彼女はずっと見ていた。
特等席で、六道伊吹の奮闘を。
アドレイド・アブソリュートとの戦い。
世界を支配する最強の異能を打ち壊し、血だらけになりながらも魔王を撃ち破る瞬間を。
ブレンダとの戦い。
人類が積み上げた最高の技術を受け止め、人間のカタチを失いながらも天使を退ける瞬間を。
栗栖椎菜との戦い。
愛のためならば世界さえ壊す最悪の狂気に妥協せず、自らの脳を壊されながらも少女を超える瞬間を。
そして、折手メアとの戦い。
どうしようもなく惹きつけられる最愛の
「…………っ、 ぁ」
ダメだった。
もう堪えきれなかった。
泣く、というよりも
声にもならない絶叫が
六道伊吹はボロボロだった。
身体も、脳味噌も、精神も、何もかも。
肉体のほとんどは死体の再利用で。
記憶のほとんどがもう残ってない。
最愛の人を殺した事で心だって砕けたはずなのに。
なのに、それなのに。
六道伊吹はまだ這っていた。
アリス・アウターランドの誕生に耐えられない世界が許せない、そんな事のためだけに。
「…………ダメよ。もう、ムリ」
だって、そうだろう?
世界を壊した所でアリス・アウターランドが生まれる訳じゃない。でも、アリス・アウターランドが死ねば世界は存続する。
だったら、どちらが死ねばいいのかなんて子供でも分かる。赤子ですら同意する。天秤に載せるまでもない。
死ぬべきなのは、誰がどう考えてもアリス・アウターランドだ。アリス・アウターランドのために六道伊吹が苦しむなんて、そんな事はあってはならない。
この世界が終わって、全人類が死んで、これだけ苦しんだ六道伊吹の偉業が誰に語られる事もなく消え去って。
それなのに、アリス・アウターランドが来世で幸せになるなんて。彼女はどうしても、それが許せなかった。
だから。
だから。
だから。
「…………………………あ、」
彼女は『椅子』に座る。
アリス・アウターランドを殺すため。
これ以上、六道伊吹が傷つかないために。
六道伊吹は目を見開いた。
だって、そうだ。彼は彼女を知っている。
彼女の名は──────
「
「ぜったいに、すくってみせる。アリスをすくってくれた、リクドウイブキとこのセカイを‼︎」
全てが繋がった。
折手メアは『日常』を精神攻撃だと言った。
アリス・アウターランドと俺が逸れてから、ずっと彼女は一部始終を見せられていた。自分のせいで傷つき苦しむこの世界の人々を。
そして、更に『日常』を見せつける事で、アリス・アウターランドが壊した幸せだった日々を突きつけた。
本来なら、そんなものは通用しない。
この世界の人間とは精神構造の異なるアリス・アウターランドに、罪悪感を刺激する精神攻撃なんて効く訳がない。
しかし、今のアリスなら。
俺と無限の
精神攻撃が通じてしまう。
「ふざ、けるな」
それは、誰に対しての言葉だろうか。
アリス・アウターランドか、折手メアか。
それとも、こんな理不尽が存在する世界に対してか。
「
そんな事、許してたまるか。
アリス・アウターランドが殺される事が絶対の正義だなんて言わせてたまるか‼︎
「お前はっ、幸せになるんじゃなかったのか⁉︎
「このセカイをほろぼして、アリスだけハッピーエンドって? ゆるせるわけないでしょ、そんなの」
「お前が死んだ所でもう変わらねぇよ! 世界を回復する力を持ったメアはもういない。世界はあと少しでも壊れる! でも、それはお前が目覚めるどうこう以前に、この世界がループを重ねすぎて限界が来てるからだろう⁉︎ お前が死んだ所でッ、限界の来た世界は壊れるんじゃねぇのか⁉︎」
「
…………、
…………………………………………。
「アリスがハジメテめがさめたとき、このセカイはおわった。そして、ギャクセツテキにこのセカイにイノウがうまれた。
「………………」
「
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」
それはつまり、希望だった。
未来から過去へ遡及する形で異能が消え去れば、異能によって築いてきた俺達の歴史も元に戻る。
本当にそうなるかは分からない。
全てが仮定で、一縷の希望に縋っているのかもしれない。
例えば、アダマスはこの
今更、第一位が倒されたとして、この世界は元には戻らないと。
それはもしかすると、アリス・アウターランドが死んだ後の世界を予測していたからかもしれない。
例えば、
同じように、アリス・アウターランドが死んでも世界に刻まれた第一摂理は残るのかもしれない。異能という現象も世界に残留し、この世界の歴史が戻る事はないのかもしれない、
でも、それでも。
希望はあるのだ。
どれだけ小数点の彼方にある可能性でも、この世界が救われる希望がほんの僅かに存在する。
だから、アリス・アウターランドは抗えない。
たとえ自分が死んだとしてもほんの僅かな希望に賭ける事に何の躊躇いもない‼︎
「……させるか。そんな薄っぺらい希望のためだけにッ、お前を犠牲にさせてたまるかッ‼︎ お前はもう十分苦しんだだろう⁉︎ 自分の責任でもない罪を背負わされてッ、不当な罰を受け続けただろう⁉︎ どうしてお前だけが苦しむ! なんで世界はお前を受け入れない! お前を幸せにもできない世界なんかのためにッ、お前が犠牲になって良い訳がねぇだろうが‼︎」
「ううん、それはちがう。アリスのかんがえはギャク。だって、にくむべきはセカイじゃないでしょう? セカイはなにもワルくない。ただよわいだけのコトがツミであっていいわけがない。
「……っ‼︎」
「それは、アナタもじかくしてるのでしょう?」
……分かってるさ。
分かってんだよッ、そんなことっ‼︎
だって、散々突きつけられてきた!
俺は間違ってるんだって!
本当の
『
そうだよ! アドレイドの言う通りだよ!
本当に憎むべきなのは、世界とアリス・アウターランドが共存できないという
そして、世界とアリス・アウターランドの両方を救えない自分自身‼︎
『
ブレンダ先輩には言い返せなかった!
だって、俺は両方を救うのを諦めた!
そんなのは無理だって言って、八つ当たりをするみたいに世界を滅ぼそうとしている‼︎ 俺自身が一番の理不尽になっている‼︎
『
椎菜には俺の感情を見透かされた!
世界は悪くないって知っているのに止められない! 世界ってヤツが気に食わない‼︎
ムカつくから壊してやりたい! それだけのために俺は今ここにいる‼︎
「アリスはてんびんにかけた。アリスがしぬことと、いきてセカイをほろぼしたザイアクカンにくるしむこと。そのケッカ、アリスがしんだほうがマシだっておもっただけ。……ホント、ただそれだけのコトなのよ」
なにも、できない。
世界を救うことも、世界を滅ぼすことも。
一人の女の子の涙を止めることすらも‼︎
「……く、そが。クソがァァアアあああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎」
這う。
近づいて、何ができるとも思わない。
でも、それでも。諦めきれなかった、
目の前の女の子に救いがないという現実を受け入れられない‼︎
「それに、もうだいじょうぶ」
しかし。
アリス・アウターランドは笑った。
赤子みたいに、純粋な表情で。
「
いつの間にか。
彼女の手には小さなナイフが握られていた。
何の特別な力も持たないただの刃物。
もちろん、異能を無効化する力はない。周囲からの攻撃ならば無数の異能によって自動的に妨害されただろう。
だが、その凶器があるのは異能の中心であるアリス・アウターランドの手の中。そして、今の彼女に無敵の力は存在しない。
その刃を阻むモノは何もなく、それは確実に彼女の命を刈り取る。
「やめ、ろ」
少しだけ恐怖に躊躇って、アリス・アウターランドは目を瞑る。
狙うは首。頸動脈など重要な血管が通り、ナイフで切りやすい部位。
数秒の沈黙の後、彼女はその凶器を逆手に持って自らへ振り下ろした。
「やめろォォオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお────っっっ‼︎‼︎‼︎」
手を伸ばす。
だが、届かない。
『椅子』に座る彼女とは距離があり。
下半身の動かない俺では一瞬で距離を詰めることができない。
そして────
──
「………………ぇ」
あまりの光景に口が開く、
アリス・アウターランドの血が地面に垂れた。
「な、にを」
アリス・アウターランドは身を震わせる。
それは刃が喉元を過ぎた事でぶりかえした恐怖か、それとも
アリス・アウターランドを切り裂いたのは彼女の手にあったナイフではなかった。もちろん、俺の手によるものでもない。
その瞬間、別の刃が振り下ろされた。彼女の振るったナイフを狙うように、小指を掠めたその刃物はアリス・アウターランドの自害を妨害した。
意識の外からやって来たその存在の名を、俺は知っている。
人形というよりも、まるで陶器のような質感を持ったモノ。
黒い軍服を着た人型であるが、首から上のない姿形と二メートルの大きさが威圧感を与えるモノ。
赤い錆で覆われた、ギロチンの刃のような印象を与える斧を持ったモノ。
かつて、七年前へ時間遡行した時に俺の頭を斬り落とし、アリス・アウターランドとの戦いの最中では俺の右手を斬り落としたモノ。
そして、粒子一つ一つが異能と化した世界でよ全く異能の反応がしない、明らかに世界の摂理から浮いたモノ。
即ち────
「
アリス・アウターランドに作られた異能の存在であるはずの“それ”が、アリス・アウターランドの意向に背いて彼女を救ったのだ。
まったく意味が分からなかった。
しかし、アリス・アウターランドは俺とは別の感想を抱いたようで、
「
一瞬、その意味を理解できなかった。
だが、よくよく考えてみれば当然なのだ。
アリス・アウターランドは転生者である。
そう、転生者なのだ。異世界転移者ではなく。
彼女はこの世界に産まれた。この世界の何かに魂が宿った。
アリス・アウターランドが人間の形をしているのだから、母親もおそらく人間の女性。
首を斬り、落とすモノ。
つまりそれは、へその緒を切って子供を産み落とすモノというアリス・アウターランドの
異能の反応がしないのも当然だった。
だって、それはこの世界の異能ではない。
アリス・アウターランドが元々有していた真なる異能。俺達が振るっていたモノとは全く別の代物なのだから。
ギギギギギ、と。
油のさされていないブリキのように。
「い、いこ……いい、こ……」
つまり、それだけだった。
細かい理屈なんかなかった。
(そう、だ。
粒子状の無数の異能のように、ただそこに存在しているだけの脅威ではない。
異界化現象によって生み出された
悪夢の執行者。
折手メアは
それはアリスから悪夢を取り除くモノという意味だったのだ。
だが、彼女はずっと我が子を守るために戦っていた。アリス・アウターランドの力によって操られていた訳ではなく、自分の意志で彼女を守り続けていた。
だから、アリス・アウターランドが死にたいと思った時に初めて齟齬が生まれた。
それだけは、我が子を見殺しにする事だけはできなかったから。
「だまりなさい。アリスにさからうな!」
「が、がががががっ⁉︎」
しかし、それでも。
真なる異能の本来の所有者はアリス・アウターランドである。
「
アリス・アウターランドは首を差し出す。
まるで断頭台に頭を載せるみたいに。
嫌がる
──
母親に我が子を斬り殺させて、その屍の上でニコニコ笑顔で幸せになるなんて許容できない。
こんな巫山戯た
だが、遠い。
這って進んでも間に合わない。
ならッ────
狙うのは、
アリス・アウターランド。彼女の顔に当てるように軌道を描く。
たった一撃。
軽い小石。
当てた所で何の邪魔にもならない。
だから、必要なのはあと一言!
「
ほぼ反射の域だった。
故に、アリスの命令よりも彼女に石を投げた不届者を罰する事を優先した。
ダンッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
斬撃の瞬間は認識できなかった。
気付けば、いつの間にか俺の頭は斬り離されていた。
(──
脊椎だけで──
頭だけの飛翔。
一瞬で距離が埋まる。
「──────えっ?」
理解の追いつかないアリスと目が合う。
『椅子』に座る彼女と至近距離で見つめ合うみたいに、彼女の肩に頭が乗った。
刹那の逡巡。
だが、俺の背中を押すのは一つの言葉。
『
そうだ、そうだったんだ!
俺はもっとメチャクチャにできる!
世界を壊したいと思いながら世界が終わる理不尽を許せないと思うのならッ、
「待ってろ、アリス。お前に相応しい
『椅子』に触れ、
俺は一つの異能を発動する。
《
次回:「九七話:エンドロール?」