オリヴァス・アクトは久方ぶりの蹂躙を前にして高ぶっていた。
今回の襲撃対象は暢気に炊き出しを楽しんでいる間抜けな民衆であるが、あくまでもこれは陽動であり、他の目標を襲撃する同士達の手助けのためである。
陽動にオリヴァスが参加した理由は単純明快で、弱者をとにかく嬲りたかったからだ。
とにかく今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたかった。
潜伏場所から炊き出しに向かう人々を見て舌なめずりをする。
「ヴァレッタは控えろといっていたが、最強がいなくなっただけで狼狽える愚か者と私は違う。民衆を蹂躙し、冒険者を殺戮し、オラリオを絶望に叩き堕とすのが我らの本懐であろう?」
付き従う同士達が、オリヴァスの言葉に黙って同意する。満足げに醜い笑みを浮かべたオリヴァスが号令を下した。
「さあ!! 餌に群がる家畜共を皆殺しにしろ!!
『おおおおおおおおおおおおおお!!』
オリヴァスの命を受け
「えっ? ……ひぃぃ!!」
「イ、
「きゃああああああ!!」
その時になってようやく道行く人々が兵達の存在に気づいたがもう遅い。
血に塗れた惨劇が幕を開ける。
――そのはずだった。
「――ネイティオ、連続で『サイコキネシス』」
「トゥートゥー」
突然、白い髪の少年と奇妙な鳥が兵士たちの前に出現した。
出先を挫かれ唖然とする兵士達を余所に、ベルはスムーズに指示を出す。ネイティオは即応し、目を光らせて念動力を全開にした。
「な、なんだ!? どうして動けない!?」
「あのモンスターの仕業か!?」
不可視の力で次々と身体を押さえつけられ、
「……た、助かったの?」
「いや、でもあれモンスター!? …………いや、本当にモンスターなのか?」
「なんだあの変な生き物!?」
助けられた住民達がネイティオの存在に驚愕する。モンスターらしき生物が目の前にいるのに嫌悪感が湧かず、何か変なのに助けられたという意味不明な状況に戸惑っているようだった。
「皆さん、ここは僕達が押さえます! 逃げてください!」
ベルにそう呼びかけられ、正気に戻った大半の人々が慌てて逃げ出す。しかし、残り少数は未だに状況を飲み込めずに困惑したように立ち尽くしていた。
「……仕方ない、ここは安全策で。いけっ! ラグラージ!!」
「ラグァアアアアア!!」
避難しない民衆達を見てベルはもう一体ポケモンを繰り出す。
がっしりとした身体を持った青色の両生類のようなポケモン――ラグラージが
ヒレのある腕でファイティングポーズを取る。
「おい、またモンスターが出てきたぞ!」
「くそっ、どうなっている!?」
「なんだアイツ……キモッ」
兵達が威嚇に慄く中、一人の兵がラグラージを見て気持ち悪そうに吐き捨てた。
それを聞いたラグラージがショックを受けた顔をして、涙目になってベルに振り返る。
「グァム…………」
「大丈夫! ラグラージはカッコ可愛いよ!」
「ラグララララァァ!!」
ベルに笑顔で肯定されて、ラグラージは顔つきをシャキーンとさせると改めて兵士達に向き直った。
辛うじて『サイコキネシス』から逃れられていた数人の兵士達が、ようやく我に返ったのか慌てて切りかかろうとする。
その対象はラグラージでもネイティオでもなく、テイマーと思しきベルであった。
前衛にいるラグラージを避けるように広がり、貧弱そうなベルを狙う。彼を殺せばモンスター達も混乱するだろうと信じて。
悪意のある人間が己を殺そうと襲い掛かってくる。しかし、ベルは動じずにその足をとめることを命じた。
「ラグラージ、手加減して『こごえるかぜ』!」
「フゥゥゥ!!」
ラグラージの口から凍てつく冷気が広範囲に吐き出された。
「ぐううううう! ブレスだと!?」
「さ、寒い……!」
パワーファイターと思われたモンスターからの範囲攻撃に意表を突かれ、冷気をもろに浴びる。兵達はあまりの寒さに動きが鈍った。
そこをすかさずネイティオが念動力で絡めとる。
あっという間に
「グラアアアアアア!!」
「トゥートゥー」
勝ち誇るかのように吠える二体のモンスターらしき生き物に、助けられた住民は目を白黒させるばかりであった。
「なんだ……なんなのだあいつらは!?」
「お、おそらくテイムモンスターかと思われますが……」
「そのような誰にでもわかることを聞いているのではない!!」
その光景を少し離れた位置で見ていたオリヴァスが、傍に控えていた兵士に当たり散らす。
あのようなモンスターなど見たことがなかった。
突然姿を現し、見えない力で兵士を縛り、魔道具らしきボールから現れ、広範囲に冷気を吐き出す。
いや、そもそもアレを使役している冒険者は何者だ?
とても強いとは思えないか弱いヒューマンの少年が、何故あのような規格外のモンスターを使役できている?
様々な疑問が過り、撤退も視野に入る。だが、それよりも目の前の理不尽に対する怒りが上回った。
「魔導士共! 奴らを焼き払え!!」
「は、はい!!」
オリヴァスに命じられ、魔導士達が詠唱を始める。
唱え終わると息を合わせて一斉に爆炎をベル達に向けて解き放った。
「はははははは! 流石にこれだけの魔法に対処はできまい! 民衆共々骨まで焼かれろ!」
残っていた民衆が迫る炎に悲鳴を上げる。
健気な青色のモンスターが庇おうと前に進むが、人間と対して変わらぬ大きさでは全くの無意味である。
守るべき者共々、無残に焼き払われるヒューマンとモンスター達を想像し、オリヴァスが高笑いした。
オリヴァスは勝利を確信していた。
しかし、その予想はいとも容易く覆される。
目の前に迫る爆炎を前にしてもベルは冷静であった
初めての対人戦でもベルは平常心を保ち続けていた。
そもそもこんなちゃちな炎、ゲンシグラードンが暴れまわっていた時に比べれば子供の火遊び同然であった。
「ラグラージ、『ワイドガード』」
「グラァ!!」
ラグラージが魔法による炎を上回る大きさのシールドを張り巡らせた。魔導士達が協力して放った爆炎を容易に受け止める。
シールドは背後にいる全ての者を守り切り、ベルも民衆も煤の一つすらつかなかった。
「ば、馬鹿な!?」
ありえない現実にオリヴァスが叫ぶ。魔導士達も信じられないものを見るかのようにベル達を凝視していた。
僅かに届いていた熱気から、顔を守っていた腕をベルはゆっくりと下ろす。
あの人達は、何の罪もない人々を焼き殺そうとした。
笑いながら、人の命を奪おうとした。
ベルは真っすぐにオリヴァス達を睨みつけた。
「……ひっ!?」
取るに足らない弱者であるはずのベルに、オリヴァスが短く悲鳴を上げる。すぐに口元を押さえるが、彼がベルに怯えたという事実は消えなかった。
モンスター頼りの雑魚に恐怖したことへの屈辱が、オリヴァスから冷静な判断を奪う。
「『信者』共! なんとしてでも盾役のモンスターを搔い潜り、あの小僧に近づいて自爆しろ!! 兵達は道を切り開け!」
「し、しかし……あのモンスターがいる限り近寄るのは容易では……!」
口答えをした
周囲が悲鳴を上げる中、オリヴァスは血塗られた武器をベルへと指し示す。
「いいから行け! 一人でも届けば構わん! 奴を爆殺しろ!」
「りょ、了解しました!」
オリヴァスの号令を受け、兵と信者達が無謀な突貫を始める。自身を恐れさせたベルが爆死する様を間近で見るために、オリヴァスは悠々と後に続いた。
切り捨てられた信者はもはや誰にも顧みられなかった。誰もがベル達へと注視し、その存在を忘れられている。
――姿を隠したラティアスがこっそり回収し、『いやしのはどう』で傷を癒したことに結局誰も気づかなかった。
「うおおおおおおおおおああああああ!!」
叫喚を上げ、ベルの元へと突き進む
死に物狂いで向かってくるが、『ここえるかぜ』で足をとめ、『サイコキネシス』で絡めとるコンボで次々と行動不能にされる。
このままでは決してベルの元へは辿り着けない。
そう判断した信者の一人が前に突出しているラグラージ相手に自爆を試みる。
「ああああああああああ!! フェイル!! い、今こそお前の元へ!!」
震える手で自決装置に手を掛け、亡くなった子供の名前を叫びながら男は撃鉄を引いた。
火炎石に着火し大爆発を起こし、男は自分諸共ラグラージと弾け飛ぶ。
そのはずだった。
「…………あれ?」
しかし、いくら撃鉄を引いても自決装置が作動しない。何度も何度も引いても結果は同じであった。
周りの信者も続こうとするも、やはり全て壊れているかのように作動しない。
「な、なんで自爆できない!? ど、どうなっているんだああああ!?」
信者は何もできないまま、『サイコキネシス』によって身動きを封じられた。
「何故だ!? 何故爆発しない!?」
後ろから様子を伺っていたオリヴァスが、今まで隠し通してきた切り札を機能不全にされて狼狽える。
オリヴァスは知らぬことであるが、ベルのラグラージの特性は『しめりけ』であった。
効果は爆発する技が全て失敗するという限定的な効果であるが、『自決装置』を相手にするには最適な特性である。
これに加えてラグラージは広範囲の攻撃を防ぐことができる、『ワイドガード』を覚えることができる。相手の魔法による一方的な虐殺を防ぐことができたのも、この技のおかげであった。
力のない民衆を守るための盾として、今この場でラグラージに勝るポケモンはいなかった。
ラグラージがいるからこそ、ネイティオは『サイコキネシス』で相手の動きを封じることに専念できる。
広範囲に攻撃できる『こごえるかぜ』と異なり、有効範囲の狭い『サイコキネシス』を維持しながら新たに大勢の対象に掛け続けるのは負担が掛かり、もの凄い勢いで技を使うためのパワーポイント――PPが消費されていく。だが、切れそうになる度にベルはネイティオにヒメリの実を与えた。
「す、すげえ……!」
「オラリオにあんな凄腕のテイマーがいたの!?」
ベルをテイマーの冒険者だと勘違いしているようだが、モンスターだと錯乱されるよりも、よっぽど上等な反応であった。
こうして大半の
鍵束が微かに身じろぎしたように揺れる。
「ぐ、ぐぐぐぐぐ…………!?」
「ど、どうしますかオリヴァス様!? このままでは我らは全滅してしまいます!?」
傷一つつけられずに戦力を激減させられたオリヴァスが歯噛みする。隣に控えていた上級兵の進言に、切り殺したい欲求が湧いてきたが、ぐっと堪えた。
「…………っ!! 撤退する!! 動ける者は全員退け!!」
その言葉を待っていたかのように兵と信者達は一斉に身を振り返り全力で後退し始めた。
もちろん、ベルが逃げることなんて許すはずもない。
逃げ出す
「な、なんだこの鎖は!?」
「ふざけるな!? なんで進めないんだよ!?」
鎖で進路を塞がれているとはいえ、いくらでも隙間はある。なのに誰も鎖の先へ進むことができなかった。
誰もが足止めされ、逃げられないでいる。
この不可思議な現象を引き起こしたベルの腰にぶら下がっている鍵束、否、クレッフィが自慢するかのようにゆらゆら揺れた。
クレッフィは万が一手持ちのポケモンの守護を抜けられたり、不意を突かれた際のベルの護衛役としてここしばらくずっとベルの腰にぶら下がっていた。
傍目からはただの鍵束にしか見えないので、堂々と姿を見せた状態で傍にいるのに適していた。
更に護衛に加え、大勢が決した際にもう一つの役目を担っている。
ベルは事前に取り決めた合図をしたら、ある技を使うようにいい含めていた。
その技の名は『フェアリーロック』。
クレッフィの専用技であり、一部の例外を除いて場にいる全ての者を離れることを許さない、逃走不可能な空間を生み出す技であった。
「おのれ、おのれえええええええ!!」
オリヴァスが怒り狂い鎖を破壊しようと武器を振るうが、当たる寸前で手が止まる。魔導士が魔法で破壊しようとしても、すり抜けて効果がない。
目の前に鎖があるが、これはあくまで視覚的に見えているだけで実在する訳ではない。破壊など到底不可能である。
だが、『フェアリーロック』は『くろいまなざし』などと異なり個人ではなく場に作用する代わりに効果時間は短い。このままではいずれ逃げられる。
しかし、それだけの時間があれば十分であった。
「今だ、お母さん!!」
ベルが別の場所にテレポートさせて、伏兵として備えていた母を呼ぶ。
その声に応じて屋根の上で様子を伺っていたアルフィアが、
「よくやったベル。死傷者はゼロ。
翠と灰色のオッドアイを細めて、アルフィアが手放しでベルを褒め称える。
「一緒に戦うって啖呵を切ったんだ。これくらいできないと。……って、喋ってる時間はあまりないよ!」
「安心しろベル。煩わしい雑音はすぐに消してやる」
そういってアルフィアは
ベルがいる時はいつも開いていた瞳を閉じる。まるで、見ることすら五月蠅いというかのように。
突如現れたローブ姿の女に、逃げようとしていた
だが、相手は一人で規格外のモンスター相手でもない。オリヴァスは数で対処を命じようと――。
『
「があっ…………!」
たった一言で目論見は瓦解した。
目には見えない音の魔法が炸裂する。精密な魔力操作で死なない程度に手加減された理不尽極まりない魔法は、残党の意識を全て刈り取った。
第二級冒険者の耐久力で、辛うじて気絶せずに済んだオリヴァスが地べたに無様に這いつくばりながらもがく。辛うじて頭をゆっくりと上げて冒険者を睨んだ。
オリヴァスは震える声で、眼前の不合理なほど強い女の正体を告げた。
「こ、この魔法は…………ま、まさか、『静寂』!? 貴様……やはり裏ぎ――!?」
「五月蠅い」
しかし、彼は最後まで話をすることはできなかった。
アルフィアに顎を掠るように蹴られ、白目を向いて意識を失う。
誰一人傷つけられず、誰一人逃げられず、
「す、すげえ! あっという間に倒しちまった!」
「ありがとうございます、冒険者様!」
誰も傷つけさせなかった偉業を成し遂げたベルとアルフィア達に、民衆が歓声を上げた。
流石にポケモン達へはおっかなびっくりであったが、それでも石を投げる者など誰もいない。
テイマーの操るモンスターだと思われていることもあるが、何よりラグラージが身を挺して民衆を守ったことが好印象に繋がった。
「お、お前も助けてくれてありがとうな!」
「ラグァ……」
勇気のある一人の獣人に褒められ、ラグラージが恥ずかしそうに頭を掻く。
「トゥートゥー」
「グラグラァ!」
それを見ていたネイティオが自分も褒めろといわんばかりに翼を広げた。対抗して俺の方が偉いぞとラグラージが自身の胸を叩く。
「ドゥードゥー!」
「ラグゥ!?」
ネイティオは怒って嘴で『つつく』を繰り出した。ラグラージがたまらず腕で防御する。
人々は思わず警戒を忘れて笑ってしまった。
そんな二体のやり取りを微笑ましく眺めながら、ベルがアルフィアに近づく。
「お母さん、お疲れ様」
「大したことはしていない。それよりも予想よりポケモン達への態度が柔らかで良かったな」
「うん。始めのうちは怯えられるのは覚悟してたけど、本当に良かった……」
しかし、ベルの顔は言葉と比べて少し陰を帯びている。そんなベルの頬をアルフィアは軽く摘まんだ。
「他の襲撃を憂いているのか? 気にし過ぎだ」
「うう……だって。僕達はどうにか上手くいったけど、他の人達は大丈夫なのかと思って」
「確かに奴らは私達に比べれば脆弱だ。だが、舐め過ぎた。あれだけお膳立てさせられて、不覚を取る間抜けはいない。あいつらは冒険者だ。その意地がある」
「……うん、そうだね」
母の言葉に頷き、ベルは皆の無事を祈って空を見上げる。
ベルを励ますかのように、ラティオスが一瞬だけ姿を現した。