第13怪 よろしくとよろしく

 鳥の囀りに思い瞼を開けると、紫の服のドレスを着た紫髪の美しい少女が俺を見下ろしていた。

「お前は……?」

 混乱する頭で眼前にある少女の名を聞くと、ビクッと身を竦ませて、

「妾はロト、よ、よろしくなのかしら」

 躊躇いがちにぎこちない挨拶をしてくる。その自らをロトと名乗る少女の瞳の奥に含まれる感情に、俺は心当たりがあった。それは俺が怪人であると知られると、頻繁に向けられるもの。

「事情がよくわからねぇんだが、俺はあんたに一切危害を加える気はねぇよ」

 安心させるために、笑みを浮かべつつそう誓ったのだった。


 それから、怯える彼女から事情を聞き出す。

「一体、俺は何をやってるんだ?」

 少女の話が終わって、思わず両手で頭を抱えて自問自答していた。もちろん、あまりに、俺のしでかしたことが人間失格すぎるからだ。

 少女の話しの内容はこうだ。

 少女の名は、ロト。八界の冥界というところで、何不自由ない暮らしをしていたところ、俺に無理矢理召喚されて侮辱されたので反発すると、一方的に倒されて従属化されてしまう。

 そりゃあ、この子が怯えるのも無理はない。

「迷惑かけたな。マジですまない」

 改めて頭を下げて謝罪の意思を示す。

「……」

 俺のこの発言に相当驚いているのだろう。眠そうな目をぱっちり開けて、一言も発せず俺をマジマジと凝視してくる。

 今一番聞きたいのは、もちろんツムジちゃんの安否だ。どういうわけか、水蛇みずちと縦ロールの女ソフィアが戦い始めたときからの記憶が綺麗さっぱり消失しているし。

「なあ、ツムジちゃん……緑髪の女の子の安否について知らねぇかな?」

 ダメ元で知っているかと思って尋ねると、

「覚えていない……のかしら?」

「ああ、途中までは覚えているんだが、それ以降はさっぱりだ」

「……その人間の女は保護されてたのかしら」

 保護されていたか。召喚されたばかりのロトに敵か味方が分かるとも思えない。だが、もしヒーローどもにツムジちゃんが捕縛されているなら、間違っても丁重には扱われまい。保護されていると表現はしないはずだ。

 だとすると、無事エルドラの船に乗った確率が高いということだろう。ロトからは聞きたい事も聞けた。

「もう帰ってもらって構わないぜ」

 俺のこの台詞に紫色の髪の少女は、ほっと安堵した表情となり、

「じゃあ、契約を解除して欲しいのかしら」

 要望を主張してくる。

「契約、なんだ、それ?」

 ロトはギョッとした顔で俺の顔を見ると、

「妾と貴方との間にあるこの契約のことかしら!」

 必死の形相で捲し立てくる。

「いや、そんなこと言われてもな、知らねぇし……」

 契約をした記憶自体に心たりがないしな。

 俺は魔術について専門的な教育を受けているわけではない。だから契約とかいわれてもよく分からないが、おそらく、人外たちとの間でなされる契約式の魔導武器のことだろう。

 しかし、それなら、契約の元となる魔導武器やマジックアイテムがあってしかるべきだが、今の俺は何も所持しておらず、生憎思い当たるものは微塵も持ち合わせちゃいない。

「そんなぁ……」

 両手で顔を覆うと、絶望の声を上げるロトに、流石の俺も罪悪感が沸き上がってくる。

「これから早急に契約の解除について調べるから、まあ、なんだ、それまで辛抱してくれ」

「……」

 この俺の無責任ともとれる言葉に、ロトは俺の顔をマジマジと凝視してくる。

「な、なんだよ?」

「貴方、最初に会ったときと本当に同一柱物どういつじんぶつなのかしら?」

 俺にとっても返答に困る質問を投げかけてきた。

「ああ、それ以外に見えるか?」

 そういう俺がロトとの契約したことを覚えちゃいないわけなんだが……。

「初めて会ったときは、もっと何というか……ひたすら恐ろしかったけど、今は優しい……」

 今の俺が優しい? 俺は単に話を聞いて、無茶苦茶したことに謝罪しただけだぞ。記憶のない俺はこの子に何をしたんだ? 特にこの子は人外、しかも話から相当高位の存在であることが推測される。その高位の人外が、これほどの恐怖を覚える程の行為か……マジで、夢遊病にしては度が過ぎてんだろ!

「ところで、ここ、どこだかわかるか?」

 背筋に冷たいものが走り、話題を変える事にした。そうだ。記憶のない過去のことなど、今の俺にはどうすることもできない。これ以上考えても建設的ではないし、今後、ロトとの契約の解除方法を見つけれるしか彼女に報いるすべはない。それよりも、今はツムジちゃんの安否を確かめる事だ。

「妾も人間界への受肉は初めてで見当もつかないのかしら」

「それもそうか」

 ともあれ、この橋の下にずっといるわけにもいくまい。見知ったところまで歩くしかないだろうな。

 俺は立ち上がると、衣服についた土を払って、ロトに向き直る。

「な、何かしら?」

 まだ怖いのだろう。身を縮こませるロトに、右手を差し出すと、

「俺は阿久井英治あくいえいじだ。よろしく、ロト」

 まだしていなかった、先程の彼女からの挨拶を返したのだった。



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