熊本市と慈恵病院(同市西区)の検討会が21日にまとめた報告書は、「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)と内密出産を通じ実親から預けられた子どもらの出自を知る権利の保障についての当面の対応方針を示した。ただ蓮田健(たけし)院長は「(議論すべきことは)まだまだ残すところがある」と語る。権利保障を進めるための仕組み構築の模索は続く。
検討会は有識者や施設関係者、市と病院関係者の18人で構成。2023年7月から12回の開催を重ね、親の匿名性と子どもの出自を知る権利の調整を探った。
委員の一人として参加した蓮田氏は2年近くにわたった議論を「前進はしたが今まで表に出ていなかった問題も浮き彫りになった」と振り返る。
例に挙げるのが「妊娠の経緯」や「預け入れの経緯」など身元に直結しない情報も、プライバシーの観点などから開示に親の同意が原則必要と整理された点だ。
蓮田氏は、「どうしてこの世に生を受けたのか」「どうして育てられなかったのか」は、子どもらに伝えてよい、という立場。それだけに「出自を知る権利を推進するはずが、むしろ制限する結果となった。皮肉だと思う」と吐露する。「やはり新たな法律がないとなかなか難しい」と訴えた。
ゆりかごや内密出産に頼らざるを得ない母子への理解を進める観点での記述が不十分との見解も示した。匿名で我が子を託したり、出産したりする背景には「母親の無力感、絶望、理不尽、人間の弱さが垣間見える」という。
こうした実態を赤裸々に伝え、社会の理解を広げたかったが、「報告書を読んだ子どもがショックを受ける」との意見もあり盛り込まれなかった。報告書について「訴えることがぼんやりしたことは否めない」と評し、今後、慈恵病院が作成を予定している現場でのより具体的な対応指針で記述を試みる考えを示した。
国内では北海道や関西で赤ちゃんポストと類似した取り組みが既にある。東京では内密出産の開始を目指す動きもあり、同様の取り組みが広がり始めている。ドイツや韓国では、国民的な議論を経て、出自情報の扱いを含めて内密出産が法制化されている。
それでも法整備が進まない日本の状況については「自助努力を求める傾向が強く、そもそも社会の関心が低い」と見る。政治状況にも言及し「自民党中心の保守系の政治で、性的少数者のLGBTQや夫婦別姓問題と同じような領域になってくる。お母さんが育てるべきだという伝統的家族観を崩しかねないシステムを作ろうとしているわけで、なかなか難しい」と語った。【中村敦茂】