「覚醒めるんだ、原作主人公」
赤、赤、赤。
目の前が真っ赤に染まる。
それとも、目の奥だろうか。
鉄錆のような血の匂いがした。
何処からだろうかと辺りを見回そうとするが、首が回らないことに気がつく。
回らない首で、必死に目を凝らす。
視界の先で、頭の無い死体を見つける。
地面に倒れた死体から、赤い血が溢れる。
いや、あれは……。
あれは俺の体だ。
あれは俺の血だ。
こちらを眺める少女と目が合う。
そうして俺は追憶する。
走馬灯を、あるいは前世の記憶を。
「思い出せ、六道伊吹。前世の記憶を」
頭の中に響く声に応えるみたいに。
瞬間、脳内に溢れ出した存在しないはずの記憶。
九七話 エンドロールにはまだ早い
TO_BE_CONTINUED.
その時、世界は終わった。
確かに、確実に、確定的に。
世界なんてモノは呆気なく終了した。
《破界》。
接触した異能を否定する異能。
『椅子』の効果で接触と見做される範囲を拡張げたその異能は、粒子一つ一つが異能と化した世界を簡単に消し飛ばした。
世界の破壊者という大層な名を冠する通りに。
塵一つとして残らない結末。
世界は跡形もなく消滅した。
限界を超えた異能の行使に六道伊吹の肉体は耐え切れなかったが、その代償を支払わせる前に六道伊吹の肉体ごと世界は吹き飛んだ。
世界を壊すだけ壊して、その代償を躊躇なく踏み倒したのだ。
終末、終局、終焉。
どうしようもない世界の終わり。
この世界が映画なら、暗転の後にエンドロールでも流れているだろうか。
だが、そんな気の利いたモノさえない。何も残らない本当の終わり。
なのに、世界は再び始まった。
宇宙創世から始まる一三八億年を目撃する。
実際には一秒も経っていない一瞬の間に、世界の始まりから『原作』に至るまでの歴史が挿入される。
時間遡行ではない。
これまでの歴史が消えた訳ではない。
セーブデータの上書き。現代が過去によって塗り潰される。
それはまるで世界五秒前仮説のように。
世界の配置が過去のモノへと置き換えられる。
即ち、番外摂理。
折手メアが世界に刻んだ『白紙』の摂理が、この世界を復元する。
しかし、おかしいではないか。
六道伊吹が《破界》によって世界を終わらせた世界線。
あれこそが二度目のない最終周ではなかったのか。番外摂理は破綻したのではなかったのか。
その問いに対する答えは単純だ。
そもそもの前提が間違っていた。
番外摂理によるループは無限ではない。
世界が許容できる情報量は有限。無限にも匹敵する回数を繰り返せても、その数は実際のところ有限に過ぎない。
そう、それは間違いではない。ただし、有限なのはループ回数ではなく、トータルでの歴史の長さだったのだ。
アダマスはこう言っていた。
世界の試行回数を増やすために救われる可能性のなくなった世界は途中で終わらせる、と。
この言葉からも分かる通り、世界の歴史が短ければその分、内包される情報量も少なくなって世界への負担は小さくなる。
世界の容量をアニメに例えよう。
アニメの長さは一話三〇分の全十二話と決まっていたとして、既に十一話放映されていれば、残りの話数は一話と回答する。
だが、最終話と見做されていた十二話目がもしも二〇分で終了してしまえば? たった一〇分間のみ幻の一三話目を放映できる事にならないか?
要するに、それと同じ事が起こった。
六道伊吹が世界を壊した世界線が最終周と見做されていたのは、本来の予定通りにアリス・アウターランドの目覚めによって世界が終わった場合のみ。
しかし、六道伊吹が齎した終末は予定の終末よりもほんの少しだけ早かったのだ。
だから、空きが生まれた。
ほんの僅かな歴史の最終周を紡ぐ事が許された。
世界の命運は、次の世界線に託されたのだ。
「それがお前だ、六道伊吹」
脳内の声は俺にそう語りかけた。
誰か、なんて尋ねるまでもない。
その声もまた六道伊吹だった。
通常、次の世界に記憶は引き継げない。
全存在は番外摂理によってリセットされる。
この摂理から逃れられた例外はアリス・アウターランドただ一人。
だが、番外摂理もまた終末摂理の一種。
ならば、《破界》で無効化できない訳がない。
タイミングはシビアだろう。
番外摂理が自身に与える効果のみを無効化し、一三八億年分のリセットに耐え続けるには何回分の異能を使用すればいいのか分からない。
発動すれば一発で肉体がもろとも消し飛ぶほどの過剰使用。ほんの少しでもタイミングが早ければ、世界の終わりを待たずして六道伊吹は死亡する。
一方、ほんの少しでもタイミングが遅ければ、無効化するまでもなく世界の終わりに巻き込まれて何も残せない。
小数点の彼方にあるほどのズレも許さない。
世界の終わりと全く同じタイミングに発動しなければ実現しない神技。
無限のループの中でも成功した例は稀、あるいはたったの一度だって成功していなかったとしても何ら不思議ではない。
しかし、その時ばかりは条件が違った。
一つの前の世界線において、世界を終わらせたのは六道伊吹本人。
ならば、世界の終わりと同時に発動するも何も、世界を壊すついでに番外摂理も無効化すればそれで済む。
故に、六道伊吹の記憶は受け継がれた。
肉体は吹き飛んだ。
精神も消し飛んだ。
それでも、魂は再び同じ肉体へと巡り、《破界》によって保護されていた記憶という概念が同じ肉体に回帰する。
「前世──前世界の記憶、それが俺の正体だよ」
もう一人の六道伊吹。
脳内の声というのは錯覚に過ぎない。
実際に声を受け取っている訳じゃない。
俺の脳に読み込まれた前世界の記憶が、もう一人の声として復元されているだけ。
俺がこの記憶を自分のものだと思えなくて、もう一人の六道伊吹を作り出してしまっているだけなのだろう。
カツン、と足音が鳴る。
いつの間にか目の前にそいつはいた。
六道伊吹、その幻像が。
「状況は分かったか? これが俺の世界の結末だ────ごばアっ⁉︎」
その幻像をブン殴る。
「ま、待て! ごっ⁉︎ おまっ、お前は馬鹿か⁉︎ こんな事に何の意味もない! 俺という存在はお前が作り上げた幻覚なんだからッ、今のお前は妄想の中で他人を甚ぶってるのと何もッ────がっっ⁉︎⁉︎」
「うるせぇ‼︎ 知るか──‼︎」
メキメキィ‼︎ と。
振り抜いた拳が顔面にめり込んだ。
「馬鹿がッ、馬鹿野郎が‼︎ テメェは理不尽を許せなかったんじゃねぇのか! テメェは巫山戯た結末を覆すために戦ったんじゃねぇのかよ‼︎ それが何だッ? それがどうしてテメェ自身が理不尽に成り下がる⁉︎ 意志がブレブレなんだよクソ野郎がァ‼︎」
妄想、幻覚。
だが、無意味とは言わせない。
たとえ相手がカタチなきモノであったとしても、ムカついたのならば立ち向かわなくてどうする⁉︎
六道伊吹は歪んだ。
世界の終わり、無数の人死に関わって捻れた。
世界を壊すというちっぽけな事で満足だなんて自分を騙した!
「テメェは妥協した! テメェは目を逸らした! 世界が許せなかった? 違うね、ただテメェはびびっただけだ。本当に立ち向かうべきモノの強大さを知って、無理だって諦めた!」
「…………っ」
「アリス・アウターランドが生きている限り世界は終わる、世界を存続させるためには彼女を殺す必要がある。俺が覆すべきはそんな巫山戯た摂理だったはずなのに‼︎」
「どうやって⁉︎ 理想論ばっか並べてないで言ってみろよ! 世界とアリス・アウターランドの両方を救う方法ってヤツを‼︎ 不可能だろ⁉︎ 不可能だから俺はこうなった」
「ハンッ、口が滑ったなクソ野郎! 不可能だったから諦めただァ⁉︎ 六道伊吹ってヤツはいつからそんな腑抜けになった! できるできないとかッ、その程度の理由で俺が止まる必要なんてねぇだろうがよ‼︎」
俺は全ての始まりの六道伊吹。
『原作』の開始地点に立つ者。
だから、俺の言葉とは一番最初の原動力。
この対話は初心を思い出すための過程だ。
「それにッ、方法はある!」
「……どうやって?」
「アリス・アウターランドも言ってただろう? この世界を存続させる方法はただ一つ。アリス・アウターランドが転生して来た時の逆、未来から過去に遡及する形で異能を消すしかない!」
「馬鹿が! それこそアリス・アウターランドを殺害するしかねぇだろうが!」
「本当に? 本気で言ってんのか?」
「…………何?」
「彼女を殺しても何も解決しない。一番初めに彼女が世界を終わらせた無限の力──真なる異能はとっくに失われている。それでも世界は救われていないんだから、彼女を殺したって意味はない」
「なら、どうしろって……?」
「つーか、そもそもの話なんだけどさ。異能ってのは何が原因で生み出されている? アリス・アウターランドが産まれた瞬間に世界が滅ぶって決めたのはどこのどいつだ?」
それはアリス・アウターランドが刻んだ終末。
そして、彼女の手を離れてこの世界の終わりを決定付けるモノ。
「──第一摂理を破壊すれば全部解決だろうが‼︎」
終末摂理、その始まり。
第一摂理──────『黎明』の摂理。
アリス・アウターランドの目覚めによって世界は終わるというルールをこの世界に刻み込み、逆説的にこの世界はアリス・アウターランドの夢であると改変したモノ。
「アリス・アウターランドはもう無限の力を持たない。彼女が産まれたとしても、彼女自身に世界が耐えきれないなんて事がある訳がない! だけど、第一摂理! コイツがある限りッ、アリスの目覚めと共に世界は滅ぶ! コイツだろ⁉︎ コイツをブチ壊せば万事解決だろうが‼︎」
「一時凌ぎの救済に意味はない! たとえ世界の終わりが避けられたとして、この世界の容量は既に限界に達している! 容量がパンパンになって再び世界が終わるだけだ‼︎」
「いいやッ、そうはならねぇ! 思い出してみろ! 第五摂理によって消し飛ばされた折手メアは未来永劫消滅し続けるはずだった! だけどッ、第五摂理が破壊された事で彼女の存在は取り戻された‼︎ なら、第一摂理を破壊すれば⁉︎ 未来から過去へ遡及する形で刻まれた第一摂理を破壊すれば、そもそもの始まりから異能というモノが存在しなかった世界を取り戻せるんじゃねぇのか⁉︎」
無限の力を削ぎ落とし。
第一摂理を完膚なきまで破壊する。
それが、唯一の方法だった。
アリス・アウターランドを殺す事なく、この世界を救うための‼︎
「……だと、しても。お前の思い通りに進むとしてもッ、どうやって第一摂理を壊す⁉︎」
「………………」
「あらゆる異能の土台となる第一摂理は他の終末摂理がある限り、逆説的に存在が証明されて再構築される! お前は第一摂理を何とかする前にッ、それ以外の全ての六界列強を撃破しなくちゃならない‼︎」
「……そう、だな」
番外位、『白紙』の摂理。
第六位、『彁妛』の摂理。
第五位、『矛盾』の摂理。
第四位、『枯渇』の摂理。
第三位、『拡散』の摂理。
第二位、『頽廃』の摂理。
それら六つの終末摂理を破壊してようやく、第一位の『黎明』の摂理に立ち向かう事が許される。
「できると思っているのか⁉︎ リセットだぞッ、全てが元に戻ったんだぞ⁉︎ 築いた関係は全て失い、お前の言葉を信じる者など誰もいない! 当然ッ、お前の転生もなかった事になる‼︎」
「…………」
「異能も世界観もお前にはない! 再び死んだ時に同じ世界の同じ時間軸に転生するかどうかも定かじゃない! それとも何か⁉︎ 折手メアの《ご都合主義》を頼れば奇跡を手繰り寄せられるとでも思うのか⁉︎ だがッ、不可能だ‼︎ たとえ転生が成功したとしてもッ、お前が再び《現実世界》という世界観を手に入れる事はできない!」
「…………っ」
「《現実世界》は俺が転生も異能も知らなかったから、そんな非現実なモノがこの世界に存在しているとは思わなかったから得られた世界観だ。だが、お前はもう知っているだろう? 俺の記憶を引き継いだお前はこの世界が非現実に塗れたモノだと知ってしまっている! お前の世界観ではもう《破界》など手にする事はできない‼︎」
異能。
世界観。
装備。
人脈。
俺は全てを失った。
俺が持っているのはただ二つ。
無数の世界が終わった記憶。
そして、理不尽を絶対に許さない憤りのみ。
「異能もない! 七天神装もない! 特別性の肉体もない! 味方もいない! 折手メアだって改心していない‼︎ そして何よりッ、時間が足りない‼︎ この世界に残された余命はたった一分ッ‼︎ 六〇秒間の足掻きで何ができる⁉︎ 何もできねぇに決まってんだろうがッ‼︎」
そう問いかける六道伊吹の顔が変わる。
それは前世界の俺なんかじゃなくて、いつも鏡で見る平和ボケした俺自身の顔。
初めから、分かっていた。
目の前の男は俺の頭で描いただけの幻像。
前世界の俺じゃなく──今の俺自身の心に眠っていた弱音だと。
一人の女の子の誕生すら耐えきれない世界をブチ壊した男はこんなに情けなくなんてなかった。
最後の最後で世界もアリスも救う勝機を見出して、たとえ自分の奮闘が何も残らなくても次の俺に全てを託したヤツだった。
だから、俺も超えなくてはならない。
世界とアリス・アウターランドは共存できないなんていう理不尽に中指を立てるために。
今ここでッ、俺の弱音を踏み越える‼︎
今度こそッ、納得できる試合終了のために‼︎
「時間がない? 勝ち目がない? そんなモンは関係ねぇんだよ! やってやるさッ! たった六〇秒の世界で六界列強も終末摂理も全部ブチのめしてやるよッ‼︎」
こんな理不尽な運命なんて許せるかッ‼︎
こんな不条理な結末なんて認めるかッ‼︎
だから、だから……ッッッッ‼︎‼︎‼︎
「なぁ、六道伊吹」
覚悟は決まった。
目標は定まった。
「テメェがアリス・アウターランドと世界の共存なんて不可能だって言うのなら‼︎」
制限時間は六〇秒。
最終目標は第一摂理──『黎明』の摂理の破壊。
そのために全ての六界列強と戦って、全ての終末摂理を破却する。
「たった六〇秒の世界じゃ何もできねぇってほざくのならッッ‼︎‼︎」
強く、強く、右の拳を握り締める。
中途半端なビターエンドなんざいらない。
完膚なきまでにハッピーエンドを叩きつけろ。
告げる。
世界に宣戦布告するように。
理不尽を撃滅する誓いの言葉を‼︎
「そんな結末は覆してやるッッッッ‼︎‼︎‼︎」
再終章 終末破却リアルタイムアタック
Game_(Re)Set.
さぁ、ここに始めよう。
全ての理不尽を覆すRTAを‼︎