第19怪 醜い欲望


 東京の一等地の中の一際大きな屋敷。ここは、衆議院議員尾部勉三おぶべんぞうの邸宅だった。

加茂芽旋風かもめつむじの確保に失敗したじゃとっ!?」

 尾部勉三おぶべんぞうは、蛙のような顔を怒りで真っ赤に染めて、秘書に怒鳴りつける。

「そ、そう英雄同盟の方から報告を受けております」

 身を竦ませつつ、秘書はおずおずと答える。

「ヒーローどもがしくじった理由はなんだっ!?」

「英雄同盟に問い合わせましたが、秘匿事項であるとの一点ばりで、理由の開示はされませんでした」

「ドグマ・ジーザスとの連絡はッ⁉」

「ドグマ東京支部長は、長期の海外出張のため不在とのことでした」

「嘘をつくなっ!」

 身に宿る怒りのままに、椅子を蹴とばした。木製の椅子は転がっていき壁に衝突すると、破砕される。

 ドグマと連絡が取れなくなった今、英雄同盟はこの件から明確に手を引いた。このままでは、加茂芽旋風かもめつむじを手に入れる事はできなくなる。

 ――加茂芽旋風かもめつむじ、おそらく天然の半人半魔の娘。あの娘に誓約をさせて、奴の中に眠る半魔ごと支配できれば、A級ヒーローと同等の力が手に入る。

 今の世は力が全て。ここでいう力とは、三つある。一つ、誰をも平伏させることができる権力、二つ、あらゆるものを手に入れることができる経済力、そして、三つ、あらゆるものをねじ伏せられる純粋な軍事力。既に勉三は、与党の魔導省の副大臣という地位という絶大な権力と、大手建設会社の会長という経済力は持ち合わせている。あとは軍事力だけなのだ。軍事力とは今の現代の魔術社会では、いかに優れた魔術師ないし魔術的道具を保有しているかにかかっている。この点、加茂芽旋風かもめつむじは最高の素材だった。あの半魔の女を手に入れることができれば、与党内の、いや、ジパングでの勉三の地位は不動のものとなる。そのはずだった。それが――。

「あの無能のボンクラどもがぁっ! 小娘一人捕らえる事すらできんのかっ!」

 怒りが抑えられぬ。天然の半魔といえど、たかが十代の小娘だ。英雄同盟が総がかりで捕らえられないとは夢にも思わなかった。

「まさか、あの娘を手に入れて惜しくなったのであるまいなっ!」

 独自に調査した結果、あの女が特級品であることは判明している。遅かれ早かれ、世界の他組織のスカウターがあの女に接触してくるだろう。その力の源は、加茂芽旋風かもめつむじの中にいる精霊王クラスの精霊だ。精霊王クラスは、この世界でも数少ない存在強度、【最上級】の怪物だ。最上級の存在強度を持つ存在は、まさに兵器であり、軍の一個連隊にすら匹敵するとすら言われている。英雄同盟の気が変わって加茂芽旋風かもめつむじを保有したいと思ったとしても、さして意外ではない。

「いえ、逆に加茂芽旋風かもめつむじに関し、英雄同盟は今後一切関与しないとの宣言を我らにしてきました」

「今後一切関与しない? 具体的に何と言っていたんじゃ?」

「怪人疑いの加茂芽旋風かもめつむじの殊遇は、個人の良心と尾部先生の聡明な判断に委ねたい。同盟の幹部は、そう言っておられました」

「そうか、なるほど、そういうことかっ!」

「先生、どういうことなのでしょう?」

 躊躇いがちに尋ねる秘書に、

「相変わらず貴様は鈍いのぉ。同盟は儂らに加茂芽旋風かもめつむじを好きにしてよい。そう言っておるのじゃ!」

 興奮気味にそう捲し立てた。

「?」

「わからぬか! 確保に失敗したというのは奴らのパフォーマンス。黒紙の正当性について最近マスコミが煩いからのぉ。大方、奴らが面と向かって動けぬ理由でも生じたのじゃろう。元より、あの娘は天然の半人半魔、怪人認定するにはいささか無理があったんじゃ。そんな危険をおかさんでも、あの娘を捕えて強制的に儂の養子になることにつき誓わせればよいだけじゃ。いや、その方がよりスムーズにあの娘を儂のものにすることができる!」

 英雄同盟は、怪人認定法の改正を強く主張してきている。国会でその便宜を図って欲しいと再三勉三に協力を求めてきているのだ。多分、これは奴らの主張する法案の国会の便宜を図る交換条件として、勉三のやることに一切目をつぶると言っているんだと思う。

「で、ですが、相手は半魔ですよ? もし、暴走でもしたら――」

 焦燥たっぷりな声を上げる秘書の言葉を遮り、

「心配いらん。のお、からす殿?」

 部屋の隅のソファーで酒を飲んでいる長身のスーツの男に声をかける。

「魔術の素人の娘、一人を連れてきてあんたに引き渡せばいいだけ、それに相違ないな?」

「そうじゃ」

「なら、実に簡単な依頼だ。英雄同盟がしゃしゃり出て来ないのなら余計な」

 ニィと口角を上げて、隣に置いてあったハットを取ると深く被る。こいつはからす。元名の知れた悪組織ヴィランに所属していた凄腕の掃除屋だ。こいつは、組織の依頼により、街に攻め入って女子供を含めて千人を皆殺しにしたという逸話もある男だ。実力は折り紙付きといえる。

「あとは加茂芽旋風かもめつむじの居場所だな。調べは済んでいるか?」

 勉三が秘書に問うと、

「エルドラ人の作る集落に加茂芽一家は身を寄せている様子です」

 秘書は手元に持つ資料をパラパラとめくりながら、即答する。

「あそこか、だとすると少々厄介だな……」

 エルドラ人が作る村。あそこは、村自体がエルドラの王族の所有地。下手に足を踏み入れれば、国際問題となりかねない。特にただでさえ今お忍びでエルドラの国王夫婦がこのジパングを訪問しているとのもっぱらの噂だ。勉三の立場から騒動を起こすわけにもいかない。

「心配いらん。こちらで何とかする。報酬は前金で1億、成功報酬3億だ。いいな?」

 からすは淡々と勉三にソファーから腰を上げて立ち上がると、報酬額を確認してくる。

「もちろん、貴様望むだけ支払おう」

 その程度の金であの女を手にいられるならば、むしろ安いものだ。

「契約成立だ」

 鴉はソファーに立てかけてあった槍のようなものを手に取ると、勉三たちに背を向けて部屋を出ていく。

「あの女が儂のものに……」

 もうじき、加茂芽旋風かもめつむじが手に入る。

 正直、加茂芽旋風かもめつむじは半人半魔でなくても手にいれようとは思っていた。あの否応でも目を引く美貌。あのレベルの女には、人生でもそんなんどもお目にかかれるわけではない。あの美しい女を好き放題いたぶる。しかも、本来、勉三よりも圧倒的に強い女がなすすべもなく身も心も蹂躙される。それが取っても興奮するのだ!

 勉三に屈服させて、毎晩ベッドの上で腰が立たないくらい可愛がってやる。

「たまらんのぉ!」

 勉三は悦楽の未来を夢想し、欲望の声をあげたのだった。

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