「あの、事故って言ってましたよね?やっぱりどこか悪いじゃ⋯」
「⋯⋯体は大丈夫なんだ。ただ僕、記憶が混濁してたみたいで、少し混乱してて思わず叫んじゃった」
先程夢なら覚めてくれと荷車内で思い切りシャウトをかました出久は御者に怒鳴られたことで正気を取り戻し、少年と適切な会話を出来るぐらいには脳が回っていた。
出久が記憶の混濁と言ったのは完全に此方側の設定に合わせる為の建前で、彼処のことを言うと余計な混乱を招くと思ってのことである。
「いい歳して、恥ずかしい」
言葉を紡ぎながらはにかんだ笑顔を見せる出久に少年は少し安堵したのか口元を綻ばせた。
「普段の記憶とかちゃんと覚えていますか?自分の名前とか」
記憶の正常性が心配だったのか不安げな表情で口を開く少年に出久は首を横に振りながら、
「母さんにつけてもらった名前は流石に忘れないよ。僕は緑谷出久。君の名前を聞いても?」
「――ッ!ごめんなさい!申し遅れてました。ベル・クラネルです!」
「アハハッ、大丈夫だよ。ベル君か、よろしくね」
「あ、はい、よろしくお願いしますイズクさん。えと、イズクさんはどうしてあんな所に倒れて⋯いえ、倒れていたのか覚えていますか?」
「う〜ん、覚えてないかな。何かが突っ込んで来た所までは記憶あるんだけど、曖昧で⋯⋯けど、さっきの単語たちがずっと頭に残ってて、やっぱり聞き覚えないかな?」
今度は取り乱さず出久は真剣な眼差しで問い掛けるが、少年――ベルからの答えはやはりノーであった。悪夢にうなされているような気分である。
「⋯⋯そっか。変なこと訊いちゃったね、ちょっと頭冷やしとくよ」
反応に困ったように苦笑するベルを横目に出久は荷台から見える景観を呆然と目に映しながら思考に耽ける。
何者かの個性で飛ばされた可能性や事故直前のことなどを考察してみるが光明は見えてこず、まるで暗がりの中を彷徨っているようで頭に不安ばかりが過ぎていく。
――本当に帰れる?その為の手段は?
帰還するための思索はやがて願望を込めた逃避思考へと変わり、出久の心は不安に蝕まれていく。考えても考えても悩んで悩んで苦悩しても、一縷の光さえ見てこない。闇に染まる思考、不安を抑え込んでいた心はそのまま――
「あの、イズク⋯さん?」
「――ッ!ど、どうしたのベル君?」
突然ベルに声を掛けられ、出久は弾かれたように顔を上げた。表情を明るくし、微笑みかけながら少年に返事をする。
「⋯⋯イズクさん、何か思い悩んでいますよね」
「だ、だいじょうぶだよ。心配してくれてありがとう。君は優しんだね」
「⋯⋯イズクさん、さっき僕に言ってたこと全部嘘ですよね?」
「――え?」
目の前の少年から真剣な眼差しでそう言われ、出久は思わず喉から声が漏れ出した。回らない思考は発言の意味を理解できず、言い訳の為の口すら出久は動かせない。
「え、ええと、顔を視てたらそんな気がして!イズクさん、さっきの大声を出した時と違って、自分を押し殺しているような辛そうな感じがしたんです、だから――」
ベルは自信なさげな挙動とは裏腹に発言は的を得ていた。故に、出久は何も言い返せず、それどころか動揺が顔に出てしまっているが自覚していない。
当人よりも早くその変化に気付いたのは紅玉の瞳を持つ――ベルだった。
「――良ければ僕に話してくれませんか?」
「――ッ、いいの⋯かな?多分すごく荒唐無稽で信じられない話だと思うんだけど」
「はい!是非ッ!」
躊躇うことない少年の即答に出久は目を震わす。眩しい程に純粋で心優しい少年に出久は一筋の光を差し込まれたような、そんな希望を見たのだった。
▽
「えぇぇェェェェッ!!?」
時刻は正午より少しずれた巳の刻の頃。少年のそんな絶叫は荷台を揺らすと錯覚させるほどに響き、辺りに滞留していた鳥達までもが声のデカさに飛び立っていく。
ただ、そんなことをすれば当然――
「うるっせえぞ小僧ォ!!」
「――ッ!ごめんなさいごめんなさい!絶対にもうしません!」
御者の怒号と共に荷台の前面部分が怒り強く叩かれ、ベルは御者から見られていないにも拘わらずペコペコと頭を下げていた。
出久はそんなベルの姿に不覚にも携帯の前で平謝りするサラリーマンを重ねてしまい含み笑い。終わりそうなので悟られないよう無理矢理表情を戻す。
「声出しちゃったか。お互い災難だね⋯⋯ンフッ」
「はい⋯⋯僕とイズクさんで二度も迷惑掛けちゃいましたから、多分次は無いかも」
出久は一瞬込み上げてくるモノに耐えられず口角と表情が上がってしまい内心焦るが、ベルが吐息と同時に瞼を閉じていた為ギリギリセーフだった。
ベルの言葉通り荷台からの強制退去カウンターが進む要因となったのは出久が元いた世界の全てを暴露したからである。
文明、社会、化学、そして個性についてなど出久は自分のことを除いてベルに対してありとあらゆる事を語った。当然その反動も仄めかす程度には伝えていたのだが、話に夢中で聞いていなかったのかもしれない。
「でもそんな世界があるなんて⋯⋯!嗚呼、僕もなってみたいな皆を笑顔で救うそんな英雄に」
英雄――オールマイトの活躍を聞きベルは目を輝かせていた。
――君は、
英雄に憧れるベルの前で出久は嘗ての言葉を思い出す。枯れる程涙を流して貰った憧れの人からの言葉。これは出久にとって特別な意味を持つ。
例え目の前で英雄に憧れる少年がいたとしても軽はずみには肯定できない。ただ、もし目の前にいる少年が本当にそう成りたいと願う時は、その時は、
――伝えてあげたい、特別な言葉だ
「アハハ、その気持ちすごい分かるよ。ベル君がそんなに憧れるなら、もしかしてこっちにも同じような英雄譚とかあるのかな?」
「――ッはい!僕、好きな英雄はまだ決めきれていないんですけど『
「へぇ〜、ん?出会いって、もしかして女の子との?」
「もちろん!それで、迷宮都市と呼ばれるオラリオに行けばそんな出会いが果たせるかなーと思って!」
まるで恋する乙女のようにベルは紅潮させた頬を両手で包む。理想の形がしっかりあるのは良い事だと出久は内心思いつつ、思い出し、
「あっ、ベル君話の前にそのオラリオについて教えてくれない?」
「分かりました!――」
出久が問い掛けるとベルは嬉々として受け入れ、迷宮都市と呼ばれる由縁となった『ダンジョン』のこと、そして最も驚いた地上に神々がいること等色々開示してくれたが、ベルの込められた真意を載せて省略する。
生活の為にオラリオに行くことは間違いではないと思う。危険はあるが自己の能力を見極めれば、死ぬことはない筈だ。だが、
――ダンジョンに出会いを求めるのは間違っている!
「間違ってる!危険だよベル君!そんなことのために危険な場所に行くなんて!」
「そ、そんなこと、じゃないですよ!出会いは偉大なんです、男の浪漫なんですよ!僕を育ててくれた祖父だって『ハーレムは至高!』って言ってました!」
出久は純白を拳に握りしめて抗議するが、ベルから返ってくるのは祖父から受け継いだという特級不純。そして、それに呼応してかベルの背後には作業服に白い髭を長く伸ばした老人が勝ち誇ったように出久を笑い見下していた。
出久は力果て、膝をつく。
「な、なんだって?!祖父が、ベル君にそんな不純なことを!ハッ、ベル君の祖父までそうなら、下手するとオラリオに行く人達はみんなそんな願望を抱いてダンジョンに⋯⋯!あァァ!まともなのは僕だけか!?」
「あれ?イズクさんハーレムの意味知ってるんですね!村の人達に訊いても皆知らないって言うのに。えへへ、分かり合える同志が増えて僕嬉しいです!」
「同志じゃあない!!それに君はもう――ッ」
断固として拒否をする出久はそのまま汚れた少年の方を強く指差し、言い放った。
「英雄失格だぁぁ――ッ!!」
「えぇェェェ――!!?」
「うるせェェぞォ!!野郎共!!――到着だァッ!!」
そんなこんなで迷宮都市――オラリオに到着した。
▽
――ダンジョンに出会い求めるのは間違っているだろうか?
僕は、
僕はここまで無償で乗せてくれた行商人のおじさんに、感謝を三回、謝罪を五回すると同乗者と共に門の前に立つ。
門としては見た事もない高さで、人生で見た門の中で何百倍も幅広い門が、僕と隣りの縮れ毛の頭と頬の大きな傷跡が特徴的な人――ミドリヤ・イズクさんに影を落とす。
「でっけー門、全体で見れば高層マンションぐらい有るんじゃ?」
「そのまんしょんが一体何かは知りませんが、はい⋯すごく、大きいです」
その広大さに圧巻させられた僕は暫し立ち止まる。ここから冒険が始まると思うと腹の奥が燻ってしょうが無い。早く行こう。
「よし、イズクさん!まずは通行料を払いに行きましょう!」
「えぇ!?通行料って言ったって、僕この世界のお金持ってないよ?」
「大丈夫ですよ、僕が出しますから!」
昂る気持ちを抑えられず僕は膨らみの乏しい巾着袋を出しながら、イズクさんを置いて受け付けに続く列へと走る。
「あ!ありがとうベル君!必ずお礼するよ」
「そうしてくださーい!」
背後から聞こえるイズクさんの感謝の声に僕は失礼だけど見向きめせず、適当なことを言って列に並んだ。
イズクさんも直ぐに僕の後ろへ並ぶ。
「通行料は十ヴァリスですから、はいこれ」
ジャラジャラとイズクさんに小金貨を何枚か渡して僕も列が終わりそうなので準備をする。
「これって、小さい金貨?!ヤバッ、早く金銭価値覚えないとな⋯⋯。ベル君、改めてこれからよろしく頼んでいいかな?」
「はい!僕の方こそよろしくお願いします。お互い支え合っていきましょう」
後ろを振り向くと、僕は少し上を見上げてイズクさんと視線を合わせ、握手を交わす。あんな事を聞いて今更関係ないと断ち切るなどありえない。
――何があったんだろう?
握手の途中、イズクさんの傷だらけの手を見て僕はそんなことを思った。そういえばイズクさんがどんな生活を送ってきたか僕は聞いていない。
僕の中で何かとんでもない出来事があったと直感が下る程、その跡はイズクさんの手と顔に黒黒と刻まれている。
出来れば訊いてみたい。が、それはいつかの機会だろう。手を離し、僕は前を向いて目的に集中する。
前の人の受付が終わり、一歩先に進む。僕達の番だ。二人で受付に立ち、石板だけのシンプルなカウンターにお金を置く。
「むっ!新顔だな。オラリオへようこそお二人共!俺が!ガネーシャだ!」
カウンター手前で腕を組みながら豪快に自身の名を叫ぶその人物はどうやら神様のようだった。ヘンテコな象のマスクを着けているけど、人と纏っている雰囲気が全く違う。
そして、神様だと云うことはファミリアを運営している可能性があるということ。僕の第一目標であるファミリア入団が叶うかもしれない。深呼吸をして僕はその事を念頭に置き、意を決すると口を開く。
「あの、ガネーシャ様。突然ですけど、僕達を貴方のファミリアに入れてくれませんか?」
「う〜む⋯今は団員を募集していないので、すまん無理だ!」
神様からのキッパリとした断りを聞き僕は、僕の心は、いとも容易く打ち砕かれた。
「き、きっと大丈夫だよ。めげずに頑張ろう?僕も協力するから」
「はい⋯⋯」
どんよりと肩を落とす僕の背中をイズクさんは擦りながら押してくれた。その優しさに支えられ、僕は前を見据える。
正門を抜けた先に待っていた景色は活気に満ち溢れていた。屋台が建ち並び、家々が通路を印すようにどこまでも続いている。
人の多さに比例して喧騒も四方から聞こえてきてまるでお祭りのようだ。
「「うわ〜〜!」」
圧巻の光景に僕とイズクさんの声がハモった。異世界から来たイズクさんもこんな景色は初めてなのかもしれない。
「ベル君、これから一体どうするの?僕、全然分かんなくて」
問い掛けてくるイズクさんはどこか興奮気味だった。荷台にいた時と違って意外とこの状況を楽しんでいるようで、僕は内心安堵する。
「第一目標はズバリ!ファミリア入団です!!良さそうなファミリアを当たって団員にしてもらうんですよ!」
「うんうん、なるほど!第一ってことは、第二目標もあるの?」
「第二目標は、冒険者になってダンジョンに潜るんです。お金を貯めて強くなります!そして第三目標は運命の出会いを果たすことです!!」
僕の理想はざっとこんな感じで大まかだ。だけど、どれも絶対に達成したいと僕は本気で思ってる。ただ、
「だからそれはダメだって!ダンジョンに出会いを求めるは間違ってるよ!!」
「間違ってません!お爺ちゃんから受け継いだ男の浪漫なんです!僕はイズクさんになんと言われようと、達成しますから!」
そう啖呵を切って、僕は広大な街へ一歩を踏み出す。
――お爺ちゃん、僕、頑張るよ!
亡くなった祖父に誓って、僕は数々の夢に向かって駆け出した。
言い忘れていたけど、これは