第33怪 黒の襲撃者

 ――衆議院議員尾部勉三おぶべんぞうの邸宅。


カラスから連絡はまだ来ないのかっ!?」


 尾部勉三おぶべんぞうは書斎で秘書を怒鳴りつけていた。

 カラスは今晩、エルドラの村を襲撃し加茂芽旋風かもめつむじを確保したら、すぐに勉三に連絡し速やかに引き渡すと約束した。奴の襲撃予定時間から既に5時間は立っているが、まだ連絡一つ入らない。朗報を聞くために勉三は一睡もせずに起きていたのにだ。

「なにチンタラやっとるんじゃ!」

 今晩中に加茂芽旋風かもめつむじを好き放題いたぶれると思い、その気になってしまっている。今更楽しみを後日に引き伸ばすなどできそうもない。

 一国の軍隊を全滅させたくらいだ。カラスは強い。小娘一人攫うくらい造作もないことだろう。だから、カラスが失敗するとは夢に思ってはいない。むしろ、加茂芽旋風かもめつむじを引き渡し後に、あの誓約を奴が破るという懸念に知恵を絞っていたのだ。

 加茂芽旋風かもめつむじは、かなり高位の人外のバケモノを内部に飼っている。あの女の潜在能力は本来、世界中の組織が注目せざるを得ないほどのもの。それこそ、一国の軍隊と真っ向からやり合えるほどのポテンシャルを秘めている。その事実は、むしろ一般人の勉三よりも、魔術師のカラスの方が理解できている。そのカラスが素直に加茂芽旋風かもめつむじの権利を勉三に渡すとはとても思えない。だから、その懸念故に、勉三は目の前の保険をかけたのだ。

「誓約がある。その天然ものを猫糞ねこばばをした可能性は低い。おそらく奴は失敗したんだろうよ」

 今もソファーに座って肉を噛みちぎっている坊主の大男がそう勉三の疑問に返答する。

「失敗したっ!? では、此度の襲撃に儂が関与していることがエルドラの王族に知られた可能性があるのかっ!?」

 だとするとマズイ。すこぶる、マズイ事態だぞっ!

「狼狽えんなよ。カラスに例の物を渡したんだろう?」

「ああ、もちろんじゃ」

「あのペンダントは、発動すれば自爆する仕組みだ。ピンチになったら使うだろうし、お前の存在が奴らにバレる可能性はねぇよ」

「失敗したとすれば、加茂芽旋風かもめつむじはどうなる!?」

「未だにエルドラの保護下ということになるな」

「あの鳥野郎っ! 大口を叩きやがって! 結局しくじりおったではないか!」

 加茂芽旋風かもめつむじが手に入らないと知り、言いも言われぬ怒りがこみあげてきて近くの椅子を蹴り倒す。

「そうギャーギャー喚くなよ。クライアントの望みだ。その加茂芽旋風かもめつむじとかいう女、俺が攫ってきてやるよ」

「しかし、あのカラスでさえ、しくじったのだぞ! 本当にお前にできるのか?」

「おいおい、今のお前の発言、この俺があんな悪組織ヴィラン崩れよりも弱い。そう聞こえたぞ?」

 サングラス越しにギロリと睨まれてしまい思わず生唾を呑み込む。腹のすかせた猛獣と同じ檻の中にいるがごとき、凄まじいプレッシャーを感じ、

「そ、そうは言っておらん。おまえの強さは重々承知している」

 こいつ、野人ヴィルトリングは元B級ヒーロー。クエストで同じだった他の複数のB級ヒーローを半殺しにしてライセンスを剥奪されたという過去を持つ。つまり、こいつの実力だけは実質、A級ヒーローに匹敵する言ってよい。

「なら、みっともなく狼狽えてねぇで、ドンと構えとけよ」

 野人ヴィルトリングがソファーから腰を上げると、部屋で飲み食いしていた奴の部下たちも立ち上がる。

「まさか、今から行ってくれるのか!?」

「ああ、もちろんだぁ。だが、これはビジネス。いつもの報酬はしっかりもらうぜぇ?」

「わかっとるわい。怪人の女と怪人の解体部位を倉庫に集めさせた。直ぐにでも渡せるわい」

「まいど、契約成立だ」

 指をパチンと鳴らすと、部下の一人が野人ヴィルトリングに獣の刺繍の入ったコートを着させる。

「それにしても、あんな社会の害虫が大金で売られる時代が来るとはな。少し前までは予想もしなかったわい」

「怪人はいいぜぇ。暴走さえできねぇように処理すれば、通常人間よりはずっと頑丈で健康だからなぁ。その臓器は高く売れるし、若くていい女なら娼婦としては十分使い道がある」

 野人ヴィルトリングがそう口にしたとき、書斎の扉が勢いよく開く。そして、血相を変えて野人ヴィルトリングの部下の一人が転がり込んでくる。そして、扉の方を向いて尻元をついて、

「バ、バケモノォォーーーーッ!!」

 劈くような金切り声を張り上げる。刹那、その部下の顔がグニグニと歪み、ドロリと眼球が飛び出て、ズルリと頭皮が向けてしまう。ゾンビのような外観となると、唸り声をあげて、野人ヴィルトリングに襲い掛かる。

「ひいいっ!」

 勉三の悲鳴に野人ヴィルトリングは顔を顰めながら、

「アンデッド化……ネクロマンシーか」

 そうボソリと呟くと丸太のような右腕を振るう。右腕の衝突の衝撃でゾンビと化した部下の全身は粉々の肉片となって壁にぶち当たる。

 コツン、コツンと廊下に響く靴音。

「戦闘態勢をとれ!」

 野人ヴィルトリングの指示により、一斉に武器を取って扉の方へ向ける。靴音はさらに近づいてくる。

「くるぞっ!」

 いつになく真剣な野人ヴィルトリングの叫びと同時に扉から入ってきたのは、全身黒服に身を包んだちっとも強そうには見えない青年だった。

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