛を乗り越えたところに最もありそうなものといえば、やはり苦痛だ。それに、そもそも、「困難には立ち向かうべきだ」という主張自体が全くもって意味不明である。それが困難であるからという理由で、普段から人工言語イスクイルやアラズ語で会話を試みるべきであるというのだろうか。それが困難であるからという理由で、理由なく睡眠や食事を禁ずべきというのだろうか。人生における困難も、屢々、ただ困難であるだけだ。

⑫自己実現の放棄であるからいけない

 任意のひとが自己実現を達成できる状況にあるわけではなく、そういう状況下にある人々に対して生存を強制するのは非人道的。それに、無尽蔵の承認欲求などの穢れた業や将来の夢は皆が持っているわけでもない。実現するものもなく、風に乗って流れていくだけ。無風ならその場で一応焦燥感を募らせていくが、進みたい方向などはない。望むものなどない。

⑬本質的な解決でないからいけない

 自殺と皆殺し以外での本質的な解決が存在し実行可能なら誰も苦労しない。それが解決したのち幸福が残るわけでもない。往々にして問題は山積みなのだ。また、自殺が本質的な解決でないともいえていない。原因を排除できるなら十分本質的なのではないか。

⑭不条理には抗うべきであるからいけない

 それに抗うべきか否かというのは当人が決めるべきであるし、自殺によってこれから失われていくであろう尊厳を維持するのも一種の「現実への抵抗」ではないだろうか。

⑮生きたくても生きれないひとがいるからいけない

 3分のカップラーメンを180人で待てば1秒でできるみたいな理論。生存状態の交換が(医学的だけでなく制度的にも)可能なら人々はとっくにそれをしているので、無意味な主張である。


 とまあこのように、見つけたり思いついたりした自殺否定論を様々な悲観的視点で片っ端から否定していった(たぶん)わけだが……自殺の否定を否定したからといって、自殺をすべきであるということにはならない。そして最初にも言ったが、この記事を読んだひとに抱いてほしいのは自殺の肯定というよりはそういった意見へのちょっとした理解だ。

 いまとなっては運の良いことに、自己を決定する機会は多くのひとの元へ度々訪れている。ひとは、もし気が向けば、気が向いたタイミングで、考えうる限り最高の死をデザインしていこう。気が向かなければ、致命的でない程度の苦痛の中で、自分を殺すことを課されない程度の苦痛の中で、なんとなく生きていくのも良いし、あるいは、自分の変化も楽しんでいくのか……とにかく、たぶん、ひとは結構自由だ。生き方も死に方もある程度自由だ。きっといつでも死ねるのだから、他人に迷惑をかけすぎない範囲で好きにしていこう。

 あと、なにを言おうとしたんだっけ……まあいいや、それでうまく眠れるわけでもないけど、今日は雨だから、やることぜんぶすっ飛ばしてこのままここにいることにでもしようかな。では、おやすみ〜〜

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祈り

  • 5本

コメント

2
NOZY_jp
NOZY_jp

面白く読ませていただきました。
ひとつだけ、何回か通読していも理解が及ばなかった点があるので、質問させてください。2番の記述で、「任意の自殺者にそれを悲しむ人間がいるとは考えられない」とありますが、これはどのような根拠からでなのでしょうか?
最小人数の最小苦痛というのは納得しました。だから人が悲しむから自殺はいけないと短絡的に否定するのも理論的でないということもわかりました。
ただ、この1点のみ私の価値観とどうしても合致せず、け゚とまさんの思考プロセスも読み取れませんでした。
良ければ解説していただけると幸いです。
長文失礼いたしました。

⠀

意図としては「今まで発生した/これから発生するすべての自殺の中で、他人の悲しみを伴わなかった自殺がひとつ以上存在していると考えられる」で、
(他人の気持ちを完全に知ることはできないので)具体的な事例を挙げることはできませんが、「『他人が悲しむ』は少なくとも完全な論理ではないよね」くらいのそこまで強くない意味合いです。

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健気でいてね
すべての“自殺がいけない理由”を棄却しよう|⠀
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