055 豚の血


 鼻歌が聞こえる。エドワードの鼻歌だ。

「猊下。拘束用の魔道具をお願いします。一番強力なものでなくとも構いませんが、それなりに丈夫なものを」

 え、ええ、と大司教であるケルスは配下の聖騎士たちを動かしてエドワードの要求に答える。

 大司教である自分が身分もない下級冒険者に顎で使われているようなものであったがケルスは全く気にしなかったし、聖騎士たちも口を出さなかった。

 淫魔の体液が大量に出ていて、祭壇の間はむせ返るような淫臭に満ちていた。

 聖属性の魔法で耐性が付与されていなければケルスでさえも一秒といられない空間。

 それだけでエドワードによって拷問されている淫魔がとんでもない化け物であることがわかる。

 エドワードが手を離せば、即座に自分たちを制圧し、殺し切るだろう。そうと確信できるぐらいに。

 だというのにエドワードは鼻歌を歌いながら淫魔を楽しげに切り刻み、かちゃかちゃと淫魔の口に突きこまれた短剣を、淫魔の歯と打ち合わせ、聖堂に鳴り響く淫魔の悲鳴を楽しげに聞いている。

「魔族を玩具のように……ば、化け物か?」「言うな。あれでも味方だ」「わ、わかっている。だが」

 聖騎士たちの間からはそのような声が漏れる。

 エドワードはまともに攻防もせずに倒したが、レベル制の世界だ。『無効貫通』をしてくるようなレベルの化け物になると、如何に百戦錬磨の聖騎士といえど、正面から戦えば必ず負けるような身体能力を持っている。

 そういった人外の化け物に対し、補助の神官などが結界術で弱め、集団で制するのが聖騎士の戦いであるのだが……。

 都市と大聖堂の結界は全力で稼働し、ケルスという『大司教』がいてなお自分たちは一秒も保たなかった。その事実に上位魔族との差を実感させられる聖騎士たち。

 先日、上空に現れた巨大な怪物相手にも何もできなかったのだ。

 戦士としての矜持プライドがバキバキに折られまくっているのだろう。ケルスは同情したが、同時に不甲斐ないとも思った。

 エドワードを見て奮起できるような人材を一人ぐらいは都市に確保しなければならない。だがやはりそういう人材ほど前線に回さなければならないという現実があった。

(やはり、エドワードは必要よ)

 エドワードは上位魔族を玩具のように扱うような劇薬だが、その劇薬がなければサウスフォレストの人類領域は失陥する。

 魔王の戴冠という情報を受けて、ケルスはそう考える。

 やがて聖堂の外から獣の「ふごふご」という鳴き声が聞こえてきて、エドワードは「ああ、ようやく来たか。待ってた」とばかりに畜舎から連れてこられた豚を迎え入れた。

 急ぎであったためか、聖騎士が抱えてきたのは浄化魔法すらかけていない、生きた豚である。

 そのような汚物とも言えるものを大聖堂に連れて来るなど尋常の事態ではない。

 王都の異端審問官であればこれだけでエドワードを処刑したくなるような光景であったが、ケルスや聖騎士たちは何も言わなかった。


 ――そんな暇はなかったからだ。


「ふぐッ――むぐッ、がああああああああああああ!!!!」

 獣の気配を感じたのか、エドワードの悪意の高まりを感じたのか、魔族の決死の叫びが聞こえた。

 魔族の全身から目視できるほどの魔力が噴出し、ケルスたちは防御魔法を咄嗟に使ってガードしようとする。

 自爆魔法かもしれない。上位魔族の魔力出力なら大聖堂ごと吹き飛ぶだろう。だが、その気配は即座に消えた。

「はは、騒ぐな蛆虫」

 エドワードが『打ち消し呪文ディスペル』を唱えていたからだ。

(どこまで、どこまで多彩なの……エドワード)

 感激というより心酔しかけているケルスの前でエドワードは「蛆虫なりに今の待遇に喜びを感じているようだな。そんなお前に朗報だ」と魔族の背中に短剣を突きこみ、ぐりぐりと痛めつけていた。

 エドワードの指示か。聖騎士が連れてきた豚を受け取るシルヴェリアの分体。

 瞳のない眼窩から、涙のように血を流し、弱々しい悲鳴を垂れ流す魔族を見下ろし、エドワードはにやにや笑って言い放った。

「喜べ蛆虫。お前の身体の血を上等な豚の血と入れ替えてやろう」

 大聖堂の豚様だ。光栄に思え。その囁きに、魔族は今度こそ巨大な悲鳴を上げた。


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:誓約

 それを満たさない限り、誓約より上位の概念を持ち出さない限りは何があっても殺すことはできない。

 例え、全身を豚の血に入れ替えられても。半身を切り離されても。


                ◇◆◇◆◇



 散々に魔族を拷問したエドワードは、教会内で魅了されていた人々の情報を吐かせたり、ケルスたちが認識していない警備の穴の情報を吐かせたりしつつ、襲撃されている人類拠点や、都市内で工作員となっている人間の情報なども吐かせた。

 全身の血液を豚の血に入れ替えられ、魔眼や心臓などの部位が再生するたびにエドワードによって摘出され続けた魔族は最後には「殺してください。お願いします。こんな、こんな屈辱耐えられない」と懇願するぐらいであった。ゆえに聞かれた情報は即座に吐いた。すべてが間違いのない情報だった。

「そうだな。飽きたし殺すか」

 そしてエドワードはあっさりと魔族を殺した。あれだけ丹念に拷問したのだから、さぞや恨みでもあるのかとも思ったが、殺し自体はあっけないものだった。

 他の魔族の誓約情報や、用心深い紺青の居場所は不明であったが、他に襲撃されている拠点の情報を得られたのでケルスはそちらに人を回した。魔狩人協会やA級以上の冒険者が徒党を組めば、上位魔族であれど撃退することは難しくないだろう。

 エドワードは向かわない。聞けば、追い詰めすぎると紺青が逃げるかもと言った。

 霊脈加工が難しく、青藍公の顕現時間を考えれば紺青はその選択肢を選ばないだろうが、万が一都市外の霊脈で召喚をされれば対応できないとエドワードは言った。

 そのエドワードは、今はケルスの私室にいる。

 風呂に入って汚れを落とし、洒落たブランドスーツに着替え、ケルスが側近に使っている美貌の修道女によって接待を受けていた。

「さて、猊下。拷問はしましたが、あの毒虫のことです。吐かせた情報には1割は嘘が混じっていると思ってください」

「それはわかっています。エドワード、貴方に感謝を」

「教会を守るのは人類の義務ですから、当然です」

 意思はあっても力がない人類が多い中、エドワードの献身に感謝するケルス。

「そういえば魔族を殺したのは、なぜですか? あそこまで拘束すればあれも長く素材を取ったり、もっと細々とした情報を吐かせたりできたでしょうに」

「ああ、猊下。それは仕方ないことです。どれだけ拘束して痛めつけても呪術的な縛りがなければ反抗しますし、監視の人間を魅了して抜け出そうとするでしょうから。人員が死傷する危険性がある以上、用が済んだら殺しておくべきです」

「嗚呼。完璧です。エドワード」

 あれだけ美しい姿をした化け物である。拷問される中にも、どこか不思議な魅力あった。

 魔族に強い敵愾心を持つケルスや男性であり、魔族の脅威を肌で知っている聖騎士たちでなければ同情すらしただろう。

 ゆえに、興味本位から近づいた修道女や女騎士が油断して取り込まれる危険はあったのだ。

「さて、猊下。これを献上します」

 先ほどの拷問で得られた魔族素材などはエドワードが差し出してきたので教会が受け取ったが、エドワードが更に献上と称して渡してきたものを見てケルスは驚愕した。

「魔石、ですか」

「はい。先程の魔族の魔石です」

「貴方は……それでスキルを得られるのでは?」

 魔石を砕いてスキルを得られるというのは、シルヴェリアからの報告で聞いていた。

 ゆえにケルスは教会の伝手を使って、エドワードのために強力なモンスターの魔石を集めさせている。

 青藍公との決戦前に、エドワードにはもっと強くなってもらう必要があったからだ。

「いえ、教会が今後この都市で優位に事を運ぶためにも、今はこれが必要でしょう」

 序列持ちの魔族を倒したという証明があれば、当然ながら教会の都市での発言権は増す。

 帰還してきた辺境伯に対して、一定以上の主張をしても退けられることはなくなるぐらいにだ。

「わかりました。エドワード。貴方を教会の『聖騎士』として叙勲します。それと、何か欲しいものはありますか? 貴方の要望を聞きましょう」

 聖騎士の身分があれば、エドワードが都市の市民でなくとも市民のエリアを出歩けるようになるだろう。

 エドワードはソファーから立ち上がると、ケルスの前に膝をついて「恐れ多くも有難き幸せにございます」と『聖騎士』の身分を受け取った。

 素直だと思ったが、『聖騎士』であれば聖剣を持っていてもこれであれこれと文句を言われることはないだろう。

 そしてエドワードは「恩賞ですが、可能であれば」とケルスにレベルアップ制限の解除のために、幾人かの要人の説得を願い出てくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハクスラゲーム転生 止流うず @uzu0007

作家にギフトを贈る

応援ありがとうございます!!
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ