―――田舎から出てきた、14の少年はそう簡単にファミリアに入れるだろうか。
その答えはNO。やすやすと相手にしてくれるところはない。
それゆえに、どこのファミリアにも所属することができず…ベル・クラネルは途方に暮れていた・
「…路銀も尽きちゃったし、どうしようかなかお爺ちゃん…」
「あら?そこの冒険者…でもないらしい方、どうしましたか?」
「…え?」
「ふむふむ、なるほど、ベルさんは田舎からわざわざこのオラリオにまで来て、冒険者になろうとしたのですね」
「ええ、ですがその…シルさん、良いんですか?僕、もうお金もないのに」
豊穣の女主人と呼ばれる場所にて、そこの従業員と言うシルにベルは誘われていた。
おごられて飯を食べつつ、かくかくしかじかと話していく。
不思議なことに、さらさらと自然に内容が出て来て、彼女にどんどん伝わっていく。
「へぇ、ダンジョンに出会いを求めて…ふふふ、愉快なお爺さんの教えですね」
「あははは、お爺ちゃんは確かに、愉快な人でしたからね」
談笑し、緩やかな時間が流れていくが…そろそろ、終わりの時だろう。
「でも、もう無理っぽいので…田舎へ帰ろうかなと」
「帰りの旅費もないのに?」
「そこが問題です。まぁ、ここでどうにか稼げるところを見つけて…」
「…でしたらベルさん、ここで働くのはどうでしょうか?」
「ーーーえ?」
「ほらほらさっさと行った行った!!今日も大忙しだよ!!」
「ニャァ~~!!白髪頭、そっち8番のテーブルにこの大胡炒めを運ぶのニャ!!」
「わ、わかりましたアーニャさん!!」
「おい、こっちのゴミも早く裏へ捨てろ!!次が作れねぇ!!」
「急いで捨ててきます!!」
「疲れたぁ、尻を触らせろぉ少年」
「は、いや、いやいやいやさらっとクロエさん、何をしているんですか!!」
…翌日から、豊穣の女主人に、とある一人の店員が入り、すぐに話題になった。
処女雪のような白い髪を持ち、赤い瞳を一生懸命あちこちへ動かし、働く少年の姿。
時折、先輩店員たちによって女装させられた時には、モノ好きな神様たちが押し寄せ、さらに店が忙しくなっていく。
「ひぃひぃ…い、忙しいというか、殺人的な仕事量…」
「ですがクラネルさん、良くこなせますね」
「あはは、リューさん、一応畑仕事より難しいですが、何とか精いっぱいついていけば…」
エルフのリューが声をかければ、苦笑してそう答えるベル。
一生懸命働くことができる彼故に、この仕事の山でもどうにかできるのだろう。
「おい!!馬鹿娘はどこいったぁ!!」
「うわぁ、ミアさんの怒声が…またさぼった人がいたのかな」
「ふふふ、多分この感じだとアーニャですかね?」
店員が一名増えただけでも、仕事の量は多少は減る。
ならばその分、さぼろうと考える者もいるようで、こうして女主人の怒声が飛ぶときもあるのだ。
「でも、これで帰りの旅費は稼げそうかな…?」
「おいこら娘たち!!さっさと休憩を終えて次だ!!」
「わかりました!」
「あの、僕は男の子なんですが…」
「関係ないよ!この店で働くなら、あんたたちは全員私の娘さ!」
さらっと男子として認定されていないような気がしなくもないが、文句を言うことはできない。
何しろ、ここで働く人たちはみな何かしらの訳ありが多いようで、冒険者としての力もあるようで、腕っぷしでは田舎の少年は簡単にぼろ雑巾にされるのが目に見えている。
「とはいえ、荒事も多いので…クラネルさんには、護身術も必要でしょう。次の休憩時間から、少しづつ教えましょう」
「あ、ありがとうございますリューさん」
(…あの白髪頭が、加減知らずのポンコツエルフにぼっこぼこにされる未来しか見えないニャ)
親切心からか、リューの言葉に感謝するベル。
しかし、ちょうど窓の外でさぼり中だった猫人は、ふとそう思ったが…その心の声は届かない。
忙しい日々を過ごす中で、時折悲鳴も聞こえてきつつも、ベル・クラネルはこの豊穣の女主人の中で店員として成長していく。
忙しすぎるあまりに帰る機会を失い、冒険者になりたいという目的も消えていたが…運命と言うのは、どこかで交じり合うもの。
「それにしても、最近は仕入れするものが高いねぇ…あんたたち、明日酒場を休みにするから、ダンジョンで食材を採ってきな」
「うげぇ!?休みにしても休んでないことになっているニャ!!」
「ミア母さん、横暴だよ!!」
「だったら下っ端のこの白髪頭にたのめばいいじゃん!!」
「うぇぇぇぇ!?ぼ、僕、冒険者じゃないから無理ですって!!」
「---ああ、でしたらベルさん、どうでしょう?私の伝手で、ある女神様を紹介しましょうか?そこでちょっと眷属になってくれれば、あとはリューと一緒にダンジョンへいけますよね?」
「…へ?」
「シル、クラネルさんが恩恵を授かれば確かに向かえなくもないですが、してくれるあいてがいるとでも?」
「ええ。いますよ…透き通るような、透明な魂が気になっている女神様が…」
…それは、酒場の店員として、一つの転換期。
冒険者になる目的よりも、酒場の店員としてやれることを増やそうとしただけのこと。
けれどもそれがまた一つ、新たな女主人の名物…『迷宮の白兎店員』としての噂が流れてくるのは、直ぐのことであった…
「…あの、ミア母さん。今日も食材を取ってきたんだけど…モンスターの女の子みたいなのも、連れてきちゃった」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?何やってんだい、この馬鹿娘ぇぇぇぇ!!」
「ごめんなさーーーーーーい!!」
「ん?ベル、男の子なのに、女の子?」
…それが異端児との出会いであり、なんやかんやで豪胆なミアの手によって受け入れられ、豊穣の女主人の酒場がダンジョン内に出張店を作り上げ、新たに『豊穣の兎主人』が開業したのはもっと先のことである。