「今すぐクラス替えをして」「SNSに書き込むぞ」――。保護者による過剰な苦情や不当な要求。学校現場の大きな負担になっており、文部科学省も対策に乗り出している。24歳で「日本一若い生徒指導主事」となり、長年、いじめ重大事態など困難な事案に対応してきた堺市教育委員会生徒指導課の木田哲生主任指導主事は、さまざまな保護者と接する中で、問題解決の糸口を考え抜いてきた。そこでは、保護者の「真のニーズ」を見極めるとともに、教員の心を守るための「2つの限界設定」が重要になると説く。
「いじめの加害者に『二度としない』という誓約書を書かせてほしい」――。保護者がそう乗り込んできたとしたら、どう対応すればよいのだろうか。
何の前触れもなく突然、保護者が無理な要求を突き付けてくるケースは実は少ないと木田氏は話す。多くの場合、「自分の子どもの問題が軽んじられている、苦しみを分かってもらえないと感じさせるような学校側の言動や指導、関わり方が積み重なった結果」だという。学校が良かれと思ってやったことがうまく伝わらず、逆効果になることもある。
長期化・深刻化する事案では総じて、学校と保護者の信頼関係が崩れている。こうなると、教育委員会も「学校の味方」と捉えられ、保護者に信用されない。保護者が弁護士や議員などに相談した結果、さまざまな立場の意見が入り乱れ、解決が遠のいてしまうこともある。
木田氏によれば、大切なのは「真のニーズ」が何なのかを見極めることだという。例えば誓約書を求められたからといって、「誓約書を書くか、書かないか」という対応に終始してしまうと、解決までに時間がかかり、その間に要求がエスカレートすることもある。そうではなく「なぜ、それほどまでに誓約書を求めるのか」を考える必要があるのだ。
「その保護者は過去の経緯から、口頭で約束したことが本当に守られるのだろうかと、強い不安を抱いているのかもしれない。その場合、本当に欲しいのは誓約書ではなく、『同じようなことが二度と起きない』という安心感だ。『学校として記録を取っており、専門家と連携して指導をする』などと、解決のプロセスを具体的に示すことで、誓約書とは別の方法で、保護者の不安に応えられる可能性がある」と木田氏。
こうした真のニーズを見極めるには、学校だけでは限界がある。スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、スクールロイヤーなどの専門家と連携して、アセスメントを行う必要があると話す。「過去の経緯や人間関係の変化、家庭の状況などをたどっていくと、なぜ難しい要求をするようになったのか、背景を理解できることも多い」
木田氏は難しいケースの中で、現代の保護者が抱える孤独を感じ取ることもあったという。「家族や職場、地域で問題を抱え、似たような状況の人とSNSでつながっていることもある。ただ、お店にクレームを入れる感覚で苦情を言う人は実は少なく、我慢して我慢して、やっとの思いで学校に伝えたのに受け止めてもらえず、徐々に要求を強めていくケースの方が多いように思う」と木田氏。
長年の保護者対応の中で改めて感じたのは、丁寧に話を聞くことの大切さだ。「保護者のことを理解したい」「一緒に今の状況を改善したい」という姿勢で、保護者の背景に思いをはせながら話を聞く。どんなに難しい案件でも、それがスタート地点になるのだという。
保護者のニーズを把握するのと同じくらい重要なのが、教員の心身の健康を守ることだ。保護者が暴言を吐いたり、長時間の電話対応を求めたりする場合には、「どこかで限界設定をしておく必要がある」と木田氏。
1つは、要求に対する限界設定だ。法律や制度などの観点から、とても受け入れることができない要求に対しては、学校として対応しないというスタンスを決めておく。「限度を超えた要求を受け入れるかどうかで直接対決するのではなく、代替案で納得してもらうように話し合っていく」ことが重要だという。
もう1つは、学校と保護者の関係性に対する限界設定だ。夜間や休日の連絡、長時間の電話や膨大なメールを求める保護者とは、適度な距離を保つ必要があるという。「この時間は対応できない」「30分でお願いしたい」などと、はっきり伝えることだ。「対応したくないからしない」と思わせないよう、なぜ対応しないのか理由も説明する。
この「一線の引き方」には配慮が必要になる。「限界を伝えるだけでは、余計に関係を悪化させてしまうこともある。あくまでも誠実な対応をしていくことが大切」と木田氏。
心掛けるべきは「学校の主体性を回復する」ことだという。保護者の要求に対して場当たり的な対応をしたり、対応が後手に回ったりして保護者に主導権を握られ、振り回されてしまう学校は多い。しかし主導権を握っている保護者自身も生徒指導の専門ではないため、どうしてよいか分からず、不安に駆られ、結果として要求をエスカレートさせがちだ。
「困難な事案では総じて、学校が主体性を失っている。解決に至るプロセスを示せないまま右往左往してしまうと、事態は余計に深刻化する。問題をどう解決したいか、学校をどう変えていきたいかをしっかり伝えてほしい」と木田氏は指摘する。
【プロフィール】
木田哲生(きだ・てつお) 1983年生まれ。大阪教育大学教職大学院修了。中学校で生徒指導を担当し、24歳で「日本一若い生徒指導主事」に。日本眠育推進協議会評議員として睡眠教育の普及にも取り組む。著書・編著に『生徒指導ハンドブック いまさら聞けない生徒指導主事の仕事』『SC・SSW・SLとの連携で早期解決!「専門家」とつながる生徒指導―堺市「専門家チーム」の取組から』(いずれも学事出版)など。