1995年の地下鉄サリン事件について本にまとめる時、必ず書きたかったのが、被害者を救うために活躍した方々のことです。
・640名という前代未聞の救急搬送を引き受けた聖路加国際病院など、多くの医療スタッフと、対化学兵器治療マニュアルをもとに助言を行った自衛隊の医官や看護官の活躍
・解毒剤PAMを都内に届けるため、薬品卸売業スズケン社の社員が名古屋の本社から新幹線に乗り込み、浜松、静岡、新横浜のホームで次々にPAMを受け取り、結果として230人分のPAMを都内の病院に届けたこと
・国内で唯一PAMを製造、販売していた住友製薬(現・住友ファーマ)が、大阪の商品センターから東京へありったけのPAMを緊急空輸し、事件当日の夕に2000人分、夜に2500人分のPAMが都内医療機関に次々と届けられたこと
・全日空をはじめ、PAMの緊急輸送に全面協力したスタッフたち
解毒剤PAMは、中毒の発症早期に投与されなければ効果を発揮できません。
まさに時間との戦いの中、数えきれないほどの人たちが、信じられないほどの速さで救命に全力を傾けました。
原稿に正確性を損なわないよう、一部の企業には私から改めて直接取材もしました。
これまで色々な方が書籍やメディアで発信されてきたことではありますが、決して忘れてはならないことは、角度を変えて何度でも発信すべきと考えています。
『すばらしい医学』より、抜粋記事です↓
diamond.jp/articles/-/332