米で高まる記者証言拒絶権の議論
~ニューヨーク・タイムズ記者収監される~
アメリカで,2003年7月,中央情報局(CIA)の工作員の身元が報道によって暴露された。これに関して,ニューヨーク・タイムズ紙の女性記者が大陪審でその情報源について証言するよう求められたが,彼女はこれを拒否し,2005年7月6日,収監された。
情報源の秘匿は,報道に携わる者にとっては古くからの基本的な職業倫理であるが,今日では,表現の自由・報道の自由を保障した憲法に基づいて主張されている。
日本では,これを直接保護した法律はないが,民事訴訟法・刑事訴訟法では,医師・弁護士等が職業上知り得た秘密については証言を拒絶できる,とされており,1980年の「北海道新聞記者証言拒絶事件」に対する最高裁の決定では,民事事件での証言拒絶権が記者にも認められている。
一方,アメリカでは,証言拒絶権は,多くの州で記者の「特権(privilege)」として法律で認められており,ほとんどの州では裁判によっても認められている。しかし,その保護の内容は絶対的なものから限定的なものまで幅がある。また,連邦法にはそうした法律はない。
アメリカでは記者が情報源に関する証言を拒否して収監される例も少なくないが,今度の事件は,記者の情報源秘匿の権利はどこまで認められるべきかについて改めて議論を巻き起こした。また,情報源が大統領顧問と副大統領の首席補佐官ではないかとされ,しかも,ブッシュ政権によるイラク戦争の正当性に関する議論がかかわっているだけに,問題はブッシュ政権にも影響を与えかねず,大きな注目を集めている。
事件の経過
この事件のそもそもは,イラク戦争が始まる前の2001年9月,上院外交委員会において,イラクが核爆弾の製造に使われる酸化ウランをアフリカのニジェールから輸入しようとしていた,という情報がCIAによって示されたことに始まる。この情報には特にチェイニー副大統領のオフィスが強い関心を示したとされ,2002年2月,アフリカでの勤務の経験が豊富な元職業外交官のジョセフ・ウィルソン(Joseph Wilson)がCIAから調査のため現地に派遣された。ウィルソンは,1週間余りにわたって調査を行ったあとそうした取り引きが行われたかどうかは「極めて疑わしい(higly doubtful)」という結論を得て帰国し,その結果をCIAと国務省に報告した。 しかし,ウィルソンのこの報告は無視され,イラクによるウラン購入の疑惑に関する情報は,2003年1月のブッシュ大統領の一般教書演説で引用された。これに怒ったウィルソンは,同年7月6日,ニューヨーク・タイムズ紙に“What I Didn't Find in Africa”という原稿を寄稿し,「もし,自分の情報がイラクに関するある前提にそぐわないからという理由で無視されたのであれば,我々は虚偽の口実の下に戦争を行った,という正当な主張が可能だろう」と,ブッシュ政権の対応を厳しく批判したのである(注1)。
ところが,その1週間後の7月14日,保守系のコラムニスト,ロバート・ノヴァク(Robert D. Novak)による記事“Mission to Niger”がシカゴ・サンタイムズ紙に掲載され,「ウィルソンの妻,ヴァレリー・プレイム(Valerie Plame),はCIAにおける大量破壊兵器の専門家(operative)であり,ブッシュ政権の2人の幹部は,ウィルソンの妻がウィルソンをニジェールへ派遣するよう提案した,と述べた」と伝えた。続いて,9月28日には,ワシントン・ポスト紙が,「ホワイトハウスの2人の幹部が,少なくとも6人のワシントンの記者に対して,ウィルソンの妻の身元と職業をあきらかにした」と伝えた。また,12月13日には,タイム誌の電子版(TIME.COM)に,マシュー・クーパー(Matthew Cooper)記者らが,“A War on Wilson?”という記事を載せ,ノヴァクが伝えたと同様のことを何人かの政府関係者がタイム誌に語った,と伝えるとともに,これはウィルソンへの報復措置だ,と報じた。
アメリカでは,政府職員が許可なくCIAの秘密工作員(covert agent)の身元をあかすことは,「情報機関身元保護法(Intelligence Identities Protection Act)」に違反する犯罪である(50 U.S.C. §421)。
このため,司法省は,同年12月,イリノイ州北部地域担当の連邦検事パトリック・フィッツジェラルド(Patrick J. Fitzgerald)を特別検察官に任命し,政府関係者が法を侵したかどうかの捜査を開始した。2004年1月には,大陪審による捜査も開始された。大陪審は,刑事事件において起訴を相当とするに足りる証拠があるかどうかを審査する機関で,捜査権限がある。
そして,この2人の政権幹部として名前が出て来たのが,ブッシュ大統領の腹心と言われる顧問のカール・ローヴ(Karl Rove)とチェイニー副大統領の首席補佐官ルーウィス・リビー(I. Lewis Libby Jr.)である。
フィッツジェラルドは,特別検察官に任命されると,ローヴとリビーのほか,ブッシュ大統領とチェイニー副大統領からも聴取を行い,2004年の春から夏にかけては,タイム誌のクーパー記者,ニューヨーク・タイムズ紙の安全保障問題担当のジュディス・ミラー(Judith Miller)記者,など,少なくとも4人のジャーナリストに対して,大陪審への召喚令状を出した。
このうち,クーパーに対しては,2004年5月と9月の2回に渡って召喚令状が出された。クーパーは,その破棄を求めたが認められず,さらに,召喚令状に応じようとしなかったため,裁判所侮辱とされて,控訴し,さらに上告した。また,タイム社に対しても同様の召喚令状が出され,タイム社も,これを拒否したため,裁判所侮辱とされて,控訴し,さらに上告した。これに対して,連邦最高裁は,2005年6月27日,上告を棄却している。しかし,その後,タイム社は,クーパーの反対を押し切ってクーパーの取材メモ等の記録を提出することに同意し,また,クーパーも,情報源から名前の公表に反対しないという同意を得たとして,証言に踏み切った。
一方,ミラーに対しては,2004年8月に召喚令状が出されたが,ミラーは,一貫してこれに応じることを拒否し,2005年7月6日,収監された。
クーパーの証言
クーパーは,その後,タイム誌の7月25日号で,大陪審での証言の内容を報告している。
それによると,クーパーは,ノヴァクの記事が出る3日前の2003年7月11日にローヴに電話で取材を行い,翌12日にはリビーにも電話で取材した。
このうちローヴとの会話の内容について,クーパーは,ローヴが,「ウィルソン問題で余り深入りするな」と警告したこと,これは「深い背景説明(deep background)」だと断った上で,ウィルソンのニジェールへの派遣は,CIA長官の指示によるものでもチェイニー副大統領の指示によるものでもない,と述べたこと,ローヴは,プレイムの名前は口にしなかったものの,彼女が,CIAで大量破壊兵器に関する仕事をしており,ウィルソンのニジェール派遣にかかわっていることを示唆したこと,しかし,秘密の身分であることには触れなかったこと,などをあきらかにした。
クーパーは,この記事の中で,リビーとの会話の内容もあきらかにした。それによると,リビーも,チェイニーはウィルソンのニジェールへの派遣について知らなかった,と述べるとともに,クーパーが,ウィルソンの妻がウィルソンをニジェールに派遣したという話を聞いているかと尋ねたのに対し,リビーがそれは私も聞いていると答えたことを,紹介している。しかし,リビーも,プレイムの名前を出さなかったし,彼女の身分が秘密であることを示唆しもしなかった,とクーパーは述べている。
アメリカにおける記者の証言拒絶権
アメリカにおいては,1886年に,メリーランド州において,はじめて,記者に情報源と取材した情報を秘匿する特権を認めるシールド法が制定されたのを嚆矢として,現在までに,31の州とコロンビア特別区で,その特権保護の程度に差はあれ,シールド法が制定されている。また,シールド法のない州においても,そのほとんどで,なんらかの形で記者の特権を認める判例が示されている(注2)。
しかし,連邦法にはそうした法律はなく,また,連邦裁判所の判例においては,少なくとも絶対的な証言拒絶の特権は認められてはいない。
連邦最高裁が取材者の証言拒絶権について扱った事件は,1件のみ,1972年に判決が出された「ブランズバーグ対ヘイズ事件(Branzburg v. Hayes, 408 U.S. 665)」である。この事件は,犯行の現場を目撃した記者やカメラマンがその内容を大陪審の前で証言するよう求められた3つの事件に対して,まとめて言い渡されたもので,5対4(法廷意見4人,同意意見1人,反対意見4人)という際どい差で,大陪審に対する証言拒絶権が否定された。
この中で,法廷意見は,「一般市民が享受していない証言(拒絶)特権」を記者に与えることを拒否する」(at 690)として,証言拒絶権を否定した。しかし,同意意見を書いたルーウィス・パウエル(Lewis Powell)判事は,この法廷意見の結論に同意しながらも,「法廷は,大陪審の前で証言するよう召喚された記者に,ニュースの取材あるいは彼らの情報源の保護に関して,憲法上の権利がない,とは言っていない」(at 709)と指摘し,法廷意見は限定的に解釈されるべきことを主張している。
このため,ブランズバーグ判決では,記者の証言拒絶権は大陪審に対するそれとしては否定されたものの,パウエル判事の同意意見と,証言拒絶権を認めた残り 4人の反対意見を合わせれば,少なくともなんらかの形の証言拒絶権は認められた,とする解釈も有力で,この判決以降,多くの下級審判決は,記者に,憲法で保護された少なくとも限定的な証言拒絶の権利があることを認めている
。事件の影響と問題点
タイム誌がクーパー記者の反対を押して取材の記録を大陪審に提供したこととミラー記者が収監されたことに対しては,ただちに,多くの声明が出された。
ニューヨークに本部のある「国際ジャーナリスト連盟(International Federation of Journalists)」は,7月1日,声明を出し,タイム社の決定を「ジャーナリズムの基本原則に対する大きな裏切り」と厳しく非難し,さらに,タイム社は「会社としての商業的な利益を職業上の秘密を守るという原則に優越させた,と結論せざるを得ない」と述べて,企業の論理がジャーナリズムを脅かしている,という見解を示した。
「報道の自由のための記者委員会(Reporters Committee for Freedom of the Press)」は,7月6日,「我々は,情報源は裏切れないというジュディス・ミラーの主張を完全に支持する」という声明を出した。
「ジャーナリスト保護委員会(Committee to Protect Journalists)」は,7月28日,この事件が,諸外国政府に,「政府が気に入らないジャーナリストは収監してもよい」という誤った信号を送ることになる,という懸念を表明している。
この事件は,また,報道の現場に,ただちに,いわゆる萎縮効果(chilling effect)をもたらした。クリーヴランドのプレイン・ディーラー紙は,6月30日,取材した記者が証言を強制されることを懸念して,2つの調査報道記事を掲載しないことを決めたことをあきらかにした。また,タイム誌には,同誌が大陪審に資料を提出することに同意して以降,複数の有力な情報源から,もはやタイム誌は信用できない,というメールが送られてきている,という。(PD,2005/06/30,NYT,2005/07/21)
連邦議会では,ことしの2月,情報源の秘匿については絶対的な特権を,その他の情報については限定的な特権を認める3つのシールド法案が提出された。この連邦議会でのシールド法制定の動きに対して,「報道の自由のための記者委員会」と「アメリカ新聞編集者協会(American Society of Newspaper Editors )」が,7月6日,支持を表明したのをはじめ,ニューヨーク・タイムズ紙も,7月21日の社説で,支持している。
ローヴやリビーが実際に「情報機関身元保護法」に違反する情報の漏洩をしたのかどうかは,現段階では分からない。また,共和党の支配する連邦議会でシールド法が制定されるかどうかも不明である。
アメリカでは,9.11テロ以降,多くの,特に国家安全保障関係の情報が秘密にされるようになり,記者の取材が困難になっている,と言われる。記者が情報源の秘匿を認められなければ,ジャーナリズムの本来の機能は一層妨げられることになろう。今度の事件によって,情報源秘匿の特権が改めて焦点となったのみでなく,現在のアメリカのジャーナリズムが抱える問題点が改めて浮き彫りになった,と言えよう。
注
- この間の経過については,拙稿「イラク戦争におけるブッシュ政権の情報操作とメディア」,『放送研究と調査』2003年12月号を参照されたい。
- アメリカ各州におけるシールド法と証言拒絶権判例の概要については,拙稿「証言拒絶権の現代的状況と問題点」,『NHK放送文化調査研究年報 No.44』(1999年)を 参照されたい。