第16怪 不可解な挨拶
俺たちの車は郊外の山の中に入っていく。こんな場所にツムジちゃんたち一家がいるってのか? こんな人気のない場所、襲ってくれと言っているようなものだぞ? まあ、戦闘のプロのエルドラの軍人が、この地での防衛を選択したのなら、十分な理由があるのだろう。餅は餅屋にともいうし、この点は俺がとやかくいうこともでないか。
それにしても、エミの機嫌はさっきから最悪で地に落ちている。ほら、こいつ、すぐに態度にでるから、一目瞭然なんだ。ここまで機嫌が最悪になったエミはスイーツの献上程度では、収まりはしないだろう。
エミの機嫌が悪くなってとばっちりを受けるのは大抵俺だ。マジで勘弁願いたいものなんだがね。
「ねぇねぇ、あれは何かしら?」
眼をキラキラさせつつ、ロトが後部座席の窓の先ある湖を指さして俺に聞いてくる。
「あれは、ダム湖だろうよ」
遠方に見えているのが遮水壁だろうし、間違いないだろうさ。
「ダム湖?」
キョトンと小首を傾げて俺を見上げてくるロトに、
「水をためておく湖のことさ。今度行ってみるか?」
「こ、怖くない?」
「ああ、怖くないよ」
「なら、行くのかしらっ!」
ぱっと目を輝かせるロト。ずっとロトはこんな調子。車から見える景色を指さして逐一俺に尋ねてくる。
人外の王族のようだし、ロトの箱入り娘っぷりかして相当両親には可愛がられてきたんだろう。全てが新鮮で物珍しいという感じだ。
「いちゃついているところ悪いけど、そろそろつくわ」
「お、おう、そうか」
エミの奴、一々発言に棘があるんだよな。この意味不明な状況が俺のせいじゃないのは、エミ自身わかっているはずだろうに。ともあれ、触らぬエミに祟りなしだ。機嫌が回復した時を見計らって、何か献上すれば治るだろうさ。
車は大きな橋を渡り、トンネルの中に入る。長いトンネルを抜けると、盆地となった小規模の村が視界に入る。
「あそこの集落全体がエルドラ王族の所有地らしいわ。つまり、ここら一帯がエルドラの勢力圏ってわけ」
「あれの全てがか?」
村だけで数百人はいるぞ。
「ジパングに帰化した元エルドラ人や、ジパングに滞在するエルドラの家族がこの地で生活しているようね」
ジパングは今や国際英雄同盟の主力がいる土地。国際英雄同盟に加盟していないエルドラは若干住みにくい場所となっている。エルドラ人が安全で快適な生活を送ることができる場所が必要となったんだと思う。
車は村の外れにある大きな屋敷の敷地に入っていく。綺麗な庭園に豪奢な四階建ての大きな建物。周囲に立ち並ぶ建物群とは一線を画している。一目見てエルドラでもかなり地位の高い者の居住区であることは俺にもわかった。
屋敷の前に車は止まる。
ロトとともに降車すると、屋敷の前には数人の男女が一列に並んでおり、
「エージ様、お待ちしておりました」
中心の初老の男が、胸に右手を当てて恭しく一礼し挨拶をしてくる。その脇には、
怪人に過ぎない俺に対し、敬語を話す事も、こんな堅苦しい挨拶をすることも、通常ではありえないこと。壮絶に面食らって、
「どういうことだよ?」
エミに助けを求めるが、
「すぐに、説明があると思うわ」
端的にそう言うとあからさまに俺から視線をはずす。
こいつ……逃げたな。
「私はこの屋敷の主、アルベルト・エル・スペンサーと申します。屋敷内でミス・ツムジも貴方をお待ちしております。どうぞ、中へ」
「あ、ああ」
どうにか相槌を打って、俺は勧められるがままに屋敷の中に入る。
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