第22怪 鴉の襲撃

 ツムジちゃんもソフィアたちと同様、部屋についたら倒れるように眠ってしまったようだ。おそらく、契約の反動という奴なのだろう。

 儀式を取り仕切ったエルドラの幹部の老人曰く、契約は途轍もなく疲れるらしい。下手をすれば数日間、眠り続ける事すらある。つまり、俺たちの最高戦力たるソフィアたちは、あと数日間戦闘は無理ということを意味する。そしてそれは風の精霊王ジンと契約しているツムジちゃんも同じだ。

 どういうわけか、精霊王ジンは怪人の俺に服従している。俺がツムジちゃんの保護を命じた以上、ジンは全力で以後、ツムジちゃんを守るだろう。さらに、ツムジちゃんたちの身体能力は、この度の契約により著しく強化されると、ジンが言っていた。ツムジちゃんが今眠っているのも、人の肉体を全く別の生き物に昇華させるための過程のようだ。要するに、遅くてあと数日でツムジちゃんは俺たちよりも強くなる。俺が守る必要性がなくなるのだ。

 だからこそ、なんとしても、本日契約した連中が通常に戻るまで、俺たちが彼女たちを守らなければならない。

 エミが言うには、記憶のないときに俺が無茶苦茶したから英雄同盟は簡単に手を出せないが、素人の尾部勉三おぶべんぞうは何かを仕掛けてくる事は十分あり得るそうだ。

 もちろん、尾部勉三おぶべんぞうは軍人でも魔導士でもない戦闘の素人だ。常識的にいってエルドラの軍人さんの守りを突破できるだけの力はない。

 しかし、現代の近代魔導は、凡庸なる群より優れた個が勝利する時代だ。尾部勉三おぶべんぞうが金にものを言わせて雇った者が怪物だったら、話しは変わってくる。

 そして、今朝エミが仕入れた情報では、尾部勉三おぶべんぞうが からすという凄腕の魔導士の掃除屋を雇ったという。

 からすは、傭兵時代、訓練されたアメーリア合衆国の正規軍の連隊1000人を全滅させたこともあるらしい。合衆国の正規軍のほとんどが魔導士ではなかったとはいえ、一晩で1000人を皆殺しにしたのだ。からすにこの地を襲われるということは、1000人以上の軍人に襲われるのと同義。

 ここで、不死化したバジリスクなら上手く迎え撃てると考えていたわけだが、バジリスクの今後の話題になったとき、俺が不用意に、ブラスさんが今後バジリスクと契約したらどうかと口走ったせいで、強制的に契約が履行されてしまった。まさか、俺が契約を促しただけで、履行になるとは、エルドラの魔導士たちも予想だにしておらず、例のごとくブラスさんとバジリスクはともに眠りにつくことになってしまう。

 つまり、今ここを守護しているのは、エルドラの軍人さんと俺たち白夜のものだけということになる。

 相手は合衆国の正規軍1000人を皆殺しにした正真正銘の怪物だ。一騎当千と名高いエルドラの軍人といえども、命懸けになるのは目に見えている。

 俺も役に立たなくても盾ぐらいにはなれるだろう。だから、ツムジちゃんの部屋の外で警護を申し出るが、それでは守りにくいという理由で同じ部屋で警護して欲しいとツムジちゃんのおやっさんとおばさんに強く求められる。

 おやっさんもおばさんも、俺とエミだけでツムジちゃんを守れるとは、夢にも思っちゃいまい。こんこんと今も寝ているツムジちゃんが起きたとき、安心させたい、そんなところなのだと思う。

 そんなこんなで、現在、部屋でおやっさんとおばさんとともに寝ているツムジちゃんを見守っている。

「エージ、ありがとう」

 ゆったりとしたソファーから立ち上がり、おやっさんが改めて俺に頭を下げてくると、おばさんもそれに倣う。

「俺がツムジちゃんを救ったっていう眉唾ものの件か? なら、俺は何も覚えちゃいねぇよ。だから、礼なんて不要だぜ」

 俺の記憶がない間に、色々あったらしいが、あまりに俺の行動と乖離している。確かに俺はヒーロー共を憎んではいる。だからと言って、アンデッドにして弄んだり、問答無用で皆殺しにしたりはしない。それでは本当にただのサイコ野郎だから。

「それでもだ。記憶が失っていたときにお前が唯一気にかけていたのは、ツムジであり、俺たちだと、ブラスさんが言っていた。記憶を失おうが、お前はお前だ。優しく、強いお前のままだ」

「俺は優しいんじゃない。ただ、卑怯なだけだ。それに俺は弱い。自分でも嫌になるくらいにな」

 この事件で魂から思い知ったのは、俺が致命的ともいえるくらい弱いこと。何かの間違いで記憶を失っていたときの俺は、相手を圧倒したらしいが、そもそも覚えてすらいないのだ。二度と同じ奇跡はおきやすまい。再現性がない事実などないに等しい。今のこの俺、エージは弱い。悔しいがそれは間違いない真実だ。

仮に俺が白夜の皆よりも弱くても、崇高な使命に命を賭けられるならそれもよいだろう。

 だけど、俺がこの度、最後まで命を賭けることができた理由は、ツムジちゃんが俺の大切な人だったから。きっと、それだけだ。

 もう誤魔化しようがない。俺は幼い頃憧れたヒーローのように、泣いている弱者を無条件で救うような自己犠牲溢れた奴ではない。保護対象がツムジちゃんでなければ、命の危機が迫った時点で、保護対象者を見捨てて逃げてさえいたかもしれない。だって、今の俺にはイヴがいるから。俺が今いなくなればイヴはどうなる? 俺はまだ、死ぬわけにはいかないんだ。だからこそ、俺のこの姿勢は、使命に命を賭けている仲間への裏切りであり、白夜への重大な背信行為でもある。

 現に俺は怪人特区を創るという使命のために命を賭けている白夜の同志たちよりも、我が子のために俺たちを裏切ったガムの気持ちの方が良く理解できてしまっているのだから。

「俺がいう強いは、そういうんじゃねぇよ。俺の言う強さは、ツムジやエミちゃん、そこのロトちゃんがお前に全幅の信頼をしている理由のようなものだ」

「言っている意味がわからねぇんだが……」

「その自覚がないのに、できるから、お前は強いのさ」

 そう穏やかな口調で俺に語りかけたとき、部屋の扉が勢いよく開かれてエミが飛び込んでくると、

「侵入者よ! 手筈通りに動いてっ!」

 そう指示を出してくる。

「お、おう!」

 そうは言っても、俺はこの部屋の中で、おやっさんたちとともに、ツムジちゃんを見守っているだけなんだけど。

「エージ……大丈夫、私も頑張るから」

 ロトが俺の袖を掴み、眉の辺りに決意の色を浮かべながら、俺にそう強く主張する。

「おう、期待しているぜ」

 ロトの頭をそっと撫でながら、力強く答えると、ロトはぼんやりと俺を眺めていたが、

「う、うん……やっぱり、同じだ」

 嬉しそうに頬を緩ませて、そんな意味不明な台詞を吐く。

「同じ?」

「なんでも、ないのかしら」

 微妙なニュアンスの台詞を口にするロトに、首をひねりながら、

「そういや、エミにこれを飲めって言われていたな」

 朝食の後、エミから渡された魔力増強剤をポケットから取り出して、飲み込む。


 エミによるアラートから数分たった。

「マズイな……」

 どういうわけか、さっきから途轍もなく眠い。昨日はぐっすり朝まで眠っており、十分な睡眠時間はとっていたはずなんだが……

 ここで眠ったら、ツムジちゃんを守れなくなる。

 下唇を嚙んで意識を保とうとする。血液の鉄分の味が口の中に広がるが、

「くそ……」

 抵抗空しく、俺の意識は急速に失われていく。

 

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