(わたし、場違いだなぁ)
明るい金髪と豊満な胸が特徴的な少女、栗栖椎菜は一人で街を歩きながらそう思った。
今の彼女はどの陣営にも属さない。
世界を救おうとも、世界を壊そうとも、六道伊吹と戦おうとも、六道伊吹の味方をしようとも思わない。
誰の敵でもなく、誰の味方でもない第三者。世界を巻き込んだ騒動の中で、栗栖椎菜だけが傍観者だった。
(何処にいても巻き込まれそうですし。でも、結末を見届けるって約束したんですよねー)
破壊され尽くし、瓦礫と死体に溢れた無人の町。
だが、椎菜はその惨状を一切気にせず、普段は入りづらかったお高めの洋服屋でウィンドウショッピングを楽しんでいた。
鏡の自分に衣服を合わせる。
しかし、自らの肉体に走るフランケンシュタインの怪物みたいなツギハギの跡を見て、衣服を捨てて溜息を吐いた。
(この跡、どうにかならないですかねぇ。こんな姿、とてもじゃないけど伊吹さんには見せたくありません)
栗栖椎菜はクリスと戦って致命傷を受けた。
その傷を直したのは折手メアだった。
彼女が使用したのはとある女性の死体──
その死体を栗栖椎菜の肉体に適合させる事で、椎菜は欠損を埋める形で一命を取り留めた。
(別に死んでいても良かったんですけどね。わたしが生き返った所で誰が得する訳でもありませんし。……まぁ、伊吹さんの結末を見届けられるのは嬉しいですけど)
椎菜は自らのツギハギ跡を隠すため、化粧品コーナーに足を進める。
鏡を見ながら、自らの肌の色に合う化粧品を探す。
まさに、その時だった。
「…………………………え?」
見覚えのある顔。
だが、あり得ない。
その男が此処にいる訳がない。
だって。だって。だって。だって、彼は──
「
「
──
「…………異能、ですか?」
「お、せーかい。んなら、具体的には分かるか?」
「真尋先輩の異能で死者を呼び出した、とか? 先輩はアダマス達に先に処理されていたはずですけど、それでも遺せるモノはあったのかも」
「大正解だよ。うちの妹は出来が良くて嬉しいねぇ」
「でも……存在感が薄い。呼び出されたは良いけど、声をかけるくらいしかできないって感じですか?」
「マージで言うことがねーわ」
ケタケタケタ、と栗栖裕也は笑う。
懐かしい笑みだった。
椎菜は会えるはずのない死者との邂逅を経て──
兄は無茶苦茶な人だった。
それは六道伊吹もそうだが、六道伊吹が問題を起こすのはいつだって理不尽を目撃した時。つまり、受動的な問題児が六道伊吹だった。
対して、栗栖裕也は能動的な問題児。正義感の強い彼は自分から治安の悪い場所に突っ込み、不良も警察も巻き込んだ大騒動を引き起こす。
子供の頃に何度騒動に巻き込まれたのやら。兄に連れられて何度危ない目に遭ったのか。その時と同じ類の悪寒が椎菜を襲った。
「ちょっくらお願い事があるんだけど、聞いてくんね?」
「な、なにを言うつもりですか……?」
「そうビビんなって。大した事じゃねーさ。まっ、出来の良いうちの妹からしたらラクショーよ」
冗談めかして、だが誰よりも真剣な顔で。
栗栖裕也はこう言った。
「
「話って? お前もアリスを殺して世界を選ぶとでも言うつもりか? それなら──」
「
「──────、は?」
兄さん。
一瞬、その言葉の意味を理解できなかった。
椎菜の兄、つまりは栗栖裕也。
警察官の息子でありながら髪を緑に染め、不良と仲良くしていた(と言っても勉強を教えていたらしいが)男子高校生。
そして、ディートリヒに殺されたオレの親友。
異能……か?
佐武真尋、二神双葉、あるいは第三摂理。
死者が再び現世に現れる異能や現象は俺も何度か目にしたモノだ。
その内のどれかが裕也を蘇らせたのだとすれば、今の話にも納得が行く。
「……アイツはなんて?」
「自分の代わりに伊吹さんとの約束を果たせ、と。兄さんと伊吹さんが仲良い事は知ってましたけど、思ってた以上で妬けちゃいました」
「そうか……アイツ、忘れてなかったのか。ったく、自分で来いよ。クソったれ」
確か、中学生の時の話だ。
きっかけは忘れたが俺と裕也は殴り合いの喧嘩になった。
俺と裕也は仲が良かったが、かと言って俺達の性格が似ていた訳ではない。
栗栖裕也はヒーローに成ろうとした。
六道伊吹はヒーローは無理と思った。
栗栖裕也は悪人にさえ手を伸ばした。
六道伊吹は悪人なんか許せなかった。
正義を好む裕也と、悪を嫌う俺。
似ているようで全く逆、正反対なのに同じ方向を向いている。それが俺達だった。
だから、喧嘩になるのは当然だった。
殴り合って、罵倒し合い、途中俺達を恨んでいた不良軍団が漁夫の利を狙って喧嘩に参加し、俺と裕也が手を合わして全員を薙ぎ倒した馬鹿みたいな乱闘。
最後、無数の不良が転がる地面の上で、仲直りの印に一つの約束を交わした。
『俺はッ、警察官になる! 悪人でさえ改心させるような、正義の味方に!』
『ハッ、成れるモンなら成ってみろ。その正義とやらが少しでも鈍ったら俺がお前をブチ殺してやるからな』
『いーぜ。やってみろよ。俺がもしも正義を失ったら、伊吹、お前が俺を止めてくれ。代わりに────』
「──『
「よく覚えてますね。……やっぱり、妬けます」
「なら、お前は敵だ」
酷く痛む頭を抑えながら敵を見据える。
その約束が託されたと言うのなら、彼女は俺の敵だった。
だって、当たり前だ。
だが、椎菜はゆっくり首を振った。
まるで俺の見当違いな言葉に呆れるように。
「
「…………は?」
「だって、当然でしょう。わたしは兄さんより伊吹さんの方が好きですし。二人が喧嘩してたら、いつも仲裁するフリして伊吹さんの味方してたの気付きませんでした? ちなみに兄さんには気づかれてたので無意味でしたけど」
「……なら、なんでお前は此処に立っている。俺に敵対するつもりはないお前がッ、どうして俺の道の邪魔をする‼︎」
「
栗栖椎菜。
彼女の愛は世界さえ壊す。
「────────なに、を……⁉︎」
「此処に来るまで色んな人の話を聞きました。それを纏めると折手さんは伊吹さんに世界を壊してほしくない、伊吹さんは世界を壊したい、兄さんは伊吹さんに悪人に成ってほしくない。
だって、栗栖椎菜には罪悪感がない。
たとえ世界を壊しても、たとえ全人類を殺害しても、彼女はその罪科に苦しむ事なく笑みを浮かべられる。
ならば、六道伊吹よりも栗栖椎菜が最適だ。
「直接世界を壊す訳じゃないから伊吹さんは苦しまないし、わたしの手で世界が壊れているから伊吹さんは満足できるし、伊吹さんと兄さんの約束も守れる。どうです? これが最適解じゃないですか?」
それに、と。
少女は笑った。
「都合良く、わたしには
第四の
わざわざ『椅子』を探す必要もない。
この世界には既に
そして、六道伊吹が無効化する事もなければ──
世界に刻まれた自滅因子、確定した
「ま、待て」
「どうしてです?」
「世界を壊したいのは、俺だ。俺が壊す、俺が終わらせる。それを他のヤツに任せる訳にはいかない」
「違うでしょう? 伊吹さんは怖がっているだけです。
「…………っっっ‼︎‼︎‼︎」
「でも、大丈夫です。わたしはそんな伊吹さんでも受け止めます。だって、それが愛ですから。これはわたしが勝手にやる事なので、伊吹さんが気に病む必要はないですよ」
そして、椎菜は手をかざす。
眼前。世界の終わりが到来する。
世界そのものが異世界へと変質する。
顕現するは第四の
この世界に刻まれた『枯渇』の法則。
語られざる
世界が黄金の光に満ちる。
いや、逆か。
色彩を見る事が不可能になった視界の中で、その光だけが色鮮やかに輝く。
あらゆる物質、生命、概念が魔力へ変換され、何の意味もない黄金の光を灯すだけの魔法の一部となる。
「ぐっ、うおおおおおおおおおおおお⁉︎」
荒ぶる風。
猛り狂う大地。
予定よりも早い終末に、世界は混乱を来す。
俺と椎菜がいる場所が台風の目となり、何の被害もなく終わる世界を傍観する。
俺が見たかったはずの光景。
俺が導こうとしていた結末。
なのに、何の爽快感もない。
(
終わる世界を前にして。
そんな今更な事を考えた。
止められない。
止められる訳がない。
だって、それは俺と同じ行動だから。
アドレイド・アブソリュートの異能は余りにも規模が大きすぎて脅威だった。
ブレンダ先輩の戦闘技術は余りにも人類の範疇から逸脱していて脅威だった。
その姿は隙だらけ。
俺を脅威と見做していないのか、あるいは俺になら殺されても良いと思っている。
歩いて近づいて、手を伸ばして、異能を発動する。ただ、それだけで、彼女の命を奪える。
なのに、足が進まない。
空間を固められた訳でもないのに、打撃で筋繊維を麻痺させられた訳でもないのに、足を動かす気力を殺されている。
だって、理由がない!
彼女を止める動機がない!
彼女を止めるという事は、世界の滅びを食い止めるという事は、
(そうだ、いいじゃねぇか。何を悩んでんだ。これでいい。これがいい。『椅子』を探す手間が省けたんだ、感謝するべきだろうが)
……その、はずなのに。
「伊吹さん、一つ質問して良いですか?」
「…………何だよ」
「どうして世界を壊すんですか?」
「アリス・アウターランドを犠牲にしないと存続できない世界なんて間違っているからだ。世界を壊して一人の女の子が苦しむなんて間違っているからだ! だから俺が世界を壊さなくちゃいけねぇんだ!」
「そうですか。なら、もう一つ訊きますね」
黄金の光に包まれた中で、椎菜は聖女のような慈悲の笑みを浮かべて尋ねた。
「
息が、止まる。
忘れていた事を思い出す。
「伊吹さん。わたしは別に世界を壊しても良いと思います。人を殺したっていい。兄さんとの約束なんか守らなくたって構わない。でも、一つだけ許せない事があります」
「…………それ、は?」
「
そうだ、理屈なんかどうでも良かった。
「……やっぱり、まだ世界を許せそうにない」
「はい」
「壊したい、砕きたい、終わらせたい。アリス・アウターランドを許容できない世界をブチ殺したい」
「はい」
「でもさ、やっぱり────」
拳を握り、突きつける。
「
「
ならば、世界を救おう。
目の前の滅びが気に食わないから。
たとえ数分後に世界を壊すのだとしても、今は目の前の終末を破却する‼︎
「さぁ、殺し合いましょう! ああ! 終末の逢瀬とかっ、なんてロマンティックなんでしょう!」
「ありがとよ、椎菜。それはそれとしてブチ殺す!」
瞬間、共に駆けた。
椎菜はその両脚を使って。
走る機能を失った俺は転がるように回って。
互いがその右手に宿した滅びの象徴を激突させる。
「《
黄金の終焉を突き破り、右手が少女の喉を穿つ。
接触。重ねて異能を発動する。
「────《
瞬殺。
六道伊吹は栗栖椎菜を殺害する。
それはある種の予定調和。
だって、彼女は初めからそうだった。
彼女はどっちでも良かったのだ。
俺が世界の終わりを見逃そうと、止めようと。
ただ、その選択を見届けたかっただけ。
俺に敵対するつもりも、味方するつもりない。
だからこそ、俺にとっては障害であり、背中を押してくれた女性にもなった。
「ありがとう、椎菜。お前が俺を好きになってくれて良かった」
屍を超え、俺は進む。
向かう先は『椅子』の在処。
「っ、が」
思い出したかのように頭痛が襲う。
脳が削られた痛み、それは比喩ではない。
異能の過剰使用、その代償。
俺の脳味噌は致命的に破壊された。
もはや歩く事さえ出来なかった。
下半身が動かない。
下半身の神経の問題ではなく、下半身を動かす
腰から下は、ただぶら下がっているだけの肉塊だった。
だが、両腕は動いた。
下半身を引きずって地面を這うことはできた。
這う。
這う。
這う。
長いのか、短いのか。
壊れた時間感覚で分からない。
気付くと、何日も経っているような気もした。
這う。
這う。
這う。
もちろん、数日経過してるなんてあり得ない。
頭にそう言い聞かせる。
だが、その記憶さえ数秒後には薄れる。
深刻な脳のダメージが、自分が何のために這っているのかさえ忘れさせる。……それでも。
這う。
這う。
這う。
進むたび、頭から何かが剥がれ落ちる。
それは知識のような気もするし、大切な人達の記憶だった気もする。
致命的に破壊され尽くした脳はもう戻らない。世界の終わりを待つまでもなく、六道伊吹という人間はもう終わっている。
這う。
這う。
這う。
でも、それでも。
成し遂げたい事があった。
どうしても許せない理不尽があった。
這う。
這う。
這う。
そして。
永遠のような巡礼の果てに辿り着く。
『椅子』。
目の前に、『椅子』があった。
俺が必要としていたモノ。
世界を終わらせるための最後の鍵。
「……っ、あッ」
手を、伸ばす。
極限まで指を開く。
六道伊吹の中指がわずかに『椅子』に触れ──
「ちょッ、ちょっと待ってくれッ、君ぃ‼︎」
「……………………あ?」
全く見覚えがなかった。
失った記憶の中にあるのかとも思ったが、何となく、そうでもないと思った。
知らなくて当然。
目の前にいるのは初対面の人間。
六道伊吹は世界を敵に回した。
だが、世界を敵に回すとはどういう事か。
世界最強の異能を持った転生者、国家を裏から支配する天命機関、特別な力を持った世界の代表者。
「ううううううう、うあああぁっ! こ、ここ、これ以上は、君を進ませないっ! 私が相手だぁっ‼︎」
「────邪魔だ」
《
容赦なく、その命を摘み取る。
一瞬だった。
それだけだった。
何処にでもいる中年男性は、何の活躍もできないままに生命活動を停止して倒れた。
「──ありがとう、世界の代弁者。キミのお陰で、世界は救われる‼︎」
「お、まえ」
「チェックメイト。ボクの──
「おりでッ、メアぁぁあああああああああッ‼︎」
最強の異能を有する魔王を破り、
最高の技術を有する天使を退け、
最悪の狂気を有する簒奪者を超えた。
「終演だ。これにて演目は全て終わり。あとは退屈なキミの日常を始めよう」
最終ラウンド。
魔女の愛する少年の
残り20分
タイトル回収。
次回→「九五話:最終ラウンド/vsオリ主」