アドレイド・アブソリュート。
腰まで伸びた真っ赤な髪と、黄金の瞳を輝かせた少女。
終末の尖兵、グレイとの戦い。
アドレイドは粉末化した《
しかし、無理な
脳の破損。
たとえ
アドレイド・アブソリュートはその瞬間、確かに死亡した。
だが、その結末を認めなかった少女達がいた。
「お姉ちゃん」「……何かしら」「助けたい」「いいんですの?」「うん。いいの」「…………」「エヴァじゃ……役に立たないの。エヴァじゃ、大好きなみんなを助けられないから」「…………ええ」「それに、お姉ちゃんも助けたいんでしょ?」「……そう、ですわね。わたくしも、彼女を助けたい。この世界でできた、唯一の友達を!」
デジタルゴースト。
精神の電子化。
この世界でグレイが実用化させた、転生者の肉体を乗っ取って精神を上書きする
故に、リィンには可能だった。電子化させたアドレイドの精神を、自身の肉体に上書きする事が。二人の存在を代償に、あの世から一人の魔王を召喚する事が‼︎
そして。
小さな
「……任せなさい。アンタらが救いたかった世界は、アタシが──‼︎」
直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、神秘蔓延る幻想の世界。
「………………ふざ、けるなよ」
異能の反応を感知する。
「ふざッ、ふざけんじゃねぇぞ⁉︎」
それはアドレイドが至った神秘の最奥。
────魔法《
奴隷契約の極地。
世界の全てを屈服させ、法則を隷属させ、自然を支配する強者の特権。
俺とアドレイドとの奴隷契約は、アダマス達との戦いの前に破棄してある。その力の行使を阻む事はできない。
「悪いけど、手加減とかしないから」
初手。試し撃ちとばかりに。
「ッ、くそ! 《
地面に触れ、異能を発動する。
俺は既にアリス・アウターランドを殺し合い、異能を六度使い切った身。
異能の過剰使用に代償を負う。生命力の喪失、寿命の削減、ランダムな体の破壊。だが、世界の終わりが直前の今、未来の事など考える必要はない。
ひっくり返る地面の内、俺が触れた部分だけが取り残される。
こちとら高く跳ね上げられただけで落下死する一般人。地面を失う訳にはいかない。
しかし、取り残された側にも危険はある。
見上げる先にはひっくり返った街。
「うおおオオオオオオオオオオオオオオオ⁉︎」
ゴッッッガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
大地を揺らす衝撃が炸裂した。マグニチュードなんぼはエネルギーに換算すると核兵器いくつ分とか、そんなレベルの衝撃を身をもって味合う。
巨大質量のサンドイッチ。剥き出しの岩盤と地表に突き刺さっていたビル群が衝突する。
悲しいかな、文明の象徴たる摩天楼の群れは天ではなく地面に擦り付けられ、あっという間にへし折れる。
アリス・アウターランドの安否を心配する暇はなかった。
咄嗟に丈夫そうなビルとビルの間に滑り込む。へし折れたビルだが根本は未だ地表から生えたまま、岩盤と地表のサンドイッチに挟まれてもなおビルが邪魔になって僅かな隙間が保たれていた。
「ご、がばあっ⁉︎」
口から内臓が飛び出した、そう錯覚するような吐血。赤を通り越してドス黒い血が
巨大質量サンドイッチによる圧殺こそ避けられたが、別にその衝撃を殺せた訳ではない。直撃こそしなかったとはいえ、その余波は人間一人を殺すのにあまりあるほどの威力だった。
《名前のない怪物》という特別性の肉体であったためか即死こそしなかったが、体がバラバラになったような感覚と共に神経が麻痺を起こす。
指一本、動きそうにない。もしくは動いていても、自覚できないほどに神経が死んでいた。
「あー……マズっ、アイツの『椅子』探しがあったわね。というか、安全地帯とか作ってないしアイツらも死んだんじゃ…………ま、どうにかするでしょ」
そんな他人の都合を完全に無視した声が世界に響く。
アドレイドと俺の間にはひっくり返った街という巨大質量が挟まっているはずだが、どうやって彼女の声がここまで届いているのか。まさか空気を直接揺らしているとは言わないだろうな。
「アタシ、怒ってんの。分かる? 分からないでしょうね。アタシがキレてる理由なんて、アンタは絶対に分かろうとしない。この朴念仁クソ野郎が」
「こんのっ、好き勝手言いやがって……!」
「……でも、もういいから。分からなくても良い。アンタの気持ち、何となく分かってきたわ。怒りをぶつけたいってこんな感じなのね‼︎」
ッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
鼓膜がそれを音と認識する前に、莫大な衝撃波が俺を襲う。
熱い、暑い、あつい。燃えるとか、溶けるとかを超えて、蒸発の危機に晒される。
逃げようと、必死にもがくが体が動かない。そこでようやく気づく。おかしくなっていたのは肉体ではなく、空気の方だった。
周囲一帯の空気がアドレイドによって固定化され、何人たりとも逃げ出せないようにされていた。
「《
血反吐を吐いて拘束から脱する。
だが、莫大な熱量は防げない。
世界の支配は余りにも脅威的だった。
元より俺は物体を操作する系統の異能に弱い。
何故ならば、俺が無効化できるのは異能のみであり、異能に操られていた物体が慣性の法則のまま俺を押し潰せばそれだけで死ぬからだ。
この噴火を、莫大な熱量を操っているのは異能でも、莫大な熱量そのものはこの世界の物理法則に従った現実のもの。俺の異能で消し飛ばす事など────
(──
極限の状態で思考が加速する。
馬鹿げた閃きに活路を見出す。
迷っている暇はない。
今にも俺の消し炭にでもしそうな熱量に向かって、俺は右手を突き出した。
この世界の存在は消去できない。
本当にそうだろうか? だって、それではおかしいではないか。俺は俺の異能によってこの世界を破壊しようとしている。
そう、そうだ。思い出せ。
「──────《
パンッ、と。
その瞬間、熱量が“死”んだ。
「は、はは」
異能の過剰使用によって体内のナニカがイカレるのも気にせず笑う。
眼前で起きた消滅。俺の手は目の前の熱を、熱という現象を、熱という概念を破壊した。
ああ、なんという奇妙な偶然。世界の全てを操る少女の敵が、世界の全てを破壊する俺だなんて。
認識を
異能を
異能を無効化する異能?
否。俺の手にあるのは世界を破壊する力。
世界の構成物を消し飛ばし、世界の秩序を蹴り飛ばし、世界という概念を叩き壊す異能。
このクソったれの世界をブチ壊す力ッ‼︎
さぁ、世界を覆す
直後、世界がひっくり返った。
これより先は現世、悲劇のない当たり前の世界。
平伏せ、
六道伊吹のお通りだ。
「《
バギィィッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
右手を“
即ち、砕け散ったのは
「──────────────は?」
眼前に見えるのは口を大きく開けたアドレイド(が宿ったイヴリン)の馬鹿面。
異能感知に従って、最短距離をブチ抜いた結果だった。
五指を最大限に開いてアドレイドへ伸ばす。
敵はアリス・アウターランドじゃないんだ。人間一人を殺すのに大した手間は必要ない。
「──《
触れる。
ただそれだけで、俺の異能は生命を摘み取る。
パキリ、と。
硝子を踏み砕いたような音が響く。
────
ゴキャアッ‼︎ と。
反撃とばかりに、アドレイドの靴底が腹部にめり込む。
《
「ぁ、っ。……不発、じゃねぇよな。そうか、そういやテメェはアドレイドじゃなくて、その精神を宿したイヴリン。
失敗した。
接触の瞬間に異能を二度発動すべきだった。
「…………はは」
「……………………、あはッ」
アドレイド・アブソリュートと目が合う。
両者共に敵の姿を視界に収める。
先程のような奇襲はもう通用しない。
最大の隙を喪失した。
「……アンタさ、らしくないわよ」
おずおずと、アドレイドが声を上げる。
その真っ直ぐな瞳に、どうしてか目を逸らしてしまう。
「何処が? 俺らしさ全開だろ」
「世界を壊す事のどこらへんがアンタらしさよ。つーか、アリス・アウターランドを殺すって話はどこにいったの」
「それはもうなし。アイツを殺さなきゃ継続できねぇ世界に価値なんてねぇだろ」
「だから、世界を終わらせるって? ……やっぱり、アンタらしくない」
俺にとっての六道伊吹らしさとは、悪と見做したモノに対する憤りを止められない事。それが俺らしい在り方。
だが、アドレイドは別の場所に六道伊吹らしさを見ているようだった。
「なにすっとぼけてんの? それとも、本気で気付いてない? 随分と折手メアの影響を受けたようね」
「何を言ってる?」
「ラスボス症候群。ああ、ラスボスに成りたい症候群じゃないわよ?
「………………は?」
「世界だとか
つまり。
アドレイドにとっての六道伊吹らしさとは。
「
その瞬間、俺はもう一つの失敗に気づく。
奇襲で殺せなかったこと以上の失敗。
空間、次元。あるいは概念。
今までは世界の構成物を操る
つまり、
「
ゾゾゾゾゾグンッ⁉︎ と背筋が凍る異音。
とても自然な音とは思えない、しかし人工的に作り出せるとも思えない不快な振動が鼓膜を揺さぶる。
吹き飛ばされた、と。
一瞬、そう思った。
だが、それは勘違い。
俺が後方に吹き飛ばされたのではなく、
それは俺が踏み締めていたはずの大地も同じ。どぷんっ、と体が水中に潜るみたいに地面へ沈み込んでいく。
落ちる、墜ちる、堕ちる。
落ちた先には
ユークリッドを無視した空間移動。あるいは、空間という概念は既に破綻した。万華鏡のように切り替わる色鮮やかなセカイ。綺羅星のように輝くシャボン玉の一つ一つが、三次元では説明できないカタチをしていた。
シャボン玉の奥に見えるのは瓦礫と死体に塗れた俺の故郷。つまり、逆なんだ。シャボン玉の奥こそが外で、俺がいるのがナニカの内側。三次元上の認識では逆に見えても、より高次元の観点では閉じ込められている。
「そう。理解してみれば、世界なんてこんなにもちっぽけなのよ。こんなモノ、躍起になって壊す必要なんかないのに」
無数の煌めきを纏ってアドレイドは浮かぶ。
まるで銀河の星々のドレス。あるいは、本当に銀河を纏っているのか。
分からない。目の前の魔王がどれだけの能力を有しているのか俺如きには測る事もできやしない。
元より、アドレイド・アブソリュートは《石化魔眼》の効果を空間にまで反映させる芸当を成し遂げていた。
彼女の精神は『空間』なんて曖昧な概念を認識する事ができたのだ。神なんて
だからこその失敗。概念破壊という
「空間、次元、宇宙、世界。アンタが壊したいモノはアタシの手の中にある。つまり、アタシの所有物よ。だから、あげない。……でもね」
ニヤリ、とイヴリンには似合わない表情でアドレイドさ笑った。
「それでも壊したいって言うなら──
嘘でも、比喩でも、ない。
文字通り、世界。その全てが、そこに。
きらりと輝く、一点。
砂粒よりも小さな無限小の煌めき。
遠近法のようなモノと言えば語弊がある。だが、個人的にはそれほど間違えた例えでもない。
世界なんてのは大きすぎる。空間を歪めようと、次元を捻じ曲げようと、俺が認識できる程度の存在ではない。
故に、把握できない。大きすぎるのも、小さすぎるのも、分からないという点では同じだから。
世界という概念は人間からは遠すぎて捉えられないのだ。それがたとえ、一点に纏められた〇次元の世界であったとしても。
「づぁッっっ⁉︎⁉︎⁉︎」
回避、とか。防御、とか。
そんな
何せ、それは世界だ。
俺も、俺が吸って吐く空気も、俺の目に見える範囲全ても、目に見えない範囲全ても、形而上の概念も、あれも、それも、何もかもが世界。
避けられる避けられないとか、防げるとか防げないとか、そんな話はとっくに通り過ぎている。だって、既に俺は世界の一部なのだから。俺がどれだけ頑張っても、世界からは逃れられない。
そして、防御も不可能。
たとえ異能を無効化した所で、それもまた世界の内側の話。世界の内側に異能を無効化する力が発生すれば、俺の異能も世界から無効化されてしまう。
「《
即ち、時間の停止。
「《
そして、重ねる。
ほんの数秒間の時間遡行。
世界は巻き戻り、俺とアドレイドの立ち位置が変化する。
「ああああああああああああああああああッ‼︎」
今度は五指を広げる事はできなかった。
痛みを堪えるように拳を強く握り締める。
殺す、殺す、殺す。殺せ、殺せ、殺せ。
それが俺らしさだろうが。身内だろうと邪魔な殺せる。それが六道伊吹という怪物だろうが‼︎
「──っ、《
今度こそ、魂を叩き壊す。
その、瞬間。
「らしく、ないわね」
アドレイドの最後の言葉が。
六道伊吹の鼓膜を震わせた。
その“らしさ”とは、一体どちらにとっての“らしさ”だったのか。
曖昧な言葉を最後に、アドレイドは──イヴリンの肉体は、その人生を終えた。
「ご、げぼア⁉︎」
血反吐と共に胃の中身を全て吐き出す。
少女達を殺した罪悪感ではない。
異能の過剰使用による代償、そうに決まっている。
一体、異能を何度発動したのか。しかも、形而上の概念を破壊するなどという無理な方法で。
無理な
神経がやられているのか、身体のほとんどの感覚がしない。それでも痛覚だけは感じるのだが、それが本当の痛みか
肉体もマトモに動かない。恐らく、走れはするが一〇分程度で筋繊維がイカレる。動作のいちいちに
極め付けは体内。《名前のない怪物》という形状変化できる肉体を用いて、俺は戦闘に必要な機能を維持していた。しかし、質量保存の法則は俺にも適用される。失われた肉体を無理に補填した結果、俺の中身はほぼ空洞となった。
余命は一時間もない。
世界が終わるのが先か、それとも俺が死ぬのが先か。そんなレベルの致命傷。
あと一度でも異能を使えば、多分動く事すらできなくなる。肉体はそれほどまでに破壊され尽くしていた。
「でも、まだ動く。だから──」
「────
何かが、折れた音がした。
「……………………え?」
崩れ落ちるように路上へ寝そべる。
そこで初めて、被弾を自覚する。
折れたのは足の骨か、それとも脊椎か。
見上げるようにして、俺は彼女を目に映す。
「ブレンダ、先輩…………」
「救いに来ましたよ、六道君。貴方も、世界も」
第二ラウンド。
人類史上最強の天使が降臨する。
残り40分
次回→「九三話:第二ラウンド/vsヒロインB」