第23怪 無人の村 鴉

 辺りは真っ白な濃い霧に包まれている。

 その白霧の中、長身のスーツを着こなす、くちばしマスクを先頭にした黒服の男たちの集団がエルドラ人たちで作る集落、【金澤村】に侵入した。

「隊長、本当に好きにしていいんですか?」

 黒服の大柄な男が、顔を欲望に歪めつつ鴉に尋ねる。

加茂芽旋風かもめつむじという女を確保したら、後は好きにしろ。ここの住民は皆殺しにする」

 それで、尾部勉三おぶべんぞうの立場が悪くなろうが、そんなことは知ったことではない。どうせ奴は依頼料をもらったら、殺す予定だ。死ぬ奴の立場などどうでもいいだろうさ。

 第一、天然の半人半魔など、あんな素人が所持していても宝の持ち腐れだ。カラスのような一流の魔導士ならば、あれの力を血の一滴残らず有効活用することができる。

「怖いねぇ。それでこそ、隊長だ。では気張っていきますかぁ」

 右手に持つナイフをクルクルと器用にも回しながら、大柄な男が右手を上げると他の黒服の集団も周囲に散っていく。

「愚かな奴だ。別に誓約があれば、安心というわけではないのだよ」

尾部勉三おぶべんぞうは、カラスと次のような制約をした。

――カラスは10億円の金銭を受ける代わりに、尾部勉三おぶべんぞう加茂芽旋風かもめつむじの所有物になるようにする。

 この制約は相当曖昧であり、拘束力は大して強くはない。数日間、尾部勉三おぶべんぞう加茂芽旋風かもめつむじを渡してから殺せば、誓約違反の効果が生じることはあるまい。

「本当にボロイ仕事だ」

 不適な笑みを浮かべると、カラスは右手に杖を持って歩き始める。


「妙だな……」

 今は午前零時。ここは1000人程の山奥の小さな村だ。だから、今も民家から明かりの一つもなく、誰も道端を歩いていないのは、この手の過疎地域にはよくあること。だから、これはいい。だが、今、この地には王族が立ち寄っているはず。そうであるなら、警備兵の一人くらい在住していて然るべきだ。

「感づかれてたってわけか」

 この村に入ってからあまりにもスムーズに侵入できている。カラスたちは、念には念を入れて、隠匿系の魔術を使用しつつ、近くの街から徒歩でこの村へ侵入している。察知されるようなヘマはしていない。おそらく、尾部勉三おぶべんぞうが下手を打って今晩の襲撃をエルドラ側に知られてしまったというところだろう。

「ま、だからどうした、という話しなんだがね」

 ここは魔導大国エルドラの居住区。元よりそう簡単に事が運ぶとは考えちゃいない。

 奴らに知られて奇襲のメリットがなくなったのなら、策を修正するだけの話しだ。

 今、この地にはお忍びでエルドラの王族が訪れている。それを利用すればよい。

 ここにはエルドラの居住区。人質は腐るほどいる。民家に火を放ち、避難するために外に出てきた住民を捕えて、それらを部下たちに磔にでもさせて、目を引いている隙に、加茂芽旋風かもめつむじを奪えばよい。どのみち、この村は皆殺しにするつもりだったのだ。それが単に早くなっただけの話。

「王は民を見捨てる事ができるかなぁ」

 王が滑稽に泣き叫ぶ風景を思い描き、口角を吊り上げていると、

(相も変わらず、悪い顔をしておるなぁ)

 大型の鴉の幻獣、ラウムがカラスの周囲を飛び回りながら、耳元で囁いてくる。

「当然だ。この度、俺はエルドラ最高の魔導士と天然半身半魔の奴隷が手に入るんだからな」

 どうやら、この地には至高の世代の一人、神童ソフィア・エル・スペンサーがいる。奴を捕えて誓約をすれば、カラスの従順な奴隷となる。そしてエルドラが秘匿しているエルドラの魔導技術をもソフィアから奪い取れば、あの史上最強の魔導士、『ロア』に匹敵する力を手にできる。その力をもって、カラスは新たな悪組織ビランを立ち上げて、この世界の覇者として名乗りを上げるのだ。

(貴様の欲などどうでもよいわ! そんなことより、ワシは、すこぶる腹が減っておる。やわらかーーい肉が所望じゃ)

「承知している。この集落の人間の子供、好きに食らっていいぞ」

(そうか、そうか! 楽しみじゃのぉ。恐怖に顔を引き攣らせて、泣き叫ぶ人間餓鬼の脳天を一突きにして、その傷口から啄むのが最も美味なのじゃぁーー)

 快楽の声を上げる。

「その代わり、きっちり仕事はしてもらうぞ?」

(わかっておわるわい! 軟弱で脆い人間の魔導士など、この儂が全て切り裂いてくれるわっ!)

 久々の生きの良い人の子供という報酬に、ラウムも大層やる気になっている。

 このミッション最大の障害は、神童ソフィア・エル・スペンサーだ。だが、奴の能力を抑え込む秘策がこちらにはある。能力さえ抑え込めれば、奴は少し力の強い女に過ぎず、カラスの敵ではなくなる。これで失敗は万が一にもなくなった。

「もうそろそろ、動きがあるかと思っていたんだがな」

 未だにエルドラの守護兵どもが出てこない。エルドラは仮にも魔導大国だ。特に王族が滞在しているとなれば、この周辺の警備は針鼠のように厳重であるはずだ。

それが、魔術によるトラップの一つも発動していない。これはどう考えても異常だ。民家に人がいない事といい、これ自体が罠なのは間違いない。そうならば――。

「予定変更だ。民家に火をつけろ! 人間狩を開始する!」

 力ずくで押し通るまで。

 カラスは、部下たちにそう指示をだした。


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