石丸伸二氏に“恥を知れ”と批判された市議の妻が自死していた… 「毎日、おびえながら過ごしていた」「留守番電話に“殺すぞ”とメッセージが」
“軽い脳梗塞になっていたため”と弁明したが……
最初に石丸氏が武岡氏への指摘に及んだのは、安芸高田市長に就任して間もない20年9月のこと。自身のSNSに〈本日午前、議会の一般質問が行われている中、いびきをかいて、ゆうに30分は居眠りをする議員が1名〉と書き込んだのだ。 「これに武岡氏は、居眠りの原因について“睡眠時無呼吸症候群で軽い脳梗塞になっていたため”と弁明し、診断書のコピーを石丸氏に提出しました。しかし、彼は書類を一顧だにせず、その後も繰り返し武岡氏を名指しで指弾。説明責任を問い続けたのです」(前出の記者) 生前の武岡氏を知る安芸高田市議は、 「武岡さんへの誹謗中傷が激化したのは、22年6月に石丸氏が“恥を知れ!”と発言してからのことです」 と、振り返る。
「ひっきりなしに嫌がらせの電話が」
「石丸氏の執拗(しつよう)な追及を受け、武岡さんはその月の末に会見を開きます。冒頭、世間を騒がせたことに対しておわびを述べましたが、改めて謝罪を求められると、これを断りました。“なぜ、病気なのに謝らなくてはいけないのか”という解せぬ思いがあったからでしょう」(前出の市議) だが、会見でのこのやりとりは、半月ほど前の石丸氏の「恥を知れ!」発言とともに取り上げられることになり、ネットで拡散していった。 「以降、武岡さんの自宅にはひっきりなしに嫌がらせの電話がかかってきたり、注文していない品々が着払いで届いたりするようになりました。だから、彼は自宅に防犯カメラを取り付け、外出先からも訪問者の姿をスマホで確認していた。毎日、おびえながら過ごしていたのです。留守番電話に“殺すぞ”というメッセージが残されていたこともあったそうです」(同)
「酒を飲むとすぐに吐くように」
武岡氏は日に日に顔色が悪くなっていったという。 「精神的に追い詰められ、酒を飲むとすぐに吐くようになりました。だんだんと食事ももどすようになり、23年の秋くらいには“食道が狭くなって飲み込むことが難しい”と言っていた。その年末に救急車で運ばれた後、入退院を繰り返し、年が明けて1月30日、68歳で亡くなったのです」(前出の市議) そして今年、後を追うように武岡氏の妻が自ら命を絶った、という情報が。安芸高田市の武岡夫妻の住まいを訪ねたところ、 「ええ。何が原因でそのようなことをしたのかは、分かりませんが……」 と、実家に帰っていたご子息が実母の死について語ってくれた。 「警察の方いわく、亡くなったのは1月26日の夜だろうと。翌日、母が仕事に来ず心配した職場の方が自宅に出向いたことで発覚し、警察から私に連絡がありました」(同) 後編【「父の葬儀を執り行った頃から、母に異変が」 石丸伸二氏に“恥を知れ”と批判された市議の妻が自死… 息子が明かす「死の前日に送られてきたLINE」とは】では、武岡夫妻のご子息が明かした、死の直前の母親の“異変”について報じる。 「週刊新潮」2025年3月20日号 掲載
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