第38怪 質の悪い脅迫

「これって、質の悪い脅迫じゃね?」

 テレビでの報道から事情を知り、うんざり気味にそう口にする。

 なぜ、マスコミたちが、この件を無視せずに報道し、魔導省や警視庁、英雄同盟までもがあっさり、この件について関係者の厳罰を望んだのかをはっきりと理解した。

 尾部勉三おぶべんぞうが起こした兇悪事件につき、関与したもので12時間以内に警察に出頭しなかったものは、全て仲良く化物となってしまう。そして、バケモノになって自ら犯した罪を泣きながら自白したもののみは元の人間に戻る。そんなイカレタ現象が起きる。そこで怪人アビスはこんな呪いに等しい言葉を残していた。

 ――もし、この件を隠避しようとするものは同じ目にあうぞ。

 この魔法の言葉で、マスコミも、魔導省も、怪人を憎む英雄同盟までも全てこの事件を包み隠さず公にする。

 結果、こんなカオスのような状況になったってわけだ。

「そうだね。脅迫だ。でも、彼が発した一言で、世界は明確に変わったのも事実」

「それは違うだろ」

 アルベルトのこの主張は矛盾している。奴らはあくまで怪人アビスという正体不明の怪物を恐れているに過ぎず、怪人を害獣扱いしていることにはまったく変わりはしない。

「ああ、違うさ。だって、これは単なるきっかけだから」

 アルベルトがパチンと指を鳴らすと、傍に控えていた執事が真っ白な台に乗ったいくつかの指輪を持ってきて、それをその台ごと俺の前に置く。

「これは?」

「何だと思う?」

 いたずらっ子のように微笑んで尋ねてくるアルベルトに、

「指輪にしかみえねぇが?」

「そうさ。それは指輪だ。ただし、ただの指輪じゃないよ。それは人と人外の不完全な同化を調整する指輪。それを装着すれば、我が国の【魔導騎士】と全く変わらなくなるアイテム」

「その指輪をすれば、俺たち怪人は暴走をしなくて済むと?」

「そうさ。しかもその指輪は一度身につければ、怪人であれば完全に肉体と一体化して吸収されてしまう。つまり、もう怪人か天然の奇跡なのかの区別は神にすら見分けがつかなくなる」

「ちょっと待て。もしそれが真実なら――」

「そうよ、少なくともまだ英雄同盟に怪人認定されていないものは、通常人と生きていく事ができるようになったの」

 エミが俺の言葉の先を早口で叫ぶ。彼女らしくなく興奮でもしているのだろう。。

怪人か否かが不明な以上、怪人認定されていないものは、天然の半身半魔である『超人』と何ら変わらないこととなる。つまり、それは怪人の業を完璧に取り除く事に成功したということ。それこそが、俺たちの最終目標だったのだから、エミのこの反応も当然のことといえる。

「この指輪、どうしたんだ?」

「それは……」

 言い淀むエミに、

「この世界への偉大なる導き手が示してくれた奇跡さ。この指輪が普及できるようになれば、今怪人と称されている存在はこの世から消滅する。でも、ここに大きな問題が立ちふさがる」

 アルベルトが言う問題にも容易に予想くらいくつく。それは――。

「その指輪、簡単には作れねぇってことか?」

「流石だね。その通りさ。どうやらこの指輪を作るには、ゲート内からとれる特殊な金属が必要らしくてね」

 やはりな。わざわざ、『普及すれば』、という条件を提示したことからも、そう簡単に成し遂げられないのは自明。あとはその難易度だが……。

「その特殊な金属とは?」

「そう。『霊王石』さ」

 アルベルトが指を鳴らすと、執事が真っ白の箱を持ってくると、その蓋を開ける。そこには黒色の金属が入っていた。

「『霊王石』、その大層な名前からすると、レアメタルってやつか?」

「その通り! 親指大の大きさで時価数千万ドルはする超がつくレアメタルさ。このメタルはB級クラス以上のゲートでなければ、発掘は不可能な代物だ」

「はあ? それはできないと言っていることに等しいぞっ!」

 現在ゲートを管理しているのは、英雄同盟だ。ゲートは英雄同盟の資金源。いわば、金の生る木に等しい。何があってもゲートの権利を放棄したりするものか。エルドラの探索を許可するなど絶対にしやしない。

 その『霊王石』を手に入れたものから購入するのはそれ以上に大変だ。ゲート内の拾得物は初めて手にしたものにある。探索者は拾得物の内容をそもそも公表する必要はないから、誰がどんなものを獲得したかは秘匿されている。 

 もちろん、その中で探索者がオークションに売却すれば知らされることになるが、レアメタルというと法外な値がつく。少なくも怪人を助けるために、そんな莫大な大金を出すことは仮にエルドラでもあり得ない。つまり、どうやってもこの指輪では怪人を助けられないということになる。

「このままならね」

「このまま? もったいをつけんなよ! どういうことだ!?」

 アルベルトとエミに語勢を強くして、速やかな本心の返答を求める。

「エルドラは英雄同盟に加入しようと考えている。元々、拒否するのにも限界だとは思っていたんだ」

 エミたち白夜のメンツも眉一つ動かさぬことから、納得済みということだろう。だとすれば――。

「それで?」

 エルドラのこの決断は、決して怪人たちの不利益が及ぶ方向には運ばないということ。

「我が国が英雄同盟に加盟した暁には君らには、英雄ヒーローとしてゲートの攻略に挑んでほしい」

 絶対にあり得ぬ妄言を吐きやがった。

「俺たちが英雄ヒーロー!? 奴らがこの俺たちに何をしたか、わかって言ってんのか!?」

 立ち上がって自身とは思えぬ低く感情の籠らぬ声でそう問い詰めていた。

 ゴクリと喉を鳴らすエルドラの幹部を横目に、

「それしか、怪人を解放する術はない。エージ、わかって」

 エミが顔を苦渋に染めながら、決して聞きたくなかった台詞を吐く。

「わかって……わかってだとっ⁉ てめえは今俺たちの大好きだった家族を焼き殺した英雄ヒーローどもに与しろ、そう言ってんだぞ!?」

 俺のこの怒声に、白夜のメンバーの眉間にも深い皺が刻まれていた。

「与するんじゃない! あくまでそう振る舞うだけよ!」

「エミ、それは同じことだ。俺たちが憎い仇の英雄ヒーロー共になることには変わりがない。違うか?」

「繰り返しになるけど、これしか同胞たちを救う手立てはない」

「だったら、お前らだけで勝手にやれよ。俺は絶対に嫌だぜ!」

「エージ、この作戦はあんたがいなければ成立しない。悔しいけど、私じゃダメなのよ」

「なんでだよっ!?」

「あんたには、ロトがいる。他の精霊や幻獣を数段上の存在に生まれ変わらせるだけの力もある。私にそんな力はない。あんたがやらないなら、エルドラは英雄同盟への参加を見送くるとも言っている。そうよね?」

「ああ、エージ、君が計画に参加しないなら、全ては机上の空論。我が国、エルドラは成功の可能性が零のものに投資はできない。英雄同盟への参加は見送らせてもらう」

 アルベルトは、ある意味無常な宣言をする。

「エージ、あんたが決めなさい。このまま私たちともに英雄ヒーローとなって同胞の解放に邁進するか、憎しみを優先し同胞を諦めるか。私もこの計画に完璧に納得がいっているわけじゃない。あんたがどんな選択をしても、別に責めやしないわ」

 選択? 選択だって? そんなの決まっている。拒絶するべきだ。だって、そうだろう? 幼い頃から一時も忘れず、憎み続けた英雄ヒーローになるなど、この俺に耐えられると思うか?

「……」

 でも、どうしてだろうな。拒絶ができない。ただ、一言、英雄ヒーローにはならないと告げればいい。そうすれば、俺の気持ちは救われる。そのはずなのに、今俺は一言も口にすることはできなかった。

「私も母や友をあいつらに奪われている。だからあんたの言いたい事は痛いほどわかるわ。でも、エージ、あんたも私もどうやっても拒めない。あんたと私は失う訳にいかないものが沢山あるから」

 そうさ。わかっている。これは要するに【白月】にいる怪人の兄妹姉妹たちを見捨てて、己の憎しみを貫けるかってこと。つまりだ。答えなど端から出ている。

「そうか、俺は……また幸たちを裏切るんだな」

 両方の掌で顔を覆うと、項垂れて席に腰を下ろす。

「そうよ、エージ、あんたも私ももう止まれない。地獄に落ちるそのときまで、歩き続けるしかないの」

「言いたい事はわかった。少しだけ時間をくれ」

 とても、これ以上、飯を食うような気分ではない。席を立ちあがると、ロトが俺の右腕にしがみ付いてくる。

 俺はロトともに自室に向かって歩き出した。

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