第24怪 理不尽な怪物の襲来 鴉


(隊長、民家に入れないっす! というか、魔術や銃火器ぶっぱなしても傷一つつかないっす!)

(銃や魔術だけじゃねぇ! 武器で思いっきり切り付けてもかすり傷一つ負わねぇぞっ!)

(おいおい、この家、全く燃えませんよっ!)

(それ以前に、ここにある木や植物、あらゆるものが切る事一つできねぇ!)

 通信機器から聞こえてくる焦燥たっぷりの部下たちの声。

 散らばった三分の一の部下たちは、カラスの判断を仰ぐべく集まってきていた。

 しかし、どういうことだ? 魔術が利かないのは凄腕の結界師がいたと理解すれば、理解できる。だが、物理的に切りつけたり、周囲に火を放ってもまったく影響がないことはどうやっても今の魔導科学では説明がつかない。

 物理の無効はもはや神話上の話しだ。神話の世界の住人たる八界の王たちならばできる可能性はあるが、人間に過ぎないエルドラに実現できるわけがない。しかも、こんな大規模で物理無効の効果を展開するなど、絶対にありえないと言い切れる。つまり、これは――。

「幻覚か……この濃霧、何等かの魔術的素因であろうな……」

 それ以外に説明はつかない。だとすれば、マズイな。カラスクラスにすら効果のある幻覚など、防ぎようがない。直ちにここから逃れなければ、最悪同士討ちであっさり全滅する。補充が利く部下が死ぬのは別に構わない。問題はエルドラ精鋭たちが、その同士討ちをしているカラスたちを大人しく見ていてくれるかだ。無論、カラスが奴らの立場であっても、これを好機とみて一斉攻撃をしかけてくるだろう。

「……」

 混乱の極致にある部下たちを尻目に、後退ろうとする。

「お前、仲間を置いてどこに行くつもりだ?」

 背後からかけられた声に強烈な悪寒が生じて咄嗟に振り返ると、そこには黒色のレーザーの上下の衣服に黒のフード付きの外套を羽織って、気味の悪いマスクをしている男がポケットに手を突っ込んで佇んでいた。

 今も目の前に立っているというのに、黒服の男からはまるで空気のようにその気配が感じられない。それは気配を消すとかそういう次元じゃない。目の前に実際に見えているのに、カラスにはどうしてもその存在を確信できなかった。

「貴様は?」

 この目の前の黒服を前にしてから徐々に、危機感が膨れ上がっていく。それは、立っている地面に大きな亀裂が入り、その暗く途方もなく深い穴に落ちていくような圧倒的絶望感。

「私はアビス。悪の怪人だ」

 黒服の男は、そんな笑ってしまうような戯言を口にする。

 こいつが怪人? 怪人はいわば、出来損ないの半人半魔。暴走はするし、力も弱い。とても、カラスには目の前の男が、そんな生易しい存在には思えなかった。

「ラウム、こいつ、どう思う?」 

 だから、相棒に尋ねてみる。少なくとも人間のカラスより、幻獣のラウムの方がこの手の危機感は働くと思うから。

(ふんっ! 所詮、人間という汚らわしい器に溶け込んだ出来損ないじゃろ! 自らそう言っておったじゃろがっ!)

 吐き捨てるように、ラウムは声を張り上げる。その声には侮蔑や不快感はあったが、恐怖や警戒心というものが微塵も感じられなかった。

「そうか……そうだな……」

 こいつは確かに自らを怪人と名乗った。カラスが最も恐れるのは、こいつが八界の住人であることだが、人外はそもそも、怪人という存在自体を毛嫌いしている。まず、ありえまい。だとすると、本当にただの妄想好きの人間の雑魚とうことか……。気配を感じないのも、隠匿系の能力を有する怪人と解すれば全て説明できる。

「くはっ! ふざけおってっ!」

 胸を撫でおろすと同時に、こんな雑魚に怯えていたことに対する羞恥心と憤怒が沸き上がっていく。

「おいお前ら、その薄汚い怪人の四肢をもいで捕えておけっ! あとで、魔導実験の材料にでもしてやるっ!」

 こんな屈辱を味わわせられたのだ。たっぷり、生きてきたこと自体を後悔させてやる。

「へーい」

 緊張感のない声をあげつつ、カラスが擁する部隊イーグルの長イーグル1が、右手にナイフを持ちつつ、黒服の男アビスに近づいていく。まさに、イーグル1がアビスに触れようとした、そのとき――。

「へけ?」

 イーグル1の首がグルンッと不自然に回転して、胴体は糸の切れた人形のように地面に倒れ込む。

「は?」

 カラスの口からでたのは、素っ頓狂な声。当然だ。イーグル1が奴に触れようとした途端、その首が不自然に回転して、絶命してしまったのだから。

 今、奴が何かしたのか? いや、奴はあの場所から動いてすらいない。奴自身によるものではないのは間違いあるまい。

「不可視の仲間がいるぞっ! 総員、周囲に限界まで気を配れっ!」

 カラスの指示が飛び、部下たちは円陣を組んで各々の武器を構えて周囲を油断なく伺う。

「本当に滑稽だな」

 アビスがそう小さく吐き捨てたとき、警戒をしていた部下たちの下半身から赤黒色の斑模様の炎が発生し、瞬時に火達磨となって燃え上がる。

 それは、一瞬の間だった。気が付くと、カラスとラウム以外、芋虫のように地べたに這って呻き声を上げていた。

「……」

 どうしてもこの現状に理解が追いつかない。ただ、この現状が途轍もなく絶望的で救いがないものであることだけは否応でも理解できた。

「ラウム! 奴をやれぇ!」

 必死だった。今の危機的状況を打開しようと、隣で今も大きく目を見開いているラウムにそう命じたとき、

「ぐげぇっ!」

 ラウムの羽と肢が根本から切断されて、地面へと落下してしまう。

「お前、少しでも動いたり、喚いたりすれば、ローストチキンにするぞ? いいな?」

 アビスは今も呻き声を上げるラウムに近づくと、前屈みとなって有無を言わさぬ口調で忠告する。

『……』

 強烈な傷みと恐怖で涙を流しながら、懸命に何度も頷くラウム。

「さてと、後はお前だけだな」

 その猛禽類のような眼を見ただけで、心臓を鷲掴みにされたような恐怖が全身を駆け巡る。だから、ソフィアのために取っておいた奥の手を使うことにした。

 ペンダントを掲げて、魔力を込めつつ呪文を唱える。刹那、カラスの左手が握るペンダントごと、粉々に砕け散る。

「ぐぎゃぁぁぁ―――ッ!」

 突如生じる背骨に杭が打ち込まれたような痛みに、絶叫を上げる。

「騒々しいぞ。お前」

 カラスの血肉が真赤な花びらのように舞い落ちる中、アビスはそう厳命する。

(な、なんなんだ、こいつはっ!)

 まったく奴の挙動が認識できなかった。気が付いていたら、カラスの左手が爆砕していたんだ。こいつは強い。同時に、これは幻術ではなく現実だ。カラスも素人ではない。幻術でこれほどリアルな痛みなど生じるわけがない。

 不明なことばかりだが、一つだけ、わかっていること。それは、どうやってもこの目の前の理不尽な怪物に勝てはしないということ。

「わ、我らはこの件について以後完全に手を引く。だから――ぐげっーー!」

 カラスの下半身から赤黒色の炎が吹きあがり、地面へ倒れ込む。

「ひ、ひいぃぃーー!?」

 己の下半身があっさり炭化してしまった。その絶望的な事実に、心が一本の糸のように痩せていく。

「お前を許せと? お前はさっき怪人の私を魔導実験の材料にする、と言っていたはずだ。今更、負けそうだから、お前らが退避するのを大人しく見ていろってか? それはあまりに都合がよすぎる話しではないか? 何より、お前、子供を犠牲にしようとしたよな?」

 アビスの視線に初めて濃厚な感情が含まれる。それは怒りであり、殺意。

「ち、違う! それはラウムが勝手に――!」

『き、貴様、儂を裏切る――』 

 ラウルが怒声を上げた途端、その顔面の半分が燃え上がり炭と化す。

「おい、化けガラス、私は黙ってろ、そういったはずだ」

『……』

 射殺すような視線を向けただけで、ラウルは悲鳴すらも喉の奥に飲み込んでしまう。

「なあ、エミ、お前はこいつらをどうするべきだと思う?」

 アビスが肩越しに振り返って語り掛けると、暗がりから長い赤髪を後ろで一本縛りにしている女が姿を現す。

「もちろん、極刑よ」

「ちょ――待って!」

「待て? あんたら、今まで私ら怪人に好き放題してきたようじゃない? 英雄のような世のためになるという使命感でもなく、ただ、自分の欲望を遂げるために。そんなあんたらを私らが許す。そう本気で思ってるわけ?」

「だそうだ。残念だったなぁ。お前らの行き先は今決定した。そのゴミどもに、生きた事を後悔させてやれ!」

 アビスがパチンと指を鳴らすと、青色の軍服を着た軍人たちが、一斉にカラスたちを取り囲むと両手両足を拘束していく。

「アビス様、神命に誓ってそのめい遂げてみせまするっ!」

 軍人と思しき、金髪の青年がアビスに敬礼すると、

「あーそうそう、その黒色の鳥は私がもらうぞ。それを使って色々、試したい事があるのだ」

 ラウムにとって救いのない台詞を吐く。

『だ、だずげ――くだざいっ!』

途端、ラウムは金切り声をあげて、懸命に命乞いをするが、

「駄目だね。理由はさっきまさにお前ら自身が言った理由からだ」

 あっさり否定すると、ラウムの巨体を右手で軽々と担ぐと、闇夜に姿を消す。

「運が悪かったな。あの御方から、楽に殺すなとのオーダーだ。努々、甘い期待はせぬことだ」

 青服の隊長らしきものからの残酷な宣告に、

「い、いやだぁーーーっ!」

 金切り声を上げるカラスに青色の軍服たちは、猿轡をすると、近くのジープに乗せる。

 それは、カラスにとっての安楽なひとときが終わった瞬間だった。

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