プーチン氏、領土占領され「パニック」 ロシア軍に不穏な動きも▽拓殖大学海外事情研究所客員教授 名越健郎【コメントライナー】

2024年09月03日19時30分

一矢報い、国民に勇気

 ウクライナ軍が2024年8月6日に始めたロシア領クルスク州侵攻は、唐突かつ意表を突く作戦で、占領が長期化しつつある。ウクライナ側はこれまでに同州の1200平方キロを制圧しており、ロシア軍が今年に入って占領したウクライナ領土よりも広いとされる。

 ウクライナ国内では、23年6月の反転攻勢が失敗した後は閉塞(へいそく)感、敗色感が広がっており、士気を高めるためにも軍事的な成果を必要としていた。今回の作戦で一矢報いた形となり、国民に勇気を与えた。

  ウクライナを支援する欧米諸国にも、軍事援助が無駄ではないことを示した。24年11月の米大統領選後に停戦交渉が動き出す可能性もあり、クルスク州の一部占領は取引材料になると考えたようだ。

察知しながら通報せず?

  気になるのは、ロシア側がほとんど抵抗せず、占領を許したことだ。ロシア領が外国軍隊に占領されたのは、第2次世界大戦の独ソ戦以来初めて。しかし、現地のロシア軍数百人の部隊はすぐに投降し、捕虜となった。

 1万人以上のウクライナ精鋭部隊が米軍の新鋭装甲車で電撃的に侵攻したため、対応できなかったようだ。一方、ロシア参謀本部が侵攻を察知しながら、クレムリン(大統領府)に通報しなかったとの情報もある。

  ロシア軍の反応が鈍かったのは、軍内部の粛清が影響しているとの見方もロシアで出ている。24年4月以降、ショイグ前国防相に連なる国防省や軍の幹部約25人が汚職容疑で逮捕または更迭された。粛清は一般将校にも及び、軍の士気が低下しているとされる。

表向き平静を装うが…

  領土の一部が占領されたのに、「領土保全」を最重視するロシアのプーチン大統領に危機感があまりみられないのも奇妙だ。大統領は対策会議で、クルスク州侵攻を「武力挑発」「テロ攻撃」と称し、軍や情報機関に「対テロ戦」を命じた。

 「戦争」とみなせば、戒厳令を敷いて国民の嫌う動員の発動につながるためで、事態を過小評価している。大統領は「われわれはすべてをコントロールしている」と繰り返し、アゼルバイジャンを訪問するなど、対応が弛緩(しかん)した印象だった。

 クレムリンの内情に詳しい独立系サイト、「ゴスドゥムスカヤ」はSNSで、「プーチンは表向き平静を装っているが、内心はパニックだ。彼は今回の件を将軍たちの陰謀とみなし、軍を信用していない。将軍たちは軍の粛清に反発している」と不穏な動きを伝えた。

信頼度10ポイント急落

 ウクライナによる領土占領が長引けば、「国家の守護者」というプーチン氏のイメージが崩れかねない。SNSには、「われわれは見捨てられた」といった占領地住民の声や、「屈辱」と非難する保守派ブロガーの主張が投稿された。

 政府系機関の調査では、プーチン氏の信頼度は24年8月中旬に73%と、2週間で10ポイント近く低下した。7月の世論調査では、過去最高の58%が停戦交渉を支持し、社会に厭戦(えんせん)気分がみられる。

 プーチン氏の信頼度は23年6月、民間軍事会社ワグネルを率いるプリゴジン氏が一時反乱を起こした時も低下しており、この時も危機管理がお粗末な印象を与えた。欧米メディアが「ギャンブル」と呼んだクルスク州侵攻作戦が、開始2年半を経たウクライナ戦争の転機となるか要注意だ。

(時事通信社「コメントライナー」を加筆修正しました)

【筆者紹介】名越 健郎(なごし・けんろう)東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社でモスクワ、ワシントン各特派員や外信部長などを歴任。『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など著書多数。

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