おはようございます。
FT新聞編集長の水波です。
4月第1日曜に配信予定のロア・スペイダーによる新作d33シナリオは貿易都市ビストフが舞台になります。
それに伴って、以前配信しましたアランツァワールドガイドを再配信いたします。
ぜひ冒険の舞台を想像して、楽しみにお待ちください!
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旅人カメル・グラント教授は、自分が汗をかきはじめていることに気づいた。
少し暑い。
どちらかといえば北方にあたる港街だが、どちらかといえば暖かい。
路上に道具と材料を広げて、舟づくりにいそしむ人が見てとれる。
背の高い、肌の色が白い者たちは、落ち着いた様子で街を歩く。
盗賊都市として悪名高い、ネグラレーナ市の姉妹都市。
貿易都市ビストフは、海に出ることを考える冒険者にとっては、重要な土地だ。
◆カラメール市との類似性。
体格のいい、褐色の肌をした者たちが、寡黙に荷おろしや造船の仕事に従事している。
ドリザードと呼ばれる、龍と大トカゲの血を引く【騎乗生物】の背に、大量の荷物を載せている。
正式名称はドラゴンリザード。
飛ぶことはできないが馬よりも強く、優秀な家畜である。
戦闘用ドリザードは火を噴くが、港にいるものたちは種が違う。
行き交う人々を見ながら、カメルはいつか歩いた「冒険都市カラメール」の街並みを思い出していた。
今でこそ発展したカラメールだが、水運の発達がかつては遅く、ビストフに大きく遅れを取っていた。
ビストフは、カラメールからこのドリザードを連れてきて、品種改良を繰り返した。
ドリザードだけではない……ビストフはかつて、発展が遅かった南部から多くのものを、帆船を使って運び込んだ。
北部にもかかわらず、肌の色が濃い(褐色の人種がほとんどだ)者が多いのは、そのためである。
当時、経済的に困窮していたカラメールの民が、富を求めてこの街に流れ込んできた。
このカラメール民たちは支配者層にこそ少ないが、船乗りとして必要とされ、それなりの生活を送っている。
それなり、だ。
決して裕福ではないが……移民というものが送る生活の相場をカメルは知っている。
◆【善の種族】
褐色の船乗りたちに混じって、コビット(小人)たちが荷物の上げ下ろしをしているのが見える。
彼らは背の低い種族だが、港湾労働者としては優秀だ。
コビットの種族たちはこのような港湾労働者や、船乗りに就くことが多い。
理由はいろいろあるだろう……たとえば背が低い種族は重心が低いため、船酔いをしづらいのかもしれない。
カメルは個人的な見解として、彼らの多くは享楽的な性格をしているため、危険だが実入りの多い仕事を好むのだと、推察している。
この街の構成種族は3種類──人間、コビット、そしてエルフだ。
だが、街なかでエルフを見かけることはほとんどない。
彼らの数は人間やコビットと比べると、ずっと少ない。
そして、エルフたちはこの街の知的階級層に食い込んで、海外から流入する魔法や、魔法の装備品の研究に従事する。
そこいらで見かけることはまずないのだ。
◆街並み。
ビストフの街を歩く。
周囲の森を船に変えてまで発展したこの街の人々は、好奇心に満ちている。
珍しいラクダ人のカメルへと注がれる視線はあるが、差別的なものではない。
むしろ、話しかける機会すら求めているように感じる。
普段であればカメルも、足を止めて街の人々と話をすることはやぶさかではないが……今日は少し急いでいた。
人との待ち合わせがあったのだ。
カメルは商店街を歩きながら、ひとつだけ店に入ると決める。
歩きながらその店を武具店に決めて、入る。
カメル自身は冒険者ではなくただの旅人だが、未来の冒険者を育てる仕事に就いている。
こういった店は、見ておきたい。
店に入ったカメルは、息を呑んだ。
店の中央に美しい、ひと振りのカタナが飾られている。
天井から差す陽の光が、その湾曲した鞘の美しさを際立たせている。
「東国からの逸品でさ。キョウ(京)の街の有名な鍛治師が打ったものです」
店長はそう言って、鞘から刀を抜く。
ゆがみのない刀身の腹についた、美しく波打つ紋様に、ため息が漏れる。
カメルは店主に礼を言い、店を出る。
この街には異国のものがあふれている。
そのなかでもっとも遠いのは、まさに今見た東国の装備品だろう。
もっと一般的なのは、ジンド大陸から入ってきたものだ。
ジンド。
エメラルド海の向こうにある、不思議な大陸。
金属がほとんど採掘されないその土地では、代わりに骨と石を使って日用品、武器、防具などをこしらえるという。
ビストフにはそういった、異国の珍しい品があふれている。
◆マドレーン諸島。
貿易都市ビストフが海洋冒険に適しているもうひとつの理由は、マドレーン諸島の存在だ。
港を出た船は通常、魔物めいた海のクリーチャーや海賊、嵐といった脅威にさらされる。
だが、ビストフからほどよい間隔で点在する島々のおかげで、出航した船は比較的安全な補給を続けながら、かなりの航海距離を稼ぐことができる。
マドレーン諸島そのものは、マドレーン本島をはじめとするいくつかの未開の島からなっている。
これらの島は港の周辺こそ補給路として発展しているものの、島の奥へと一歩足を踏み入れると、そこはもう危険な地域である。
マドレーン島、極彩島、未開島、モネク島、ギノク島、屍島、そして航路を外れたところにポツンとある宝石島などが、マドレーン諸島の代表的な島として挙げられる。
◆ビストフと周辺地域。
古い伝承によれば、かつて貿易都市ビストフの周辺には、大きな森があった。
しかし、それらの森は、この街の発展とともに消えていった。
帆船がひとつ造られるごとに、周辺の森がひとつ姿を消したのだ。
船の建造には、それほど大量の木材を必要とした。
森の命と引き換えに、ビストフは繁栄していった。
貿易都市ビストフの近郊にある街、盗賊都市ネグラレーナについても触れておこう。
盗賊都市ネグラレーナと貿易都市ビストフは、マキシミリアンという名の一族が領主を務めている。
ビストフの領主はヴィルヘルム・マキシミリアン……小柄ながら剣の扱いがうまく、知的な人物としても知られる。
ネグラレーナとビストフは同族統治が行われているため、ある種の「役割分担」がなされている。
ネグラレーナは、広大なネメディ平原に対する支配力を高めるために、軍事都市的な発展を続けている。
これに対して、ビストフは貿易と造船に力を入れている。
冒険者がビストフから船を出す場合、費用が……特に税金が安い。
ほとんど2倍に近い価格差があるのだ。
◆ドラートル船。
この地域の貿易を支えているのは、ドラートルという名前で知られる巨大な家畜である。
このクリーチャーは数十人が乗る帆船をけん引できるほど大きく、ビストフの貿易経済を支えている。
亀に似た甲羅と長い首を持ち、「海の馬」と呼ばれるほど持久力のあるタフなクリーチャーだ。
ドラートルは大きな生きものだが、海洋を航海するさいにはあまり使われない。
沿岸部沿いに航海する商船をけん引するほうが情緒が安定して、速度が出せる。
そのため、冒険者が乗る船にドラートルが関わることはあまりない。
ドラートルは図体は大きいし、人間に対して従順であるが、戦いに向いた性格をしていない。
◆海ガメさま。
マドレーン海域には海ガメさまの名で知られる、有名な〈巨大なクリーチャー〉が生息している。
海ガメさまは背の甲羅部分が平たい、巨大な海ガメである。
善の共通語を話すことができ、遭難者を見つけるとその背に乗せて本土まで運ぶ。
そのためなのか、海ガメさまの背には簡素な小屋をはじめ、人間が生活するために必要な最低限の設備が整えられている。
とはいえ、遭難者を背に乗せていない状態の海ガメさまは海中深くまで潜ることもあるため、その居住設備は海藻やフジツボなどの影響を受けてボロボロな状態だ。
◆再会。
商店街を抜けて、カメル・グラントは街の奥へと歩いていく。
白い肌の女性が、遠くからカメルに手を振る。
「グラント先生! こちらです」
カメルはほほえんで、久しぶりに会うことができた元生徒と抱擁を交わす。
エルフのユキワタリ(雪渡り)は北の地方の出身だが、政治的な理由から聖フランチェスコに亡命して、オレニアックス剣術学校の生徒として一時期、滞在していた。
そうはいっても、卒業を目指して学問にいそしんでいたわけではない。
街に滞在するための身分として、つまりは客人として、生徒扱いになっていたに過ぎなかった。
しかし、どんな理由が背景にあろうとも、カメルにとって生徒は生徒だった。
そんなユキワタリの本職は魔法使いだ。
彼女が使う魔法は、聖フランチェスコ市からやってきたカメルからすれば、少し変わったものだ。
この貿易都市では、異国魔法と呼ばれる魔法が発達しているのだ。
海の向こうからやってきたと言われる魔法で、自分自身の生命力を捧げることで魔法を行使するのだという。
街の北にある塔にこの街のエルフたちが集まっていて、日々その研究を続けているという。
ユキワタリは異国魔法使いが集まるその塔に、カメルを案内してくれた。
「越冬ツバメの塔」と呼ばれる、古くて美しい建物だった。
ぶ厚い壁に囲まれた塔の内側は暖かく、柔らかい明かりに満ちていた。
エルフたちはそこで、異国から来たその魔法の研究を日々、続けているという。
魔法のいくつかを実際に見せてもらい、カメルは嘆息した。
地面に落ちる直前にその速度がゆっくりになったり、術者が小さく縮んだりと、さまざまな神秘を見せてもらった。
部外者である自分が、魔法のわざを見せてもらえる幸運をありがたく思った。
◆そして、次の街へ。
ユキワタリとカメルは昔話に花を咲かせながら、夕暮れの街を歩いた。
ビストフは貿易によって栄える豊かな街だが、実は今、貿易に支障を生む大きなできごとが海の向こうで起きているらしい。
マドレーン海域を越えた先にあるエメラルド海で、〈クラーケン〉が出現したというのだ。
この神出鬼没のクリーチャーは貴重な帆船を沈めては、船外に飛び出す人間を食べるという。
それで、船を出すものがすっかりいなくなっているのだそうだ。
「でも、心配ないと思います。領主マキシミリアン様はすでに、〈クラーケン〉討伐を引き受けてくれる勇士を街に招き、船まで用意しているという話ですから」
ユキワタリはそう話す。
その声のトーンは「本当にそう思っている」というよりは、「大丈夫だと思いたい」というニュアンスを含む、不安そうなものだった。
カメルはうなずいて、
「それならきっと大丈夫だね」
と、優しく答える。
その優しさの奥にある想いは、単にユキワタリの心が落ち着くようにという願いの気持ち、だけではなかった。
カメルは聖フランチェスコ市で暮らしている間、冒険者の卵とも言える子どもたちに、授業を教えている。
そんな彼には、危険な冒険におもむくというその人物が他人とは思えない。
だから、死なずにいてほしいのだ。
名も知らず、会ったことさえない冒険者の無事を祈りながら、暮れていく夕陽をカメルは眺めていた。
参考文献紹介
マドレーン海域と貿易都市ビストフは、『ゲームブック短編集 ハンテッドガーデンハート』に収録された「マドレーンの海域」に登場。
東国ヤーパンの冒険は、山田賢治著「剣豪推参」を参照。
海ガメさまは『宝石島の冒険』に登場する、巨大なクリーチャー。
貿易都市ビストフは「ローグライクハーフ」のd66シナリオ第3弾「エメラルド海の探索」に登場。
↓「アランツァ:ラドリド大陸地図」by 中山将平
https://ftbooks.xyz/ftnews/article/MAPofARANCIA.png
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