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それは違う!「戦争は正義のぶつかり合い」東出昌大コメントと日本の課題―ウクライナから苦言と助言

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ロシア軍に自宅を破壊された男性 ウクライナ東部の村ビーリツィケにて 筆者撮影

 「戦争は正義と正義のぶつかり合いだと感じました。どちらが正義でどちらが正義ではないと言い出すと、キリがないですよね」「だから、正直に言うと私は正義を持っていないです。それに白黒つけるのはかなり難しいと思っていて、諦めがあるから正義を持っていないと今は言えます」―この発言をニュースで読んだ際、いかにも、平均的な日本の人々が言いそうなものだと思いました。発言の主は、俳優の東出昌大氏。ロシアによるウクライナ侵攻にまつわるドキュメンタリー映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』(山田あかね監督)のトークイベントでの発言です。こうした発言は、つい先日までウクライナ現地で取材していた者として、非常に残念ではありますが、日本の人々の戦争に対する見方や日本国憲法への向き合い方という点で、興味深いエピソードかとも思います。

*本稿は、theLetter から転載したものです。

 https://reishiva.theletter.jp/

〇正義とはシンプルなもの

 まず、最初に断っておきますが、筆者は東出氏の発言には全くもって同意できませんが、ことさら彼個人を批難したい訳ではありません。彼の発言に見られるような、戦争に対する「どっちもどっち」的な見方は、日本のかなりの割合の人々、しかも、メディア関係者やオピニオンリーダー的な著名人にもあるもので、そうした日本社会全体にある傾向について、ウクライナを含め各地での戦争取材を行ってきた者として指摘すること、建設的提案をすることが本稿の目的です。

 さて、東出氏は「戦争は正義と正義のぶつかりあい」「白黒つけるのはかなり難しいと思っていて、諦めがあるから正義を持っていない」と語りますが、筆者が思うに「正義」とは非常にシンプルなものです。すなわち、「法の支配」を前提とした国連を中心とする現代の国際社会において、国連憲章や国際人道法に反するものは違法、つまりは「不正義」であり、そうした行為を止めさせることが「正義」だと言えるのではないでしょうか*1。

 ウクライナ侵攻に関して言えば、ロシアのプーチン大統領は様々な彼が考えるところの「正義」を持ち出して自己正当化しようとしていますが*2、ウクライナ侵攻はシンプルに先制攻撃かつ侵略戦争であり、これらの行為は、国連の憲法と言える国連憲章で禁止されています。

 日本のメディアにおいては、欧米の国際的な安全保障の枠組みであるNATO(北大西洋条約機構)が、ロシアとの合意を反故にして旧共産圏の国々を加盟させたこと(いわゆる「NATOの東方拡大」)が、プーチン大統領の逆鱗に触れ、ロシアと国境を接するウクライナへの侵攻を招いたのだとの解説・主張もあり、それは極めてロシア側に都合の良いものではあるのですが*3、仮にそれを「一理ある」としたところで、上述のように、侵略戦争は国連憲章に反する違法なものであることには変わりません。

〇戦争犯罪は許されない不正義

 もう一つ、何が正義で何が不正義かと見極める上で重要なのが、民間人の殺傷や民間施設の破壊、拷問や虐待などです。戦争だから何をやっても許される訳ではなく、戦争においても、守られるべきルールがあり、それが上述したような非人道的行為を禁じた国際人道法なのです。

 私はウクライナ侵攻開始以来、今年の2月含め3回、現地に入り取材を行いました。その取材の中で、ロシア軍が、ウクライナの住宅地を攻撃するのを目撃し、さらには拘束したウクライナの人々を殺害した等の証言を得ました。

 例えば、今年2月、ウクライナ東部クラマトルスクでは、私が現地を訪れる前日に住宅地にロシア軍の攻撃が着弾し、住民が死亡しました。また、やはり東部の都市コンスタンチノフカでは連日、住宅地への攻撃が行われ、私が滞在している間にも市内にロシア軍の攻撃が着弾しました。

この男性はロシア軍の攻撃で妻と自宅を失った
この男性はロシア軍の攻撃で妻と自宅を失った

 国際人道法においては、軍の部隊や軍事施設が近くあったとしても、民間人を巻き込まないよう、最大限の配慮が求められます。しかし、ロシア軍がそうした配慮をしている形跡は全く無く、罪のない市民が殺され、住宅やスーパーマーケットなどが破壊されています。

 ロシア軍の占領下にあるウクライナの各地域での不当拘束や拷問、子ども達の誘拐などの人権侵害も深刻です。ノーベル賞を受賞したウクライナの人権団体「市民自由センター」のメンバーで人権問題の専門家であるヴャチェスラフ・リハチョフ氏は、筆者のインタビューに対し、次の様に語りました。

「数万人とも見られる人々がロシア軍によって拘束されています。拘束された人々には、ウクライナ軍とは何の関係もなく、ただ隣人達を助けようとして、食料や医薬品等を配ってまわっていたボランティア達も含まれます」

「ロシアの捕虜収容所では殴る蹴るの暴行や、電気ショックなどの拷問、男女問わずレイプ等の性的虐待を受け、劣悪な環境で窮屈な部屋に大人数で詰め込まれ、食料を与えられずに運動をさせられる等の理不尽な扱いを受けました。私達の組織のメンバーにも2年半、拘束された人がいます」

ヴャチェスラフ・リハチョフ氏
ヴャチェスラフ・リハチョフ氏

 こうした国際人道法違反(=戦争犯罪)を大規模・広範囲で行っていることは、どのような口実があるにせよ、断じて正義であるはずがなく、ロシアによるウクライナ侵攻が「正義と正義のぶつかり合い」ではないことは明らかでしょう。

〇他人事を自分事に

 もう一つ、東出氏の発言及び、彼のみならず日本社会においてありがちな風潮について筆者から苦言させていただくと、ウクライナ侵攻等の世界の紛争に対し、あまりに他人事とし自ら背を向けるようなことは、日本の在り方として間違っているかと思われます。

 東出氏は「(戦争に)白黒つけるのはかなり難しいと思っていて、諦めがあるから正義を持っていないと今は言えます。私はまず近くの親しい人たちと愛情を見出しながら、犬と一緒に生活していきたいと思っています」とコメントしています。こうした、世界で起きていることから目を背け、自身のごく近いところへ引きこもろうとする傾向は、東出氏に限らず、日本の多くの人々にある傾向ではないでしょうか。

 しかし、日本国憲法の前文にはこう書いています。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」

 人々が個人として、自分の幸せを追及する権利は、憲法13条で保障されています。ただ、同時に、私達は自身の安心・安全や幸せを求めるだけではなく、この世界がより良いものになるように努力すべきだ、それが日本という国の在り方だとも、憲法前文に書かれているのです。

 無論、個々で出来ることには限界もあるでしょうが、日本は民主主義国家であり、私達は主権者です。政府に対しロシアの暴走を止めるような外交―例えば、ウクライナ侵攻以降のロシアが経済的に依存する、中国やインド、トルコ等に対し、もっと積極的に働きかけて、ロシアを止めるための国際的な包囲網を強化するなど―を求めるなどもできることでしょう。

炊き出しのボランティアの皆さんと筆者(前列左から2人目) ウクライナ東部イジューム近郊で
炊き出しのボランティアの皆さんと筆者(前列左から2人目) ウクライナ東部イジューム近郊で

 これには、「情けは人のためにあらず」という面もあります。世界情勢が不安定になり、エネルギー価格や食料価格が上昇することで、既に私達の生活も大きな影響を受けています。また、日本は憲法9条で国際紛争の解決の手段としての戦争を放棄していますが、言い換えれば、国連憲章や国際人道法等に基づく「法の支配」による国際秩序に日本の平和と安全は大きく依存しているのです。プーチン大統領や米国のトランプ大統領のように、国際秩序を軽んじ弱肉強食の論理で好き勝手にやろうとすることは、私達の安心・安全、平和にとっても脅威となるのです。

 だからこそ、日本の人々には、他人事ではなく自分事として、世界で起きていることにも目を向けて欲しい。長年、紛争地取材を続けてきた筆者としては、そう願わずにはいられません。

(了)

*1 本稿ではロシアの不正義について論じていますが、同様にガザなどパレスチナ自治区へのイスラエルの攻撃もまた断じて許されない不正義であります。

*2 細かいことを言えば、プーチン大統領はウクライナ東部の親ロシア派が勝手に「独立」を主張する「国家」に対する集団的自衛権の行使を主張していますが、それを認めるような国や機関は国際社会においてほとんどありません。

*3 本稿で述べたように何が正義かは極めてシンプルではありますが、あえて「白黒つけることは難しい」と語る東出氏のような人々に助言するならば、「どっちもどっち」的な考え方に誘導させるようなナラティブ、つまり侵略戦争を正当化させるための「物語」に騙されないよう、注意することも重要です。ウクライナ侵攻におけるプーチン大統領の動機は本当のところは本人にしかわかりませんが、日本でも度々語られる、「NATO東方拡大」説は、ウクライナの人々に聞くと鼻で笑われます。ウクライナの人々に多い見方は、ロシアの操り人形であった政権が民衆のデモにより倒れ、ウクライナがロシアより欧州に接近し、自由や民主主義、経済発展を求めたことが気に食わないのだろうというものです。実際、親ロシア政権の崩壊、クリミア半島の併合やウクライナ東部への侵攻開始(いずれも2014年)という事実関係を踏まえると、ウクライナの人々の主張が正しいように見えます。それに対し、「NATO東方拡大」説は、戦争に至った責任は欧米側にある、あるいは「どっちもどっち」という印象を持たせるなど、ロシア側の責任を軽くさせる上で極めて都合が良いものだということに注意が必要です。

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ありがとうございます。
フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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