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化け物にされた安倍氏と立花氏

《ウィークエンド Viewpoint》

著述家 加藤文宏

恐怖煽って関心集めるマスコミ

 かとう・ふみひろ 1964年生まれ。静岡県出身。加藤文名義で小説を発表するほか「月刊IJ」を創刊して幅広い人物を取材。東京電力福島第1原発事故後は風評被害や自主避難者問題に取り組み、報道が引き起こした情報災害に注目。報道問題を中心に分析と論考を論壇誌などに寄稿。近著『検証 暴走報道』では安倍晋三元首相暗殺事件から世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)への解散命令請求までを整理した。

安倍晋三元首相が暗殺されて2年半が経過した3月14日、霞が関で街宣活動中の政治団体「NHKから国民を守る党」党首、立花孝志氏が襲撃され、頭や耳、首をナタで切られて重傷を負った。

政権安定を独裁と呼ぶ

これまでに岸田文雄前首相襲撃事件や政治団体「つばさの党」の選挙運動妨害事件もあった。更に振り返れば、安倍氏は暗殺事件の5年前にJR秋葉原駅前で都議選の応援演説を妨害され「相手を誹謗(ひぼう)中傷したって何も生まれないんです。こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかない」と訴えたため、マスコミから異論に不寛容であると猛批判された。後に安倍氏は札幌でも応援演説を妨害されたが、この時はヤジを飛ばした人物を移動させた警察官が強権を振るったかのように非難された。

これら立花氏の事件に至るまでの妨害、暗殺、襲撃はマスコミが意に沿わない人物を化け物に仕立て上げ、利用したい人物を美化して、双方を社会に注目させたため発生した点が共通している。

安倍氏が独裁者と言われ始めるのは2015年の第3次安倍内閣からで、新聞や雑誌の記事、政治家や識者の発言を調べてみると、集団的自衛権に言及し、政権が安定して持続している状態を独裁と呼んでいた。こうして、あらゆる出来事が安倍独裁のせいにされていった。

一方、秋葉原駅前で安倍氏の演説を妨害した活動家たちのシュプレヒコールとプラカードは、抑圧されている都民の声だったと報道が伝えた。また札幌で演説を妨害した男女2人のヤジは表現の自由と擁護された。そして安倍氏が銃撃された8時間後には、新聞社のニュースサイトに犯人の側に道理があるとする談話記事が2本も掲載された。暗殺犯に正当性があるかのような報道はこれだけではなく、加えて犯行を英雄的に描いた映画まで制作されたのだ。

マスコミから嫌われている人物や権力者を襲って失うものがあったとしても、得るものが確実にあると考える愚か者が現れて当然だった。岸田氏襲撃事件の犯人は殺傷能力がある爆発物を投げつけた理由を、自らが起こした民事裁判に注目を集めたかったからと語っている。

暴漢に襲われ、負傷した政治団体代表の立花孝志氏=14日午後、東京都千代田区

立花氏の事件は捜査段階なので憶測も断定も慎まなければいけない。しかしマスコミが立花氏を巨大な化け物として伝え、世の中の反応が彼らにさえ手に負えなくなった末の出来事だったのは頭の片隅に置いておくべきだろう。

マスコミは化け物が登場したと恐怖を煽(あお)って人々の関心を集める。繰り返し報道して、人々の心中に転写された化け物の存在感と脅威を大きくしていく。同時に化け物の恐怖を消し去る解決策が報道の中にあると人々を説得する。今まで楽観的だった人々も、自分たちが危険から逃れられないと思い込むようになる。すると化け物討伐に立ち上がった人物を登場させ、彼らが正義であると報道が触れ回る。生真面目に正義を達成しようとする人だけでなく、正義の旗を利用して思惑を実現しようとする人が登場する。この構図が、今回も繰り返されたのだ。

直接手を下さずに扇動

暗殺犯を主人公にした映画「REVOLUTION+1」では、可憐(かれん)な妹役に「誰が考えても民主主義の敵を攻撃したのは兄さんだよ。だから、私は尊敬するよ」と語らせている。この台詞(せりふ)は、安倍氏を化け物扱いするマスコミに乗せられてしまった人や、正義の旗を利用した人の願望であり自惚(うぬぼ)れだった。ところが犯人に接見した弁護士によれば、彼は「現在のような状況を引き起こすとは思っていなかった」と語ったという。

梯子(はしご)を外された様子を滑稽と笑えない。マスコミは直接手を下さないが何度でも扇動する。こうして人々は何度も利用されてきたのだ。

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